「本気のしるし 《劇場版》」
2020年・日本 232分
制作:メ~テレ(名古屋テレビ)
配給:ラビットハウス
監督:深田晃司
原作:星里もちる
脚本:三谷伸太朗、深田晃司
撮影:春木康輔
チーフプロデューサー:高橋孝太、太田雅人
プロデューサー:松岡達矢、加藤優、阿部瑶子
2019年放送された星里もちるの同名コミックの連続テレビドラマ化作品を再編集した劇場版。監督は「淵に立つ」「よこがお」の深田晃司。出演は「蜜蜂と遠雷」の森崎ウィン、「去年の冬、きみと別れ」の土村芳。その他宇野祥平、石橋けい、福永朱梨、忍成修吾、北村有起哉ら個性的な俳優が脇を固める。河瀬直美監督「朝が来る」と同じく2020年・第73回カンヌ国際映画祭のオフィシャルセレクション「カンヌレーベル」選出作品。
(物語)成り行きまかせの退屈な日常を送っていた会社員・辻一路(森崎ウィン)。ある夜辻は踏み切りで車が立ち往生していた不思議な雰囲気の女・葉山浮世(土村芳)の命を救った。だが浮世は警察に運転していたのは辻だと嘘をつく。それでも心優しい辻はお金がないと言う浮世にタクシー代を貸してあげる。だがその後も、お金や人間関係、すべてにだらしなく無責任な浮世によって辻は次々とトラブルに巻き込まれて行く。にもかかわらず辻はなぜか彼女を放ってはおけず、仕事や人間関係を失いながらも、彼女を追ってさらなる深みへと嵌って行く…。
深田晃司監督は、「ほとりの朔子」(2013)がなかなか味のある佳作だったので、以来お気に入りの監督となった。その後も、「淵に立つ」(2016)、「海を駆ける」(2018)、「よこがお」(2019)と、どれも一筋縄で行かない異色作を連発、今最も次回作が気になる監督の一人となった。
その深田監督の劇場公開新作が本作である。しかし…上映時間が4時間!近くもあり、料金も通常の約6割増し。しかも原作はマンガだとか。ちょっと気おくれしたが、えいっと思い切って、仕事も早めに切り上げて鑑賞する事とした。
結果は大正解。面白い!長い上映時間なのに(途中15分の休憩あり)、まったくダレる事なく、寸分のスキなく緻密に構成され、4時間があっという間だった。本年度ベストテン上位に入れたい傑作である。
元々は昨年、名古屋テレビで30分×10回にわたって放映されたテレビドラマである。CMも入るから、1回の正味放映時間はクレジットロールも除けば約23分くらいのはずで、10回で230分。ほぼこの劇場版の上映時間と同じである。ただしそのまま繋げただけではなく、未公開シーンを加え再編集した“ディレクターズカット版”という事である。
こんなに長時間で、その上元はテレビドラマであるにも関わらず、堂々本年度のカンヌ国際映画祭オフィシャルセレクション「カンヌレーベル」に選出されたわけだから、いかに優れた出来だったかが分かる。深田監督の、これまでの最高作ではないかと思う。
(以下ネタバレあり)
冒頭、玩具会社の営業マンである主人公・辻一路(森崎ウィン)がセールスをしている時に、商品(カブトムシの玩具)に色剥げがあると相手先に言って取り換えるシーンがある。黙っていれば分からないのに。
これで、この辻という男が仕事に関しては真面目で正直な(あるいは細かい所が気になる)性格である事が判る。この性格が後々伏線となって物語を牽引する事となる。秀逸な出だしである。
辻は会社では、先輩社員の 細川尚子(石橋けい)と若い女子社員の 藤谷美奈子(福永朱梨)と二股で肉体関係を持っている。細川とはそろそろ飽きかけている。
仕事は真面目で几帳面なのに、女性関係は優柔不断で成り行き任せ。ちょっと不思議なキャラクターである。このキャラクター設定ゆえに、後に彼が自ら抜き差しならぬ深みに嵌って行く事に説得力を持たせている。
ある日辻はコンビニで買い物をするが、陳列されている玩具(シャボン玉製造機?)のパッケージが破れている事に気付き、わざわざ店員に「破れていますよ」と伝える。だが店員は生返事するだけで動こうとしない。その後一人の女性がこの玩具を買い物カゴに入れているのを見つけた辻が、「これ破れてるから取り換えた方がいいですよ」と声をかける。この女性が本作のヒロインである葉山浮世。この時が辻の、まさに蟻地獄に堕ちて行くような不幸の人生の始まりとなる。
冒頭で示された“仕事熱心で些細な事でも放っておけない”辻の性格がここで生きて来る。脚本が実に秀逸。
コンビニを出た後、辻はくだんの女性・浮世が運転するレンタカーが踏切でエンストを起こし立ち往生している事に気付き、慌てて駆け付けて車を踏切から押し出し、間一髪浮世の危機を救う。コンビニで声をかけなければとっくに店を出て、踏切で浮世を助ける事もなかったはずなのに。
だが浮世は、警察の聴取に辻を指して「運転していたのはこの人です」と嘘を言う。結局後で嘘だった事を明かすのだけれど。普通ならこんな嘘つき女とは関わらない方がいいと思えるのに、辻は「帰りのタクシー代がない」と言う浮世に1万円を貸してやる。一応連絡先確認の為、彼女の免許証を写真に撮るのだが。
辻のこうしたおせっかいで、困った人を放っておけない性格は、以後も何度か強調される事となる。なんとも損な性分だ。
その後も浮世は、レンタカー代を延滞したり、金を持たずに酔ってタクシーに乗って寝てしまったりと何度もトラブルを巻き起こすが、いずれも車内に残っていた辻の名刺や、辻の番号しか登録されてなかった携帯などから辻に料金請求が行き、その都度辻は金を立て替える破目となる。
