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2021年6月29日 (火)

「いとみち」

Itomichi 2021年・日本   116分
製作:ドラゴンロケット=アークエンタテインメント
配給:アークエンタテインメント
監督:横浜聡子
原作:越谷オサム
脚本:横浜聡子
エグゼクティブプロデューサー:川村英己
プロデューサー:松村龍一
撮影:柳島克己
音楽:渡邊琢磨 

越谷オサムの同名小説の映画化で、青森県弘前を舞台に、人見知りな16歳の少女がアルバイトの仕事を通して成長して行く姿を描いた青春ドラマ。監督は「ウルトラミラクルラブストーリー」の横浜聡子。主演は「朝が来る」の駒井蓮。共演は「ミッドウェイ」の豊川悦司、「二十六夜待ち」の黒川芽以、「罪の声」の宇野祥平など。第16回大阪アジアン映画祭グランプリと観客賞をW受賞。

ポスターの、“メイド姿の女の子と三味線”という奇妙な取り合わせの図柄にまず興味を惹かされた。

(物語)青森県弘前の高校に通う相馬いと(駒井蓮)は、祖母や今は亡き母から引き継いだ津軽三味線を特技としているが、強い津軽弁訛りと人見知りのせいで、本当の自分を誰にも見せられず、友人もいなかった。そんなある日、思い切ってスマホで探した青森市内のメイド珈琲店でアルバイトを始めた事で、彼女の日常は大きく変わり始める。

監督の横浜聡子は、2007年の「ジャーマン+雨」で長編監督デビューした後、話題を呼んだ「ウルトラミラクルラブストーリー」(2009)、「俳優 亀岡拓次」(2016)と、本作を含めてこの14年間で4本しか長編監督作がない。かなり寡作である。前作からは5年も空いている。ただしその間短編映画やテレビドラマ等を手掛けているが。

中でも1、2作目は、かなり尖った異色作である。特に2作目「ウルトラミラクルラブストーリー」は、首のない男とか、心臓が止まっているのに生き続けている男とかが登場する奇っ怪かつ難解な作品で物議をかもしたが、私は好きな作品である(詳しくは作品評参照)。

前作「俳優 亀岡拓次」はわりと解りやすい作品だったが、それでもところどころシュールなシーンが登場する。

といった具合に、これまでの横浜聡子作品は、野球で言うなら、ナックルボール並の不思議な変化球がコーナーギリギリに飛び込むストライクといった印象だった。

そんな訳だから、本作もどんな変化球が来るのかと身構えたら、なんと!ド真ん中のストレートだった。これは誰でも感動出来る、見事な青春映画の傑作である。

(以下ネタバレあり)

冒頭、真っ暗な画面に、「人が歩げば道が出来、道を振り返れば歴史という景色が見えると言う。わあの歴史は、まんだ、どこさも見当たらね」という津軽弁のセリフが聞こえて来る。

これはやがて主人公・相馬いとのモノローグだと判る。まだ16歳と若く、自分の歴史(=進む道)を見つけられないでいる少女の悩み、心境を端的に表現した、いい出だしである。

それに続く、教室内で教師に指名され、いとが教科書を読むシーンでも、いとの朗読は声が小さく、かつ他の生徒よりもかなり津軽弁のナマリが強い。その為、以後のシーンでもこのナマリにコンプレックスを抱き、同級生とも打ち解けて話す事も出来ず、殻に篭もっている様子が描かれる。

ナマリが強いのは、いとの母が彼女の幼い時に亡くなり、母代わりで育ててくれた祖母のハツヱ(西川洋子)と津軽弁の会話をする事が多かった為と判る。実際、ハツヱの年季の入った津軽弁は我々にはほとんど聞き取れない程だ。
横浜監督は青森県出身で、「ウルトラミラクル-」でも津軽弁の会話がよく聞き取れなかった点では本作とも共通する。

ハツヱは津軽三味線の名手で、いとも祖母に三味線を教わり、中学生の時には青森県大会で審査員特別賞を受賞したほどの腕前である。
だが、三味線を弾いている時につい股を広げるクセがついて、壁に架かっている受賞した時の写真にも大きく股を広げた姿が写っている。
いとはそれを見られるのが恥かしくて、写真を隠してしまう。そんなこともあって最近は三味線にも触らないままである。

Itomichi2

年頃の少女が、自分の気質や性格に劣等感を抱いて悩むという事はよくある話で、本作では津軽弁の強いナマリを原因に持って来たのが成功している。青森県という土地柄がうまく生かされている。

