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2021年2月14日 (日)

「すばらしき世界」

Subarashikisekai 2021年・日本   126分
製作:バンダイナムコ=AOI Pro.=分福、他
配給:ワーナー・ブラザース映画
監督:西川美和
原案:佐木隆三 (「身分帳」)
脚本:西川美和
撮影:笠松則通
エグゼクティブプロデューサー:濱田健二、小竹里美
プロデューサー:西川朝子、 伊藤太一、 北原栄治

直木賞作家・佐木隆三の、実在の人物をモデルとした小説「身分帳」を原案に、刑期を終えて出所した男の生きざまを描いた人間ドラマ。監督は「永い言い訳」の西川美和。主演は「孤狼の血」の役所広司、共演は「静かな雨」の仲野太賀、「MOTHER マザー」の長澤まさみ、「家族はつらいよ」シリーズの橋爪功、「罪の声」の梶芽衣子など。第56回シカゴ国際映画祭インターナショナルコンペティション部門にて役所広司が最優秀演技賞を受賞。

(物語)殺人の罪で服役していた三上正夫(役所広司)は、13年の刑期を終え出所した。東京にやって来た三上は身元引受人の弁護士・庄司夫妻(橋爪功・梶芽衣子)の世話でアパートも借り、自立を目指し仕事を探そうとするが、元殺人犯という経歴が足枷となってなかなか仕事は見つからず、生活保護で暮らす日々が続いていた。そんな時、テレビディレクター・津乃田(仲野太賀)とプロデューサー・吉澤(長澤まさみ)が、社会に適応しようとあがきながら生き別れた母親を捜す三上の姿を感動ドキュメンタリーに仕立てようと接触して来る。また一方で、三上の持つ無垢な心に感化された人々が少しずつ彼の周りに集まって来る…。

西川美和監督は、「ゆれる」「ディア・ドクター」「夢売るふたり」「永い言い訳」と、一作ごとにオリジナル脚本で、社会の片隅で暮らしながら、罪を犯したり、嘘を重ねたり、自分を偽りつつ無様に生きる人たちの姿をじっくりと凝視する優れた人間ドラマを描き続けて来た。

今回は、長編映画としては初めて原作ものを手掛ける事となった。しかしそれでも、これは罪を背負った男の、不器用ながらも精一杯生きる姿を見つめている点で、これまで西川監督が描いて来た作品とテーマとしては繋がっていると言える。

佐木隆三の原作「身分帳」は、実在の人物に取材したほぼノンフィクションである。映画化に当って西川監督は時代を現代に変え、登場人物を追加したりと原作を膨らませているが、主人公三上のキャラクター、生い立ちは実在の人物にほぼ沿っている。

(以下ネタバレあり)

三上は子供の頃から手の付けられない暴れ者、一時はヤクザ組織にも属し、前科10犯、人殺しもやっており、人生の大半を刑務所で過ごして来た男である。
13年の刑期を終え、身元引受人となった庄司夫妻の世話で、今度こそは真人間として実直に生きようとする。

三上は、表向きは善良そうで人懐っこい笑顔も見せているが、苛立った時は自分をコントロール出来ず凶暴になったりもする。
その反面、正義感は強く、弱い人間が苛められている所を見ると黙っておれない。但し結果として凶暴な一面が顕在化し、相手に凄惨な暴力を加えてしまったりもする(この性格が終盤への伏線にもなっている)。

こんな二面性を持った複雑な人物を演じた役所広司がやはりうまい。

罪を償ったとはいえ、こういう元殺人犯が普通の市民生活を送るのはかなり難しいと思われる。身体には刺青が彫られ、数十センチにも及ぶ刀傷もある。それを見ただけで普通の市民は逃げ出したくなるだろう。

仕事はなかなか見つからず、庄司の世話で生活保護を受ける事になるが、区役所のケースワーカー・井口(北村有起哉)から元暴力団員は足を洗っても数年間は権利がないと聞かされる。幸い三上が組から抜けたのは20年も前だったので結局受けられる事になるのだが。

全くの偶然だが、先日観た「ヤクザと家族 The Family」の主人公も殺人で長い刑務所暮らしを送ったり(あちらの方は1年長い14年)、出所すれば現実の厳しさに直面したり、組脱退後5年間は銀行口座が作れない、携帯電話の契約も出来ないといったような暴対法の現実が描かれたりと、本作と共通する点がいくつかある。

また三上には、長い刑務所暮らしが祟って高血圧の持病があり、常に血圧降下剤を飲まなければならない。世間の理不尽さに怒りを覚えると余計血圧が上がる。それで区役所で倒れてしまったりもする。怒りの衝動をどう抑えるか、三上は苦悶する。


そして中盤以降は、さまざまな人たちが、三上の周りに集まり、救いの手を差し伸べて来る。
ケースワーカーの井口は、生活保護の面倒を見るうち、三上の人間性にもほだされたのだろうが、仕事を離れて三上に何かと世話を焼くようになる。

