「ザ・ライダー」 (VOD)
2017年・アメリカ (劇場未公開) 104分
製作:CAVIAR=ハイウェイマン・フィルムス
提供:ソニー・ピクチャーズ・クラシックス
原題:The Rider
監督:クロエ・ジャオ
脚本:クロエ・ジャオ
製作:モリー・アッシャー、サチャ・ベン・ハロッチェ、ベルト・ハーメリンク、クロエ・ジャオ
撮影:ジョシュア・ジェームズ・リチャーズ
音楽:ネイサン・ハルペルン
大怪我を負ったカウボーイが、新たなアイデンティティや生きる意味を見いだすまでを描いた人間ドラマ。アカデミー作品賞を獲った「ノマドランド」の監督クロエ・ジャオが、その前に監督した作品としても話題。出演者は、主演のブレイディ・ジャンドロー以下、モデルとなった人物がそのまま本人役を演じている。第53回全米映画批評家協会賞と第28回ゴッサム・インディペンデント映画賞でそれぞれ作品賞を受賞。
コロナによる非常事態宣言で、2~3館のミニシアターを除いてほとんどの映画館が休館となった大阪。観たい作品が観られない状況で、映画館主義の私だが、仕方なく自宅で観られる作品が何かないかを探した所、「ノマドランド」でファンになったクロエ・ジャオ監督のその前作で、観たいと思っていた「ザ・ライダー」がAmazonプライム・ビデオで鑑賞できる事を知った。
3日間レンタルで、なんと199円!という安さ。プライム・ビデオはこれまで利用した事はなかったが、劇場で観られない作品が観れるなら、こんな時だし利用してみる事にした。
(物語)アメリカ中西部のサウスダコタ州。カウボーイの青年ブレイディ・ブラックバーン(ブレイディ・ジャンドロー)は、ロデオの落馬事故で頭部に大怪我を負ってしまう。ロデオ復帰への夢は捨て切れないものの、事故の後遺症で右手は動かず、満足に馬にも乗れない。そんな葛藤の日々を送る中で、ブレイディは自分の生きる意味はどこにあるのかを探し求めて行く…。
作り方は「ノマドランド」とほとんど同じ。物語のモデルとなった人物たちに、そのまま本人役を演じさせている。役名も本人の名前そのままであるのがほとんど。
「ノマドランド」ではフランシス・マクドーマンドら2人ほどがプロの俳優だったが、本作ではほぼ全員が本人役を演じている。
(以下ネタバレあり)
物語は、主人公ブレイディが、頭に当てていた包帯のホッチキスを自分で外すシーンから始まる。その下には痛々しい縫合手術の跡が。
どうやら医者がまだ退院は早いと止めるのを無視して病院から抜け出したらしい。
ブレイディはカウボーイで、ロデオに出て優勝するのが夢でもあるようだ。
そのロデオで落馬して頭に重傷を追った。一命は取り止めたが後遺症が残り、右手は物を掴むと上手く開かなくなってしまう。その上馬に長く乗っていると嘔吐してしまう。
これではロデオに出る事は無理である。それでも夢は諦めきれない。
こうした経緯も、ブレイディを演じたブレイディ・ジャンドロー本人の体験そのままなのだそうだ。まるで再現ドラマである。クリント・イーストウッド監督の「15時17分、パリ行き」を思わせるが、こちらの方がストーリーも、主人公の苦悩もずっと奥行きがあって優れている。本人たちの演技も素晴らしい。
父親ウェイン( ティム・ジャンドロー)は、「やめろと言ったのに、あの馬に乗ってケガをした」 「俺は行くなと言った。嫌な予感がしてた」とブレイディをなじる。
父とは上手く行っていないようだ。また妹のリリー(リリー・ジャンドロー)には少し知的障碍がある。
ある時ブレイディは牧場で、アポロという名の荒馬の調教にも勤しむ。ロデオに出られない苛立ちを少しでも和らげる為もあってか、この馬を根気強く手懐け、遂に誰も乗せた事もないと言われていた荒馬の背中にまたがるまでになる。ブレイディは父の援助もあって、アポロを買い取る事にする。
ブレイディ・ジャンドローは実際に映画と同じく馬の扱いも本職なので、長いカットも交えた調教シーンも本人が演じている。この辺りも「ノマドランド」と同じく、ほとんどドキュメンタリー映画を観ているような錯覚を覚えてしまう。
そしてもう一人の主要な登場人物、レイン・スコット(レイン・スコット)に関するエピソードも重く辛い。
レインもブレイディと同じくロデオ乗りで、ブレイディが兄貴分と慕う人物だったが、やはり落馬して重度の身体障碍者となり、言葉も喋れず手足も満足に動かせない。いつも身体を揺らせている。意志を伝える時は、手の動きでアルファベットを1文字づつ表現して、それを並べて単語にするという方法しかない。