そんな内向的性格のいとが、こんな事ではいけないと、勇気を出してアルバイトを探す所から物語は大きく動き始める。

スマホで検索していると、「津軽メイド珈琲」という求人先を見つける。好奇心も沸いて、ここに応募してみようといとは決心する。

青森市内にあるこのメイドカフェにいとは首尾よく採用され、フリルのついたメイド姿の制服を着てウェイトレスとして働き始める。

このメイドカフェの人たちもそれぞれ個性的だ。店長の工藤優一郎(中島歩)は一見クールだが、面倒見がいい。二人のウェイトレス、葛西幸子(黒川芽以)はシングルマザーで小さな子供を育てている。しっかりものでカフェのお母さん的存在。もう一人の福士智美(横田真悠)は漫画家志望でいつか東京に出て成功する事を夢見ている。そしてオーナーの成田(古坂大魔王)はいかにも怪しげだが、いとに“絆”の大切さを語りかけたりと、悪い人ではないようだ。
ここには、「メイドカフェ」という名前から連想するような不純さは感じられない。客もイヤらしい人はあまりいない。むしろ純朴ですらある。ここにも東北という土地柄が生かされている。

初めの頃は慣れない仕事で失敗をしたりもするが、カフェの人たちは皆親切で、特にいとが客の一人にセクハラらしき事をされた時は、全員で彼女をかばい、店長は毅然と客を追い出してしまう。
こうした周囲の人たちに励まされ、いとは少しづつ元気を取り戻し、前に向かって進み始める。

学校でも、電車の中でよく出会う、音楽が好きな伊丸岡早苗(ジョナゴールド)と仲良くなり、彼女に勧められていとは、もう一度三味線を弾いてみようと思い始める。

多くの人との出会い、交流を通して、いとは人間的にも成長して行くのである。

それぞれの人物をきめ細かく描き分ける横浜監督の演出は、前作までとは見違える程正攻法で丁寧だ。


いとの父・耕一(豊川悦司)は、いとがメイドカフェで働いている事を知って最初は猛反対する。東京出身の耕一はおそらく秋葉原のメイドカフェを連想したのだろう。
それでも働く意欲を見せ始めたいとに、耕一はメイドに関する参考書をそっと渡したりもする。そしてある時はメイドカフェを訪れ、娘の仕事ぶりを見守ったりもする。いい父親だ。

そして終盤、事件が起きる。オーナーの成田が警察に逮捕され、これが元でカフェに悪評が立ち、メイドカフェは廃業の危機に晒される。

その窮状を救うべく、いとはカフェで、津軽三味線のコンサートを開く事を提案する。この案が採用され、皆でポスター貼りや、ビラ撒きを行い、常連客もチンドン屋になって宣伝したりと、カフェの経営再建に向かって多くの人たちが力を合わせて行動する様がテンポよく描かれる。

圧巻はそのコンサート・シーンである。いとは「津軽あいや節」を三味線で演奏するのだが、その見事なバチさばきぶりをカメラは正面から捕えて、じっくり演奏を聞かせてくれる。

いとを演じる駒井蓮はそれまで三味線は未経験だったが、1年もかけて猛特訓したそうで、まるで本職の津軽三味線の演奏を聞いているような感動と興奮を覚えた。凄い。ここは拍手したくなるほどだ。

ラストは父といとが岩木山に登り、山の上からいとが大声で叫ぶ所で物語は終わる。父と娘の心が通い合った事、いとが内向的な性格から脱し、これからも強い心で自分の道を歩むであろう事を窺わせる、いいシーンである。


いやあ、素晴らしい傑作だった。まさかあの奇才、横浜聡子監督がこんな解りやすい、ストレートな少女の成長物語を作るとは想像もしなかった。お見事。
この映画はある意味、横浜の監督としての成長をも示している作品だとも言えるだろう。

「いとみち(糸道)」とは、三味線を弾く時に爪に出来る溝の事を指すそうで、映画の中にも爪の溝を丁寧に削るシーンがある。同時に、いとという少女が自分のを見つけるまでの物語とダブルミーニングになっている。これが冒頭のいとのモノローグとも繋がっている。秀逸な題名だ。

いとを演じた駒井蓮が見事な熱演。メイクの工夫もあるのだろうが、最初の頃は地味な冴えない表情だったのが、物語が進むにつれてどんどん綺麗になって、キラキラと輝き始めるのが素晴らしい。今年の主演女優賞にイチ押ししたい。

婆ちゃんを演じた西川洋子がまたいい。実はこの人、あの津軽三味線の巨星、高橋竹山の最初の弟子で「高橋竹苑」を名乗る津軽三味線の名手だそうで、本職の俳優ではないのだが、自然で飄々とした絶妙の名演技には目を瞠らされた。この人にも助演女優賞を差し上げたい。

これは誰もが楽しめ、感動を覚える見事な青春映画の傑作である。お奨め。横浜監督の今後にも注目したい。(採点=★★★★☆

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コメント

越谷オサムさんの小説の映画化です。
原作は3作出ていますが、読んでいます。
原作は割とポップな所もありましたが、映画は原作の1作目にストーリーは忠実ですが、地味ですね。
ですが、これはこれで面白かったです。
主演の駒井蓮はじめみな好演しています。
駒井蓮が津軽三味線を見事にこなしているのが凄い。

投稿: きさ | 2021年6月30日 (水) 12:18

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