「宇宙でいちばんあかるい屋根」
(物語)2005年。14歳の女子中学生・大石つばめ(清原果耶)は、父(吉岡秀隆)と母(坂井真紀)と3人で幸せな生活を送っているように見えたが、実の母はつばめが2歳の時に家を出て、今の母とは血が繋がっていない。その父と母との間に近々子供が出来ると知って、疎外感を感じ始めていた。またつばめは隣に住む大学生・亨(伊藤健太郎)に密かな恋心を抱きながらも、打ち明けられないもどかしさを抱いていた。そんな彼女にとって、通っている書道教室の屋上が唯一の憩いの場であった。ある夜、いつものように屋上に上がったつばめは、そこでカラフルな布をまとい、キックボードに乗る老女(桃井かおり)と出会う。不思議な雰囲気を漂わせるその老女と仲良くなったつばめは、彼女を星ばあと呼ぶようになる。口の悪い星ばあに閉口しつつも、つばめは次第に心を開き、亨との恋の話や、家族の話をするようになって行くが…。
「新聞記者」が日刊スポーツ映画大賞作品賞、日本アカデミー賞最優秀作品賞等を受賞したりで時の人となった、藤井道人監督の新作である。
その前の「デイアンドナイト」も、善と悪の境界はどこにあるのかを描いた社会派サスペンス・ドラマで、これも見ごたえある力作だった。というわけで、私も新作を楽しみにしていた。
ただし本作の内容は、前作までとはガラッと変わって、心温まるファンタジー映画である。
(以下ネタバレあり)
主人公の14歳の中学生、つばめ(清原果耶)は多感な年ごろ。隣家の、いつもバンジョーを弾いている大学生の亨に仄かな恋心を抱いている。父は再婚で、今の母とは血が繋がっていない。その母が妊娠し、近々新しい子供が生まれると知って、なんとなく心が落ち着かない。子供が生まれたら、両親の愛情もそっちに注がれ、自分の居場所がなくなるのではないか、という思いが心のどこかにあるのだろう。
実はこれと同じテーマの作品が既にある。2017年に作られた三島有紀子監督の秀作「幼な子われらに生まれ」である。こちらは父の方が血が繋がっていないという違いはあるが、子供が生まれると知って、多感な年ごろの娘(こちらは12歳)が精神的に不安定になり、やがて両親と言い争いになるという展開はほぼ同じである。ただしこちらはやがて家族間で諍いがエスカレートし、家族がバラバラになって離婚の危機も迎えてしまうというハードな内容。それに比べると本作はもう少しソフトでハートウォーミングである。
つばめは学校が終わると書道教室に通い、それが終わると書道教室の屋上で星空を見上げ、一人で過ごしている。
おそらく、前記のような事もあって、なんとなく家に居づらいのかも知れない。
そんなある日、いつものように書道教室の屋上に行くと、見慣れぬキックボードがあり、なんとなく漕いでみると、突然老女が現れ、「それの乗り方教えてくれ」と声をかけて来る。
つばめが教えてあげると、老女は簡単に漕ぎ方を覚え、そしてハッと気がつくと、老女がキックボードごと空を飛んでいる。
ここは、つばめが直接空を飛ぶ老女を見たわけでなく、水たまりに映った老女の飛行姿を一瞬、間接的に見ただけで、横を見るといつの間にか老女は屋上に着地しているので、老女が空を飛んだのはつばめの幻覚かも知れない、と思わせる所がミソである。その後は老女は一度も空を飛ぶ姿を見せない。
この老女は、現実に生きている人間か、それともこの世の人間でない幽霊か魔女(キックボードが魔女のホウキにも見える)か、どちらとも取れるような描き方が秀逸である。桃井かおりがこの不思議な老婆役を快(怪?)演。「年くったらなんだって出来るようになるんだ」のセリフが笑わせる。
つばめは星空の下で出会ったことから、老女を“星ばあ”と名付ける。そして二人は夜ごと語らい合ううち、つばめは次第に心を開き、恋の話や、家族の話もするようになって行く。
星ばあは不思議な力を持っており、つばめがつい勢いで投函してしまった、隣家の亨宛に出した誕生日祝いの手紙を取り戻せないかと相談すると、翌日、星ばあがその手紙をほいとつばめに渡す。どうやって取り戻したのだろうか。
またある時は、これもどうやったのか、ある家からほおずきを取って来る(やっぱり空を飛べるのか?)。
つばめが星ばあにお礼をしたいと言うと、星ばあは水族館に連れて行って欲しいと頼む。
