「ゾッキ」
2020年・日本 113分
製作:and pictures=ポリゴンマジック
配給:イオンエンターテイメント
監督:竹中直人、山田孝之、齊藤工
原作:大橋裕之
脚本:倉持裕
企画:竹中直人
プロデューサー:伊藤主税、山田孝之、川端基夫、川原伸一
音楽監督:Chara
漫画家・大橋裕之の初期作品集「ゾッキA」、「ゾッキB」を実写映画化したヒューマン・コメディ。監督は「山形スクリーム」の竹中直人、「blank13」の齊藤工、本作が初監督作となる山田孝之の3人が共同で務めた。出演は「泣く子はいねぇが」の吉岡里帆、「#ハンド全力」の鈴木福、「影裏」の松田龍平、本作が映画初出演となる九条ジョー。その他満島真之介、國村隼、安藤政信、ピエール瀧、木竜麻生、倖田來未、竹原ピストル、石坂浩二と豪華な顔ぶれが揃った。第33回東京国際映画祭「TOKYOプレミア2020」部門のワールドプレミア上映作品。
(物語)レンタルビデオ店に勤める伊藤(鈴木福)は、明け方、隣人の藤村(松田龍平)が立てた大きなドアの開閉音で安眠を破られるが、その藤村は、あてがないというアテを頼りに、ママチャリで“南”を目指す旅に出る所だった。彼は旅の途中、ある漁港で漁師のヤスさん(國村隼)に親切にされ、刑務所を出たばかりの漁師仲間からある伝言を頼まれる。
同じ町、高校生の牧田(森優作)は、ひょんな事から同級生の伴くん(九条ジョー)と仲良くなるが、伴くんから姉さんを紹介してくれと懇願される。実は牧田に姉はいなかった。
間男で無職の平田(竹原ピストル)はある晩、息子のマサル(潤浩)と共に深夜の学校に忍び込み、不思議な幽霊を見てしまう。それぞれの物語がどこかで微妙に絡み合って行く。
本作誕生のきっかけは、2018年頃に竹中直人が原作コミック「ゾッキ」を読んで、絶対映画化したいと強く熱望し、自ら企画者として俳優の齊藤工と山田孝之に監督としてのオファーを行い、3人で共同監督を担当し完成に至ったという事である。
竹中も齊藤もこれまで映画監督の経験があり、いずれも監督として高く評価されているし、山田は監督の経験はないが、藤井道人監督の「デイアンドナイト」のプロデューサーを務め、この作品で評価された藤井監督は次作の「新聞記者」でブレイクする等、プロデューサーとしての実績も積み重ねている。
こういうトリオが組んだ本作だから、大いに期待して観に行く事にした。
ただ竹中直人には、正直ちょっと不安があった。監督デビュー以来、「無能の人」、「119」、「東京日和」と秀作を連打し、私も監督手腕を高く評価していたのだが、前々作のホラーコメディ「山形スクリーム」(2009)が大チョンボの駄作で、これで信頼をなくしたのか、その後は2013年、ほとんど話題にならなかった「R-18文学賞 vol.1 自縄自縛の私」を監督した後、現在まで長編映画の監督作はない。
本作はそんなわけで、竹中にとって9年ぶりの長編監督作となる。果たして監督として再起なるか、期待と不安半々で見る事となった。
(以下ネタバレあり)
大橋裕之の原作コミックは、約30本ほどの短編で構成されている。映画はその中から8本をセレクトし、3人が分担して数本づつ監督している。
最初はオムニバス短編集かと思っていたのだが、映画はそれぞれのエピソードが並列して進行し、ところどころで各パートの人物が微妙に交錯する形の長編映画に仕上がっている。
タランティーノ監督の「パルプ・フィクション」的な作りである。時間軸が前後する所も似ている。しかし、こちらの方はホンワカとした、どこかシュールでトボけた味わいの、風変わりな作品になっている。
主となるエピソードは、
①松田龍平扮する藤村が自転車に寝袋を積んで、あてもなく旅に出る「Winter Love」(山田孝之監督)。
②高校生の牧田(森優作)が同級生の伴くん(九条ジョー)に、「お前の姉さんを紹介してくれ」と頼まれるが、実は姉さんはいないので適当にごまかし嘘をつくが、それがきっかけで次々と嘘をつく破目となる「伴くん」(齊藤工監督)。
