「藁にもすがる獣たち」
2020年・韓国 109分
製作:B.A. Entertainment
配給:クロックワークス
原題:Beasts Clawing at Straws
監督:キム・ヨンフン
原作:曽根圭介
脚本:キム・ヨンフン
撮影:キム・テソン
製作:チャン・ウォンソク
曽根圭介の同名小説を韓国において映画化したクライム・サスペンス。脚本・監督はこれが長編デビュー作となる新鋭キム・ヨンフン。出演は「シークレット・サンシャイン」のチョン・ドヨン、「アシュラ」のチョン・ウソン、「スウィンダラーズ」のペ・ソンウ、「哀しき獣」のチョン・マンシク、「コンフィデンシャル 共助」のシン・ヒョンビン、「チャンシルさんには福が多いね」のベテラン、ユン・ヨジョンなど韓国を代表する名優たちが結集している。本国では興行収入ランキングで初登場1位を記録。
(物語)事業に失敗し、ホテル内のサウナで働くジュンマン(ペ・ソンウ)は、ある日客用ロッカーの中に忘れ物のヴィトンのバッグを見つける。その中には10憶ウォンもの大金が入っていた。一方、入国管理局員カン・テヨン(チョン・ウソン)は失踪した愛人、チェ・ヨンヒ(チョン・ドヨン)の保証人になった為に、水産市場のパク・ドゥマン社長(チョン・マンシク)から彼女が残した多額の借金の取り立てに追われていた。そしてクラブに勤めるミラン(シン・ヒョンビン)は借金に苦しみ、夫からはDVの暴力を受け、この生活から逃れるべく苦悩していた。三者の欲望に駆られた獣たちが、大金の入ったバッグをめぐって激しくぶつかり合う…。
韓国がお得意の犯罪ノワール映画だが、原作が日本人作家・曽根圭介の同名小説と聞いて興味を持った。
ただ、日本の小説やコミックが韓国で映画化されるのは実は珍しくない。有名な所では日本のコミックの実写映画化、「オールド・ボーイ」(2003・パク・チャヌク監督)があるが、その他でも乃南アサ原作「凍える牙」(2012・ユ・ハ監督、ソン・ガンホ主演)や東野圭吾「容疑者Xの献身」が原作の「容疑者X 天才数学者のアリバイ」(2012・パン・ウンジン監督)などがある。
あちこちにアンテナ張って、いい原作があれば積極的に映画化を図る韓国映画界を、日本も見習うべきだろう。
(以下ネタバレあり)
本作は、全部で6つの章立てになっていて、それぞれ「借金」、「カモ」、「食物連鎖」、「鮫」、「ラッキー・ストライク」、「結末」のタイトルがあり、これが各エピソードにおけるキーワードになっている。
そして物語は、大まかに3組の人間達のエピソードを並列して描いている。また時制が所々前後するので、予備知識がないと物語と人物を把握するのに多少混乱するかも知れない。特に俳優の顔に馴染みがなければ余計に。出来れば事前にチラシや公式ページを読んで予習しておいた方がいいと思う。
一応3組の人物の概要を述べておくと、
1.事業に失敗し、ホテル内にあるサウナのフロントで働くジュンマン(ペ・ソンウ)。家にはその妻ヨンソン(チン・ギヨン)と、認知症を患うジュンマンの母親スンジャ(ユン・ヨジョン)がいる。
2.入国管理局に勤めるカン・テヨン(チョン・ウソン)は、愛人チェ・ヨンヒ(チョン・ドヨン)が作った借金の為 魚市場業の裏で金貸しをやっているパク・ドゥマン社長(チョン・マンシク)から金を返すよう脅されている。
3.クラブに勤めるソ・ミラン(シン・ヒョンビン)も、やはり借金の為家庭は崩壊、夫からは日常的に暴力を振るわれている。
それらのエピソードを手短かに紹介する第1章のタイトル「借金」が示す通り、3組とも借金地獄に嵌っている点では共通している。そして何とかこの状況から抜け出そうと四苦八苦している。以後物語は、これらの人たちが激しくからみ合い、欲にまみれた闘いを繰り広げる事となる。