この水族館が素晴らしい。いろんな種類のクラゲが沢山浮遊しており、特に円形のガラス越しに見る無数のクラゲの姿は、まるで宇宙の星の群れを思わせ、その幻想的な光景にうっとりさせられる(注1)。
ここで星ばあは、昔、孫の誠とよくこの水族館に来たという話をする。後段になって、その孫ともう一度会いたいという星ばあの願いをかなえるべく、つばめは奮闘する事となる。
一方、書道教室でつばめは牛山先生(山中崇)から、「水墨画をやってみては」と勧められ、また牛山から、水墨画家の山上ひばりの画集をプレゼントされる。
後で明らかになるのだが、山上ひばりは2歳の時に別れた、つばめの実の母親なのである。
東京で、ひばりの個展がある事を牛山から教えられたつばめは、思い切って両親に内緒で山上ひばりの個展を訪れる。
(鳥の)ツバメが描かれた水墨画に見入っていた時、つばめはひばりから声を掛けられる。自分は娘です、と言いそうになった時、小さな子供が「ママ」と駆け寄り、その向こうにはひばりの夫の姿もある。
その姿を見たつばめは個展会場から飛び出し、雨の中、ずぶ濡れになって家に辿り着く。
心配する両親に、つばめは実の母と会った事を話し、それまで溜まっていた鬱屈をつい爆発させ、母に不用意な言葉を発してしまう。
普通の映画なら、父が思わずつばめの頬っぺたを張り飛ばしてしまうのが常道だが、父はそんなことはせず、つばめの頭をクシャクシャと撫でて「お母さんに謝りなさい」と優しく言う。
このシーンにはホロッとさせられた。怒りをぶつけるだけでは何も解決しないのだ。我々子供を持つ親も自戒すべきだろう。
その後数日経ったある日、星空が見えるつばめの部屋にやって来た父は、「つばめを引き取りたいとひばりが言って来た時、お母さんは断ったんだよ」と語りかける。両親の愛情を感じ取ったつばめは泣きながら父に謝る。
優しくて包容力のある父を演じた吉岡秀隆がいい。あの寅さんの甥・満男が、こんな父親を演じられる役者になったと思うと感慨深い。このシーンではちょっと泣けた。
また亨の家でもひと悶着が起きている。亨の姉が、怪しげな雰囲気の男と恋に落ち、家を出て行ってしまう。亨は止めようとするが姉は聞く耳を持たない。
ある日、姉と男を力づくでも別れさせようと決意した亨は、バイクで二人の車を追いかける途中、事故を起こし重傷を負ってしまう。
それを知ったつばめは、亨の見舞いに行き、やがて亨のリハビリに協力する事となる。恋する男の傍にいられるだけでもつばめは嬉しい。亨は何とも思っていないのだけれど。
夏休み、孫の誠にもう一度会いたいという星ばあの望みをかなえてあげたいと思ったつばめは、星ばあから聞いた“えんじ色の屋根の家”という手掛かりを元に、亨の手助けも借りて地図を頼りに、一軒づつしらみ潰しに該当する家を探して歩く。だがなかなか見つからない。
その途中でつばめは、元カレで今は関係が険悪になっている笹川と出会う。それでも探す家は見つからず焦っていたつばめは笹川にも「えんじ色の屋根の家」を探して欲しいと頼む。
そして数日後、笹川から「家が見つかった」と連絡が入る。それは笹川自身の家であり、笹川の名前は“誠”だった事をつばめは思い出す。笹川誠が、星ばあの孫だったのだ。
星ばあを連れて、誠の家に向かったつばめだったが、誠は祖母の事を忘れているようだし、星ばあは遠くから誠を見ているだけだった。
夜になり、つばめの家に着いた二人。星ばあは誠と再会出来た事で満足したのか、軽やかにクラゲ・ダンスを踊りながら坂道を降りて行く。
そしてそれっきり、星ばあはいなくなってしまう。書道教室の屋上にもやって来なくなる。
星ばあとは何者だったのか。その真実は後日、誠がつばめに見せた1枚の写真で、すべてが明らかになる。それはここでは書かないでおく。
そして15年後、ある水墨画の個展会場に、あの牛山先生がやって来る。
その会場には、クラゲや、ほおずきの水墨画と並んで、あの屋上で、つばめと星ばあが遠くの街を見下ろしている水墨画があった。
その絵にカメラがズームし、画面一杯にアップになった所で、「宇宙でいちばんあかるい屋根」のタイトルが現れる。そして映画は終わる。
何の説明もないけれど、これだけでつばめが、その後の15年間でどんな人生を歩んだかが観客にはよく分かるはずである。なかなか気の利いた洒落たエンディングである。うまい。