③小学生のマサルが父(竹原ピストル)に誘われ、深夜の学校に忍び込み、昔父が所属していたボクシング部の部室からサンドバッグを盗み出すが、その校舎でマネキン人形のような不思議な幽霊を見てしまう「父」(竹中直人監督)。
その他いくつかの細かいエピソードは竹中直人が監督している。
④冒頭タイトル前の、田舎に帰って来た一人の女性・前島りょうこ(吉岡里帆)と祖父との「秘密」に関する会話。
⑤レンタルビデオ店で勤務する伊藤(鈴木福)の変りばえしない日常を描く「アルバイト」。
などである。
④は本作のテーマとも言える「人には誰にも秘密がある」に関する祖父とりょうこの会話が描かれる。祖父を演じていたのが特別出演の石坂浩二。
りょうこから「いくつ秘密を持っている?」と問われた祖父が「230個だ」と答え、それに驚愕したりょうこが飲んでいた牛乳を吹いてしまい、それがそのままタイトルバックとなる。
⑤は特にエピソード的な広がりはない。ほとんど客の来ないレンタルビデオ店で店番する姿が描かれるだけである。ただし、自宅のアパートの隣に住んでいるのが①の藤村であり、伊藤は旅に出る直前の藤村と会話している。
また藤村が立ち寄ったコンビニで、②の牧田と目が合う、といった具合に、それぞれのエピソードの人物が数ヵ所で出会っているので、少なくとも①、②、⑤は同じ場所、同じ時間軸である事が判る。また②と③、どちらにも校舎の窓ガラスが割られるエピソードが出て来るので、③もまた同じ時間軸であるようだ。
そして各エピソードの中では、②が一番物語として起伏に富んでいて、時間も長い。高校生たちの友情、性に目覚める年頃の悶々とした心情を齊藤監督が丁寧に演出していて、青春物語としてもなかなか見ごたえがある。
伴くんは、唯一心を許したかけがえのない友人である牧田に「美人の姉さんがいる」という根も葉もない同級生の噂を信じ、牧田に紹介しろと迫る。実は彼には姉さんはいないのだが、親友があまりに夢中なので本当の事が言えず、「岡山の大学に行っている」と嘘を言う。この小さな嘘を繕う為に、牧田は嘘を次々重ねて行く事となる。姉が死んだことにして、仏壇に中学時代の同級生の本田さん(木竜麻生)の写真を飾って伴くんに見せるという小細工までする。
テーマとなる、“秘密と嘘”が一番大きく取り上げられているのもこのエピソードである。
この伴君を演じた九条ジョーが強烈な印象を残す。長身、坊主頭、丸メガネという風貌、いつも「死にたい」と黒板やら何やらに書きまくったり、土砂降りの雨の中、牧田に土下座して「姉さんのパンティを譲ってくれ」と無茶を言ったりする異様なテンションぶりは、まさに怪演と呼ぶのにふさわしい。
なんでも吉本所属のタレントで、映画出演は初めてだそうだ。これから注目してもいいかも知れない。
牧田が、伴くんに頼まれたパンティを入手しようとして悪戦苦闘するくだりも笑える。コンビニで買おうとするが恥ずかしくて買う勇気がない(このコンビニで藤村と遭遇する)。
とうとうありったけの百円玉を積んで、ゲームセンターのUFOキャッチャーでパンティをキャッチしようと奮闘するシーンがおかしい。
まあいろいろあって、その数年後、伴くんは仏壇の写真の女性、本田さんと出会って猛アタック、結婚する事となる。
そしてラストシークェンス、伴くんは牧田の姉さんの命日に、第二子出生の報告にやって来る。まだ姉さんは実在したと思い込んでいるのが伴くんらしい。仏壇の写真は、やはり同級生で④のエピソードに登場する前島りょうこに差し替えられている。
伴くんを軽トラックで駅まで送った帰り道、牧田はそのりょうこと再会し、ここでも秘密に関する話となって、牧田はりょうこに、「墓場まで持っていく秘密がある」と答える。
牧田の軽トラックにりょうこが同乗、どうやら二人はいい仲になりそうである。
