「羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来」
(物語)妖精が人間たちとも一緒に暮らしている世界。妖精たちは人間の格好をして社会に溶け込んでいるものもいれば、山の奥で隠れて暮らすものもいた。だが人間たちは、自然を切り拓き開発を進め、その為に黒猫の妖精・羅小黒(ロ・シャオヘイ.声:花澤香菜)は住んでいた森を追われ、暮らす場所を探して放浪の旅を続けていた。その旅の途中、シャオヘイは人間に捕まりそうになった所を妖精の風息(フーシー.声:櫻井孝宏)に助けられ、彼の住処である人里から遠く離れた島に案内される。しかしそこへフーシーたちの不穏な動きを察知した、人間界最強の執行人無限(ムゲン.声:宮野真守)が現れ、戦いの中、シャオヘイはムゲンに捕まってしまう。シャオヘイが希少な”領界”の能力を持っている事を知ったムゲンは、シャオヘイを人と共存する妖精たちが暮らす会館へと案内する。一方シャオヘイを奪還するため、フーシーたちはかねてから計画していたある作戦を開始する。
あまり輸入される事の少ない中国製アニメである。もっとも中国でも以前からアニメ制作は盛んで、2015年製作の3DCGアニメ「西遊記 ヒーロー・イズ・バック」は中国で大ヒットし、2018年に日本でも公開された。
本作の元となったのは、2011年より中国の動画サイトで配信されたWEBアニメシリーズ「羅小黒戦記」で、これが大人気となった事で、2019年には劇場版として本作が製作公開され、中国で興行収入49億円を稼ぎ出すヒット作となった。日本でも同年9月より、小規模ながら字幕版が劇場公開され(配給:チームジョイ)、興行的にはパッとしなかったが、映画ファンやアニメファンの間で口コミで評判が広がった。また字幕版では十分に物語展開が追えない事から吹替版の公開を要望する声も広がり、この11月からアニプレックス(「鬼滅の刃」の配給も手掛ける)とチームジョイの共同配給で吹替版が公開されるに至ったというわけである。
絵柄も、中国製にしては日本のアニメとキャラクター・デザインがよく似ており(上のポスター参照)、知らなかったら日本のアニメと勘違いしそうである。終盤のアクションはなかなかの大迫力であり楽しめた。
(以下ネタバレあり)
冒頭、自然が広がる森が人間たちによって開発され、木が切り倒され、動物たちが住処を追われる描写がある。これによって森で暮らしていた黒猫の姿をした妖精・シャオヘイも居場所を失い、新しい住処を探して放浪の旅を続ける、と言うのが発端である。
こういった、人間たちの森林開発で動物や妖精が住処を追われるという設定は、日本のアニメでは昔からよく登場している。高畑勲監督「平成狸合戦ぽんぽこ」にも似たようなシーンがあるし、手塚治虫の監督による遺作とも言うべき「森の伝説」(1987)もそうしたテーマの短編アニメである(これについては最後のお楽しみコーナーでも詳述)。
さて、旅の末に人間の住む町に入り込んだシャオヘイは、そこで別の妖精仲間たちと出会う。妖精のリーダー、フーシーはシャオヘイに親切で、仲間たちも温かく迎えてくれる。
そこに、人間の執行人と呼ばれるムゲンが現れ、フーシーたちと戦いを繰り広げる。この戦いではムゲンの方が圧倒的に強く、フーシーたちはいったん退却するが、逃げ遅れたシャオヘイはムゲンに捕まり、シャオヘイは筏に乗せられ、ムゲンと共に海の上を旅する事となる。
このムゲンとの旅の途中、シャオヘイが何度も逃げようとしてはまた捕まって、というプロセスが、まるで「トムとジェリー」まがいのスラップスティック・ギャグで繰り返され大いに笑わされる。冒頭のジブリアニメや手塚アニメへのオマージュやら、こうしたアメリカ製ギャグアニメ・タッチも含め、MTJJ監督、他国のアニメをかなり研究しているフシが窺える。
ここまで観て来た所では、自然を破壊し、動物たちや妖精たちの住処を奪う人間たちが悪者で、フーシーたち妖精が善玉のように思える。
前述のアニメ作品はいずれもそうした扱いだし、特に手塚の「森の伝説」では、人間側が徹底した悪玉として描かれていて、最後に動物や妖精たちの力で人間側が敗退するというオチとなっている。
だが本作では物語が進むにつれ、ムゲンは実は人間と妖精の共存を図ろうとし、人間に憎しみを抱くフーシーは、やがて人間への復讐を企てている事が明らかになって来る。
シャオヘイも、ムゲンと旅を続けるうちに、次第にムゲンに心を許すようになり、フーシーとムゲン、いったいどちらを信頼していいのか悩むようになる。
つまりは本作は前掲のアニメ作品群とは違って、開発する側の人間=悪、住処を追われる側の動物や妖精=善だとは単純に割り切れない、複雑で奥深いテーマを持った作品なのである。どちら側にも、それぞれが信じる“正義”があり、絶対的な“悪”は存在していない。これには唸らされた。