冒頭、よく目立つルイ・ヴィトンのバッグを運ぶ人物の姿(顔は判らず)が描かれる。
それからしばらく後、ジュンマンが客用ロッカーを整理していて、誰も取りに来ないロッカーを開けるとあのヴィトンのバッグがある。バッグの中には、なんと大量の札束があった。動揺したジュンマンはとりあえずバッグを保管庫にしまう。
この冒頭の数エピソードで、まずバッグには10憶ウォン(日本円で約1億円)の金が詰まっている事が観客に示され、以後これがいろんな人物の手に渡り、その人たちの運命を狂わせて行くだろう事が暗示され、ある意味ではこのバッグこそが主人公である事がここで強調される。
後になって判明して来るが、実はジュンマンがバッグを見つけるこのエピソードは、物語全体の後半を過ぎた辺りの時制なのだが、あえてトップに持って来たのは上記のような意味合いからだろう。
脚本も兼ねるキム・ヨンフン監督、新人とは思えない見事な手際である。
入国管理官のテヨンはパク社長から、金を返せなければ命がない事を仄めかされる。焦ったテヨンはパク社長の手下のデメキンと共謀し、現金横領犯の国外逃亡を手助けすると言って近づき、実はその金を横取りしようと企む。だがその計画は失敗し、逆に見張っている所を刑事に見咎められ、見逃す代わりに寿司を奢らされるハメになる。
3番目の人物、ミランは夫の暴力に耐えかねていた。クラブの客で仲良くなり、一夜を共にした中国人ジンテに夫の事を話すうち、ジンテが夫を殺してやると言う。だが間違って別人を殺したジンテは罪の意識に苛まれ、警察に行くと言うジンテをミランは轢き殺してしまう。
ここに、テヨンの愛人で、ミランが勤めるクラブの経営者であるヨンヒが絡んで来る。ヨンヒはミランのジンテ殺しの後始末をし、夫のDVに悩んでいるミランに夫を事故死させて生命保険金を受け取る事をアドバイスする。ヨンヒの工作もあって計画はうまく行き、ミランは保険金10憶ウォンを受け取る事に成功する。これがあのヴィトンに詰められた現金の正体である。
ヨンヒはまさに稀代の悪女である。自分の借金を愛人のテヨンに押し付ける一方で、ミランの夫を殺して、ミランが受け取った10憶ウォンを横取りしてミランを殺し、その死体を自分であるように偽装して金を持って国外に逃亡しようとする。その逃亡を幇助してもらう為にのうのうと入国管理官テヨンの元に戻って来る。そこにあの寿司を奢った刑事が訪れると、その刑事もあっさりと殺してしまう。この後も含め、ヨンヒが一番人を殺しているのではないか。
最初にヨンヒが登場するシーンで、クラブで文句をつけた客に頬を殴られると、正当防衛だと言って平然とその客を酒瓶で殴る辺りからして性格が現われている。
ヨンヒを演じたチョン・ドヨン、まさに怪演である。
そのヨンヒの隙を見てフライパンで殴りつけ、金を横取りするテヨン、その金を取り戻すべく、ヨンヒはパク社長と手を組んでバッグの行方を追うあたりもさすがしたたかである。
終盤はラグビーボールのようにバッグがあっちこっちに移動し、欲にかられた人間たちのあさましさには呆れ、笑えてしまう。
深作欣二監督の快作アクション「資金源強奪」を思い出した。
ネタバレになるのでこれ以上は書かないが、とにかく面白い。原作も良く出来ているのだろうが、血生臭さ、暴力描写、犯罪組織の描写など、韓国映画らしい要素が満載で、これは韓国で映画化して正解だと思う。日本で映画化しても、ここまでエゲツなくは描けないだろう。
バッグを隠していたものの、ヨンヒに乗り込まれて金を奪われ、殴られ、家に火をつけられてしまう気の毒なジュンマンだが、そこで母のスンジャが、「生きていれば何とかなる。朝鮮戦争の時は国中がこうだった。五体満足ならいつでもやり直せる」とジュンマンに語りかけるシーンはちょっとジンと来る。 スンジャを演じた韓国映画界の名優、ユン・ヨジョン(右)がさすが、いぶし銀の名演(大楠道代に似てるね)。
