「すべてが変わった日」
2020年・アメリカ 113分
製作:フォーカス・フィーチャーズ=ユニヴァーサル
配給:パルコ
原題:Let Him Go
監督:トーマス・ベズーチャ
原作:ラリー・ワトソン
脚本:トーマス・ベズーチャ
撮影:ガイ・ゴッドフリー
製作総指揮:ジェフリー・ランパート、ジョシュ・マクラフリン、キミ・アームストロング・スタイン、ケビン・コスナー
亡くなった息子の妻が再婚した相手がDV亭主だと知った老夫婦が、愛する孫を取り戻すべく立ち上がるという、西部劇テイスト溢れる異色のサイコスリラー。監督は「幸せのポートレート」のトーマス・ベズーチャ。主演は「マン・オブ・スティール」でも夫婦役で共演したダイアン・レインとケビン・コスナー。共演は「ファントム・スレッド」のレスリー・マンヴィル、「プライベート・ライフ」のケイリー・カーター、「ファイナル・プラン」のジェフリー・ドノヴァンなど。全米ボックスオフィスで初登場1位を記録した。
(物語)1963年、モンタナ州の牧場。元保安官のジョージ・ブラックリッジ(ケビン・コスナー)と妻のマーガレット(ダイアン・レイン)は、落馬の事故で息子のジェームズを失う。3年後、未亡人として幼い息子のジミーを育てていた義理の娘ローナ(ケイリー・カーター)は、ドニー・ウィーボーイ(ウィル・ブリテン)と再婚した。だがある日、マーガレットは町でジミーとローナに暴力をふるうドニーの姿を目撃する。気になったマーガレットはドニーの家を訪ねるが、ドニー一家はジョージたちに何も告げずノースダコタ州の実家に引っ越していた。マーガレットはジョージの反対を押し切り、孫を取り戻すべくドニーの実家に向かうと言う。仕方なくジョージも同行し、二人はノースダコタに向けて出発した。しかし二人を待ち受けていたのは、暴力と支配欲で全てを仕切る異様な女家長、ブランチ(レスリー・マンヴィル)だった。
ほとんど宣伝もされておらず、監督も知らない人だし、話題にもなっていないので見逃す所だったが、私の好きなダイアン・レインとケビン・コスナーの主演という事で、一応観ておこうかという軽い気持ちで鑑賞する事にした。
ところが、これが意外と面白い。息子を失った夫婦の、たった一人の血の繋がった肉親である孫を思う気持ちを描いた、一種の家族愛の物語かなと思っていたら、後半ジワジワと不気味な、キャッチコピーにある“サイコ・スリラー”的ムードが漂い始め、ラストでは血生臭いバイオレンス・アクションに転化する、そして全体的には西部劇の味わいも感じられる、まさにジャンル分け不能の異色作である。

(以下ネタバレあり)
冒頭、夜明けの牧場で、ジョージとマーガレット夫婦の息子ジェームズが馬を飼い馴らしている姿が描かれる。
このシーンからして、西部劇的なムードが漂う。
ジェームズはローナと結婚し、ジミーという息子がいる。両親とも同居する3世代家庭である。
家族は仲良く、幸福そうだが、嫁のローナは義父母にやや気を使い過ぎな様子もさりげなく描かれる。
ある日、ジェームズが落馬して首の骨を折り、この世を去るという悲劇に見舞われてしまう。そして数年後、未亡人となったローナはドニー・ウィーボーイという男と再婚し、ローナとジミーはブラックリッジ家を出てドニーとの家庭を築く事となる。
ジェームズの死からここまでの物語展開をトーマス・ベズーチャ監督は、ジェームズの葬式シーンも、ローナとドニーが知り合い結婚に至るプロセスもパスしてわずか数十秒で処理するという大胆な省略話法で見せる。無駄な感傷は思い切って削ぎ落す演出にまず感心した。
ジョージ夫婦は可愛い孫に会いたくてたまらない。ある日車で出かけたマーガレットは町でドニー一家の姿を見かける。
マーガレットは遠くから孫ジミーを見ていたが、ドニーが、アイスクリームを落としてしまったジミーを叩き、ローナの頬も殴る様子を目撃してしまう。
