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2021年1月 5日 (火)

「ジョゼと虎と魚たち」 (2020)

Jozetigerandfishes 2020年・日本   98分
アニメーション制作:ボンズ
配給:松竹、KADOKAWA
監督:タムラコータロー
原作:田辺聖子
脚本:桑村さや香
キャラクター原案:絵本奈央
キャラクターデザイン:飯塚晴子 

2003年に犬童一心監督により実写映画化された田辺聖子の同名小説の、アニメによるリメイク。監督はTVアニメ出身でこれが劇場監督デビューとなるタムラコータロー。脚本は「ストロボ・エッジ」の桑村さや香。声の出演は「虹色デイズ」の中川大志、「宇宙でいちばんあかるい屋根」の清原果耶。

(物語)大学で海洋生物学を専攻する恒夫(中川大志)は、メキシコに生息する幻の魚を探すという夢を追いながら、バイトに勤しむ日々を送っていた。そんなある日恒夫は、坂道を猛スピードで転がり降りて来る車椅子の女性ジョゼ(清原果耶)を助ける。祖母・チヅ(松寺千恵美)と二人暮らしのジョゼは、幼少時から車椅子で生活し、ほとんどを家の中で過ごしており、外の世界に強い憧れを抱いていた。恒夫はチヅから、彼女の相手をするバイトを持ち掛けられ、引き受ける事になるが、ひねくれていて口が悪いジョゼは恒夫に辛辣に当たり、二人は対立しながらも、徐々に心の距離が縮まって行く…。

田辺聖子の原作は、2003年に犬童一心監督で一度実写映画化されている。原作は短編小説なので、新進脚本家・渡辺あやが多彩な人物を配置して自由に物語を構築し、犬童監督の演出、主演した妻夫木聡、池脇千鶴の熱演いずれも素晴らしく、素敵な秀作になっていた。私は当時邦画ベストテンに入れたほどの好きな作品である。

で本作は、その原作の17年ぶりのリメイクである。前作が良かっただけに、これをアニメで?と不安の方が大きかった。

ところが、これがなんと見事な秀作だった。実写版(以下前作)とはまた違った、ピュアで感動的、泣ける作品になっている。
短編原作だけに、いくらでも物語を膨らませるのは可能だが、前作にあったセクシャルな部分はなく、ラストも異なっている。設定だけ同じの、別の作品と考えた方がいいだろう。

(以下ネタバレあり)

ジョゼが、足が不自由な身体障碍者で、口は悪く我が儘でややひねくれた性格、と言う点は前作と同じ。このジョセを、大学生の恒夫がひょんな事からバイトで面倒を見る事になり、最初は反撥し合うが、やがて二人の距離が縮まって行き、愛し合うようになる、という展開もほぼ同じである。

だがそれ以外のエピソードや、恒夫という男の人物設定は前作とかなり異なる。何より前作で恒夫は、一時はジョゼを愛し体を重ねる(池脇がヌードになって熱演)のだが、やがて昔の彼女とヨリを戻し、二人は最後に別れる事となる。それでもジョゼはあっさりと恒夫を許し、一人で生きて行く事を決意する。恒夫の性格が優柔不断で打算的な男に描かれているのは、若者をシニカルに見る原作者らしい視点なのだろう。

本作はこうした前作のややネガティヴな要素をバッサリと削除し、恒夫を、メキシコにしか生息しない幻の魚の群れを実際に見たいという夢を追いかけ、大学で海洋学を専攻する前向きな若者に設定している(前作の恒夫は麻雀店でアルバイトする大学生)。

ジョゼが高慢で我が儘な性格なのは、障碍がある故、両親や祖母チヅに甘やかされ過保護に育った事と、自由に動けない事への苛立ち、さらにチヅが心配性でジョゼを外に出させない為にフラストレーションが溜まり、心が荒んでしまったからなのだろう。
昨年の「37セカンズ」でも描かれていたが、親権者が障碍者の我が子を異常なまでに過保護に育てる、という事は実際にあるのかも知れない。それをきっちりと物語に取り入れた田辺聖子さんはさすが鋭い。

