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2020年12月17日 (木)

「アンダードッグ 前編・後編」

Underdog 2020年・日本  前編・131分 後編・145分
製作:AbemaTV=東映ビデオ
配給:東映ビデオ
監督:武正晴
原作・脚本:足立紳
撮影:西村博光 
製作:藤田晋、與田尚志
プロデューサー:佐藤現、平体雄二、宮田幸太郎

ボクシングの夢に賭ける男たちの闘いを描いた人間ドラマ。監督は「百円の恋」の武正晴。原作・脚本も「百円の恋」、「嘘八百」など武監督とのコンビ作が多い足立紳。主演は「怒り」の森山未來、「思い、思われ、ふり、ふられ」の北村匠海、「バンクーバーの朝日」の勝地涼。共演は「火口のふたり」の瀧内公美、「喜劇 愛妻物語」の水川あさみ、「もういちど」の熊谷真実など。第33回東京国際映画祭TOKYOプレミア2020オープニング作品。

(物語)ボクサーの末永晃(森山未來)は、一時はライト級1位まで上り詰めたが、タイトルマッチで無残に破れ、現在はデリヘルの運転手を職としながらも、今なお“咬ませ犬”(アンダードッグ)としてリングに上がり、ボクシングにしがみついている。そんな時、大物俳優の二世タレントながら芸人としても鳴かず飛ばずの宮木瞬(勝地涼)がテレビ番組の企画として、晃とのボクシングの試合を申し出て来る。やらせ企画に屈辱を覚えながらも晃は挑戦を受けて立つ。一方、児童養護施設出身で将来を期待される新進ボクサー、大村龍太(北村匠海)も、過去の因縁から晃と闘う希望を抱いていた。三者三様の生き様を抱える男たちの、人生の再起をかけての熱い闘いが始まる…。

武正晴監督の「百円の恋」はボクシング映画の秀作だった。その作品のプロデューサー(佐藤現)、脚本、監督のトリオが再び結集し、またまたボクシング映画の秀作を完成させた。
元々はネットのAbemaTVで、全8話のシリーズで配信される予定で作られた作品で、それを配信に先行して映画用に編集したのが本作である。従って上映時間は4時間半を超える長大なものになり、前・後編に分けて公開される事となった。

ボクシング映画と言えば、2017年に公開された「あゝ、荒野」(岸善行監督)があり、これもU-NEXTで配信されたネット作品である。やはり上映時間が5時間以上に及び、前・後編に分けて上映された所も本作と似ている。

「あゝ、荒野」も傑作で、私のその年のベストワン。本作もまた素晴らしい傑作だった。ボクシング映画に、ハズレは無いようだ。

(以下ネタバレあり)

主人公末永晃はライト級で1位になった事もあり、将来を嘱望されていた。しかしチャンピオンを争う試合で敗れ、以後は転落の一途、ジムの会長からも見切りを付けられている。
結婚もし、太郎という名の息子もいるが、妻(水川あさみ)はそんな晃に愛想をつかし太郎と共に出て行ってしまった。今はデリヘルの運転手をやってなんとか糊口をしのいでいる状態。同居しているアル中の父親(柄本明)からはいつも金をせびられている。
もう全くのどん底状態である。

それでも、晃はボクシングをやめない。“アンダードッグ”(咬ませ犬)として新進ボクサーの引き立て役としての試合しか回って来ないのに。まだチャンピオンへの夢を諦めきれないのだろうか。夜、誰もいないジムでひっそりとトレーニングする晃の姿も描かれる。

ある時、晃がトレーニングしている夜のジムに、一人の若いボクサー、大村龍太がフラリとやって来る。龍太はまだプロテストも受けていないが、昔の全盛だった時の晃を知っており、また晃に憧れているようでもある。

