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2020年9月25日 (金)

「TENET テネット」

Tenet 2020年・アメリカ=イギリス   150分
制作:Syncopy
配給:ワーナー・ブラザース映画
原題:Tenet
監督:クリストファー・ノーラン
脚本:クリストファー・ノーラン
製作:エマ・トーマス、クリストファー・ノーラン
製作総指揮:トーマス・ヘイスリップ
撮影:ホイテ・バン・ホイテマ
音楽:ルドウィグ・ゴランソン 

「TENET」というキーワードをベースに、時間に隠された秘密を解き明かし、第三次世界大戦を止める男の活躍を描いたSFスパイ・アクション超大作。脚本・監督は「インターステラー」「ダンケルク」の鬼才クリストファー・ノーラン。主演は「ブラック・クランズマン」のジョン・デビッド・ワシントン。共演は「ダンケルク」にも出演していた名優ケネス・ブラナーやノーラン作品常連のマイケル・ケインといったベテランに、ロバート・パティンソン、エリザベス・デビッキら若手と多彩な顔ぶれが揃う。

(物語)ウクライナ、キエフのオペラハウスにおいてテロ事件が発生。事件解決の為特殊部隊が投入されるが、その特殊部隊に偽装して、「プルトニウム241」を奪取したスパイを救出する目的で一人のCIA工作員の男(ジョン・デヴィッド・ワシントン)が潜入していた。男はケース内のプルトニウムとされた物が、実は謎の部品であることを知る。また、スパイの救出には成功したものの、脱出の際にロシア人たちに捕らえられてしまう。 彼は拷問の隙に自決用の毒薬を飲むが、それは実は睡眠薬であり、目を覚ますとフェイ(マーティン・ドノヴァン)という男から、テロ事件は自分たちの組織に加えるためのテストだったことを明かされる。そしてある研究所に向かった男は、そこで未来からもたらされたという“時間を逆行する装置”を利用して世界を破滅させようと企む武器商人アンドレイ・セイター(ケネス・ブラナー)の存在を知る。男は協力者であるニール(ロバート・パティンソン)と共に、セイターの妻であるキャット(エリザベス・デビッキ)と接触を図り、セイターの陰謀の打破を目論む…。

「インセプション」「インターステラー」など、壮大なスケールの問題作を発表し、「ダンケルク」では実話に基づくこれまた壮大な戦争映画の秀作と、常に話題を振りまいて来た鬼才クリストファー・ノーラン監督。今最も新作が注目される監督の一人だと言えよう。私も観る度に脳髄を刺激され、大ファンとなった。

そのノーラン監督の新作は、なんと第三次世界大戦に伴う人類滅亡の危機を防ぐ為、世界を股にかけて行動するCIA工作員の活躍を描いたスパイ・アクション。ほとんど007ジェームズ・ボンド作品に似たエンタティンメントである。特殊な装置を使って世界滅亡を狙う敵の悪役(ケネス・ブラナー)もボンドの宿敵ブロフェルドを思わせる(注1)
これまでの、複雑な構造の多重世界の物語や実話ベースの戦争映画など、壮大ながら重いテーマのややシンドい作品を連打して来たノーラン監督、この辺で息抜きでエンタメ作品を作ろうと思ったのかも知れない。

しかし出来上がった作品は、やはり一筋縄では行かない、なんとも難解で1回観ただけでは理解不能の作品になっていた。多分ほとんどの観客は、難し過ぎて訳が分からんと音を上げた事だろう。

(以下ネタバレあり)

私自身も、前半まではまったく理解出来ず往生した。とにかく状況の説明もないままどんどん話が進む。防毒マスクで顔が判らない人物が何度か出て来るが、誰なのかも明かされず混乱する。「説明不足」「不親切」との批判も散見される。

しかし後半になって、“時間逆行装置”を使って主人公がその逆行時間の中で活動するようになると、前半までの物語の中で登場した正体不明のあの人物や、あの出来事が、実はアレだったんだ、と判明して、「そうか!」と思わず膝を打った。前半でバラ撒かれたいくつもの伏線が、後半で少しづつ回収されて行く。