“人間と、自然界に住む者たち(動物や妖精)とは共存出来るのか”というテーマは宮崎駿監督「もののけ姫」でも描かれており、また人間による自然環境破壊が、温暖化などさまざまな地球の気候変動を招いている現実からも、このテーマは人間にとって切実な問題と言えるだろう。そこに着眼してこのテーマを掘り下げ、なおかつ壮大なバトルシーンを盛り込み、エンタティンメントとしても楽しめる作品に仕上げたMTJJ監督、なかなか大したものである。
終盤では、シャオヘイが持つ希少な”領界”の能力を利用して、フーシーが領界で覆われた巨大な黒いドーム型の霊域を作り、街がスッポリ飲み込まれるビジュアルが見どころ(「AKIRA」オマージュか?)。
ムゲンは何とか領界に入り込み、フーシーと大バトルを繰り広げる。ここらは中国の巨匠、キン・フー監督の武侠アクション映画、あるいはお得意のカンフー・アクションを思わせる。
領界内ではフーシーの力が圧倒的に勝る。ムゲンが形勢不利となった時、シャオヘイが駆け付け、ムゲンと力を合わせてフーシーに勝つまでのダイナミックなアクションのつるべ打ちはスピード感に溢れ、興奮させられる。
ラストで、ムゲンはシャオヘイを妖精たちが住む館に連れて行き、そこで暮らすようにと言ってシャオヘイに別れを告げ、去って行こうとする。だがもはやムゲンを師と仰ぐまでになったシャオヘイは、泣きながらムゲンを追いかけ、ずっとムゲンと一緒に旅する事を願う。ここはホロッとさせられる。
といった具合に、本作は骨太のテーマを盛り込んだ壮大なスケールのアクション・ファンタジーの秀作である。が、それに留まらず、随所に笑えるギャグもあれば感動のシーンもあり、なおかつ内外のさまざまなアクション、ファンタジー作品へのオマージュを取り込んで、映画ファンであるほど楽しめる作品になっている。
人間であるムゲンが、なんであれほどの超能力を持っているのかの説明がない点がやや難だが、元のWEBアニメシリーズではちゃんと描かれているのかも知れない。このWEBアニメシリーズ、出来れば通しで観たいと思う。
公開規模は小さいが(全国127スクリーン)、公開1週目、2週目とも興行ランキング8位と健闘している。映画ファンなら観るべし。
(採点=★★★★☆)
前述のアニメ「森の伝説」は、手塚治虫が晩年に十数年にわたって構想し、チャイコフスキーの「交響楽第4番」(「ある森の伝説」)の旋律に乗せて、“自然破壊への警鐘”をテーマとして描いた監督作品である。
本来は第一楽章から第四楽章まである4話からなるオムニバス作品となるはずだったが、うち2話(第一楽章と第四楽章)まで作った所で手塚の体調不良で中断、手塚の死で未完のままで終わった作品である。
どのエピソードも、自然を破壊しようとする人間が登場し、森を守ろうとする動物や妖精が人間に抵抗する、というストーリーで一貫している。この点も本作との類似性を感じさせる。
で、本作との関連が特に強いと思われるのが、第四楽章で、ブルドーザーで森を潰し開発しようとする人間に対し、森の妖精たちが人間と戦うか、交渉するか、議論するシーンが登場する。その開発する人間の顔がヒトラーそっくりなのが笑える。
そして妖精たちが人間に、美しい花をプレゼントとして携え、これ以上森を壊さないようお願いに行くのだが、残忍な人間は妖精たちをブルドーザーで潰して殺してしまう。やがて妖精たちの魂が森の草木に乗り移り、もの凄いスピードで成長した草木が、人間たちや重機類を蔽い尽くしてしまう、というストーリー。
で、本作のラストで、ムゲンたちとの戦いに敗れたフーシーが巨木に変身し、建物を樹々で蔽い尽くすシーンが登場するのだが、これは多分前述の、「森の伝説」第四楽章のラストシーンのオマージュではないだろうか。
人間による森の開発、妖精たちの登場、そしてラストの猛スピードで増殖して行く植物…と、本作と「森の伝説」との類似点はいくつもある。おそらくMTJJ監督、この漫画・アニメ界の巨匠、手塚治虫に敬意を表し、この手塚の遺作である「森の伝説」の主要シーンをオマージュとして盛り込んだのだろう。
ちなみにMTJJ監督も、漫画家であり、アニメ作家である。
ついでながら本作の英語タイトルも"The Legend of Hei"(ヘイの伝説)であり、これも「森の伝説」にあやかったのかも知れない。
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コメント
私も見ました。面白かったですね。
主人公のシャオヘイが可愛い。
善と悪が簡単に割り切れないというテーマが興味深いですね。
ラストのバトルは私もAKIRAを連想しました。
ムゲンは437才だそうです。
投稿: きさ | 2020年11月28日 (土) 10:46