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2021年1月23日 (土)

「43年後のアイ・ラヴ・ユー」

Rememberme 2019年・スペイン・アメリカ・フランス合作 89分
製作:Tornado Films=Lazona Kamel Film
配給:松竹
原題:Remember Me
監督:マーティン・ロセテ
脚本:マーティン・ロセテ、ラファ・ルッソ
撮影:ホセ・マルティン・ロゼテ
製作:アティット・シャー、マーティン・ロセテ、ホセ・マルティン・ロゼテ、ゴンザロ・サラザール・シンプソン、ダビッド・ナランジョ

アルツハイマーで過去の記憶が失われた元恋人に思いを伝えようと奮闘する老人の姿を描いたハートフル・ロマンティックコメディ。監督は短編映画出身で、長編は「カネと詐欺師と男と女」(未公開)以来これが2作目となるマーティン・ロセテ。主演は「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」のブルース・ダーン、共演は「エディット・ピアフ ~愛の讃歌~」のカロリーヌ・シロル、「チャーチル ノルマンディーの決断」のブライアン・コックス。

(物語)妻を亡くし、LA郊外に一人で住む70歳の元演劇評論家のクロード(ブルース・ダーン)は、近所に住む親友のシェーン(ブライアン・コックス)と共に老後を謳歌していた。そんなある日、昔の恋人で人気舞台女優のリリィ(カロリーヌ・シロル)が、アルツハイマーを患って施設に入った事を知る。もう一度リリィに会いたいと願ったクロードは、アルツハイマーを装ってリリィと同じ施設に入居するという一世一代の嘘を思いつく。シェーンの協力を得て、リリィと念願の再会を果たしたクロード。だが、リリィの記憶の中から、クロードは完全に消し去られていた。そんなリリィに、クロードは毎日のように二人の想い出を優しく語りかけるのだった…。

近年、認知症を患った老人が登場する映画が増えている。名作として名高いのは、名匠ミヒャエル・ハネケ監督の「愛、アムール」(2012)。その他アニメでもスペイン製の「しわ」(2011・イグナシオ・フェレーラス監督)があるし、日本でも小林政広監督「海辺のリア」(2017)があった。

こうした作品が増えているのは、老人人口が増えている事もあるが、認知症がどこの国でも深刻な問題となっているからだろう。そしてどの作品も、内容的に暗く、観ていてやりきれない気分になるものが多い。かろうじて、森﨑東監督の秀作「ペコロスの母に会いに行く」(2013)がユーモラスなシーンも交え、「ボケるのも悪い事ばかりじゃない」というプラス思考の作品だった。

そこで登場した本作は、なんとコメディである。アルツハイマーを患って施設に入居している昔の恋人に会う為に、主人公が自分もアルツハイマーと偽って元恋人のいる施設に入り、あの手この手で元恋人に、自分の事を思い出してもらおうと奮闘するお話である。暗い話よりは、たまにはこうしたコメディ・タッチも悪くはないだろう。

(以下ネタバレあり)

冒頭、クロードと親友シェーンの二人が、お互いに飲んでいるアムロジピンだのジクロフェナックだのといった老人用の薬品名を並べ立てて自慢するシーンがおかしい。いきなり老人あるあるギャグをかまして笑わせてくれる。

ある時クロードは、新聞の芸能ニュースで、かつては人気舞台女優だったリリアン、愛称リリィがアルツハイマーを患って施設に入った事を知る。

リリィはクロードにとって、若い頃に生涯で一番愛した人だった。しかしその後はそれぞれ伴侶を得て、互いに別の人生を歩んで来た。クロードは、もう一度リリィに会いたいと望む。

アルツハイマーなら、恐らくもう自分の事は忘れているだろう。でもなんとか思い出させたい。面会に行くだけではとても思い出してはくれないだろう。時間が必要だ。

そこでクロードが考えたのが、自分もアルツハイマーだと偽ってリリィのいる施設に入居する事。家族にはシェーンと海外旅行に出かけたという事にして、渋るシェーンに無理に頼んで付き添ってもらい、ボケたフリをして首尾よく施設に入居する事に成功する。

ただ疑問が一つ。私の経験だが、日本だとこうした介護施設に入る場合、市区町村で要介護認定を受け、その認定証を見せなければいけないのだが、アメリカでは申し出だけで簡単に入れるのだろうか。…まあコメディだし、深く考えないでおこう。

Rememberme2

施設に入ったクロードはリリィに近づき、自分の名前を伝えるのだが、リリィの記憶からクロードの事はすっかり消えていた。いろいろと昔の想い出話をしたり、リリィからもらって大事に保管していた手紙を見せても反応はない。若い頃に撮った二人の写真を見せても、「あなたのお子さんかしら」と言われてしまう。
それでもクロードは毎日のように、リリィに優しく語り掛けるのだった。いつかは思い出してくれるかも知れないという、儚い望みを胸に抱いて。

ある時にはシェーンに頼んで、彼女が好きだったガーシュインのCDや、想い出のユリの花束をリリィの部屋に届けさせたりもする。その涙ぐましいまでの努力の甲斐もなく、リリィの記憶は戻らない。

