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2021年4月 4日 (日)

「ミナリ」

Minari 2020年・アメリカ   115分
製作:A24=プランBエンタティンメント
配給:ギャガ
原題:Minari
監督:リー・アイザック・チョン
脚本:リー・アイザック・チョン
製作:デデ・ガードナー、ジェレミー・クレイナー、クリスティーナ・オー
製作総指揮:ブラッド・ピット、ジョシュ・バーチョフ、スティーブン・ユァン

韓国系移民一家がアメリカのとある地方で懸命に生きる姿を追ったヒューマン・ドラマ。脚本・監督は韓国系アメリカ人のリー・アイザック・チョン。出演は、「バーニング 劇場版」のスティーヴン・ユァン、「海にかかる霧」のハン・イェリ、「藁にもすがる獣たち」のユン・ヨジョン、「ハロウィン」のウィル・パットンなど。サンダンス映画祭で観客賞とグランプリ、第78回ゴールデングローブ賞で外国語映画賞をそれぞれ受賞。第93回アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚本賞など計6部門にノミネートされた。

(物語)1980年代、韓国系移民のジェイコブ(スティーヴン・ユァン)は農業での成功を夢見て、家族と共にアメリカ・アーカンソー州の高原に移住して来る。妻モニカ(ハン・イェリ)は、荒れた土地とボロボロのトレーラーハウスを見て不安を抱くが、しっかり者の長女アン(ノエル・ケイト・チョ)と心臓に障害を抱えながらも好奇心旺盛な弟のデヴィッド(アラン・キム)は、新天地に希望を抱く。病院までの距離も遠く、デヴィッドの心臓病が心配なモニカは、故郷から母スンジャ(ユン・ヨジョン)を呼び寄せる。ジェイコブは農地を開拓し野菜栽培に精魂込めるが、やがて水源が枯渇し、作物も売れず、一家は追い詰められて行く…。

昨年のアカデミー作品賞受賞作「パラサイト 半地下の家族」に続いて、またもや韓国系監督作品がアカデミー賞主要部門の有力候補となっている。その上対抗馬は前回紹介の中国系監督クロエ・ジャオによる「ノマドランド」。アジア系監督作品がアカデミー賞を賑わすのはもう当たり前の年中行事になった感がある。ここに日本人監督がいないのが悔しいけれど。

(以下ネタバレあり)

本作のテーマは、新天地を求めてアメリカに移住した韓国系移民の家族が、さまざまな困難を乗り越えながら成功を夢見て奮闘する物語。

1978年、アメリカ・コロラドに生まれたリー・アイザック・チョン監督自身の、半自伝的作品とも言われている。おそらく息子のデヴィッドが監督の分身だろう。

その事もあってか、5人の家族それぞれのキャラクターが実に丁寧に描き分けられている。

夫のジェイコブは野心家で、土地代の安いアーカンソーで農地を開拓して野菜を栽培し、一儲けを狙っている。妻にも相談せず一人で決めてしまう独断的な性格でもある。
それに対して妻モニカは現実的で、農業が成功するか不安だし、聞かされていた話とは違う粗末なトレーラーハウスに住むと知ってあからさまに夫に不満をぶつける。
長女アンはしっかり者で、ここで生活して行くと覚悟を決めている。弟のデヴィッドは心臓に障害を抱えていて走る事もままならないにも拘わらず、性格は明るくくったくがない。

韓国で生活していて、後からアメリカにやって来るモニカの母・スンジャは口が悪く、料理も出来ない。産まれた時からアメリカで生活しているデヴィッドは、韓国流儀を押し付ける祖母が好きになれない。やがてデヴィッドたちに花札を教えたり、その破天荒だが気さくな性格に、少しづつ子供たちも祖母に馴染んで行く。
このスンジャの存在が、刺々しくなりかけた夫婦や子供たちを繋ぎとめる潤滑油になっているようだ。スンジャを演じたユン・ヨジョン、相変わらずうまい。

小さなエピソードを積み重ねて、こうした家族それぞれの思いや葛藤、心の交流を緩急取り混ぜ、きめ細かく描く演出がとてもいい。

中でも、デヴィッドが悪戯でスンジャに小便を呑ませようとするエピソードが笑える。スンジャがあっさりデヴィッドを許した事で、祖母と孫の絆が深まって行く辺りも心が和む。

