「漁港の肉子ちゃん」
(物語)食いしん坊で能天気な肉子ちゃん(声:大竹しのぶ)は、情に厚くて惚れっぽく、すぐ男に騙されてしまう。一方、クールでしっかり者の11歳の娘・キクコ、愛称キクリン(声:Cocomi)はそんな母のことが少し恥ずかしい。二人は借金抱えて各地を転々するうち、東北のある港町に流れ着き、焼肉屋で働きながら港に係留されている古い船で暮らしている。そしてある時、母娘の秘密が明らかになり…。
監督の渡辺歩とアニメーション制作のSTUDIO4℃は、2年前の「海獣の子供」が高い評価を受けた。無論私も公開時絶賛し、マイ・ベストテン上位に入れたほど気に入っている。
壮大なスケールの物語もさる事ながら、細部描写の精密さにも驚かされた。波の動きはリアルで、古い建築物にはサビが浮き、道路のペンキは剝げている。こうした細密描写が作品のスケール感をさらに際立たせていた。これは同作でキャラクターデザイン・総作画監督を担当した小西賢一、美術監督担当の木村真二のお二人の力による所が大きいと考えている。ちなみにお二人ともスタジオ・ジブリ出身で、宮崎駿、高畑勲両監督の作品に作画監督、アニメーターとして参加していた。
その二人が再び同作の監督・渡辺歩とチームを組んだのが本作。否が応でも期待したくなる。
但し、本作のお話は、前作とは一転、強い絆で結ばれた親子と、二人を取り巻く善意の人々が織り成す人情ドラマで、製作した吉本興業にひっかける訳ではないが、まるで吉本新喜劇か松竹新喜劇で演じられるような、笑いと涙がブレンドされた物語である。肉子が関西弁丸出しなのも余計松竹新喜劇を思わせる。
(以下ネタバレあり、注意)
主人公の肉子は太っていて豪快な性格で、周囲に笑顔を振りまく元気なオバハン、ただし情に厚くて惚れっぽいのが玉に瑕。いつも男に騙されて借金を抱え込み、各地を転々と流れ歩いている。
まるで女版「男はつらいよ」の寅さんみたいである(笑)。それに対して娘のキクリンはしっかり者で、そんな困った母親を愛し、側に寄り添っている。こちらは寅の妹、さくらさんみたいだ(笑)、と言えば分り易いだろう。
肉子とキクリンは、体型から顔から性格から、まるで似ていない。これが終盤で明らかになる、ある真実の伏線になっている。上に挙げたように、肉子の騙されても決して人を恨まない、打算抜きで人に尽くす優しい性格もまた伏線になっている。なかなかうまい設定である。
そういう人情話や、港町の人々の生活描写も含めて、この映画には昭和のムードが全編に漂っている。携帯、スマホも出て来ない。
キクリンの学校生活や同級生たちとの交流もそんな感じだし、特に田舎道で男子生徒たちが待ち合わせるシーンの風景描写などは、片渕須直監督の昭和30年代初期が舞台の「マイマイ新子と千年の魔法」の同じようなシーンを思い出した。
肉子とキクリンが雨の日、バス亭でバスを待つシーンが「となりのトトロ」オマージュと言われているが、「トトロ」の舞台もやはり昭和30年代始めである。バスの車体もレトロっぽいデザインである。
原作には銀行ATMも出て来るので、少なくとも原作の時代は昭和50年代以降だと思われる。
これを、あえて昭和30年代風な時代背景にしたのは何故か。
それはおそらく物語の中で丁寧に描かれる、現代ではほぼ失われてしまったかのような、ほのぼのとした人々の心の触れ合い、人情、そして何より、キクリンに寄せる肉子の、本当の親以上に熱い親子愛を描くには、そんな時代が一番適しているからだろう。
実は終盤で、キクリンは実は肉子の本当の子供ではなく、肉子の親友の子を引き取り、実の子同様に育てて来た事が明らかになる。
騙されても人を恨まず、他人の子にも深い愛情を注ぐ肉子は、親が子を虐待したり、子が親を殺したりする殺伐な人間関係が蔓延する今の時代には存在し得ないようなお人よし、天真爛漫な人物である。そんな人物が存在し得たのは、高度成長期が始まる前のあの時代しかないだろう。
そう言えばやはり昭和30年代初期を舞台にした「Always 三丁目の夕日」でも、成り行きで預かった他人の子供に、いつしか実の子のような愛情を注ぐ龍之介(吉岡秀隆)のエピソードが登場しており、これに泣かされた人も多いだろう。
「トトロ」にも、「マイマイ新子」にも泣かされた。本作もまさに泣ける映画であり、これらの作品にある種の共通性が感じられるのは決して偶然ではないだろう。
肉子の温かい愛情を受けて、少しづつ大人に成長して行くキクリン。彼女が大人になった事が暗示されて、映画は終了する。
いい映画だった。秀作とまでは言えないが、ほっこりと心が温まり、いい気分にさせられた。
明石家さんまは個人的に好きではないが、本作に関してはいい仕事をしていると褒めておこう。エンドロール後のオチは不要だが(笑)。 (採点=★★★★)
(付記)
「海獣の子供」と同様、本作にも、肉子たちが住んでいるボロ船や、バスの車体や、焼肉屋の看板などに汚れやサビが浮いていたり、道路のペンキも剥げていたりのとことんリアルな描写がある。
そこまでしなくても、とも思えるが、これも細部まで作り込んだ丁寧な仕事が作品に厚みとリアリティをもたらすという、作画監督と美術監督の小西賢一、木村真二両氏のこだわりなのだろう。映画を観る際には、是非そうした細部のリアリティにも目を配らせていただきたい。
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