« 「街の上で」 | トップページ | 「ザ・ライダー」  (VOD) »

2021年4月29日 (木)

「ひとくず」

Hitokuzu 2019年・日本    117分
制作:テンアンツ
配給:渋谷プロダクション
監督:上西雄大
脚本:上西雄大
監修:楠部知子
編集:上西雄大
プロデューサー:上西雄大
エグゼクティブプロデューサー:平野剛、中田徹
撮影:前田智広、川路哲也 

児童虐待と育児放棄をテーマとしたヒューマンドラマ。「劇団テンアンツ」を主宰する脚本家兼俳優の上西雄大が製作・監督・脚本・主演などを兼務している。その他の出演者は「恋する」の古川藍、「決算!忠臣蔵」の徳竹未夏、映画初出演の子役小南希良梨。また飯島大介、田中要次、木下ほうからベテラン勢が共演している。2019年のニース国際映画祭で主演男優賞(上西雄大)助演女優賞(古川藍)、同年ミラノ国際映画祭ベストフィルム賞、主演男優賞、2020年のロンドン国際映画祭で外国語部門最優秀作品賞、最優秀主演男優賞などをそれぞれ受賞している。

 

3度目の緊急事態宣言が東京と近畿3府県に発出され、またもやこの地域の映画館が軒並み休館となってしまった。

前回・去年4月の緊急事態宣言の時も、当地の映画館が全館休館となって、ほぼ2ヵ月近く映画館で映画が観られない異常事態となった。
私は映画館主義なので、映画館で映画が観られないのは死ぬほど辛い。上映が再開されて映画館で映画が上映されるようになった時は心から喜んだ。涙が出たくらいだ。
もう2度と、こんな状況は起きないで欲しい、と願ったのに、またまた同じような事になってしまった。腹立たしい。映画館側も、映画を観に来る人も、感染対策を万全にしていて、感染が起きた報告はないのにも関わらずである。人の動きを止める為と政府は言うが、街中では普通に大勢の人が歩いているし、電車は相変わらず満員である。これでは意味ないと思う。私もストレスが溜まりそうである。

ただ今回の宣言で前回と違うのは、宣言対象地域以外の映画館は休館にならない事と、対象地域でも面積1,000㎡以下の映画館は上映継続可という事で、前回のような全面休館は避けられたという事。ただこの為、映画等の娯楽を求める人が東京から川崎・横浜方面に大勢移動しているというバカバカしい状況になっている。これなら東京でも休館しない方が人の県外移動は止められるだろうに。もう笑うしかない。

で、当地大阪でも、ほとんどのシネコンや多くのミニシアターは休館だが、小面積で対象外となった2箇所のミニシアター、九条のシネヌーヴォと十三の第七芸術劇場、併設のシアターセブンは上映を続けている。これだけでも有難い。

そんなわけで、映画館に行きたい私は、当分はこの2つのミニシアターに行く事にしてラインナップと上映開始時間を見比べ、あまり期待もしていなかったが、時間が合ったシアターセブン上映の「ひとくず」という題名の映画を観る事にした。

これがなんと個人的には大当たり。感動し泣いてしまった。まったくノーマークだったこんな秀作に出会えるから映画はやめられない。


(物語)母親の恋人から虐待を受け、母親からは育児放棄されている少女・鞠(小南希良梨)は、食べ物もなく、電気もガスも止められている家に置き去りにされていた。そこへ、さまざまな犯罪を重ねて来た男・金田(上西雄大)が空き巣に入る。幼い頃に自身も虐待を受けていた金田は、鞠の姿にかつての自分を重ね、自分なりの方法で彼女を救おうと動き出す。そこにようやく鞠の母・凛(古川藍)と愛人の博(税所篤彦)が帰って来るが、乱闘の末に金田は博を刺殺してしまう…。

デーマは、世間で話題になっている児童虐待と育児放棄である。深刻で重いテーマである。映画の中にも、小さな小学生の子供に目を背けたくなる残酷な虐待をするシーンが出て来る。

だがこの映画がユニークなのは、ただ深刻なだけの暗い映画にせず、一人のアウトローな生き方をして来た男を主人公にして、偶然から出会った一人の不幸な少女をどこまでも守り続けるという、例を挙げればリュック・ベッソン監督の「レオン」のようなエンタティンメント的要素も持った作品になっている点である。

だから時にはユーモラスなシーンや、心和むシーン、感動的な展開を交え、最後まで飽きさせないスリリングな作品になっている。

(以下ネタバレあり)