藤井監督の演出は、メルヘン・タッチで、ほのぼのとした雰囲気で全編を統一しており、心がほっこりと温まる、爽やかななファンタジーに仕上がっている。何度か泣けた。
つばめを演じた清原果耶、若手ながら演技、存在感とも素晴らしい。今後も注目したい逸材である。また星ばあを演じた桃井かおりもさすがうまい。「一度も撃ってません」と併せて本年度の助演女優賞は当確だろう。
(以下完全ネタバレ。映画を観た方のみお読みください)
星ばあは、途中で薄々解った人も多いだろうが、もう亡くなっていた。つまりは幽霊という事になる。
よく思い返せば、星ばあがつばめ以外の人とは一度も会話していないし、中学校の出口で星ばあがつばめを待ち伏せていたシーンでも、同級生たちは無関心に通り過ぎている。
つまり、星ばあの姿はつばめにしか見えていないのである。
だから、誠の家の前で誠と星ばあが再会するシーンでも、あの距離なら星ばあの姿が見えたなら、誠はそれが自分の祖母と気がつくはずである。見えなかったから何の反応もしなかったのである。
こうしたシーンが伏線となって、星ばあは人間には見えない、つまりは幽霊か、それに近い存在だと観客は早い段階で気がつくのである。
幽霊だからこそ、空も飛べるし、つばめが亨に出した手紙もなんなく取り戻せたのである。
ただ私は、星ばあは幽霊と言うより、天国に行って、その後地上に舞い降りた天使ではないかと思っている。それも守護天使。
星ばあはつばめを見守り、つばめに的確なアドバイスを与え、正しい方向に導いて、その成長を手助けしている。まさにつばめにとって守護天使である。
しかしなぜ、まったく他人であるつばめの前に現れたのか。守るべきは孫の誠の方ではないのか。しかもつばめと誠は以前付き合っていた間柄である。これは偶然だろうか。
実はそこに、本作の重要なポイントが隠されていると私は思う。
以下は私の独断である。
実は星ばあは、天国に行った後、誠が気になってずっと誠を見守っていた。
その誠が、つばめと仲良くしていたのに、いろいろとトラブルがあって、二人は気まずくなってしまった。
一見、ツッパッてて憎まれ口も叩くけれど、誠は本当は心優しい、いい人間である事を知っていた星ばあは、つばめを導き、二人をもう一度元の鞘に納めようと思ったのだろう。だからつばめの前に現れたのは、偶然ではなく初めから目的あっての事である。
孫の誠に会いたいが居場所が分からない、というのも嘘である。だいたい自分が住んでいた家なのだから住所を知らないはずがない。おまけに何だって不可能はない天使である(幽霊でもいい)。
つばめに誠の家を探させる事によって、疎遠だったつばめと誠が、もう一度仲良くなることを狙った星ばあらしい作戦なのである。そう考えれば、いろいろと腑に落ちる。
実際、その作戦は成功し、星ばあと誠が一緒に写っている写真を誠から見せられ、星ばあが今はこの世にいない事を知ったつばめが泣き出すと、誠はその姿をじっと見つめている。
おそらく、この後つばめと誠はわだかまりも解けて、また仲良くなるだろう。もしかしたら将来は二人は結婚するかも知れない。
亨との関係は、中学生と大学生、という年の差もあって、亨はつばめを妹のようにしか思っていないだろうし、今後も隣人としての関係のままだろう。
こうやって、別の視点から見直す事で、映画は何度でも楽しむ事が出来るのである。説明描写を極力抑えているから、観客があれこれと考える余地も出て来る。藤井監督の脚本・演出が見事である。
なお一部で、書道教室屋上から見る周囲の風景がセット感があってリアルではないとの指摘があるが、それも狙っての事だろうと私は思う。
最初、屋上から見える、月、流れるような雲、灰色の後景に黒く浮き上がる山並み、という風景を見た時、私は“墨絵のようだな”と思った。
その後つばめが水墨画を習い始めた事で、もしかしたら、と思った。そしてラストシーンの、あの屋上から見た街の風景を描いた水墨画を見て確信を持った。
つまりは、ラストの水墨画を引き立てる為、わざと屋上からの風景を水墨画風に見えるように加工しているのである。
またこの屋上は、星ばあが舞い降りる、この世と、あの世の境界でもある。だからそこから見る風景は、どこか非現実感が漂っている方が納得出来るのである。
