「ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実」
2019年・アメリカ 116分
製作:フォアサイト・アンリミテッド、他
配給:彩プロ
原題:The Last Full Measure
監督:トッド・ロビンソン
脚本:トッド・ロビンソン
製作:シドニー・シャーマン、ティモシー・スコット・ボーガート、マーク・ダモン、ロバート・リード・ピーターソン、ニコラス・キャフリッツ、ショーン・サンガニ、ペトル・ヤクル
音楽:フィリップ・クライン
ベトナム戦争で多くの兵士の命を救った実在の米空軍兵の実話を基にした社会派ドラマの秀作。監督・脚本は「ファントム 開戦前夜」のトッド・ロビンソン。主演は「キャプテン・アメリカ」シリーズのセバスチャン・スタン、共演は「ゲティ家の身代金」のクリストファー・プラマー、「栄光のランナー 1936ベルリン」のウィリアム・ハート、「ジオストーム」のエド・ハリス、「キャプテン・マーベル」のサミュエル・L・ジャクソン、「コンテンダー」のピーター・フォンダなど、ハリウッドを代表する名優がズラリ揃った。
(物語)1999年、ペンタゴン空軍省のハフマン(セバスチャン・スタン)は、30年以上も請願されてきた、ある兵士への名誉勲章授与の調査を行うことになる。1966年、ベトナム戦争下。空軍落下傘救助隊のウィリアム・H・ピッツェンバーガー(ジェレミー・アーヴァイン)は、敵兵の奇襲を受け孤立した陸軍中隊の救助にヘリで向かう。しかし、激戦のため降下できず、彼はその身一つで地上に降り、自らの命は顧みず、負傷兵たちを救出して行くが、ついに銃弾に倒れ帰らぬ人となる。ハフマンはピッツェンバーガーに救助された退役軍人たちの証言を集めるうちに、彼の名誉勲章授与を阻んでいた驚くべき陰謀の存在に気づく…。
ベトナム戦争を題材にした映画は、「帰郷」(1978)、「ディア・ハンター」(1978)、「地獄の黙示録」(1979)、「プラトーン」(1986)など、映画史に残る名作がいくつもある。S・スタローン主演の「ランボー」(1982)のように、ベトナム戦争帰りの男が主人公の映画も含めると無数にあると言っていい。
もう、ほぼ出尽くしたかに思われ、ここ数年はほとんど見なくなったベトナム戦争ものだが、実はまだこんな知られざる秘話があったとは。それもなかなかの感動の物語である。
出演者が豪華である。クリストファー・プラマー、エド・ハリス、ウィリアム・ハート、サミュエル・L・ジャクソン、ジョン・サヴェージ、ピーター・フォンダといった、映画史を飾る名だたる名優が顔を揃えている。これだけでも観る価値はある。
(以下ネタバレあり)
物語は、1966年のベトナム戦争における激戦の只中で、危険を顧みず多くの負傷兵の命を救った一人の救助隊員・ピッツェンバーガーの行動に焦点を絞り、それから33年後の1999年、上司から調査を命じられた主人公のペンタゴン職員であるハフマンが、ピッツェンバーガーに命を救われた退役軍人や関係者たちと面談し、証言を集めて行く中で、30年以上も請願が繰り返されながら、“何故ベトナム戦争の英雄が名誉勲章を授与されなかったのか”という謎を解き明かして行く、一種のミステリー・タッチになっているのがユニークである。
ハフマンは、はじめはあまり気乗りしなかった。妻は妊娠中で、彼女を残して全米各地を旅して回るのも気がかりである。しかし仕事であれば仕方ない。シブシブ引き受ける事となる。
まず訪れたのは、30数年の間名誉勲章授与を請願し続けて来たピッツェンバーガーの戦友だったタリー曹長(ウィリアム・ハート)。彼の証言により回想されるベトナムでの激しい戦闘シーンがリアルで息を呑む。手持ちカメラで兵士と一緒に動き回る撮影は、まるで我々も戦場の只中にいるようである。
