小説「暴虎の牙」
嬉しいのは、1作目で命を落とした、ガミさんこと大上章吾が再登場している事。というのは、時代が「孤狼の血」より6年前の昭和57年が舞台となっているからで、つまり「孤狼の血」の前日譚という事になります。
そして物語後半は、時代が「凶犬の眼」の後の平成16年に飛び、1、2作目の主人公である呉原東署のマル暴刑事・日岡秀一が登場します。
つまり本作は、間に「孤狼の血」、「凶犬の眼」を挟んだサンドウィッチ構成になっているという事です。
全体の物語は、どこの暴力団の傘下にも入らない愚連隊「呉寅会」を率いる沖虎彦という男の、ヤクザも恐れぬ暴れっぷりが克明に描かれ、この沖が実質的な主人公です。
物語の前半は、この沖が呉寅会の仲間と共に暴力で勢力を拡大して行く様と、その沖の暴走をなんとか止めようとする大上の奮闘を軸に展開して行き、やがて大上によって逮捕されるまでを描き、後半は刑期を終えて出所した沖が日岡刑事と出会う所から始まり、沖がもう一度昔の勢いを取り戻すべく動き出すも、やがて末路を迎えるまでを描きます。
シリーズのファンとしては、やっぱり大上の相変わらずの荒っぽい捜査とヤクザたちへの肩入れぶりが読んでて小気味良いです。作者の柚月さんも、大上に関する部分が最も筆の進みが活き活きしてて(笑)、水を得た魚のようです。
1作目でもお馴染みの、ヤクザ幹部の瀧井や一ノ瀬も登場します。そして1作目で大上がいつもかぶっているパナマ帽の由来も出て来ます。シリーズ・ファンは思わず頬が緩みますね。
しかし何と言っても、沖虎彦の暴れっぷりが強烈です。ヤクザの縄張りも仁義も一切を無視してやりたい放題、呉原最大の暴力団・五十子会とも全面対決したり、ヤクザの組員を拉致して凄惨なリンチを加えた末に弄り殺したり、その無茶苦茶な暴れっぷりは、深作欣二監督の「仁義なき戦い・広島死闘編」に登場する大友勝利(千葉真一)、あるいは同じ深作監督の「人斬り与太・狂犬三兄弟」の菅原文太扮する主人公を彷彿とさせます。
言ってしまえば本作は、シリーズ1作目「孤狼の血」の、深作欣二監督「仁義なき戦い」+「県警対組織暴力」からインスパイアされた要素にプラス、「仁義なき戦い・広島死闘編」テイストも盛り込んだ、深作欣二監督ファンならニンマリしたくなる物語になっています。柚月さん、よっぽど深作バイオレンス映画がお好きなのでしょうね。
また沖たち呉寅会の約50人が、ヤクザの下部組織の暴走族150人とタイマン勝負するくだりは、石井輝男監督の「爆発!暴走族」シリーズを思い起こさせます。まあ要するに、東映不良性感度映画の要素をあれもこれもと盛り込んだような作品とも言えます。そうした東映作品ファンなら余計楽しめます。
もっとも、沖がかつての仲間に行う凄惨なリンチの描写などは、まさに酸鼻を極める酷たらしさで、女性作家なのによくまあこんな文章書けるなあと感心します(笑)。
本作がいいのは、ひたすら暴力に走り、破滅に突き進む沖に対し、大上がなんとかしてこの男を破滅の淵から救いたいと考え模索する辺りの描写ですね。
かつては自分も、向こう見ずな暴れん坊だった大上にとっては、若い頃の自分を見る思いだったのかも知れません。
また、自分の父親までも手にかけた、沖という男の深い孤独と悲しみもチラリと感じさせ、単なる暴力だけの作品に終わっていない所もいいです。
そんなわけで、「孤狼の血」ファンなら十分楽しめる、ファンサービス満載のバイオレンス・エンタティンメントの力作と言えるでしょう。
ただちょっと惜しいのは、大上と沖虎彦という二人の男に力点を置き過ぎたせいか、後半に登場する日岡の活躍があまり見られない点でしょうか。そこがちょっと物足りない気がします。まあないものねだりかも知れませんが。ともかくお奨めです。
原作本
シリーズ1作目「孤狼の血」(文庫版)
シリーズ2作目「凶犬の眼」(文庫版)
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