小説「奈落で踊れ」
朝日新聞出版・刊
初版発行日: 2020年6月5日
1,900円+税 単行本: 384ページ
いま一つ記事にしたい映画がないので、昨年読んだこの小説の感想を。
私がお気に入りの、月村了衛さんの新作です。
月村さんの作品は、デビュー当時の「機龍警察」シリーズは、戦闘メカが登場する近未来SFバイオレンス小説でしたが、最近では前回も紹介した「東京輪舞(ロンド)」以降、1964年の東京オリンピック記録映画の監督選定騒動を描く「悪の五輪」、社長がマスコミの前で惨殺された有名な“豊田商事”事件をモデルにした「欺す衆生」(2019)と、昭和の時代に実際に起きた事件を題材にした、一種の昭和史セミドキュメント小説が多くなってきました。史実と虚構を取り混ぜ、また政治家や著名人の実名も登場するなど、実際の事件を知っていればなお面白く読めます。
で、いよいよ平成の、政官界を揺るがした事件がモデルの作品の登場です。その名も“ノーパンしゃぶしゃぶ接待汚職”(笑)。思い出しても笑えます。
小説の中では、”ノーパンすき焼きスキャンダル”と一部名称が変えられていますが、事件の概要はほぼ事実通りです。
1998年冬、大手銀行が検査に手心を加えてもらいたい目的で、当時の大蔵省の官僚を、歌舞伎町にあるノーパンしゃぶしゃぶ店で接待していた事が発覚し、数人の大蔵官僚が逮捕・起訴され、有罪判決まで受けてしまいます。これで当時の大蔵大臣と日本銀行総裁が引責辞任し、大蔵省が解体され財務省と金融庁に分離される等、まさに国家を揺るがす大事件に発展しました。
その原因がヤラしいノーパン飲食店接待とは…。その落差に驚き、呆れました。
で、たまたまつい先日、総務省官僚がコロナ禍のさなかに首相の息子が勤める会社から高額接待を受けていた事実が判明して減給戒告処分を受けたばかり。なんともタイムリーです。官僚接待疑惑の歴史として、このノーパンしゃぶしゃぶの話も持ち出されたりしてますし。報道で思い出した方も多いでしょう。
と言うか、あの事件から四半世紀経った今でも、官僚が平然と業者から高級料理店で接待を受けてた事に呆れます。
(注意・以下物語の内容に触れます)
…さて本作ですが、まず主人公の設定がユニークです。その名も香良洲(カラス)圭一。大蔵省文書課課長補佐ですが、“大蔵省始まって以来の変人”と言われ、上司の命令でも間違っていると判断すれば正論を通します。よって煙たがられ、地方の税務署に左遷されたりします。それが逆に幸いして、大蔵省内では唯一人今回の接待は受けていませんでした。
そして本省に復帰したばかりの香良洲に、今回のノーパンすき焼き(略称“パンスキ”(笑))接待を受けていた彼の同期入社仲間4人が助けを求めて来ます。最初は「お前たちの身から出た錆だ」と突き放そうとしますが、接待疑惑の主要人物である主計局長の幕辺が、自分に目障りな人物を検察に差し出して事態の幕引きを図ろうとしていると聞き、上手く行けば仲間を救えるだけでなく、ついでに大蔵省のガンである幕辺を潰す事が出来るのではないかと考えた香良洲は行動を起こします。
この香良洲という男、切れ者で、さまざまな知恵と策略を使って同期仲間を助け、悪の本丸である幕辺に正義の鉄槌をくだすべく機敏に行動する辺り、あの「半沢直樹」を思い起こさせます。
登場人物も個性豊かで、連立政権の与党敏腕女性国会議員・錐橋辰江、その錐橋の公設秘書を務める、香良洲の離婚した元妻・花輪理代子、事件を追うフリーライター・神庭絵里、さらに絵里を拉致した事で香良洲が知り合う事になる暴力団・征心会若頭の薄田などが物語に絡んで来ます。
ケッサクなのが、香良洲と絵里が高級中華料理店で征心会の連中と打ち合わせをしていた時に、たまたま錐橋、理代子がこの店にやって来て、ごまかす為に成り行きで薄田を絵里の兄の経営コンサルタントとして紹介した事から、錐橋が薄田に一目惚れしてしまうくだり。
錐橋が薄田に近づき、薄田と結婚したいと猛アタックをかけて来ます。薄田がついヤクザ言葉を口にしてしまって、それを香良洲がごまかして取り繕う辺り、もう大笑い。電車内で読んでてうっかり吹き出しそうになって笑いを抑えるのに一苦労しました。ほどんどドタバタ・コメディです。
月村作品で、こんなに笑ったのは初めてですね。ちょっと作風が変わって来たように思います。まあノーパン接待自体お笑いですが(笑)。
薄田の方も一途な錐橋に仄かに思いを寄せますが、結局最後に薄田がヤクザと判明して、二人は涙を呑んで別れる事となります。
本筋の方では、ノーパン接待者リストの一部がネット上に漏れた事から、薄田たちがそのリストの行方を追ったり、誰を処分リストから外すかという大蔵省内の駆け引きの合間で香良洲が動き回ったりと、かなりスリリングな展開となります。
利用できるものはヤクザだろうと何だろうと利用して策を弄する香良洲はダーティ・ヒーローですが、腐りきった官僚機構や政治の闇を暴く為には、このくらいのタフな男がヒーローにならないと解決しないでしょうね。
結末はここでは書きませんが、香良洲が下したある決断は、現実の政治の闇ともリンクして考えさせらえます。
面白い作品でした。特にさすが月村さんと思わせるのは、「東京輪舞」もそうでしたが、政党や政治家の実名がポンポン出て来る所で、自民党という政党名も出ますし、小沢一郎や自殺した新井将敬議員の名前も出て来ます。無論「大蔵省」という省庁名も実名です。怖いもの知らずですね。
今後もこの調子で、政財官界の闇をどんどん暴いてくれる事を期待します。特に香良洲圭一を主人公にした続編、あるいはシリーズものも望みたいですね。
ただ「機龍警察」ファンとしては、今後もそうした近未来SFアクション作品も止めないで書き続けて欲しいと願っているのですが。
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