「ぶあいそうな手紙」
2019年・ブラジル 123分
制作:Casa de Cinema de Porto Alegre
配給:ムヴィオラ
原題:Aos olhos de Ernesto (英題:Through Ernesto's Eyes)
監督:アナ・ルイーザ・アゼベード
脚本:アナ・ルイーザ・アゼベード、ジョルジ・フルタード
脚本協力:セネル・パス
製作総指揮:ノラ・グラール
手紙の代読と代筆を通して、老人と若い娘が心の交流を深めて行く、ブラジル発のハートウォーミング・ストーリー。監督は「世界が終わりを告げる前に」のアナ・ルイーザ・アゼベード。出演は「ウィスキー」のホルヘ・ボラーニ、「僕と未来とブエノスアイレス」のホルヘ・デリア、新人ガブリエラ・ポエステルなど。2019年ブラジル・サンパウロ国際映画祭批評家賞、ウルグアイ・プンタデルエステ国際映画祭では観客賞と最優秀男優賞を受賞。
(物語)ブラジル南部にあるポルトアレグレの街。46年前に隣国ウルグアイからこの街にやって来た78歳のエルネスト(ホルヘ・ボラーニ)は、妻に先立たれた、頑固で融通がきかない独り暮らしの老人。老境を迎えた今は視力も衰え、大好きな読書もままならなくなっていた。そんな彼の元にある日、一通の手紙が届く。差出人はウルグアイ時代の友人、オラシオの妻ルシア。手紙を読むことが出来ないエルネストは、偶然知り合った若い女性ビア(ガブリエラ・ポエステル)に手紙の代読を依頼する。その手紙で友人オラシオが死んだ事を知ったエルネストは落胆するが、やがてビアに手紙の代筆を依頼する。そんな事から一人暮らしのエルネストの部屋にビアが出入りするようになるが.、それは、彼の人生を変える始まりだった…。
珍しいブラジル映画である。近年、ブラジル映画として思いつくのは、ウォルター・サレス監督「セントラル・ステーション」(1998)、同監督「オン・ザ・ロード」(2012・フランスと合作)、フェルナンド・メイレレス監督のバイオレンス・ムービー「シティ・オブ・ゴッド」(2002)、スティーヴン・ダルドリー監督の「トラッシュ!この街が輝く日まで」(2014・イギリスと合作)くらいか。サレス監督もメイレレス監督も近年はブラジル以外の他国で映画を撮っており、純粋なブラジル産映画は久しぶりと言えよう。
「シティ・オブ・ゴッド」も「トラッシュ!この街が輝く日まで」も、貧困層の子供たちが逞しく生きる姿を描いた作品。全体に若々しいタッチの作品が多かった。しかし本作は、人生の終盤を迎えた老人が主人公。“老人が主人公の映画”は近年世界中で多く作られているが、ブラジルにもそうした流れの作品が登場したという事なのだろう。
(以下ネタバレあり)
主人公は78歳の老人エルネスト。この年代の老人を主人公にした映画ではもうお定まりとなっている、“頑固で融通が利かない偏屈老人”で、子供たちがこの家を売って同居を薦めても、頑固に拒否している。妻に先立たれている状況も含め、クリント・イーストウッド監督・主演「グラン・トリノ」を思い起こさせる。
ある日、自分の故郷・ウルグアイから郵便が届くが、かなり視力が衰えているエルネストは読む事が出来ない。身の回りの世話をする家政婦は手紙のスペイン語が読めないし、隣人のチェス仲間の老人ハビエルはアルゼンチン出身でやはり手紙はちゃんと読めない。
困っている時、同じアパートの愛犬家の老婦人が飼っている犬の世話をアルバイトでしている23歳の活発な娘・ビアと知り合い、ちょくちょく一緒に散歩したり、家に来たりと次第に親しくなった彼女に代読を依頼する。
その内容は、ウルグアイ時代の古い友人、オラシオが亡くなった事を知らせる、彼の妻ルシアからの手紙だった。ルシアともウルグアイでは親密な間柄だった。
エルネストは返事を書こうとタイプライターに向かうが、やはり視力が衰えている為なかなかうまく打てない。
そこでビアに手伝ってもらおうとするが、ビアは「手紙はやはりペンで書いた方が心が伝わる」と言い、ビアは手紙の代筆も引き受ける事となる。
口述筆記でエルネストの言葉を手紙に書こうとするが、「拝啓~」と言いかけるエルネストにビアは、「それじゃ堅苦しい」とかいろいろとアドバイスする。