チヅはジョゼが坂道で危ない所を助けてもらった恒夫を信頼して、ジョゼの話し相手や世話を頼むアルバイトを持ちかける。それは、自分も老齢になって先行きも長くないので、自分が死んだ後、ジョゼを世話する人間が必要だと考えたからだろう。

メキシコに行く夢を抱いている恒夫は、アルバイト代が欲しさにその頼みを引き受けるが、ジョゼは恒夫に高飛車な態度を取り、恒夫を「管理人」と呼んであれこれと命令を下す。それでも辛抱強くジョゼに付き合う恒夫。
だがある日、「海に連れて行け」というジョゼの要望に、チヅの心配を無視して恒夫はジョゼを海に連れて行く。ジョゼが海に行きたいのは、亡き父から海水はしょっぱいと聞いていて、それを確かめたかったと言う。
生まれて初めて、海水のしょっぱさを味わい、心が解放されて行くジョゼ。そうして、少しづつ、二人の距離は縮まって行くのである。

アニメらしいのは、幻想の中でジョゼが人魚になって自由に泳ぎ回るシーン。このシーンはジョゼが自分の意思で動き回れる喜びに溢れているいいシーンだが、この人魚が、後の重要な伏線にもなっているのが秀逸である。
またジョゼは、外に出れない退屈しのぎに絵を描いている。これも又伏線になっている。

恒夫のバイト先で一緒に働く、二ノ宮舞(宮本侑芽)、松浦隼人(興津和幸)という脇のキャラクターの生かし方もうまい。舞は恒夫に密かに思いを寄せているが恒夫は気づかない。一方隼人は舞に片思いをしている。ジョゼも含めた4人の四角関係が、物語が進むに連れ微妙に動いて行く辺り、脚本・演出共なかなかよく出来ている。舞台が関西という事もあって、舞や隼人らの大阪弁のボケとツッ込みの会話も楽しい。

本を読むのが好きなジョゼ(この名前もフランソワーズ・サガンの小説から取られている)はやがて恒夫の付き添いで図書館に通うようになり、そこで図書館職員の岸本花菜(Lynn)と親しくなる。この図書館も後段で重要な役割を果たす。

チヅはやがて亡くなり、ジョゼは一人になる。民生委員などが施設に入ってはどうかと勧めるが、ジョゼは一人で暮らす事を強く願う。恒夫が傍にいてくれる事もその気持ちを後押しする。

だが舞は、恒夫の気持ちがジョゼに傾いているのを知って、一人でジョゼの家を訪問し、自分の恒夫に対する思いをジョゼにぶつける。
この事で、ジョゼと恒夫の間に微妙なさざ波が立って来る。さらに恒夫が自分の夢の為にいずれメキシコへ行く事を知り、そうなれば恒夫はジョゼの前から消えてしまうかも知れない。ジョゼの心は揺れる。
そうした感情の行き違いもあって、次に二人で海に行った時に、二人の仲は険悪になり、一人で帰ろうとしたジョゼは横断歩道で車輪が窪みに嵌まり動けなくなる。それを助けようとした恒夫は車に撥ねられてしまう。

辛うじて命は取り留めたが、医者から、恒夫の足は最悪の場合元通り歩けなくなるかも知れないと告げられる。こうして、恒夫は当面車椅子生活を送る事となってしまう。ジョゼと同じように。
本作が秀逸なのは、自身も障碍者になって初めて、恒夫は障碍者である事の悲しみ、絶望感を知るからである。ジョゼに同情し、その辛さを分かったつもりでいたけれど、実は何も分かっていなかった。これは恒夫だけでなく、我々も心に刻むべきであろう。