そしてラスト、あのバッグが誰の手に渡るか、それは映画を観てのお楽しみ。
いやーこれは面白かった。キム・ヨンフン監督、これが長編デビュー作とは思えないほど、うまく作られている。原作では刑事だったテヨンの職業を、出入国管理を行う役人に変更したのも正解で、密出国の手助けも出来る立場である事が物語にうまく生かされている。
大金をめぐっての欲にまみれた人間たちの奪い合い、という物語は昔から数多く作られており、珍しいものではないが、別々に進んできた3つの物語が次第に収斂されて、冒頭シーンに繋がって行く語り口が見事。
テレビのニュースとか、刑事が聞き込みにやって来るシーンとかがすべて後の伏線になっている辺りも秀逸。
実は原作には、映像で描けない仕掛けがあるとの事だが、原作者自身がコメントで「その問題を巧みな手法で解決し、原作の構成を生かしつつ、本作をすばらしい娯楽作品に仕立てあげました。お見事です。恐れ入りました」と賛辞を送っている。キム・ヨンフン監督による脚本のアレンジがいかに見事か、この事でもよく分かる。
ツッ込みどころを挙げれば、ミランが夫を殺して保険金を受領するのだが、こういう場合よほどうまくやらないと警察に疑われる。どうやって巧みに事故死に見せかけたか、そこがややボカされていたのが惜しい。ラストも、ロッカーの鍵をたまたま空港の掃除婦のヨンソンが殺人のあったトイレで見つけるのだが、死体を検分した警察がそこに落ちてた鍵を見逃すのは不自然。例えば側溝の網の隙間から落ちていたのを、側溝掃除で見つけるとかにすれば万全だった。
まあ難点はそれくらい、後は完璧だった。
私は事前情報なしで観たので、前半は少し解り辛い所もあったが、後半のテンポいい展開には引き込まれ、十分堪能した。もう一度見直せば、随所に張り巡らされた伏線や、登場人物のキャラクターも呑み込めてより楽しめるだろう。韓国ノワール・ファンやサスペンス映画ファンにはお奨めの秀作である。 (採点=★★★★☆)
(付記)
レビューによって、ヴィトンのバッグに詰められた現金の額が、10億ウォンではなく5億ウォンとなっているものが複数件あった。
公式ページでは10億ウォンとなっているので、当記事でもこちらに合わせた。それに5億ウォンだと日本円で5千万円にしかならず、誰もが目の色を変えて奪い合う程の額ではない。それにしても5億ウォンはどこから出たネタなのだろうか。
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コメント
いつも楽しく拝見させていただいております。5億ウォンについては劇中ミランが見ていた保険のパンフレットの死亡保険金が5億ウォンだったので出てきたと思われます。
それがどこで10億ウォンになったかはわかりませんが些細な問題とスルーしてよいような。
実によくできた映画でした。
時間軸を入れ替えるシナリオでは「鵞鳥湖の夜」や「ストレイドッグ」もそうではなかったでしょうか。
面白いので好きですが。
投稿: 周太 | 2021年2月25日 (木) 18:16
◆周太さん
はじめまして。当ブログをご覧いただき、ありがとうございます。
5億ウォンの根拠について教えていただき、感謝です。なるほど、パンフレットに載っていた金額ですか。
いろんな作品紹介記事を検索してみましたが、10憶ウォンで統一されてるようですね。
まあ些細な事ですが、どうも私、細かい事が気になる性格でして(笑)。
これからも、何なりとコメントお寄せください。ありがとうございました。
投稿: Kei(管理人 ) | 2021年2月27日 (土) 00:04