役名と名前が全く同じなので、実際にそうした事故に遭った障碍者なのだろうか。だとしたら凄い。
このレインと、ブレイディとの友情、交流シーンは泣かせる。ブレイディが心を込め介護するシーン、特にレインを木馬のような用具に乗せ、ブレイディが手綱を引いてあげるシーンは、とても楽しそうなレインの様子にこちらも涙が出て来る。もう絶対に本物の馬には乗れないのに。その帰途ブレイディが車を運転しながら泣くシーンもジーンとさせられる。
そしてある日、せっかく乗りこなし心を通わせた愛馬・アポロが鉄条網に足を絡ませ、重傷を負ってしまう。馬が足に致命傷を負えば安楽死させてあげるのが馬の為である。
だがブレイディは拳銃をアポロに向けたものの、どうしても撃つ事が出来ない。父親に頼み、馬の射殺を依頼する。数歩遠ざかり、合図の口笛の後、銃声が聞こえる。このシーンも哀しい。アポロの死に、ロデオに出られない自分自身の運命を重ね合わせているかのようだ。
ブレイディは自分が生きてる証しを求めるかのように、ロデオ大会に出る決心をする。父は猛反対するが決心は揺るがない。
そして大会当日、父ウェインと妹のリリーが会場にやって来ていた。それを見たブレイディは…。
その後どうなったかはここでは書かないが、ブレイディの決断に涙してしまう。家族3人、固く抱き合うシーンも感動的だ。
ラストの、レインとの面会シーンで、レインが震える手でブレイディに「夢を諦めるな」と伝えるシーンにも泣けた。
エンドロールに、「8秒間を精いっぱい生きる 全てのライダーに捧げる」と字幕が出る。8秒間はロデオで馬に乗っている時間である。
夢を抱く事は素晴らしいが、夢が実現する事はなかなか困難である。無残に潰える事もある。それでも男たちは夢に向かって突き進む。
アメリカ西部の男たちの、夢とロマンと挫折を格調高く描いた、これは見事な秀作である。「ノマドランド」と甲乙つけ難い。むしろ、ドラマとしての高揚感はこっちの方が上とさえ思えてしまう。レンタル期間中、2度も観てしまった(笑)。
実際に西部で暮らす人たちに本人自身を演じさせている点や、撮影監督ジョシュア・ジェームズ・リチャーズによる夕刻や明け方の美しい映像など、「ノマドランド」との共通点がいくつもある。フランシス・マクドーマンドが本作を観て、「ノマドランド」の監督起用を決断したのも納得である。そう言えばブレイディが生活の為、スーパーでアルバイトをするシーンもあった。
それにしても、主人公を演じた ブレイディ・ジャンドローの演技は見事。感情を抑えられず慟哭するシーンなど、本職の俳優が演じているのではと錯覚してしまうほど演技が真に迫っていた。
その他の登場人物、特にブレイディの父親ウェインを演じた ティム・ジャンドロー(実際にブレイディの父)も、素人とは思えない情感のこもった名演技を見せている。また妹リリー役の リリー・ジャンドローも、知的障碍者という難役を、実に自然に演じている。ジャオ監督、いったいどんな演技指導を行ったのだろうか、驚嘆するばかりである。
「ノマドランド」でも感じたが、クロエ・ジャオ監督は西部劇への憧れ、郷愁があるのだろう。本作はまさしく西部劇の味わいがある。それも勇壮な方ではなく、滅び行く西部へのノスタルジーを感じさせる方である。作品で例を挙げるなら、ピーター・フォンダ監督・主演の「さすらいのカウボーイ」、サム・ペキンパー監督の「砂漠の流れ者」などである。
そうそう、ペキンパーと言えば、スティーヴ・マックィーンがロデオ乗りを演じた「ジュニア・ボナー 華麗なる挑戦」という作品もあった。これも西部への挽歌だった。
「ノマドランド」に感銘を受けた方にはお奨めである。出来得るなら、劇場公開を望みたい。 (採点=★★★★☆)
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コメント
また良いことを教えていただきました。
プライム会員でして、さっそく観ました。
静謐さはジャオ監督の持ち味なんですね。風景が本当に美しい。そして演じる人々。演じると言うより映画の中で本当の人生を生きているかのような人々の力強さ、美しさにただただ引き込まれるだけです。本当に映画館で見てみたいですね。大勢の映画好きの人たちと。早く緊急事態宣言よ終われと願います。
投稿: 周太 | 2021年5月 7日 (金) 19:14