Uenishiyudai 主人公金田匡郎(まさお)は、空き巣や窃盗を繰り返し、何度も刑務所に入った事もある犯罪者である。演じているのは、劇団テンアンツ代表でこの映画の脚本・監督も手掛ける上西雄大(右)。
なんとプロデュースから編集、主題歌の作詞も担当する等、まるでチャップリン並みのワンマン映画である。作品に賭ける並々ならぬ意欲を感じさせる。

ある日、金田が裏口のガラスを破って侵入したアパートには、親から育児放棄され、食べるものもなく餓死寸前の小学生の少女・鞠がいた。身体に虐待の跡もある。ドアには表から錠前が掛けられていた。
実は金田も、子供の頃に義父から虐待を受けていた。手にタバコを押し付けられる等の虐待シーンが金田の回想で何度か登場する。

鞠に、自分の幼い頃の姿を見た金田は、泥棒に入った事などそっちのけで食べ物を買って来て鞠に食べさせる。服装もドロドロで何日も風呂にも入っていない鞠を見て、金田は馴染みの女に頼んで新しい服を買い、銭湯に入れさせる。
銭湯で鞠の服を脱がせた女は、鞠の胸にアイロンを当てた火傷の跡を見つけ愕然となる。その事を聞いた金田は増々虐待する非道な鞠の親に憎悪をたぎらせる。

たまたま鞠と出会った担任教師に、金田は鞠を見守るよう依頼する。教師も虐待を察知していて、児童相談所職員を連れて訪問したりするが、鞠は母と一緒に居たいと言うので、それ以上深入り出来ないでいた。

教師の世話でやっと電気が通じた頃、遊び歩いていた鞠の母親・凜と愛人の博が帰って来て教師を追い出す。そこに金田が現れ、乱闘の末に金田は博を包丁で刺殺してしまう。
金田は平然とした様子で、凛に手伝わせて博の死体を山中に埋めてしまう。実は金田には、自分を虐待していた義父を刺し殺した過去があった。
子供を執拗に苛め虐待の限りを尽くす男など、死んで当然という思いがあるのだろう。

この後、金田は凛の家に居座り、鞠を含めた3人の奇妙な共同生活が続く事となる。
3人で遊園地の観覧車に乗ったり、焼肉屋で牛タンを食べたり。鞠はどんどん金田になついて行く。まるで新しい父親のように。最初の頃は金田を怖がって仕方なくついて来た凛も、いつしか次第に金田に心を許して行く。

Hitokuzu2

凛もまた、子供の頃に親から虐待を受けていた。その為、子供の愛し方を知らなかったのである。
3人の、疑似家族のような生活の中で、金田も、凛も、親として子供を育てる事の大切さ、家族とはどうあるべきかを少しづつ学んで行くのである。このプロセスを丁寧に描いた演出がとてもいい。

秀逸なシーンがある。焼肉屋で、肉を食べていた金田がいつの間にか涙を流している。
家族で仲良く食事をする事など、生涯一度もなかったのだろう。初めて知った家族というものの素晴らしさ、かけがえのなさに、金田は初めて人間らしい心を取り戻したのだろう。こちらも泣けた。
この時、凛がそっと金田にビールを注ぐシーンもいい。セリフはなくても、3人の心が一つになった名シーンである。凛もようやく、本当の母親らしい気持ちを得たに違いない。

鞠は金田を、親しみを込めて、名前を縮めて“かねまさ”と呼ぶ。二人の距離はどんどん縮まって行く。

そして終盤のクライマックス、明日が鞠の誕生日と知った金田は、誕生日祝いのケーキとシャンパンを買って家路を急ぐが、家の前で刑事が待ち構えていて、金田は加藤博殺害の罪で逮捕される。
所轄の刑事の温情でケーキは鞠に届けられるが、金田はパトカーに乗せられ警察に向かう。それを知った鞠と凛が「かねまさ~」と叫び、泣きながら去って行くパトカーを追って行く。このエンディングも、刑事サスペンスものではよくあるパターンで、ベタだが泣かせられる。

そこでエンドロールとなるが、その途中で挟み込まれるエピローグもまた泣ける。絵に描いたようなハッピーエンドであるが、観客にほっこりとしたいい気分で映画館を後にしてもらう為にはやはり必要だったと思う。


素敵な映画だった。何度も泣けた。児童虐待という今日的な、しかし陰鬱な気分になるテーマを扱いながら、そこに僅かの希望の光を見る、感動のエンタメ作品に仕上げているのが出色である。しかも児童虐待、育児放棄への鋭い社会批判精神はきちんと盛り込まれている。

現実にはこんなヒーローはいないだろうが、もし金田のような男がいたら、2019年に千葉県野田市で起きた小学4年の栗原心愛(みあ)ちゃんが無残に殺されたような悲惨な事件は防げただろうに。そうした願望、祈りが込められた、ファンタジーとして本作を位置付けるべきだろう。ちなみに本作の完成は2018年末でこの事件の前である。

