「れいわ一揆」
令和元年夏の参議院選挙。元俳優の山本太郎が立ち上げた政党「れいわ新選組」は、さまざまな異色の候補者を擁立した事で話題となった。そのうちの一人、比例代表候補として出馬した、女性装の東大教授として知られる安冨歩は、「子どもを守り未来を守る」とのスローガンを掲げ、都内各地をはじめ、北は北海道・旭川から南は沖縄、そして京都、故郷の大阪・堺市と、相棒の馬“ユーゴン”とともに全国を飛び回って選挙活動を展開した。その他、沖縄創価学会壮年部員でありながら公明党を鋭く批判する野原善正、元派遣労働者で子供を抱えホームレスも経験した渡辺照子など、個性豊かな総勢10人の候補者たちの姿を、原監督のカメラが鋭く迫って行く…。
「ゆきゆきて、神軍」(1987)、「全身小説家」(1994)などの異色のドキュメンタリーでセンセーションを巻き起こした原一男監督。その後しばらく低迷していたが、2018年、「ニッポン国VS泉南石綿村」で見事な復活を遂げた。
「ニッポン国-」評でも書いたが、原一男監督は、「ゆきゆきて、神軍」の奥崎謙三、「全身小説家」の井上光晴など、ユニークかつ異色の人物を見つけ、その対象にとことん迫った時に傑作が生まれる作家だと思う。
「全身小説家」の後、被写体として、そうした強烈な個性を持った人物が見つからなかった事も低迷の原因だったに違いない。
「ニッポン国VS泉南石綿村」では、一人のユニークな人物だけを追っていたそれまでの手法を改め、国を相手に石綿被害の国家賠償請求訴訟を行った無名の人たちの行動を追う、言わば“個人から集団へ”の戦略転換を行い、これが見事成功していた。
無論、中に一人ちょっとユニークな人もいたが、それが前面に出る事なく、作品としては石綿被害で亡くなった多くの人たちの無念がマグマとなって国家に向かう、そのうねりが見事に表現されていた。
そしてもう1点、これまでは一人の特異な人物を外側から観察するだけだった原監督が、この作品では自ら無名の集団の中に入り込んで、監督本人も画面に登場し、一緒に怒り、共に闘っている。その熱気がこちらにも伝わって来て感動させられた。
そこで本作である。前作からわずか2年を経ての新作の発表である。しかも上映時間はなんと4時間8分!。前作も3時間35分と長かったが、本作はさらに長い作品になっている。しかし少しも退屈する事なく、食い入るように見入ってしまった。今年75歳になった原一男監督だが、映像のパワーと熱気はまったく年齢を感じさせない。凄い作家である。
本作のきっかけは、元々は経済学者で、東京大学東洋文化研究所教授である安冨歩(やすとみ・あゆみ)氏が2018年、埼玉県東松山市長選に出馬した事を原監督が知って興味を抱いた事から始まる。
しかも安冨氏は50歳になった2013年に、もっとも自然に生きる事が出来るスタイルとして、女性の服を着て化粧して行動する事を選び(本人は“女装”ではなく“女性装”と呼ぶ)、以後仕事をするにもどこへ行くにも女性装で通しているという、ユニークな方である。
東松山市長選でも、女性装で、しかも白馬を連れて選挙活動を行った(結果は現職市長に破れ落選)。
異色の人物を見つけ、ドキュメンタリーの主役にして来た原監督が、この安冨教授に関心を抱くのは自然な流れと言えるだろう。
原監督は、まず自身が開設しているネット番組で安冨氏と対談し、その中で「次も是非選挙に出てください。私が映画を撮りますから」と依頼する。
その依頼に触発されてか、安冨氏は「れいわ新選組」の立候補者公募に応じ、2019年の参議院選挙に出馬する事となり、その選挙活動の一部始終を原監督がカメラで追う事となったのが本作の出発点である。
多分原監督は最初は、安冨氏一人にフォーカスを絞って撮るつもりだったのだろう。しかし山本太郎をはじめ、「れいわ新選組」から立候補した人たちがみんな型破りのユニークな人たちだった事から、遂には立候補者10人全員の選挙活動をまとめて追う事に方針を転換したのである。
これは前作で、個人でなく集団を撮る事に方針転換を行った成功体験があった事も起因しているのだろう。
安冨氏一人だけだったら2時間位で収まったかも知れないが、10人の選挙活動に密着するとなったら、上映時間が4時間を超えるのも当然だろう。
安冨氏以外の立候補者は、沖縄創価学会壮年部員でありながら、安保法制や沖縄辺野古基地移設に賛成して来た公明党に、「何が平和の党だ!」と反旗を翻した 野原善正氏、元派遣労働者のシングルマザーでホームレスも経験した渡辺照子氏、元コンビニオーナーで、フランチャイズの過酷な現状に怒りを露わにする三井義文氏、北朝鮮に弟を拉致されていた兄の蓮池透氏、そして重度障がい者の 舩後靖彦氏、同・ 木村英子氏など実に多士済々かつ異色の候補者たちばかり。
これだけの人たちの、しかも分かれて日本中を飛び回る選挙活動を追っかけるには1人や2人のカメラマンでは到底足りない。
というわけで、クレジットにもあるがカメラマンは総勢14人。それでも足りず、支援者にiPhoneで映像を撮ってもらいそれも集めた。
結果として撮影総時間は1,000時間を超えたと言う。それを編集し、無駄な部分をどんどん削って、最後にこれ以上切れない、という所まで編集したのが4時間8分というわけである。