やがてルシアから返事が来て、最初は女文字を不審がっていたルシアとも何度か手紙をやり取りするうちに、エルネストはルシアと、次第に昔のヨリを取り戻して行く。
実はウルグアイ時代、エルネストは一度だけルシアと一夜を共にした事もあったのだ。その事をついビアに告白した時のエルネストの恥ずかしそうな表情が何とも言えない。
観ているこちらも、つい頬が緩んでしまう。
そうやって代読と代筆を何度も頼むうちに、エルネストとビアも親密感を増して行く。
しかしビアは、単に親切なだけの善人ではない。こっそり合鍵を作ってエルネストの部屋に忍び込んで紙幣をくすねたりもする。また暴力的な男とも一緒に暮らしていて、殴られて眼に痣を作ったりもする。
しかしエルネストは、ビアのそうした行為を知っても咎めたりはしない。部屋に忍び込んでいる事を察知しながら、知らないふりをして彼女を見逃す。
そんなエルネストの優しい心配りに、ビアは自分の行為を恥じ、心を入れ替えくすねた金を返す。そして二人の仲は増々親密になって行き、やがてエルネストはかつて息子が住んでいた部屋をビアに提供するまでになって行く。
出張でポルトアレグレに来て、エルネストの家に泊まろうとした息子は、自分の部屋に若い女性がいるのを見て驚き呆れる。ここは笑える。
もう1箇所、部屋に押しかけて来てビアを無理やり連れ出そうとする男を、エルネストが玩具の拳銃で威嚇して追い出すシーンも笑える。
隣人ハビエルとのやり取りも含め、ユーモラスなシーンが随所に配置された演出が心を和ませる。
しかし、二人の仲が愛情にまで発展する事はない。孫くらいに歳の離れているビアを、エルネストは娘のように思っているのだろう。
ラスト、エルネストはある決断をする。これからの人生を、故郷ウルグアイに戻ってもう一度やり直そうとする。
歳を重ね、老人になっても、人生は何度でもやり直せる。その前向きな生き方にはホロッとさせられる。
そのエルネストの心を大きく揺り動かしたのは、ビアに代筆してもらった何通もの手紙によって、「思いを伝える事の大切さ」を学んだからに他ならない。
またビアもエルネストの優しさに触れて、やはり自分の人生を見つめ直し、人間的にも成長して行くのである。
観終わって、心が温かくなる、とてもいい映画だった。ブラジル映画でも、こんな、老人の心に寄り添った素敵な感動作が登場するようになったのは感慨深い。
何よりいいのは、人間の心を伝える、手書きの手紙の価値を大きなテーマとしている点である。
近年はパソコン、Eメールの普及で、手紙を手書きする事はほとんどなくなった。それどころかスカイプの普及で、文章を書く事すら減っている。
手書きの文字には、線が細かったり、あるいは豪快な筆致だったり、書いた人の気持ちが篭もっている。たどたどしいからこそ、思いが伝わる事もある。
またEメールは瞬時に届くが、それも考えようでは味気ない。郵便でやり取りする手紙は、その返事が届くまでの待ち遠しい時間も、手紙に込めた思いが静かに醸成する大切な時間なのである。
そんな事も、この映画から感じる事が出来た。
監督のアナ・ルイーザ・アゼベードは、1959年ブラジル、ポルトアレグレ生まれ。本作の舞台となった土地である。名前でも判る通り女性監督である(右)。
日本では馴染みがないが、ブラジル映画界ではよく知られ、いくつもの映画賞を受賞している。この人の作品をもっと観たい気がする。
なおブラジルではご承知の通り、新型コロナウイルスの感染拡大が世界で2番目の規模となり、その影響で当初、本年4月2日に予定されていたブラジル公開は延期となり、日本は世界で最初に劇場公開される国となったそうである。
ブラジル映画界を応援する意味でも、多くの人にこの映画を観て欲しい。地味だけれども、心打たれる秀作である。
それにしても、「ぶあいそうな手紙」という邦題はちょっと首をかしげる。本作に登場する手紙は少しもぶあいそうではない。「心をつなぐ数通の手紙」の方がまだマシではないだろうか。ちなみに原題は「エルネストの眼を通して」。
(採点=★★★★☆)
アゼベード監督のメッセージはこちら。 ↓
https://cinefil.tokyo/_ct/17383277
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