例えば、予告編にも登場する、横転大破していた車が、逆回転で元に戻って走り出すシークェンス、最初は、進行するストーリーとはあまり関係なさそうで、あの車は何だったのか意味不明だったのが、後半の時間逆行でそのシーンに戻って行くと、実はあの男が運転していた事が判る。主人公が謎の防毒マスクの兵士と格闘するシーンでも、兵士の動きが何故か逆回転風で、かつ主人公の動きを先読みして行動したりするのだが、これも後半で実はその正体は…、といった具合に、後半の時間逆行シークェンスの中で、前半のいくつもの謎が一つづつ解明されて行くのが心地良い(注2)

それでも解からない箇所がいくつかあるが、いろんな解説やネタバレ批評などを読んで、少しづつ解かって来た。ノーラン監督は、「脚本の練り直しに6, 7年は掛けた」と言っている。何度も脚本を練りに練って、緻密に構成した上で、説明的になる所をどんどん削って行ったのだろう。説明不足は、確信的にやっていると思われる。しかしヒントや伏線はあちこちに散りばめられている。


ノーラン監督作品は、出世作「メメント」(2000)でも物語が時間を逆行するかのように描かれていたし、「インセプション」(2010)、「インターステラー」(2014)でも時間の流れが多層的に進行している。前作「ダンケルク」(2017)では、3つのエピソードが1週間、1日、1時間といった異なる時間軸の中でパラレルに描かれる、といった具合に、毎回“時間”が重要なテーマになっている。
本作ではとうとう、時間を逆に回転させて、逆回転の時間と通常の時間とを巧みに交差させるという、なんとも大胆な試みを行っている。時間はノーラン監督にとって永遠のテーマなのだろう。

また「インターステラー」では理論物理学者のキップ・ソーン博士を招いてワームホール理論を物語の核に据えていたが、本作でもキップ・ソーン博士に時間と量子力学についてアドバイスを受けている。こうした複雑、多元的なテーマを、スパイ・アクションというエンタメ作品の中に取り入れてしまう所がノーラン監督らしい。難解になるのも当然である。

多分この映画は一度観ただけでは面白さは解らないだろうが、何度も見直す度に、面白さが分かって来るタイプの作品なのである(注3)。そういう意味で、これはハマッた観客が何度も観たくなってしまう作品で、息の長い興行になるだろう。その点ではまんまとノーランの営業戦略に嵌められたわけである(笑)。

こうした大脳を刺激してくれる作品は大好きなので、私も近いうちに又観るつもりである。

ただ本作では、世界破滅を目論む悪玉セイターのキャラクターが、妻も子供もいて、妻にDVを働くという意外と凡庸なキャラだったり、どんな方法を使って第三次世界大戦を引き起こすのかが不明だったり、難点もいくつかあって、娯楽作品としても中途半端。この時間逆行テーマは、もっと哲学的な奥深い内容の作品で扱うべきではなかったかと思う。そこが残念。

ともあれ、ノーラン監督ファンなら必見である。宣伝するわけではないが、一度で懲りず何度でも観て欲しい。そのうち1回は是非I-MAXシアターで。  (採点=★★★★☆

 

(注1)
本人も007シリーズの大ファンである事を公言し、とりわけ「女王陛下の007」がお気に入りで、「インセプション」には同作へのオマージュ(雪山でのアクションシーン)が仕込まれている。

(注2)
この快感、どこかで経験したなと考えたら思い出した。2005年公開の内田けんじ監督による「運命じゃない人」である。
この作品でも、章が進むごとに時間が逆行し、別のアングルから同じシーンを再描写する等の映像テクニックを駆使して、前半にさりげなく登場する不審な人物が実はアノ人だったといった具合に、いくつもの謎が後半に至って次々明らかになって行く。当時の私の批評を読み直すと、ノーラン監督の「メメント」を思わせると書いていたので自分でも驚いた。ノーラン監督、まさかこの映画を観てヒントにしたんじゃないだろうな(笑)。