そんな長大な上映時間にも拘わらず、この映画が面白いのは、一つは安冨歩候補の、奇抜でユニークな選挙戦に徹底密着した、いかにも原監督らしい人間観察が優れているのと、もう一つはたった10人の候補者の弱小政党が、強大な力と金を持った既存政党に闘いを挑み、それぞれにゲリラ的な選挙戦を展開して行くプロセスがとてもドラマチックで感動的だからである。
一応、10人の候補の闘いぶりもある程度は網羅されているが、原監督の狙いは当然安冨氏である。よって安冨氏を追いかけた部分が最も多いし、力が入ってる。
安冨氏は、カンパでレンタルした白馬を引き連れ、応援の仲間たちと共に、北は北海道から南は沖縄まで全国を行脚し、最初の頃は馬だとか、応援の楽士たちが奏でるピアニカやカウベルの賑やかな音色につられて子供たちが集まって来たりはするものの、大人は彼の女性装姿にまず引いてしまったり、演説の内容も難しくて解り辛いので、聴衆はなかなか集まらない。
馬を引き連れ、女性装で、バックでは始終楽隊が音楽を奏でているし、話は何言ってるのか解らない…と、その奇抜な選挙戦は、まるで「映画『立候補』」のマック赤坂である。れいわ新選組のバックがなかったら、泡沫候補と言われても不思議ではない。こんな調子で大丈夫かなと心配になって来る。
しかし選挙戦の終盤に近付くにつれ、安冨氏の演説内容も、難解な言葉が減って、「子供たちを守り、未来を守ろう」というテーマに集約して訴える姿が説得力を帯びて来る。聴衆も増えて来る。
そして最後の演説場所は安冨氏の生まれ故郷である大阪・堺市。街の発展と引き換えに、昔の美しい田園風景が失われてしまい、母校の校舎も取り壊されてしまった、その故郷の今を嘆き、哀しみ、訴えるうちに感極まって涙を流す、その姿は感動的だ。聴衆も目を潤ませる人もいる。私もつい涙腺が緩んでしまった。
そして開票日。厳しい選挙戦を闘った候補者たちが一堂に会し、それぞれに苦闘の感想を述べる。支援者たちと共に心が通い合った10人の思いが、やがて一つになって盛り上がって行く高揚感が画面から迸って来る。その編集リズムが心地良い。
開票の結果、特別枠の 舩後靖彦、 木村英子の二人の当選が決まった時はもうお祭り騒ぎ、ムードは最高潮に達する。ここも感動的だ。泣けた。
まさに少数弱者の人たちが、強大な敵に勝った瞬間である。実にドラマチックな幕切れである。4時間があっという間だった。
私は別にれいわ新選組を支持しているわけでもないし、その政策に賛同しているわけでもない。それでも感動してしまった。支持者、支援者ならもっと感動するだろう。
なぜこの映画が感動的で面白いか。その理由は、弱い者が力を合わせ、強大な敵に闘いを挑むという展開自体がまさにエンタティンメントの王道パターンであり、日本人の心の琴線に触れる物語だからである。最初から狙ったわけではないだろうが、10人のゲリラ的な闘いぶりを追っているうち、期せずしてこのパターンが出来上がったと言える。
落選したとは言え、安冨氏の表情は晴れやかである。エンドロール後の映像もいい。この映画の中で初めて馬に跨る安冨氏の姿がある。選挙戦中は、馬に乗ると道路交通法その他の制約があった為である。
「馬に乗っていると、空を飛んでいるような気分なんですよ」と語る安冨氏を捉え、映画は終わる。
今年は「なぜ君は総理大臣になれないのか」、「はりぼて」、そして本作と、政治と政治家に関するドキュメンタリーの秀作が相次いだ年として記憶に残る年となった。本当にどれも面白く感動的だった。
特に本作は、笑いあり、涙あり、感動ありの素晴らしい人間ドラマの秀作になっている。3作の中でも一番面白い。本年度のベストテン上位に入れたいと思う。原一男監督の粘り強い映画作りの姿勢にも敬意を表したい。安冨氏の今後の活躍もまだ見届けたいと思う(次も選挙に出るのだろうか?)。
ちょっと残念なのは、その後れいわ新選組が方針の違いやら何やらで離党者が出たり失言があったりで、支持率も下がり失速気味である点。
クセの強い人たちが集まった故に、1本にまとまるのは至難の業と言えるかも知れない。仇花だったと言われないよう、山本代表には頑張って欲しいと思う。 (採点=★★★★★)
(付記1)
それにしても、選挙が終わったのが2019年7月21日、選挙後のインタビューが翌月頃。それで、10月28日〜11月5日に開催された第32回東京国際映画祭のスプラッシュ部門特別上映エントリーに間に合わせたのだから、選挙終了後からでもわずか3ヵ月、撮影終了後からは2ヵ月くらいで完成させたことになる。しかも上映時間4時間8分。前述の総撮影時間から考えても、これも凄い事である。
(付記2)
原一男監督は、もう既に次回作「水俣曼荼羅」を完成させ、来年公開の予定となっている。しかも上映時間がなんと!6時間12分!。作る度に上映時間が増えている。まさに怒涛の勢いである。原監督の会社名は“疾走プロダクション”だが、どこまで疾走し続けるつもりだろうか。
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