映画はこの後も、幾人もの元ベトナム戦争兵士たちから証言を得て行く都度、凄惨な戦闘の様子が回想として再現される。
何人もの関係者の証言と回想で、やがて少しづつ隠された真実が明らかになって行く…という手法は「市民ケーン」以来お馴染みのパターンで、本作でもこの手法が効果的に使われていて見応えがある。脚本も自ら書いたトッド・ロビンソン監督、なかなかやってくれる。
ハフマンは次にピッツェンバーガーの両親を訪ねる。彼の父であるフランク(クリストファー・プラマー)は末期ガンで余命いくばくもない。せめて存命中に朗報を受けたいと思っている。時間はあまりない。この辺りから、ハフマンは少しづつ、ピッツェンバーガーが名誉勲章を授与されなかった謎に本格的に迫ろうと意欲的に行動するようになって行く。
ハフマンはこの後も、実際にピッツェンバーガーに命を救われた数人の退役軍人たちから証言を得て行く。演じるはサミュエル・L・ジャクソン、エド・ハリス、ピータ・フォンダと錚々たる名優たち。特にピーター・フォンダ扮する元兵士ジミー・バーは、今もなお、夜になると弾の入ったライフルを肌身離さず持ち歩いている。33年経った今も戦争で受けたPTSDが心を蝕んでいるのである。
この映画が完成した同じ年(2019年)亡くなったピータ・フォンダ、最期の鬼気迫る名演につい涙してしまう。
ハフマンはとうとう、遥か遠いベトナムまで訪れ、今もベトナムに留まり、あの戦闘があった土地の上で暮らす元陸軍兵士チョーンシー・ケッパー(ジョン・サヴェージ)と会う。
ケッパーは、「昔、ここは地獄だった。今は平和で天国のようだ」と語る。確かに、鳥や蝶が飛び交う静かで美しい風景の下で昔、血みどろの殺し合いがあったとはとても思えない。このシーンも感動的である。
ちなみにケッパー役を演じたジョン・サヴェージ、前述の「ディア・ハンター」にも出演している。これは意識してのキャスティングだろう。
情報を集めて行くほどに、彼らが戦ったアビリーン作戦がいかに過酷な戦いであり、かつピッツェンバーガーがどれほど献身的な兵士救命活動をしたのかが次々と明らかになって行く。
ヘリに間違った位置情報を伝えたばかりに味方への誤爆があったり、ほとんどオトリ的な無謀な作戦があったり。戦争(特にベトナム戦争)とはなんと愚かな行為であるかが強調される。
そんな中で、ヘリにいる上司から何度も「もう十分よくやった、戻って来い」と言われても戻ろうとせず、味方の命を少しでも多く救いたいと戦場に留まり続け、60人以上の兵士の命を救った末に、遂に銃弾に倒れたピッツェンバーガーはなんと崇高な心を持っている事か。まさに彼こそ名誉勲章を授与されるにふさわしい。
やはり戦場で危険を賭して多くの命を救った英雄を描いたメル・ギブソン監督の「ハクソー・リッジ」を思い出す。
そして終盤、ついに何故ピッツェンバーガーに名誉勲章が授与されなかったか、その真実が明らかになる。ここも衝撃的である。
ハフマンに調査を命じた上司が、「おまえなら調査を適当にやって済ますだろうから任命した」と嘯くに至っては呆れてしまう。その程度にしか思われていなかったハフマンにとってもショックだが、その意に反して徹底的に調査して、政府がやりたがらなかった名誉勲章授与をハフマンがとうとうやり遂げてしまうのがなんとも皮肉である。
そしてラストシーンが実に感動的である。ピッツェンバーガーへの名誉勲章授与式で、ピッツェンバーガーの両親やタリー曹長、彼に命を救われた元兵士たちが一堂に会する中で、ピッツェンバーガーを称える言葉が式を司る長官から発せられる。この言葉も感動的だが、やがて長官が出席した関係者一人一人の名を呼び、それに呼応して彼らが立ち上がり、最後に出席者全員が立ち上がるシーンでは涙腺が決壊してしまった。泣ける泣ける。