もうこれで、メキシコに行く事も出来ない。恒夫は生きる勇気も失いかける。

一方でジョゼは、恒夫がこんなことになったのは自分のせいだと自分を責める。だが舞や隼人たちから、一緒に恒夫を励まそうと声をかけられ、ジョゼはある事を思いつく。

ここから前の伏線が生きて来る。ジョゼは「人魚と輝きの翼」の童話を、自分と恒夫の関係に置き換えて紙芝居の絵物語を作る。そして図書館の花菜の協力も得て、子供たちに向けて人魚の物語の紙芝居を語って聞かせる。隼人は、恒夫を無理やりその場に連れて来る。
紙芝居の中で、ジョゼは人魚と翼を失った少年の物語に託して、恒夫との外出で得た喜び、思いやりの心、絶望の中でも決して夢を諦めない勇気の大切さを語る。聞いていた恒夫の目から大粒の涙が溢れて来る。このシークェンスは泣けた。

ジョゼや舞たちに勇気づけられて、恒夫は必死でリハビリに励む。そしてとうとう、自分の足で立って歩き出す所は感動的である。ここも泣けた。

そして終盤、さらにクライマックスが用意されている。恒夫が退院する日、ジョセは現れない。恒夫や舞たちはジョゼを探し回る。
実はジョゼは、恒夫が懸命にリハビリに取り組む姿を見て、もう恒夫に甘える訳には行かない、これからは一人でも生きて行こうと決意するのである。

雪の降る坂道で、冒頭と同じようにジョゼの車椅子が坂道を転がり落ち、冒頭と同じように宙を飛ぶジョゼを恒夫が受け止めるくだりは偶然すぎる気もしないではないが、アニメだからこそ許される反復ギャグと考えよう。
ここで、「もうあんたは管理人やない」というジョゼに、「俺が管理人でいたいんだよ!」と返す恒夫の言葉にも感動する。二人の心が本当に繋がった瞬間でもある。


観終わって、とても心が洗われた。前作とは全く違って、ピュアな愛と感動のハッピーエンドの物語になっている。メキシコに行く夢を追い続けた恒夫はその夢を叶えるし、最初はとっつきにくかったジョゼが、物語が進むに連れてどんどん可愛らしく、前向きに生きる素敵な女性に変身して行く。観ててとても気持ちいい。

恒夫をジョゼに譲った舞も、隼人と新カップルになってこちらもきちんとハッピーな結末にしているのも気持ちがいい。エンドロールでも、その後の彼らの物語をフォローしているのも親切である。

原作短編から、こんな爽やかな感動の物語を紡ぎ出した脚本(桑村さや香)がまず素晴らしい。これを、アニメらしいファンタスティックな絵作りも交えて完璧に映像化したタムラコータロー監督の演出も見事。これが劇場アニメ第1作とは思えない素晴らしい出来である。

前作ではほとんど出て来なかった、タイトルの“虎と魚たち”を、ちゃんと画で見せているのもいい(虎は、外の世界の怖さの象徴として動物園のシーンに登場するし、魚は恒夫が探す幻の魚として登場、また人魚も魚の一種(笑))。

実写版の前作に感動した人には違和感を感じるかも知れないが、別の作品と考え、前作は忘れて画面に向き合う事をお奨めする。 (採点=★★★★☆

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コメント

今年も楽しみにしてます。実写版は見てませんが、アニメを堪能しました。実写と違うストーリーは、アニメならなんでしょうね。

投稿: 自称歴史家 | 2021年1月11日 (月) 11:55

◆自称歴史家さん
本作を楽しめたようで何よりです。
実写版は、実写である故の、現実に即したリアルな物語展開が強調されていましたし、アニメ版の本作は、アニメならではの非現実感、ファンタスティックさが前に出ていたように思いました。両者の特性をそれぞれうまく生かした作り方だと言えるでしょう。
実写版はまだご覧になっていないそうですが、アニメ版で感動し、いい気分にさせられた後で、シビアな展開の実写版を見ると、ドヨーンと気持ちが落ち込むかも知れませんので(笑)、あまりお奨め出来ませんね。逆の順序で見るなら丁度いいのですが(笑)。

投稿: Kei(管理人 ) | 2021年1月14日 (木) 21:17

そうでしょうね。原作は立ち読みしましたが、実写版とアニメ版の中間くらいの感じ。アニメ版とほぼ同じコミック版を入手しました。

投稿: 自称歴史家 | 2021年1月15日 (金) 08:28

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