…と、いろいろ褒めて来たが、少しだけ描き込み不足の点がある。
冒頭、朝寝過ごしたつばめが慌てて「行ってきます」と学校へ行くシーン。ごく普通の仲のいい家庭風景に見えるが、ここはつばめの、自分の実の母でない継母との微妙な距離感や、子供が生まれると知っての不安感を感じさせる演出が必要だったのではないか。それらがあれば、彼女がいつも書道教室の屋上で一人いる事への説得力も増したのではないかと思う。
また、水墨画家の山上ひばりがつばめの実の母である事を、もう少し伏線として早い段階で配置しておくべきではなかったか。せめて牛山先生から山上ひばりの名前が出た時、つばめの心に動揺が広がるようなシーンも入れるべきだったと思う。
東京でのひばりの個展会場でも、実の母ひばりと、つばめとの接近シーンがあっさりし過ぎ。つばめが、この人が母なんだと感じるリアクション、またひばりも、もしかしたらあの子が私の娘ではと、ふと感じるようなシーンもあれば良かったと思う。
そうした細かい心理描写があれば、もっと素晴らしい傑作になっただろう。まあ、まだ若い藤井監督、これからも大いに期待する故の激励と考えて欲しい。
ともあれ、心温まるファンタジーの秀作としてお奨めである。
(採点=★★★★☆)
(注1)
あのクラゲが無数に泳ぐ水族館。とても印象的だったので調べたら、山形県鶴岡市にある、加茂水族館のものだった事が判った。
クラゲドリームシアターと呼ばれるこの水槽は、直径5mもあり、クラゲ展示数世界一を誇っているそうだ。別バージョンのポスター(右)にも使われている。
うーん、一度行ってみたくなった。コロナ禍の中、心が癒されるスペースと言える。この映画に登場したおかげで、訪れる人が増えるかも知れない。
紹介サイトはこちら ↓
https://snaplace.jp/kamosuizokukan/
原作本
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コメント
友人の「桃井かおりが樹木希林の座を狙いに行ってる」と言ってたのには笑いました。
「デイアンドナイト」「新聞記者」と三本観ましたが、これが一番好きです。
でもお客さんあんまり入ってなかったのが残念です。
投稿: タニプロ | 2020年9月15日 (火) 02:02
印象的な場面で登場するクラゲドリームシアターがある加茂水族館、山形県鶴岡市在住の私です。
鑑賞したイオンシネマ三川ではクラゲのミニ水槽が展示してありますよ。
地元の加茂水族館効果で客入りは良好でした。
「デイアンドナイト」「新聞記者」は妻と鑑賞しましたが、本作は娘と鑑賞しています。
やはり父・娘の場面は痛いほど分かるので、子供の横で気にせず感涙…。
吉岡秀隆さん私の一つ下ですが良いですね…。
勿論、清原果耶さん、桃井かおりさん、伊藤健太郎さんの配役も素敵でした。
本来なら上記の加茂水族館がある鶴岡市の「鶴岡まちなかキネマ」で鑑賞したかったのですが、コロナ禍で5/22で閉館…
でも車で20分の「イオンシネマ三川」で本作に出会えて気持ちが穏やかになりました。
投稿: ぱたた | 2020年9月16日 (水) 11:13
◆タニプロさん
私も藤井監督の作品はこれが3本目で、タニプロさんに同じく本作が一番好きですね。何度も観たくなる、素敵な作品です。
>「桃井かおりが樹木希林の座を狙いに行ってる」
あはは、確かに口が悪くてどこか人を食ったような変り者バアさん役を演じられるのは、希林さん以外には桃井かおりしか思いつきませんね。
でも個人的には、桃井さんには「一度も撃ってません」のような、歳を取っても年令を感じさせない元気な熟女役を演じ続けて欲しいと思ってます。
◆ぱたたさん
山形県鶴岡市にお住まいなのは知ってましたから、きっとご覧になってると思ってましたよ。やはり泣けましたか。
コロナ禍で地元の映画館が閉館になったのですか。残念ですね。
イオンシネマはシネコンながら、「新聞記者」を共同配給したり、地味な秀作を積極的に上映したりとユニークな活動をしており、私も極力イオンシネマを利用する等贔屓にしています。多分経営的には厳しいでしょうが、頑張って欲しいですね。
投稿: Kei(管理人 ) | 2020年9月17日 (木) 00:42