(注3)
「インターステラー」でもオマージュされていた、スタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」も、最初に公開された時(1968年)は、私もそうだったが、難解過ぎて多くの観客が、「さっぱりワケが分からん」と悲鳴を上げた。
だが、何度も見直す度に、少しづつ謎が解かって来て、そうなると観る度に嵌ってしまい、やがては私の生涯のお気に入り作品になって行った。リバイバルの度に劇場で何度も観ている。
一般的作品評価も、公開年度のキネ旬ベストテンでは賛否が別れ5位止まりだったが、年々評価が高まり、その後のキネ旬発表オールタイム・ベストテンでは常に3位以内に入っている。
本作は、まあそこまでは行かないだろう。

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(さて、お楽しみはココからだ)

本作ではもう1点、面白い趣向が施されていて、それはタイトルの“TENET”が回文(右から読んでも左から読んでも同じ)になっていて、このタイトルの意味を探って行くとまた面白い事が判って来る。

Wikipediaで「回文」を検索すると、冒頭に“西暦79年にヴェスヴィオ火山の噴火によって滅亡したヘルクラネウムの街の遺跡に「Sator Arepo Tenet Opera Rotas」という回文が刻まれている事から、回文の起源は少なくとも西暦79年またはそれ以前まで遡る事ができる”とある。
このラテン語の回文は結構有名なようで、“SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS”だけで単独でWikipediaに掲載されている。「農夫のアレポ氏は馬鋤きを曳いて仕事をする」という意味らしい。
その真ん中に「TENET」がある。本作のタイトルはそこから取られている。英和辞典では、TENETは「主義、教義」と和訳されている。字幕でも「主義」と訳している。

Tenet_3 面白いのは、右にあるように、四角に組むと、左上から横に読んでも、縦に読んでもまったく同じになる。今から2000年も前の古代に、よく考え付いたものだ。

で、この5つの単語が、本作の中で巧みに使われている。悪役のアンドレイ・セイター(SATOR)の名前は1番目、セイターの妻キャサリンが鑑定するゴヤの贋作の作者の名前はトーマス・アレポ(AREPO)でこれが2番目、中心のTENETは無論本作のタイトル、冒頭のオペラハウスのオペラ(OPERA)は4番目、そしてオスロ空港の警備会社の名前がロータス社(ROTAS)で5番目とまんべんなく使われている。

思えば、前半の物語経過が、半分を超えた辺りから時間が逆に進んで戻って行くわけで一種の対称形。そう考えればこの映画自体が、回文的な作りになっていると言えるかも知れない。

 

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コメント

面白かったですね。
ちょっと難解ですが、映像がすごいので目が離せませんでした。
実物にこだわるノーラン監督、空港での航空機の事故シーンではボーイング747を購入して爆破したとか。
お話は最初は訳わかりませんが、未来から時間を逆行する装置を使って現在を滅ぼそうという敵がいて、主人公はそれと戦う事になります。
時間を逆行する装置に入って出てくるとそこから周りは全て逆回しになります。
同じ画面に時間を順行する世界と逆行する世界が同居する映像には驚き。
色々あって最後の戦闘では何千人もの兵士が順行と逆行し、アタマがクラクラします。
正直1回見ただけでは理解できたとは言えませんが、刺激的な映像体験でした。

投稿: きさ | 2020年9月26日 (土) 02:06

◆きささん
ほんと、観てる間、頭クラクラしますね(笑)。
ブルース・リーじゃないですが、最初観る時は、"Don't Think,
Feel"と割り切って、大画面で行われる事態をヘタに考えるより感じ取るべきですね。考えるのは観終わった後でいろんなサイト梯子してネタを仕込んでから、2度目の鑑賞で伏線部分をしっかり頭に入れながら観て、それでやっと理解(それでも7割くらいでしょうが)出来るかも知れません。
多分これ、リピーター続出するでしょうね。私もその一人ですが(笑)。

投稿: Kei(管理人 ) | 2020年9月27日 (日) 17:08

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