テレビディレクターの津乃田は、プロデューサーの吉澤に命令されて生き別れた母を探す三上の日常に密着し、カメラを回すのだが、次第に視聴率の為にはなりふり構わないテレビ局の偽善性に反感を覚え、仕事を離れて三上の為に尽力するようになる。
津乃田を演じた仲野太賀も好演。最初の頃は三上の正義感が暴走する凶暴な一面を見てビビッてしまうが、やがて三上の人間的魅力に惹かれて行く心境の変化を巧みに演じている。
浴場で、津乃田が三上と心が打ち解け、背中を流すシーンがいい。

また三上がスーパーで買い物をした時、店長・松本(六角精児)に万引きと疑われるが誤解だと判明し、松本店長がお詫びにと買い物袋を三上のアパートまで届けた事から松本は三上と親しくなり、やがていろいろと生活の上でのアドバイスもするようになる。
松本がポツリと漏らしたように、最初は三上に普通の人間とは違う雰囲気を感じ取った事が彼を疑う原因になったのだろうが、社会になかなか順応出来ない三上を見て同情し、手を差し伸べる気になる。これは松本が町内会長もやっている事で、元々世話好きな性格と思わせている点で説得力を持たせている。

それでもなかなか現状から抜け出せず、焦燥感を感じ始めた三上は、昔属していた九州のヤクザの組と連絡を取り、そこを訪ねたりもする。三上がまた元の世界に戻ってしまうのではとハラハラさせる。
ここでも、組長が警察に逮捕される所を見た三上が思わず飛び出そうとすると、キムラ緑子扮する組長の妻が引き止めて、三上に餞別を渡し東京に帰るように言うシーンがある。
わずかの出番だが、彼女もまた三上が真人間になるよう手を差し伸べる人たちの一人と言えるだろう。

やや面倒見のいい善意の人ばかり集まり過ぎの気がしないでもないが、これは我々市民の誰もがこうした社会からこぼれ落ちそうな人たちに救いの手を差し伸べるようになれば、不寛容が満ち溢れる今の時代も、少しはすばらしい世界になるのではないかという、西川監督の願望も込められているのではないかと思う。

やがて津乃田が、三上の母親が昔過ごしていた施設を探し当て、二人でその施設に向かうが、もう母はいなかった。
ヤクザな男が生き別れた母を探して旅するなんて、長谷川伸原作の「瞼の母」まんまで(笑)、ベタ過ぎるなあと苦笑したが、この施設で母の事を知っていた老婆から話を聞くうち、老婆が古い歌を口ずさみ始めると、三上が一緒に歌い出すシーンはジーンとしてしまった。この歌が、母と自分を繋ぐ唯一の証しだったのだろう。
ベタを承知で、このシーンを入れた西川監督の意図は分かる気がする。


そしてようやく、三上は介護老人施設への就職が決まる。老人をゆっくりと抱きかかえ移動させる三上の姿にホッとさせられる。
庄司夫妻、津乃田、井口、松本らが三上の元に集まり、ささやかな就職祝いを催してくれる。特に庄司の妻が「見上げてごらん夜の星を」を歌うシーンが感動的で涙が出た。

だが世間は善意の人たちばかりではない。介護施設で、精神に障害がある一人の職員を、二人組の職員が物陰で苛めている所に三上が出くわすシーンがある。
ここで三上が、いつもの正義感から、モップを持って二人を叩きのめすシーンが登場する。これでまた仕事を失ってしまうのかと不安な気持ちにさせられるが、実はこれは三上の幻想だった。実際には三上は見て見ぬフリをしてしまう。

これは難しい判断だ。これまで通り自分の正義を貫いて暴力を振るい仕事を失うか、それとも己の信念を捨てても、せっかくあり付いた仕事を守るべきか…。
暴力を振るえば、これまで三上に手を差し伸べて来た多くの人たちの期待を裏切る事になる。それは絶対出来ない。三上は苦悩する。

さらにこの後も、施設内であの苛め二人組が三上の前で、苛めた職員をとことんからかい笑い合うシーンがある。それを誰も止めようとはしない。SNSで、弱い人間を多数で痛めつけるような現状を連想してしまう(「ヤクザと家族」にもそんなシーンがあった)。
ここで、じっと耐える三上の手が微かに震えているようにも見える。このシーンの役所広司の演技も素晴らしい。

それでも救いは、苛められていた職員が、そんな仕打ちにも負けずに頑張っている点である。この職員が丹精込めて育てた秋桜の花を、三上にプレゼントするシーンもいい。

そしてラストシーン、ここはとても悲しい。三上の姿を敢えて見せず、秋桜の花を握った三上の手のアップのみを映し出す演出が秀逸。

ここでやっと、青空をバックにタイトルが表示される。
「すばらしき世界」とは、真っ直ぐに生きようとする人間にとって生き辛い、不寛容な悪意がはびこるこの世界に対する皮肉としての反語か、あるいは多くの人々の善意が、三上のような世間からはじき出されようとする人間を救うであろう、理想的な世界を指すのか。
その判断は観た人自身に委ねられている。


