「ラーヤと龍の王国」
2021年・アメリカ 108分
製作:ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ
配給:ディズニー
原題:Raya and the Last Dragon
監督:ドン・ホール、カルロス・ロペス・エストラーダ
原案:ポール・ブリッグス、ドン・ホール、アデル・リム、カルロス・ロペス・エストラーダ、キール・マレー、キュイ・グレン、ジョン・リーパ、ディーン・ウェリンズ
脚本:アデル・リム、キュイ・グレン
製作:オスナット・シューラー、ピーター・デル・ヴェッコ
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
龍の王国を舞台に、少女の戦いと成長を描くディズニーの長編アニメーション。監督は「ベイマックス」のドン・ホールと、実写映画「ブラインドスポッティング」のカルロス・ロペス・エストラーダ。声の出演は「スター・ウォーズ 最後のジェダイ」のケリー・マリー・トラン、「ジュマンジ/ネクスト・レベル」のオークワフィナ、「キャットファイト」のサンドラ・オー、「ドクター・ストレンジ」のベネディクト・ウォン、他。
全米ボックスオフィスでオープニング興収1位を獲得。
(物語)聖なる龍たちに守られた王国クマンドラ。人びとが平和に暮らすその王国を邪悪な悪魔ドルーンが襲った。龍たちは自らを犠牲にして王国を守り、聖なる力を秘めた「龍の石」を作りドルーンの魔力をを封じたが、残された人々は信じ合う心を失い、クマンドラは5つの小国に分かれてしまった。そして500年の時が経った。ハート国に住む龍の石の守護者一族の娘ラーヤ(ケリー・マリー・トラン)は、人々の心を一つにしようと他国の首長たちをハート国へ招き入れるが、友だちになれると信じていたファング国の首長の娘・ナマーリ(ジェンマ・チャン)の裏切りに会い、龍の石が割れてドルーンが復活してしまい、人々は石にされてしまう。かろうじて逃げ延びたラーヤは、王国に平和を取り戻すため、姿を消した最後の龍の力をよみがえらせる旅に出る。
2年前の「アナと雪の女王2」以来の本家ディズニー製作のアニメ。1作目は秀作だったが、こちらは二番煎じ感が強く、私にはいま一つ楽しめなかった。本作は久しぶりのスケールの大きなアドベンチャー・ファンタジーであり、楽しみにしていた。
とは言うものの、コロナの影響がモロに響いて、密を避けてかなりの部分リモートで製作したり、公開の方もDisney+のネット配信と並行しての劇場公開となったせいで、スクリーン数はディズニーにしては少なめ、宣伝もほとんどされないままと、悪条件だらけである。私が行った劇場でも、観客はチラホラ、「アナ雪-」の超満員興行が遠い夢のようである。まあ「ムーラン」や「ソウルフル・ワールド」のようにネット配信だけになるよりは劇場公開してくれただけでも有難いが。
しかし作品の方は、これが素敵な秀作だった。CGは見事な出来栄えで、特に水の表現は実写と寸分たがわぬクオリティ。さらに物語、演出、テーマ、いずれも特筆すべき完成度で見ごたえ十分、ディズニーの底力を見せつけた力作である。
(以下ネタバレあり)
異色なのは、主人公の顔付や編み笠などの衣装が明らかに東南アジア系(タイかベトナム辺り)である事。もっとも、既に1998年に舞台も主人公も中国という「ムーラン」が作られており、ディズニー・アニメでアジア系人種が主人公の映画は初めてではない(昨年公開が予定されていた「ムーラン」はその実写版リメイク)。後述するがこれは狙いがあっての事と思われる。
この作品が面白いのは、過去のいろんな娯楽アクション映画を下敷きにしている点で、悪に滅ぼされた国を、少女とそれを助ける仲間たちが力を合わせて再興しようとする、という物語自体、黒澤明監督の「隠し砦の三悪人」とほぼ同じである。以後このパターンは多くの娯楽映画にも引き継がれている。J・ルーカス創案の「スター・ウォーズ」も「隠し砦-」からアイデアをもらったとルーカス自身が公言しているのはご承知の通り。「七人の侍」も含めて、黒澤明作品が世界のエンタメにもたらした影響は計り知れないほど凄いと改めて思う。
細部にもいろんな名作・アクション映画からのオマージュが仕込まれている。冒頭のラーヤがいろんなトラップをかいくぐってお宝のある場所に到達するくだりは「レイダース・失われた聖櫃(アーク)」まんまだし、その後、ラーヤが強い相手とバトルを繰り広げるが、それは師匠(父)が弟子(娘)の力を試す模擬実戦試験だった、という所も娯楽アクションものでは昔からよくあるパターン。昨年の「TENET テネット」の冒頭でも同じような模擬実戦が行われていた。
いくつもの国を訪れて、聖なる力を持つ玉を集めて、それが寄せ集まれば偉大な力を発揮する、という設定も、「ドラゴンボール」をはじめとして、アクション・ファンタジーではお馴染みパターン。「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」も、6つのストーンが集まれば無限大の力を発揮するというこのパターンのお話だった。そう言えば「インフィニティ・ウォー」とその続編「エンドゲーム」では、悪の魔力によって味方の多くの人間が消滅したものの、最後には正義が勝って消えた人々が復活するのだが、本作でもドルーンによって石に変えられてしまった人たちが、ドルーンを滅亡させた事で元の人間に戻るという、これとよく似た結末だった。
