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2020年11月28日 (土)

「Mank マンク」

Mank 2020年・アメリカ   131分
製作:Netflix
提供:Netflixインターナショナル・ピクチャーズ
原題:Mank
監督:デビッド・フィンチャー
脚本:ジャック・フィンチャー
撮影:エリック・メッサーシュミット 
製作:セアン・チャフィン、エリック・ロス、ダグラス・アーバンスキー

映画史に輝く不朽の名作「市民ケーン」誕生の舞台裏を、共同脚本家の視点から描いた、Netflixオリジナル映画。監督は「ゴーン・ガール」のデビッド・フィンチャー。脚本はフィンチャー監督の父ジャック・フィンチャー。主演は「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」の名優ゲイリー・オールドマン。共演は「マンマ・ミーア!」のアマンダ・セイフライド、「白雪姫と鏡の女王」のリリー・コリンズ、テレビドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」のチャールズ・ダンスら。

(物語)1940年のハリウッド。マンクの愛称で知られる脚本家ハーマン・J・マンキーウィッツ(ゲイリー・オールドマン)はアルコール依存症に苦しみながら、神童と称され、ハリウッドに招かれたオーソン・ウェルズ(トム・バーク)の依頼を受け、彼が監督、主演する「市民ケーン」の脚本の仕上げを急いでいた。期限は60日。その直前、自動車事故で足を骨折した為、ベッドに横たわりながらの執筆である。悪戦苦闘しながらもマンクは脚本を仕上げて行く。その脳裏には、1930年代のハリウッド黄金期に交流を重ねて来た映画人の顔が浮かんでは消えていた…。

オーソン・ウェルズ監督・主演の「市民ケーン」(1941)は、映画史上の最高傑作と称され、今なお歴代オールタイム・ベストテンではトップを争っている。

私もこの映画は、私自身にとっても生涯のベストワンと言えるほど大好きな作品である。1966年の日本初公開時に劇場で観て衝撃を受けた。以後も名画座でも何度も観たし、DVDも入手して時々観ている。何度観ても新しい発見があり、圧倒される。

一般的には、ウェルズが製作・脚本・監督・主演を一人でやってのけたワンマン映画として知られ、共同脚本家としてクレジットされているハーマン・J・マンキウィッツはどこまで関わったのか、ほとんど知られていない。

本作は、そのマンクことマンキウィッツに焦点を当て、彼を主人公として、彼の視点からこの映画史上の傑作が完成するまでの知られざる事実を描いた、アナザー・ストーリーである。だからウェルズはちょこっとしか出て来ない。これは面白いアイデアである。

脚本がジャック・フィンチャーとなっているが、この人は監督の父親で、新聞社で働いた経験もあり、かなり以前に脚本を執筆していた。息子のデヴィッドはこれを1990年代末頃に映画化を試みたが、内容が地味な為に実現出来ないままに過ぎ、ようやくNetflixが資金を出して完成させる事が出来た。デヴィッドにとっては父親の夢をやっと実現出来たわけである。
それにしても昨年のアルフォンソ・キュアロン監督「ROMA/ローマ」や、マーティン・スコセッシ監督「アイリッシュマン」など、Netflixのおかげで映画化が実現出来た秀作が多いのは何とも考えさせられる。

(以下ネタバレあり)

映画は全編モノクロ。しかも冒頭のクレジット・タイトルからして昔の1940年代の映画そのままの雰囲気。メイン・タイトルも昔風の太い筆記体だ。

そして物語が進むと、ライティングを抑え気味にした照明、時には逆光で顔もよく見えないような暗い画面が続く。これは明らかに映画「市民ケーン」のタッチを狙っている。「市民ケーン」も逆光でわざと顔を見せないシーンがあったり、焦点深度を絞って前景と後景のどちらにもピントが合った、いわゆるパン・フォーカス映像で知られている。

Mank2

びっくりと言うか笑ったのが、画面の右隅に何度か黒い丸が出て来る所。これは明らかに、昔のフィルム上映時に、フィルム交換のタイミングを示す為のサインの黒丸表示(チェンジマークとも言う)をワザとやってるわけで、デジタル時代の今では消えてしまったものである。なんとも凝っている。

あたかも昔の古い映画を観ているようで、まさに1940年代にタイムスリップしたような感じである。

物語は、ウェルズの依頼を受けて、マンクが「市民ケーン」の脚本を仕上げるまでの経緯を描くと共に、1930年代中盤、ハリウッドにおいてマンクが脚本家として働く中で、多くの大物プロデューサーや俳優たちとの交流を深めて行く様や、カリフォルニア州知事選挙の模様といった当時の社会情勢などを回想として挟み込み、如何にしてマンクが“新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルとした「市民ケーン」の物語”を作り上げて行ったかを描いている。

回想シーンの終盤、1939年頃には、マンクがハーストと知り合い、その金に飽かせた金満ぶりや、愛人マリオン・デイヴィスといつも連れ立っている様子等に次第に反感を覚え、この男をモデルにしたドラマを作る事を思いつく。

しかもウェルズは、脚本作りをすべてマンクに任せ、「90日は欲しい」というマンクの要望に「60日で仕上げろ」と命じ、クレジットには名前を載せないという契約まで交わさせてしまう。