小道具の使い方もいい。金田が空き巣に入った家から持ち帰り鞠にプレゼントしたクマの縫いぐるみが、鞠の大切なマスコットとなったり、刑事が金田の犯行を確信する証拠となったりとうまく活用されている。
また随所で、金田が子供の頃に母親から与えられたアイスクリームがアクセントとなっている。そしてエピローグでも、これが親子和解の小道具として締められているのがうまい。

よく思い起こせば、かなり荒っぽい所やツッ込みどころも多い。殺された博の借金の肩代わりを迫って来たヤクザの存在がその後無視されていたり(金田逮捕後、また凛の所に来るのではないか)、やたら人情的なベテラン刑事の扱いもやや取って付けた感あり。またこの刑事が、金田の空き巣実行を知っていながら逮捕もせず仕事を斡旋するのもあり得ない。まずは逮捕して、罪を償ってから斡旋すべきだろう。結果として雇ってくれた社長の顔に泥を塗った事になる。
目の前で人を殺した金田に、鞠がその後も何もなかったかのようについて行くのもやや不自然。普通はトラウマとなって当分の間は避けると思うが。

…といった難点がいくつかあって、完成度が高いとは言えないが、それらを補って余りある、作品全体に漲る強烈なエネルギー、監督・主演した上西雄大の児童虐待へのすさまじい怒りのパワーにはただ圧倒される。

主人公・金田のキャラクターと同様に、この映画自体がぶっきらぼうでガサツで荒々しく、欠点も多いが、訴えたい事はビンビンと心に響き、観終わった後に深い感動が押し寄せて来る。一昨年観た「岬の兄妹」(片山慎三監督)にも似た熱気を感じた。ちなみにこちらも片山慎三がプロデュース、脚本、監督、編集を兼任している所も共通する。

資料を読むと、上西雄大自身が3歳まで戸籍がなく、実の父親が母親に日常的に手をあげているのを見て育ったという事である。なんと本人も金田匡郎と同じ境遇を体験していた事になる。本作に込められた異様なまでの熱気、怒りは本物なのである。

Hitokuzu3 配役では、鞠を演じた小南希良梨ちゃん(右)が素晴らしい名演技。映画出演は初めてらしい。よく見つけて来たものだ。今後が楽しみである。

本作の感想の中には、上西監督の風貌や自作自演の熱意に、「竜二」で脚本と主演を兼ねた金子正次を思い浮かべる人もいる。確かにキャラクターは似ている。
鞠が名付けた金田の愛称は“かねまさ”だが、これってもしかしたら、次の名前から採ったのではないだろうか。


こんな秀作を、今までなんで見逃していたのだろうか。かなり映画情報はマメに見ているのに。
調べたら、キネマ旬報の星取りREVIEWにも、記事にもまったく取り上げられていない。新聞の映画評も見た事がない。マスコミではほぼ無視されている。もったいない。

さらに調べたら、当地では昨年の4月17日からテアトル梅田で公開予定が、緊急事態宣言で上映が延期になっていた。その後10月から上映開始されたが、ロクに宣伝もされなかったようで全然気がつかなかった。題名を見つけても、食指が動かなかっただろうが。
もしコロナが猛威を振るわずほとんどの映画館が休館になっていなかったら、うっかり見逃したままだったかも知れない。この点ではコロナに礼を言わなければならない(笑)。

なお、シアターセブンでは昨年11月28日から上映されているが、好評でジワジワ客足が伸び、なんと現在まで5ヵ月もロングランされている。素晴らしい事だ。

もうほとんどの地域では上映が終了しているが、一部ではまだ上映している所もある。とにかく、一人でも多くの人に是非観て欲しい。そして、児童虐待で命を落とす子供が少しでも無くなる事を心から祈りたい。 (採点=★★★★☆

 ランキングに投票ください → にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ


(付記)
上西雄大はその後2本の映画を監督・出演で完成させ、公開待機中である。

本年7月10日公開予定の「ねばぎば新世界」(2020) 。主演が赤井英和というのも注目である。赤井主演の阪本順治監督「王手」も新世界が舞台である。

公開未定の「西成ゴローの四億円」(2021)。製作総指揮は奥山和由で、奥山は「ひとくず」にも賛辞を寄せている。

これらにも注目したい。公開されたら是非観たい。

 

|

« 「街の上で」 | トップページ | 「ザ・ライダー」  (VOD) »