最後の龍・シスーのキャラクターも、意外とお茶目で愛嬌があって、早口で喋ったり、人間に変身したりと、ディズニー・アニメ「アラジン」に登場するランプの精ジーニー(声はロビン・ウィリアムス)を思わせる。こういう笑えるサブ・キャラクターもディズニー・アニメでは定番である。
こんな具合に、過去のいろんな面白い娯楽映画のパターンを巧みに取り入れているのだから、面白いのは当然である。
だが本作が素敵なのは、エンタティンメントとしてよく出来ているだけでなく、深いメッセージ性も盛り込まれているからである。
ラーヤとその父は、今は5つの国に別れているけれど、人間、それも同じ民族である以上、きっと人々はお互いを信じ合い、仲良く共存出来るものと考えている。だから機会を見て、各国の首長たちを自分のハート(心)国へと招き入れる。その中でもファング(牙)国の首長の娘・ナマーリとラーヤは友達のように親しくなり、彼女を信じて龍の玉の所まで案内する。
だがナマーリはラーヤを裏切り、龍の玉を奪おうとし、それが元で玉は割れてしまい、5つの国それぞれが破片を奪い合う。玉が割れた事でドルーンが復活して、ラーヤの父をはじめ多くの人々が石に変えられてしまう。
この事によってラーヤは人間不信となってしまう。6年経った今も、自分だけを頼りに孤独な旅を続けている。そんなラーヤだが、やがて“伝説の最後の龍”シスーと出会い、その純粋無垢で人を疑わない性格に触れて、少しづつラーヤの心もほぐれて行く。
何よりも、5つに分断された王国クマンドラを一つにまとめる為には、人々の心も繋ぎ合わせなければならないのだ。
そして終盤のクライマックス、絶体絶命の危機にあって、ラーヤは集めて来た龍の玉の欠片を、かつて裏切られたナマーリに託し、直後にドルーンによって石にされてしまう。
世界を救う為に、ラーヤは我が身を犠牲にするのである。ここも「風の谷のナウシカ」のラストの応用である。
かつてラーヤを裏切り、今も敵対しているにも関わらず、ラーヤは身を捨てて、自分を信じて総てを託してくれた。その尊い決断にナマーリは心打たれ、その意思を受け継いで自らも行動する。このシークェンスには泣けた。
ナマーリによって、割れていた龍の玉は一つに組み合わさり、龍の玉の聖なる力は復活し、ドルーンは滅びて石になった人々が元の姿に戻って行く。この光景も感動的である。
旅の仲間だった少年ブーンや猿を連れた子供のノイたちも、石にされていた家族とそれぞれ再会する。
そしてクマンドラは、再び元の一つの国に統合され、平和が訪れる。
まさに王道娯楽映画のパターンに沿った楽しい、かつ感動的秀作であるが、作品に込められたテーマも秀逸である。
今の世界を見ると、強い国が横暴に振る舞い、分断が進み、人々の間に不信感が充満している。特にトランプ大統領登場以後、自国第一主義や国家の分断はより加速してしまった。
さらにコロナ禍である。新型コロナウイルスが世界中に蔓延し、多くの命が失われた。そんな時代に、人々がいがみ合ったり分断したままでいいのか、今こそ互いに協力し合い、信頼し合い、分断から統合を目指すべきではないのか。この映画には、そうしたメッセージが込められていると思いたい。
映画では、悪魔ドルーンが押し寄せて来る映像は、紫色のモヤのように描かれ、実態は見えない(下)。
これはもしかしたら、目に見えないウイルスが、人々の分断の隙間を突いて世界を覆った、コロナ・パンデミックの状況をイメージ化しているのかも知れない。
壮大なスケールの冒険ファンタジーとして誰もが楽しめるが、作品に込められたメッセージについてもみんなで話し合って欲しい。子供に観せても、得るものは大きいと思う。是非多くの人に観て欲しい。
(採点=★★★★☆)
(付記)
ラーヤたちが東南アジア系の顔をしているのも、深読みすれば強大な国家に迫害されているアジアの少数民族をイメージしているのかも知れない。
そう考えれば、強大な魔力で平和に暮らす人々を苦しめるドルーンは、強大な軍事力を持ち、ウイグルやチベット民族を弾圧しているあの国を象徴しているのかも知れない(笑)。新型コロナも、あの国から広まってるし。
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コメント
これは良い映画でした。正直、あまり期待してなかったのですが、娯楽映画の王道。字幕版を見たのですが、機会があれは吹き替え版も見たいと思います。
投稿: 自称歴史家 | 2021年3月23日 (火) 13:41
◆自称歴史家さん
私は吹替版で見ました。隅々まで配慮された美しい映像を堪能するには、字幕で邪魔されない吹替版がいいと思います。ただオークワフィナの声も聴きたいので、次は字幕版も観たいかな。
投稿: Kei(管理人 ) | 2021年3月28日 (日) 17:29