遠ざかるカメラ(ドローンで撮影)、軽トラとすれ違う自転車に乗っているのは藤村のようだ。こうして物語は丸く収まると同時に、各エピソードの人物も皆繋がった形で終わる事となる。
終わってみれば、結局②のエピソードが一番起承転結もまとまっていてよく出来ており、全体のほとんどのウェイトを占めていた感がある。これに比べたら、他のエピソードは軽いし、不得要領なままに終わっていてあまり面白くない。そもそも②と④以外は、“秘密と嘘”というテーマすらほとんど感じられない。「殺人空手道場」のエピソードに至っては、ただ単に各エピソードの登場人物が道場の前を通り過ぎるだけで、各エピソードが同じ場所、同じ時代である事を示す道具に使われているだけでしかない。道場師範代を演じた安藤政信が気の毒である。
これならむしろ、②のエピソードだけに絞って、1本の長編映画にした方が良かったかも知れない。監督も齊藤工、単独で。
①のエピソードにおける山田孝之の演出は、初監督としてはまずまず及第だが、いかんせん物語性に乏しい。もう少し原作にないエピソード等も入れて話を膨らませた方が良かっただろう。
で、私が期待した竹中直人の演出は、白い幽霊が登場する③はシュールかつ幻想的なタッチで、短編としては面白いが、他のエピソード(特にメインの②)とは完全にミスマッチで浮いている。ファンタジーばかりを集めたオムニバスの一編だったなら楽しめただろうが。
そういうわけで、竹中久しぶりの監督作としては、やっぱり期待外れだった。本作ではプロデューサーに専念して、齊藤と山田をサポートした方が良かった気がする。
まあ変わった味わいの異色作で、万人にお奨め出来る作品ではない。賑やかな出演者の顔ぶれに釣られて観に行くとガッカリするかも知れない。齊藤工監督の前作「blank13」を気に入った方なら観て損はないだろう。
採点するなら、②のエピソードについてのみ(★★★★)、トータルでは(★★★☆)としておく。
(さて、お楽しみはココからだ)
竹中直人が監督した、鈴木福扮する伊藤が登場する⑤の「アルバイト」のエピソードで、レンタルビデオ店に貼られているいくつかのホラー映画のポスターの題名が、いろんなホラー映画のパロディになっていて楽しい。
目立つ所に貼られているのが「死霊の皿回し」(笑)。これはあの史上サイテーの映画監督、エド・ウッドが脚本を書いた「死霊の盆踊り」のパロディだろう。
スチール写真(下)を見ると、女性が河童(カッパ)を抑え込んでいて、河童の頭のお皿を奪い取って皿回しをやっている(笑)イラストが描かれている。何とも凝っている。このポスター、欲しい(笑)。
「殺しのワンピース」には笑った。これは言うまでもなくブライアン・デ・パルマ監督の傑作「殺しのドレス」のパロディ。
なんとまあ、ポスターデザインも本家の「殺しのドレス」(右)とそっくりという凝りようである。
「血を吸うか(蚊?)」というのもある。これは名匠マイケル・パウエル監督の古典ホラー「血を吸うカメラ」のパロディだろうか。蚊が血を吸うのは当たり前だが(笑)。
「悪魔のぬけがけ」もあった。「悪魔の-」とつく映画は無数にあるので元ネタは不明だが、多分トビー・フーパー監督の「悪魔の沼」と、同監督の出世作「悪魔のいけにえ」をミックスしたものと思われる。
無類の映画ファンである竹中直人らしいお遊びで、これらのポスターを見てるだけでも楽しい。DVDが出たら静止画像でじっくり見たい。
やはり竹中が監督した冒頭の④で、祖父の言葉にりょうこが思わず口から噴き出した牛乳が画面一杯に広がり、それがグルグル回ってタイトルになる。これも円谷プロのテレビ作品「ウルトラQ」のタイトルのパロディだろう。
こういうお遊びを、本編の中でもやったら面白いだろうに。あ、もしかしたらあのマネキン人形風幽霊も、何かのB級ホラー映画のパロディなのかも知れない。誰か知ってる人いたら教えてください。
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