コメント

この映画見たかったんですが、あっという間に上映終了。なかなかDVD化されないだろうし。残念です。

投稿: 自称歴史家 | 2021年4月30日 (金) 13:21

行きつけのバーのマスターから常連が見てえらく感動してたと教えてもらったのがこの映画です。翌日、見に行きました。いったいどこに行き着くのか見当もつかずただただ画面に釘付け状態。そして予想外のエンディング。まいりました。
ところで細かいことなのですが、刑事が金田を逮捕するとき「代議士の息子加藤博殺害容疑で逮捕する」と聞こえたような気がしたのですが。そのとき「あ、だから捜査が迅速なんだ」と妙に納得しました。おぼろげな記憶ですいません笑。
さて公開を控える2作のうち「西成ゴローの四億円」は前後編トータル4時間超の大作のようですね。2作ともほんとうに楽しみです。

投稿: 周太 | 2021年4月30日 (金) 19:01

◆自称歴史家さん
監督も出演者も無名である事に加え、コロナで公開延期になったりでパブリシティが十分に行き渡らない等、悪条件が重なったのも気の毒でしたね。
当地では幸い、ずっと上映してくれてる映画館があるので助かりました。評判がいいので、どこかで再上映してくれる所が出て来ればいいですね。


◆周大さん
教えてくれた人がいて良かったですね。私の周囲では誰も観ていませんでした(笑)。
>刑事が金田を逮捕するとき「代議士の息子加藤博殺害容疑で逮捕する」と聞こえたような気がしたのですが。
うーん、何か言ってたようですがそのセリフは憶えがありません。
ただ、この博、木下ほうか演じるヤクザ組織の一員で、借金があったか何かで木下一味が行方を捜していたはずですので、少なくとも代議士の息子じゃないと思いますよ。それに逮捕する時、被害者の家族との続柄までは言わないと思いますし。でも刑事が何と言ったかは知りたいですね。

投稿: Kei(管理人 ) | 2021年5月 1日 (土) 00:38

公開当時強く勧められながら私は観てないんですけど、知り合いである谷岡雅樹さん絶賛の映画です。
昨年のキネマ旬報ベストテンでこの映画を入れた選考者は谷岡さんただ1人だったらしいです。

投稿: タニプロ | 2021年5月 1日 (土) 11:13

空耳アワーみたいですね。笑

投稿: 周太 | 2021年5月 1日 (土) 23:26

◆タニプロさん
キネ旬で谷岡さんだけ2位に入れてましたね。
ついでですが、「映画芸術」誌では、湯布院映画祭実行委員の伊藤雄さんがベストワン、映芸編集部がベスト5位に選んでいて、集計ではベスト15位になってました。
見ている人は少数だけど、観た人の評価はかなり高いようですね。東京では上映終了してるようですが、口コミで再上映の要望が高まってくれればいいですね。

投稿: Kei(管理人 ) | 2021年5月 2日 (日) 00:47

「浅田家」を見てきました。
雨が強く誰も来ないだろうと思ったら10:10ほぼ8割がた席が埋まってました。みんな娯楽に飢えてますな。私もですが。笑
見た価値ありました。
ひとつの映画館でたくさんの人たちと感動を共有できることがこんなに素晴らしいと思えたのはある意味コロナのおかげでしょうか。
やっぱり映画館で見る映画って本当に素晴らしいですね。

投稿: 周太 | 2021年5月 5日 (水) 21:52

◆周大さん
「浅田家!」私のお奨め映画です。見れてよかったですね。中野量太監督作品はどれもいいですよ。
>ひとつの映画館でたくさんの人たちと感動を共有できることがこんなに素晴らしいと思えたのはある意味コロナのおかげでしょうか。
私も昨年4月の緊急事態宣言で2ヶ月近く映画館が休館となり、宣言明けの上映再開時に真っ先に映画館に行った時、同じように感じました。今回もいつ映画館が再開されるか分かりませんが、一日も早くみんなで感動を分ちあえる日が来る事を願ってやみません。

投稿: Kei(管理人 ) | 2021年5月 6日 (木) 19:04

アンコール上映で、ようやく見ることができました。荒削りなところもありますが、パワーのある映画。上映後に、監督と母を演じた女優さん2人との質疑応答がリモートであり、得した感が。

投稿: 自称歴史家 | 2021年6月13日 (日) 16:08

◆自称歴史家さん
やっとご覧になれましたか。良かったですね。
この映画、私が観た映画館では今もなおロングラン上映中!で、そちらと同じように毎日、上映終了後に舞台挨拶がリモートを中心に行われています。こういう地道な努力もロングランになっている要因でしょう。多くの人に観ていただきたいですね。

投稿: Kei(管理人 ) | 2021年6月20日 (日) 12:25

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「街の上で」 | トップページ | 「ザ・ライダー」  (VOD) »