あのピーター・フォンダ扮するジミー・バーも軍服を着て参列している。彼の目も潤んでいる。ピッツェンバーガーが名誉勲章を受けた事で、彼の心も少しは安らぐ事だろう。その意味でもこの授賞式の意義は大きい。
エンドロールでは、実在の元兵士たち本人の証言シーンも登場する。ここもいい。
そしてエンドロールの最後に、「故・ピーター・フォンダの想い出に捧ぐ」というテロップが出る。ここでも泣いてしまった。
いい映画だった。何よりこれが本当にあった実話で、ベトナム戦争終結後、半世紀も経ってやっと映画化された事にも愕然となる。アメリカ国家にとっても、あまり触れられたくない不都合な真実なのだろう。
トッド・ロビンソン監督は1999年、別プロジェクトのリサーチ中にウィリアム・H・ピッツェンバーガーの事を知り、その勇気ある行動に心を打たれ、リサーチを重ねて脚本を仕上げ映画化を目指した。しかし大手映画会社はどこもやりたがらず、数年がかりで出資者を集め、小さなプロダクションで執念の映画化実現に漕ぎ着けた。素晴らしい事である。
そんなマイナー・プロダクション作品にも係わらず、名だたるベテラン名優たちが多く集まった事も賞賛に値する。きっとロビンソン監督の熱意にうたれたのだろう。
なお、フランク・ピッツェンバーガーを演じたクリストファー・プラマーも今年の2月5日、91歳で亡くなった。本作はプラマーとピーター・フォンダ、お二人の遺作となった事になる。
残念なのは、こんないい映画であるにも拘らず、日本公開は(コロナ禍があったとは言え)アメリカ公開から2年も遅れ、しかも弱小の彩プロ配給で、ほんの十数館程度のスクリーン数での公開となった点である。当然宣伝もあまり行き届いていない。
当地大阪では北、南の繁華街でも公開されず、シネマート心斎橋1館のみの公開である。うっかり見逃す所だった。
是非多くの人に観て欲しい。これから地方での公開も増えそうだから、口コミで映画の良さが多くの人に伝わる事を望みたい。
(採点=★★★★☆)
(蛇足)
ピッツェンバーガーの本名は正式には、ウィリアム・ハート・ピッツェンバーガーと言う。本作でピッツェンバーガーの名誉勲章授与を30年以上も請願し続けた重要な人物、タリー曹長を演じた俳優の名前もウィリアム・ハートである。
偶然にしては出来過ぎている気もするが。でもちょっと面白い。
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コメント
予想以上に良い映画。こういう映画が作られるところが、アメリカ社会の健全性がキープされている証明なのでしょう。久しぶりに見たジョンサヴージを始め、ベテラン勢が勢揃いで、嬉しかったです。
投稿: 自称歴史家 | 2021年4月18日 (日) 19:01
◆自称歴史家さん
この映画もそうですが、もう1本、アフガニスタン戦争での凄惨な戦いの実話を映画化した「アウトポスト」も、本作と同じくマイナー・プロダクション製の低予算作品でありながら見ごたえがありました。こちらもお奨めです。
どちらも米軍の失敗作戦を容赦なく描いているせいか、大手会社がやりたがらなかったようですが、それでも厳しい製作条件下で、きちんと骨太の力作として完成させてしまう所がアメリカ映画界の底力と言えるでしょうね。なかなか興行的に厳しいようですが、こういう映画は応援して行きたいですね。当ブログがその力の一端にでもなれば幸いです。
投稿: Kei(管理人 ) | 2021年4月24日 (土) 00:07