その後も浮世のこうした金銭に絡むトラブルはどんどん広がり、遂には闇金からの借金でどこかへ売り飛ばされそうになる。その借金も辻は肩代わりする事となる。
何ともはた迷惑と言うか、もっと悪い言い方をすれば彼女は“男を惑わし地獄に引きずり込む悪女、ファム・ファタール的な存在”だと言えよう。
だがフィルム・ノワールの強気な性格のファム・ファタールとは異なり、何度も「すみません」を繰り返すしおらしい態度からも解るように、浮世は一見か弱そうで、不幸な運命を背負った女性のようにも見える時がある。前述のような辻の性格からして、これは放っておけないと思うのも仕方ないと思わせる。かくして辻は、自分でも理解できない、浮世がもたらす災厄の渦に巻き込まれて行く事となる。
その後も、浮世に関する秘密が次々と明らかになって来る。実は 葉山正(宇野祥平)という男と結婚していて娘までいるし、また 峰内大介(忍成修吾)という男とは心中未遂事件まで起こしていた事が判る。浮世は夫の正から逃げており、そんな時辻と出会った訳だが、正はそれでも浮世を探して連れ戻そうと懸命になっている。
辻も含めて、なぜ男たちはこんな次々とトラブルを引き起こしてばかりいる浮世に惹かれるのだろうか。その謎こそが、本作の魅力でもある。観ていて飽きない。4時間があっという間である。
後半に至って、浮世に翻弄され続けた辻は、とうとう仕事も、愛人たちもすべて捨て、浮世の前からも消え去ってしまう。
その時になって、浮世は初めて、辻こそが自分にとってかけがえのない男である事を思い知るのである。
そこから浮世は、まるで人が変わったように心を入れ替え、ひたむきに辻の消息を探し回る。辻の女だった 藤谷美奈子から、細川尚子に辿り着く。それでも行き先が判らないとなると、浮世は健康食品の訪問販売の勤めを得て、東京中を足を棒にして探し回る。何年もかけて。
彼女の住むアパートの部屋には、壁に地図が貼られ、浮世が赤サインペンでチェックを入れ塗り潰して行くのだが、カメラが引くと、それが何十枚もあって壁を埋め尽くしているのに驚かされる。
ここに至って、我々観客は、なんとか彼女が辻を見つけるよう応援したくなっている。あれほどダメ人間だった彼女が、ここでは可愛らしくさえ見えて来る。
そしてある時、かつて金を借りていた闇金業者の脇田(北村有起哉)が彼女に、辻の居場所を教えてくれる。その報酬として200万円を浮世に請求したりはするけれど。
この脇田もまた、浮世になんとかしてあげたいと思う男の一人なのだろう。脇に至るまで、人物のキャラクターが丁寧に描かれている。上映時間の長さは無駄になっていない。
教えられた住所を元に、そこからも曲折はあったけれど、浮世はやっと浮浪者同然の姿となっていた辻を見つける。だが浮世を拒絶したい辻は彼女から逃げる。
この後、冒頭と同じように、浮世は(今度は自分の意志で)警報が鳴っている踏切内で立ち止まる。そして冒頭シーンを再現するかのように、辻は彼女を踏切から救い出す。その辻に浮世は「愛してる」と声をかけ、映画は終わる。
観終わって、深い感動が押し寄せて来た。4時間近くもあったとは思えないほどに濃密な人間ドラマに圧倒された。
出演者も、みんな素晴らしい熱演。中でも、浮世を演じた土村芳が、この悪女とも聖女ともつかない難しい役柄を絶妙に演じ切っている。真面目で几帳面だが女にルーズというこれまた難役の辻一路を演じた森崎ウィンもお見事。その他では葉村正役の宇野祥平がいい。同時期に公開されている「罪の声」の好演と併せて、本年度の助演男優賞一押しである。その他の役者もそれぞれに熱演で、全員に助演賞を差し上げたいくらいである。
思えば、深田監督の作品には、「淵に立つ」や「海を駆ける」、「よこがお」と、どの作品にもどこか得体が知れなかったり、謎めいた行動をする人物が登場し、善良な人々がいる世界のバランスが崩れて行くというパターンが多い。
それら作品に一貫するのは、人間とは、なんとも不思議な生き物である、という点である。誰もが、常識では推し量れないような行動をしてしまう。それも含めて人間なのである。
そう考えれば、原作ものである本作もまた、紛れもなく深田作品であると言えよう。
深田監督へのインタビューによれば、20年前に原作コミックが刊行された当時からファンで、むしろコミック「本気のしるし」こそが自分の作品の原点だったと語っている。
そういう意味で、本作はまさしく、深田晃司監督の集大成的作品と言えるかも知れない。長時間なので時間が取れないと観るのは難しいだろうが、是非多くの人に観て欲しい。 (採点=★★★★★)
それにしても、今年は新型コロナ騒動で2ヶ月近くも映画館が閉館されたり、上映が再開されても再公開作品が目立ったりで新作公開がかなり少なく、ベストテンが選べられるか不安だったのに、振り返って見れば今年の日本映画は「海辺の映画館 キネマの玉手箱」、「ラストレター」、「ソワレ」、「れいわ一揆」、「浅田家!」、「スパイの妻」、「宇宙でいちばんあかるい屋根」、「朝が来る」、それに本作とベストテン上位級の力作が目白押し。これにキネ旬やヨコハマ映画祭では本年度対象となった「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」も加わるので、これだけで10本になってしまった。この後年末までにまだ秀作が出て来ればどれかがはみ出す事となる。悩ましい年末になりそうだ(笑)。
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