“前編”の前半は、晃のデリヘル運転手として風俗嬢を送り迎えする仕事ぶりと、彼を取り巻く人々の日常を淡々と描いているが、登場人物それぞれに生活臭を漂わせ、背負っている人生の重みを丁寧に描写しているのでダレる事はない。
特にデリヘルで働く、小さな子供を抱えながら常連客の元に通う明美(瀧内公美)や、かなりの年増ながらも陽気に頑張る兼子(熊谷真実)といった女性たち、さらに経営に四苦八苦し、乏しい上がりをヤクザに吸い上げられるデリヘル店長・木田(二ノ宮隆太郎)、などのキャラクターが立っているのがいい。

そして前編の後半は、テレビ局の企画で、世界タイトルマッチの前座試合で、ボクシングのライセンスを獲っているお笑い芸人・宮木瞬と晃との4ラウンドエキシビジョン・マッチが組まれる事となり、その二人の壮絶なファイトシーンが終盤のクライマックスとなる。

宮木は父・幸三郎(風間杜夫)が著名な俳優でありながら、芸人としては鳴かず飛ばず、崖っぷちにある。何としてもこのファイトを起死回生にしたい。だから必死である。
晃の方は、そんなアマチュアに毛の生えたような宮木とは闘いたくないが、会長から「ファイトマネーでお前の親父の借金返して、後は引退して静かに暮らせ」と言われ、しぶしぶ引き受ける。
おまけにテレビ局のディレクターからは八百長まで持ち掛けられ、ますますやる気を失って行く。

晃は悩む。一時はライト級1位まで行ったプロボクサーとしては、こんな芸人ボクサーに負ける訳には行かない。勝てば太郎にいい所も見せられるし、妻も戻ってくれるかも知れない。
だが一方で、こんなやらせまがいの試合に勝った所で大した意味はないとも思っている。所詮咬ませ犬である。

そして試合が始まる。周囲は、力量としては圧倒的に差がある晃が勝つと思っている。

だが、宮木は思いのほか健闘する。何度ダウンしても立ち上がる。顔は腫れ上がり、血だらけになっても必死で向かって来る。時には圧され気味にさえなる。もう八百長どころではない。
宮木には、崖っぷちから這い上がる為に、どうしても勝ちたいという目標がある。晃にはそんな目標はない。その差が試合に現れている。鬼気迫る宮木に、気持ちの上で晃は負けているのだ。

試合はほぼドローとなって終わる。宮木は満身創痍となるが、その健闘ぶりを皆が称える。一方で晃には誰もが冷たい視線を送る。会長も、もう晃は終わりだと思い、かつて戦ったライバルにさえ「二度とリングに上がるな」と言われてしまう。

果たして晃は、このどん底から這い上がれるのか。寝床の中で、晃が屈辱の涙を流す所で前編は終わる。

宮木に扮した勝地涼がいい。お笑い芸人として表向きは明るく振舞いながらも、胸の内には著名俳優である父親を乗り越えられない鬱屈を秘め、人生を賭けてプロボクサーに無謀な闘いを挑むという難しい役柄を見事こなしている。
宮木の父が息子の闘いぶりに感動し、彼の恋人に「よくやったと言っといてくれ」と声をかけるシーンも印象的だ。


前編だけでも、男たちの熱い闘いに圧倒された。特にラストのリング上の死闘は、手持ちカメラによる撮影と細かいカッティングの編集によるダイナミックな試合展開に興奮させられる。見ごたえあり。
(前編:採点=★★★★☆

Underdog3


後編は、前編で少しだけ登場した大村龍太がかなりのウェイトを占める。彼のこれまでの生きざまも明らかになって来る。

龍太は天涯孤独の身、子供の頃は手の付けられない不良で、仲間と組んで喧嘩に明け暮れ、何人かを半殺しの目に合わせた事もある。

そして児童養護施設時代、龍太は慰問に訪れた晃に挑戦を申し込み、はずみとは言え晃のパンチを受けて倒された経験がある。
それ以来、自分もボクサーになって、いつの日か晃を試合で倒したいという夢を抱いていた。