直前に足を骨折したマンクは、片田舎の牧場内にある宿泊施設で、足にギブスを填めたままベッドに横たわり、口述筆記で脚本を仕上げて行く。

こうした物語で明らかになるのは、今までは「市民ケーン」は物語の着想も脚本作りも、すべてウェルズが自分でやってのけ、共同脚本のマンクは単に脚本作りのサポート的役割だったと思っていたのだが(勝手にそう思い込んでいただけかも知れないが)、実はマンクの役割が相当大きかったという事である。
どこまで事実かは分からないが、もしそうだとしたら、この映画史上の傑作の実質的な作者は、ウェルズではなく、マンクことハーマン・J・マンキウィッツの方だった、という事になる。

しかもウェルズは、契約を盾に取ってクレジットにマンクの名前を載せないつもりだった。つまりはすべて自分が一人で作ったという事にしたかったわけである。
マンクはやがてウェルズに、「クレジットに自分の名前を載せろ」と訴え、これが認められたおかげで、マンクは翌年のアカデミー賞授賞式で見事脚本賞を受賞する事となる。

この、クセのあるマンクという人物を絶妙に演じ切ったゲイリー・オールドマンがいい。「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」に続く歴史上の実在人物役である。ウェルズ役はトム・バークという役者。体格や雰囲気は若い頃のオーソン・ウェルズによく似ている。

そして何より、デヴィッド・フィンチャーの、いつものケレンを排して正攻法でじっくりと撮り上げた演出が見事。特に、自身の父親がずっと昔に書きながら埋もれたままになっていた脚本を、自分の手で演出して作品として世に送り出し、父の夢を叶える事が出来た、その熱意にも大いに敬意を表したい。

埋もれていた脚本家に光を当てた、という意味では、マンクの姿がそのままジャック・フィンチャーに重なったとも言えるだろう。

映画史に名を刻む名プロデューサー、デヴィッド・O・セルズニックやジョン・ハウスマン、MGMの創始者の一人、ルイス・B・メイヤー、アカデミー賞の1部門、アーヴィング・タルバーグ賞に名を残すアーヴィング・タルバーグなど、実在の映画人が次々登場するのも映画ファンとしては感慨深い。マンクの実弟で、後に「イヴの総て」等の名作を監督したジョゼフ・L・マンキウィッツがチラリと登場するのもニヤリとさせられる。

そしてよく考えれば、現在と過去を交互に描く演出一人のアクの強い人物に焦点を当てている点など、「市民ケーン」の作品パターンをうまく応用している事にも気がつく。前述した撮影技法も含めて、あらゆる所に「市民ケーン」へのリスペクト愛が満ち溢れている。

そういう意味でも、本作を観る上では、映画「市民ケーン」を観ていなければ面白さは半減以下となる。もし未見なら、レンタル屋にもDVDが置いてあるので是非借りて予習しておく事をお奨めする。

本作の上映は、12月4日からのNetflixでの独占配信に先駆けての先行限定公開である。従って観ようと思えばNetflixで観られるが、細部まで凝った映像は是非映画館で観て欲しい。とりわけ照明を抑えた暗いシーンは、ビデオモニターでは果たして顔が判別出来るか気になる所である。 (採点=★★★★☆

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(で、お楽しみはココからだ)

Rko281 「市民ケーン」の製作秘話に関しては、1999年に「ザ・ディレクター[市民ケーン]の真実」という映画が既に作られている(監督ベンジャミン・ロス)。

これは、オーソン・ウェルズと脚本家のハーマン・J・マンキウィッツの二人が、ハーストをモデルにした映画、「市民ケーン」を作ろうと思い立った事から始まり、その撮影風景や、ハーストとマリオンの日常、映画製作を知ったハーストの怒り等が描かれ、ルイス・B・メイヤーら製作者たちがハーストの意向を汲んでフィルム買取・廃棄を図るなど、さまざまな困難を乗り越え、作品が無事劇場公開に漕ぎつけるまでを描いた作品で、この作品でもマンキウィッツが“マンク”とウェルズらに呼ばれていたり、その前にコンラッドの「闇の奥」を映画化しようとして果たせなかったりと、本作と共通するエピソードがかなりあるのも興味深い。一時は脚本にマンクの名前がなかった事も描かれている。マンクを演じたのは、こちらも性格俳優のジョン・マルコビッチ。

この作品では、ウェルズとマンクは友情で結ばれ、脚本作りは共同作業だったり、マンクの足も骨折などしていなかったり、本作とは幾分異なっている。どっちが事実に近いのだろうか。

こちらはウェルズ(リーブ・シュレイバー)が主人公で、撮影のエピソードも描かれ、「市民ケーン」の裏側を知るには格好の教材である。またマルコビッチの好演もあって、マンクという人物についてかなり詳しく描いた作品としても記憶に残る。「市民ケーン」ファンなら是非観る事をお奨めする。また本作と見比べるのも面白いかも知れない。
ちなみに製作総指揮に当っているのがリドリー・スコットとトニー・スコットの兄弟である。

 

DVD[市民ケーン」
Blu-Ray「市民ケーン」

 

DVD「ザ・ディレクター[市民ケーン]の真実」

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