さすがは西川監督である。これまでも人間の心の闇を容赦なく抉り、しかし深い人間洞察力と観察力で描いて来た西川ワールドはここでも健在である。

三上と言う人間のキャラクターの掘り下げも見事だが、もう一人、三上と接する事で、自身も成長して行く津乃田という男の描き方も見事。
津乃田はやがて、三上の「身分帳」を元に、彼をモデルにノンフィクション小説を書こうとする。明らかに原作者の佐木隆三を思わせてニヤリとさせられる。

三上の元妻で、今は他人と結婚し小学3年の子供もいる久美子(安田成美)の描き方がやや物足りない(どうやって三上の携帯番号を知ったのか)のが少し難点だが、そうした点を差し引いても、西川監督のドラマ構成力、俳優への演技指導、人間観察眼はやはり群を抜いている。「ヤクザと家族」と併せて観れば、なお感動出来るだろう。

コロナ禍で、先行きが見通せない不安な時代だからこそ、どんな人間にも生きる権利がある事や、人の心の繋がりの重要性等を再認識させられるこの2本を是非劇場で観て、感動を共有して欲しい。お奨め。 (採点=★★★★☆

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コメント

「どうやって三上の携帯番号を知ったのか」の件については、もうすでにあの時点で
三上は死への階段に差し掛かっていて、その直前に垣間見た、願望からくる妄想のシーン
だったんじゃないか?などと考えたりもしました・・・。

投稿: ジョニーA | 2021年2月14日 (日) 20:41

まだ2月なので、これからどんな映画が出てくるかわかりませんが、たぶんキネマ旬報の一位になる可能性大の傑作。私的には、西川美和で一番凄い。
そして、(実は選考者に一人友人がいて。それでもいつも悪口を言ってますが)映画芸術がワーストにする可能性大。私はルールを変えてまで「実録・連合赤軍」をワーストにした時に完全に見限ったんですけど。

まあ、存在価値がまるで無い雑誌で、薄給で編集部員を雇っているブラック企業で、恐らく編集部は返品の山だろうから、映画芸術はどうでもいいです。

投稿: タニプロ | 2021年2月14日 (日) 23:12

最後に、Facebookを丸ごと転載してるnoteの映画レビューをコピペさせていただきます。
プロの映画評論家とか映画会社で配給やってる友人とかが複数いるので、いつも真面目に書いてます(笑)

お邪魔しました。

https://note.com/tanipro/n/n0e6285d1976d

投稿: タニプロ | 2021年2月14日 (日) 23:36

いい映画でした。
『ゆれる』以来、西川監督の映画はみな見ていますが、本作も面白かったです。
主演の役所広司はじめ、俳優陣はみな良かった。特に仲野太賀は印象に残りました。
面白いのは作品のテーマが「ヤクザと家族」に似ている事。
あちらの後半のテーマを2時間かけて描いたとも言えます。
北村有起哉などキャストも重なる部分もあり興味深かったです。

投稿: きさ | 2021年2月15日 (月) 07:40

◆ジョニーAさん
>三上は死への階段に差し掛かっていて、その直前に垣間見た、願望からくる妄想…
面白いご意見ですね。それもアリかなとは思いますが、
妄想シーンは1箇所、苛めてる職員を叩きのめすのがありましたが、その後すぐ、現実に戻ってますね。だから妄想であった事はすぐ判明します。
久美子からの電話シーンは、そのまま次のシーンに行きますから、妄想とは思えないというのが私の考えです。
でもこうやって、いろんな考えが出て来る事はいいことだと思いますよ。
これからもご意見等よろしくお願いいたします。


◆きささん
北村有起哉さん、「ヤクザと家族」ではヤクザの幹部を貫禄たっぷりに演じて、本作ではマジメな区役所職員と正反対の役柄を演じてるのが面白いですね。共演の役所広司さんの芸名は“やくどころひろし”から来てるのですが、北村さんも負けずに役どころが広いですね(笑)。


◆タニプロさん
「ヤクザと家族」「すばらしき世界」、多分本年度のベスト上位を争うでしょうね。個人的には「ヤクザと家族」が好きなのですが、キネ旬では演出力の差で西川監督に軍配が上がる気がします。
山田監督の「キネマの神様」また公開延期になったようですね。早く見たいのに。まあ気長に待ちましょうか。

投稿: Kei(管理人 ) | 2021年2月17日 (水) 23:34

もう私の住んでる所がバレても構わないと思い、堂々とInstagramにも書いてますが、今日発売のキネマ旬報に読者の映画評で載りました。
ベストテン絡みは何回か載りましたが、映画評は初です。
是非ご一読ください。

投稿: タニプロ | 2021年4月 5日 (月) 23:45

◆タニプロさん
キネマ旬報、昨日買って読者の映画評のページを見たら、タニプロさんの映画評が掲載されていたのにすぐ気がつきました。読んで感銘を受けました。とても勇気がいる事だと思います。
いろいろ大変でしょうが、頑張ってください。

投稿: Kei(管理人 ) | 2021年4月 6日 (火) 11:29

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