「はりぼて」
2016年に、富山市議会の自民党議員十数名が政務活動費を不正に受け取っていた疑惑が報道され、これによって市議14人がドミノ辞職したというニュースは当時新聞やテレビで見た記憶がある。
だがそれが、大手マスコミでも新聞社でもなく、富山の小さなテレビ局、チューリップテレビの報道記者が丹念な調査報道を行った事で発覚した、という事実は本作を観るまで全然知らなかった。
このスクープ報道は後に日本記者クラブ賞特別賞、ギャラクシー賞報道活動部門大賞、日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞、民間放送連盟優秀賞(テレビ番組報道部門)、菊池寛賞など多数の賞を受賞したそうである。
チューリップテレビは平成になって開局した、社員わずか約70人の地方局である。大手ではないからこそ、こんな政界に斬り込む意欲的な報道も出来たと言えるだろう。ちょうど新興の東京12チャンネル(現テレビ東京)が、田原総一朗企画・制作のタブー無視の過激なドキュメンタリーを放映出来たのも、同じような後発局ゆえの鷹揚さがあったからだろう。
チューリップテレビはその後、取材映像を編集し、同年12月30日に「はりぼて~腐敗議会と記者たちの攻防」と題する長編ドキュメタリー番組を放送した。
本作はそのドキュメンタリーに、その後の現在に至る3年間の取材映像を加えて劇場版映画にしたものである。映画版では「腐敗議会と記者たちの攻防」のサブタイトルは外された。
政治家や、それを取材報道する記者を扱ったドキュメンタリーは、ここ1年くらいの間に「i-新聞記者ドキュメント」とか「なぜ君は総理大臣になれないのか」など、優れた作品が続いているが、本作もまたそのジャンルに入る作品である。
この手のドキュメンタリーは興味があるし、またテレビ局発信のドキュメンタリー映画は、東海テレビが「ヤクザと憲法」等ユニークな作品を連発しているという前例があるので、余計興味が沸いて鑑賞する事にした。
(以下ネタバレあり)
観終わっての感想。面白い!。政治を扱ったドキュメンタリーというから、やや真面目な、重苦しい話かと思ったら、これが意外と笑える作品になっている。
映画は、本作の監督の一人でもある、同テレビ局の砂沢智史たち報道記者が、富山市議会議員の報酬や政務活動費の使い方に疑問を抱き、資料請求により開示された膨大な量の政務活動費報告書を丹念に調べてみる所から始まる。
そうすると、まあ出て来る出て来る、おかしな辻褄の合わない領収証だらけ。
それで砂沢たちは問題の議員たちに直接会って、証拠の領収証を見せて疑惑を問いただす。最初はトボけたりシラをきっていたものの、翌日には不正を認め謝罪、そして一人が議員辞職すると、他の議員たちも次々謝罪、辞職のドミノ倒しとなってとうとう14人もの議員が辞職するに至る。
不正を行った議員たちがやってる事と言ったら、使っていない公民館を使った事にして費用請求したり、資料印刷代の部数を水増しした領収証を業者に書かせたり、酷いのになると領収証の金額を書き足したり(つまり改ざん)、そうやって政務活動費を余分に請求してフトコロに入れていたわけである。何ともセコい。
もう7年ほど前になるか、兵庫県議会の野々村某議員が、政務活動費の不正が見つかって、テレビカメラの前で号泣して大笑いとなった事があったが、まったく彼らのやってる事は出来の悪いコントかコメディである。
映画もそれを意識してか、コミカルな感じの音楽を使ったり、いかにもタヌキ親父的議員の自宅前で砂沢がインタビューしている時、玄関前にあるタヌキの置物をアップで撮ったカットを挿入したりと、笑える編集になっている。
そうした不正議員をはじめ、登場人物のキャラもみな面白い。議会のドンみたいな古参議員は、顔つきも態度もいかにも映画に出て来る悪徳政治家然としていて、最初の頃はインタビューする砂沢がその雰囲気に圧され、言いくるめられて引き下がってしまったりもする。その砂沢も、取材を重ねるごとに記者として成長して頼もしくなって行く様子が窺えるのも見どころである。
また他の議員に疑惑を突き付けると、カメラはその議員の表情をずっと長回しで捉え続ける。最初はトボけ、やがて言葉に詰まり、視線を泳がせ、次第にオロオロし始める。その表情の変化で、ナレーションがなくてもこの人は嘘を言ってるのが丸分かりで笑える。
もう一人、富山市長がまた食えない。不正について記者からコメントを求められると、その都度「それは市議会の問題で市長としては制度論上コメントする立場にない」と逃げてばかり。
市議会の問題だろうと、市のトップとしては腐った議会を改革すべき立場ではないのかと言いたくなる。