そしてある日、実はリリィには夫がおり、時々施設に面会に来ている事をクロードは知る。彼女との愛を取り戻せば、不倫になってしまう。
その上まずい事に、クロードの留守の自宅を訪問した孫娘タニア(セレナ・ケネディ)が、部屋に置いたままのアルツハイマーに関する医学書や、施設の入居案内を見つけて、クロードが家族には旅行に行くと言いながら、実は介護施設に入っていた事がバレてしまう。

それでもクロードはめげない。事情を聞いた孫娘タニアは、お爺ちゃんの願いをなんとか叶えてあげたいと思うようになる。
そしてチャンスがやって来る。施設のスケジュールボードで、慰問演劇公演が近日行われる事を知ったクロードは、ある計画をタニアに伝える。それは慰問演劇の舞台で、リリィが昔演じて当たり役だったシェイクスピア原作「冬物語」をリリィに見せる事。これが最後のチャンスかも知れない。

本来の慰問演劇の方は電話でキャンセルさせ、タニアはボーイフレンドに頼み、彼が所属する高校の演劇サークルによる「冬物語」の上演が行われる事となる。
ただし稽古する時間がなかった事もあって、王妃ハーマイオニを演じていた子が途中でセリフをつっかえてしまう。
その時、リリィが舞台に上がり、ハーマイオニの台詞を朗々と語り出し、それがきっかけとなってついにクロードとの過去の記憶を取り戻すシーンは感動的である。

アルツハイマーは、近年の記憶は失われても、昔の記憶ははっきり覚えている事はよくある。前掲の「しわ」「ペコロスの母に会いに行く」にもそんなシーンが登場していた。

最後は、嘘を言って施設に入った事を謝罪し、クロードは施設を去る事となる。施設の仲間たちと別れの抱擁をするシーンはジンとさせる。

過去の記憶は戻っても、結局リリィとは別れざるを得ない。リリィには彼女を愛してくれる夫がいるからだ。リリィの夫が、また妻に会いに来ても構わないと言ってくれるのがせめてもの慰めである。
それでもクロードに悔いはない。リリィが自分の事を思い出してくれただけで満足である。クロードはこれからも、リリィとのかけがえのない日々の思い出を胸に生きて行く事だろう。


いい映画だった。観終わって感じるのは、人はいくつになっても、年老いても、クロードのように大切な人を想い続ける純朴な心は失ってはならない事、何かをやろうと心に決めたなら、諦めずにチャレンジし続ける事がとても大切だ、という事である。
そういう気持ちを持ち続けたなら、きっと老後の人生も幸せだろうと思わせてくれる。

クロードを演じるブルース・ダーンがいい。今年84歳になるが、年齢を感じさせない、いぶし銀の名演で魅せてくれる。さすが「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」でカンヌ国際映画祭主演男優賞を史上最年長で受賞しただけの事はある。
Rememberme3 リリィを演じたカロリーヌ・シロル(右)もいい。フランス演劇界の名優だそうだが、映画ではあまり記憶がない。アルツハイマー症を患いながらも気品を失っていないという難しい役を見事こなしている。クロードの友人シェーンを演じたブライアン・コックスもいい。施設の入居者も含め、老人たちがみな味わい深い名演技を見せてくれる。おかげで、それ以外の役者たち(特にクロードの娘夫婦)が影が薄くなった感がある。

嘘をついて施設に入所するのは問題ではとの声もあるが、誰かに迷惑をかけたわけでもないし、被害を被った人もいないし、フィクションのコメディなのだから許容範囲だと思う。

難があるとすれば、施設で暮らす老人たちのキャラが、周りの人間をスパイだと思い込んでる女性を除いて、全体に弱い点くらいか。もう少しそれぞれの人生を掘り下げたり、クロードに協力したり活躍の場を設けてあげればさらに良かったと思う。またクロードの娘の夫が浮気して家庭危機にあるエピソードも、中途半端なままなのも残念。

そうした難点はあれど、重苦しくなりそうな題材を、ほっこり心が温まる爽やかなコメディ・タッチの作品に仕上げた点は大いに評価したい。今後もこうしたタイプの老人映画なり認知症映画が作られる事を望みたい。 (採点=★★★★

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(付記1)
認知症をテーマとした映画というよりは、これは「心の旅路」(1942・マーヴィン・ルロイ監督)とか、「かくも長き不在」(1960・アンリ・コルピ監督)といった、“記憶を失った人間を、愛の力でその記憶を取り戻そうとする”内容の、昔からある映画のバリエーションと考えてもいい。いずれも映画史に残る名作である。


(付記2)

上に挙げた日本製認知症映画「海辺のリア」。実は題名でも判る通り、こちらも本作の「冬物語」と同じく、シェークスピアの戯曲が重要なカギとなっている。この作品でも、仲代達矢扮する認知症の老人が、シェークスピア「リア王」セリフを覚えていて、長々と諳んじるシーンがある。

偶然かも知れないが、どちらも、認知症を患った元舞台俳優が、シェークスピア原作の劇のセリフは忘れずに覚えているという共通点があるのが興味深い。マーティン・ロセテ監督にこの映画を知ってるか、聞いてみたい。

 

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