こうしたユーモラスな描写は、子供たちがオナラ遊びをする小津安二郎監督の「お早よう」を思い起こさせる。
夫婦間のさざ波や、子供たちの日常描写も小津作品にはよく登場する。

インタビューによると、チョン監督は小津安二郎監督のファンなのだそうだ。納得である。

あまり変化の起こらない、淡々とした描き方に退屈と感じる観客もいるようだが、小津監督作品に馴染んだ映画ファンならこうした描き方にもついて行けるだろう。


脇の人物では、ジェイコブの農作業を手伝ってくれる黒人のポール(ウィル・パットン)のキャラクターも異色である。
ジェイコブ一家にはとても親切な、いい人物なのだが、彼は日曜日の度に、まるでキリストのように、大きな十字架を背負って道を歩いている。まるで何かの罪の贖罪であるかのように。
もしかしたら彼は昔、殺人か何かの犯罪を犯したが逃げおおせ、歳を取った現在になってそれを悔いて罪を償おうとしているのかも知れない。
こうした脇の人物にも、他人からは想像も出来ない、人生の深遠を感じさせる脚本が見事。


中盤では、スンジャが脳卒中で倒れたり、農作物用の水脈が枯れて水をやれなくなり、水道水を使う羽目になったり、野菜の販路も決まらずと、大事件と言うほどではないが、次々とアクシデントが起きる。モニカも、どうやらジェイコブと別れる決心もしているようだ。
人生、なかなかうまくは行かないものである。まあ救いは、デヴィッドの心臓の具合が少し良くなった事。

そしてラストにあるクライマックスが用意されている。スンジャの失敗で収穫物を保管した納屋が燃えてしまう。

この時、ジェイコブとモニカは二人で力を合わせ、懸命に収穫物を運び出す。もはや喧嘩なんかしている場合ではない。
その後、自分の不始末に責任を感じたスンジャがどこかへ行こうとするのを、デヴィッドが走って追いかけ、泣きながら押し戻すシーンが感動的だ。もう走っても心臓に負担がかからない所まで良くなった事も示している。ここは泣けた。

その後の、疲れたのか家族全員が川の字になって寝転んでいるシーンも印象的だ。

雨降って地固まる…。このアクシデントが図らずも、夫婦の和解の契機となったようである。

いろいろ苦難はあったけれど、それを乗り越え、家族が力を合わせ、心を一つにすれば、きっとどんな困難も克服出来るだろう。

そしてラスト、スンジャが韓国から持ってきて、川の水辺に植えたセリ(韓国語でミナリ)が立派に育って群生しているシーンで映画は終わる。

水辺に植えたセリは、人が水をやったりの世話をしなくても、自然に大きく育つ。
植物の生命力は逞しい。人間だって、このセリのように、誰の世話にも頼らず、逞しく生きるべきである。映画はその事を訴えているのだろう。


終盤がやや駆け足だったり、説明不足な所もあるのがやや減点で、アカデミー賞では「ノマドランド」が優勢な気がするが、それでも本年を代表する秀作であるのは間違いない。

リー・アイザック・チョン監督は、次作として日本の新海誠監督の「君の名は。」のリメイク作を撮る事が決定している。どんな作品になるか、楽しみである。

製作したブラッド・ピットが主宰するプランBエンタティンメントは、本作と同じくA24との共同製作の「ムーンライト」や、単独製作の「それでも夜は明ける」等、アカデミー賞に絡む優れた秀作を連打している。前2作の黒人や、本作のアジア移民など、マイノリティーの人々を好んで取り上げている点も立派である。

やや渋く、誰にも推奨出来る作品ではないが、「パラサイト」や「ノマドランド」が好きな映画ファンにはお奨めである。 
(採点=★★★★☆

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(付記)
前掲の小津安二郎監督作以外にも、類似性を感じさせる日本映画がある。

山田洋次監督による、日本の家族の姿を見つめた次の2本である。

1970年、山田監督がキネ旬ベストワンに輝いた「家族」では、家族が新天地を求め、旅する話が描かれ、その姉妹編として1972年に発表した「故郷」では、夫婦が辺鄙な地方での厳しい生活に苦闘する物語が描かれる。
特に「家族」は、老祖父、夫婦、子供2人の5人と、家族構成もそっくりである。

山田監督も小津監督以来の、松竹大船映画の伝統を継承する監督である。山田監督の「東京家族」は、小津監督の「東京物語」へのオマージュ作品である。

小津監督ファンだというチョン監督、この2本の山田作品も観ているかも知れない。

 

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