こういうキャラを見ていると、ドキュメンタリーでなく、まるでフィクションのドラマを見ているような錯覚を覚えてしまう。そう考えれば、五百旗頭たち報道記者が不正の証拠を見つけ、議員たちを追い詰め、次々辞職に至らしめるまでの展開自体が、主人公が正義の刃を突き付けて悪徳政治家をやっつける勧善懲悪ドラマになっているのが痛快である。
狙ってか偶然か、ナレーションが現在放映中の、やはり主人公が悪の銀行上層部や政治家に闘いを挑むドラマ「半沢直樹」でもナレーションを担当している山根基世なのだから、いやが応でもそうしたドラマを連想してしまう。
本作では二人組の報道記者が政治家を辞職に追い込む訳だが、それで思い出すのは、二人の新聞記者が、こちらは大統領を辞職に追い込むというアメリカ映画「大統領の陰謀」である。あれも実話ながらスリリングなポリティカル・ドラマだった。
そういう点でも本作は、まことにドラマチックなドキュメンタリーの快作と言えるだろう。
だが本作は、そんな単純明解なドキュメンタリーでは終わらない。2016年末に放映されたテレビ・ドキュメンタリーまでは、まさに正義が勝つ痛快なドラマだったが、映画版製作に当たって追加された、その後の現在に至るまでの経過には暗然とさせられた。
富山市議会はこの不正問題後、その反省をもとに、政務活動費の使い方について「全国一厳しい」といわれる条例を制定したのだが、それから3年半が経過した現在、やはり不正はなくならず、それどころか不正が発覚しても議員たちは次第に辞職せず居座るようになっていったそうだ。
それは、辞職した議員が次の選挙に出ても落選し、辞職せずに居座った議員が当選を重ねている、という現実に起因するもので、その結果、多くの議員が、“問題が起きても辞職せずに居座った方が得だ”と認識するようになったからだという。
折しも中央政界では、モリカケ桜に公文書改ざんと、いろんな不祥事が発覚しても誰も責任を取らず居座り続けていた。
富山市議会の議員たちも、中央のこうした事例に学んだのだろう。結局何も変わらなかったわけだ。そんな議員を当選させる選挙民にも問題があるし、さらなる追求をしなかったメディアもしかり。
まともに質問に答えず建前論で言い逃れる市長もどこかの前官房長官に似ているし、この富山市議会で起きている事は、まさに中央政界の縮図である。
ちなみにポスターの惹句も「この映画こそ日本の縮図だ!!」である。
そしてあの砂沢記者も、その後社長室兼メディア戦略室に異動となって一線から外されてしまい、五百旗頭はチューリップテレビを退職してしまう。政務活動費不正取材チームの主要メンバー13人のうち、3人が退職、3人が部署異動となったそうだ。
五百旗頭はインタビューで、自民党や会社の上層部からの圧力は一切ない、自分が退職したのも他の番組で局と編集方針が合わなかった為だと言っているが、額面通りに受け取る観客は少ないだろう。暗澹たる気分にさせられる。
黒澤明監督の政治の闇を描いた「悪い奴ほどよく眠る」を観た後の気分に似ている。あの作品でも正義は敗北し悪い奴はヌクヌク生き延びる。
本作のタイトルは「はりぼて」だが、これは富山市議会だけを指すのではなく、制作局のチューリップテレビも他のマスコミも「はりぼて」でしかなかった、という事も指しているのだろう。あるいはまた、この国の民主主義自体も「はりぼて」なのかも知れない。
映画の冒頭近く、五百旗頭がマイクを差し出す先に「正々報道。」というキャッチコピーがあしらわれた真っ赤なポスター(右)が柱に貼り出されるシーンがあるが、ラストでこのポスターが剥されるシーンが出て来るのも象徴的である。五百旗頭の退職と同時に、「正々報道。」の意気込みも、看板ごと下ろしてしまったわけである。
それでも救いは、五百旗頭監督はまだ闘いを止めたわけではなく、こうした現代日本の政治状況を鋭く追及したドキュメンタリーを完成させた事にその意欲が現れている。
またチューリップテレビが実質本作の製作会社となっている点も救いである。不正に関わった議員の名前も全部実名で出しているのも凄い。会社からの圧力はなかったと言う五百旗頭の言葉を信じたい。
五百旗頭は現在、とある地方局のドキュメンタリー制作部に所属しているそうだ。これからもこうした骨のあるドキュメンタリーを作ってくれる事を期待したい。
結構客は入っており、上映館も増えているようだ。是非多くの人に観ていただきたいと願う。
ちなみに富山では本作は現在上映されていないそうだ。10月に予定されている県知事選への影響を勘案しての事だと言われているが、まさにそれこそ忖度だろう。 (採点=★★★★☆)
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