龍太は更生し、ボクシングジムに入る。そしてめきめき頭角を現し、デビュー戦から連戦連勝、しかも毎試合1ラウンドKOという強さを見せつける。

演出で面白いのは、ある試合、次の試合、また次の試合と、次々相手を倒して行く所をカットを割らずにワンカットで繋いで行くカメラワーク。テンポとスピード感あふれる演出におおっと見惚れた。武監督、なかなかやってくれる。

龍太は加奈(萩原みのり)という伴侶も得て人生は順風満帆である。
だがいつまでもいい事が続くとは限らない。かつて龍太に半殺しの目に会わされた男が復讐に現れ、カッターで切りつけられた龍太は目を負傷する。
ようやく日常生活に支障はない所まで回復するが、目は元通りにならず、ボクサーとして試合に出るのは無理だと医者に宣告される。

一時は絶望しかけた龍太だが、晃と闘うという夢はまだ果たせていない。どうせ引退するのなら、晃との決着をつけてからだ。龍太は晃に挑戦状を叩きつける。

どん底にあった晃も、ようやく闘う目的を見つけ、ここからはそれまでの怠惰な生活からおさらばし、もう一度、世界チャンピオンへの夢を取り戻すべく、厳しいトレーニングに励んで行く。
龍太もまた、自身の人生を賭けて、必死のトレーニングを積み重ねて行く。

この二人のトレーニング・シーンは、武監督の「百円の恋」、及びシルベスター・スタローン主演の「ロッキー」などのトレーニング・シーンを思わせてなかなか感動的である。

特に晃役の森山未來は、ボクサーらしい体を見事に作り上げている。本年度の主演男優賞候補になるだろう。

そしてクライマックスとなる最後の8ラウンドの試合。ここも前編ラストの試合にも増してダイナミックな試合展開に目が釘付けとなる。
凄絶な殴り合い、互いにパンチを受けて顔は腫れ上がり、まさに死闘と呼べる闘いぶりに、いつしか目頭が熱くなって来る。各ラウンドを、端折らずにほぼリアルタイムで描いているので、まるで本物のボクシング中継を見ているかのような臨場感があった。

この試合観戦に、それまで酒びたりだった晃の父もやって来る。そして入口付近で晃の息子・太郎を見つけ、二人で晃に声援を送るシーンも泣ける。
龍太の妻・加奈もやはり龍太の試合を見守っている。無論、デリヘルの木田店長も、兼子もいる。

それぞれにいろんな人生を抱えた人たちの思いがラストに集約され、晃と龍太の熱い闘いに、我々観客も含め、誰もが感動で胸一杯となる。

試合の結果はここでは書かない。映画を観て確かめて欲しい。

試合が終わり、抱き合う二人。龍太が晃に「世界チャンピオン目指せよ」とつぶやき、晃が「うるせえよ」と返す、わだかまりも解けた男たちの友情にまた泣ける。


4時間半もの上映時間ながら、食い入るように画面を見つめていた。素晴らしい。ボクシング映画史にも残るであろう感動の傑作である。

この長い物語を、さまざまな人生を交錯させ、緻密に構成し纏め上げた足立紳の脚本(原作も)が見事だが、それを完璧に映像化した武正晴監督の演出も非の打ちどころがない。そして演じた役者たちもみな素晴らしい。

ちなみに私は前・後編を同じ日に続けて一気に観たのだが、前編の興奮と余韻が残ったまま後編を観たせいで、余計感動した。別の日に観た方もいるだろうが、出来れば同日に一気に観る事をお奨めしたい。
(後編:採点=★★★★★

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さて、「本気のしるし」評でも書いたが、今年の日本映画は傑作揃いで、その時点でほぼベストテンの枠が埋まってしまったのに、それ以降も「佐々木、イン、マイマイン」、それに本作と、またまたベストテン級の秀作が登場した。さあ困った。

年末まで、どれをベストテンから落さざるを得ないか、しばらく悩みそうである。嬉しい悲鳴だが。

 

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