心配になったマーガレットは、ケーキを届けるという口実でドニー家を訪れるが、ドニー一家は何の連絡もせずに、ノースダコタにあるドニーの実家に引っ越した後だった。
ますます不安にかられたマーガレットは、矢も楯もたまらずドニーの実家に向かい、事と次第ではローナとジミーを取り戻す決意をする。ジョージは最初反対するが、マーガレットの強い意志に根負けし、一緒にノースダコタに向かう事となる。
温厚な性格のジョージに対して、マーガレットは気が強い。その勝気な性格は、ジョージが引出しに隠していた拳銃を彼女がこっそり持ち出すシーンにも表れている。この時引出しにあったシェリフのバッジをさりげなく見せる事で、ジョージが元保安官であったことも同時に観客に判らせる。簡潔で短い描写の中に、登場人物の性格や過去の経歴を的確に示す脚本・演出がなかなか見事である。
ノースダコタに向かう二人の旅はロード・ムービー風であるが、この荒涼とした荒野の風景に、元保安官だったジョージと、至る所に西部劇アイテムが仕込まれている。
夫婦は旅の途中で、ネイティブアメリカンの青年、ピーター(ブーブー・スチュワート)と出会う、ピーターは町の人たちの差別を避けて、荒野にひっそりと暮らしている。
ネイティブアメリカンもまた西部劇には欠かせない役柄である。
目的地に着いた夫婦は、保安官事務所で情報を得て、ドニーの実家で暮らすビル・ウィーボーイ(ジェフリー・ドノヴァン)と出会い、彼に案内されてドニーたちの家へ向かう。
夫婦はようやくドニーの実家に辿り着くが、なんとこの家はブランチ・ウィーボーイ(レスリー・マンヴィル)というゴッドマザーが、暴力と支配欲で家族を仕切る、異様な一家であることが明らかになる。
アガサ・クリスティ原作のポアロもの「死との約束」に登場する女家長を思わせる。ブランチを演じるレスリー・マンヴィルが強烈な印象を残して怖い。
マーガレットの孫を抱きたいという要望にブランチは応えるが、それはほんの数分だけだった。そしてすぐに町を出て行けと言う。
ジョージ夫婦は町でこっそりとローナに会い、夜中にジミーを連れてモーテルに来いと告げる。
だがモーテルにやって来たのはブランチとビルたちだった。そしてブランチはジョージに残酷なリンチを行う。このシーンは目を背けたくなる凄惨な描写で、まさにホラー的なタッチである。
そしてラストのクライマックス、ショットガンで殴り込むジョージと拳銃を乱射するブランチとの対決は息詰まるバイオレンス描写ながら、西部劇の決闘のようでもある。
我が愛する孫と、ローナを守る為に命を賭するジョージの心意気に涙する。そしてジョージから受け継いだショットガンで遂にブランチを倒すダイアン・レイン、カッコいい!
ケビン・コスナーもいい。最初のうちは勝気な妻に引きずられる形でノースダコタにやって来るのだが、ブランチに重傷を負わされた事で元保安官だった頃の、正義の為に戦う心意気を取り戻し、妻の寝ているうちに単身修羅場に乗り込んで行く。まさに西部劇である。(個人的には心を寄せる女を残して敵の組に殴り込む、わが東映任侠映画を思い出した)
最後は、ローナとジミーを乗せ、マーガレットが運転する車が荒野を去って行くシーンで映画は終わる。マーガレットとローナも、今度は強い絆で結ばれて行く事だろう。
途中の回想で、ジェームズが可愛がっていた馬が骨折した事で、ジョージがその馬を銃で安楽死させるシーンが登場するのだが、これがジョージの最期と重なっているように思える。指を切断されて拳銃を撃てなくなったジョージは、走れなくなった馬と同じ運命をたどったという事なのである。
多くの西部劇に出演して来たケビン・コスナーが、老年期を迎えて、このような西部劇テイストを漂わせる作品に出た事に感慨深いものがある。
そしてダイアン・レイン、年齢を経てもやはり美しく気品がある。ウォルター・ヒル監督の傑作「ストリート・オブ・ファイヤー」(1984)での歌姫役が忘れられない。
おっとよく考えれば、攫われたダイアンを救出する為、ヒーローがショットガン等で武装して敵陣に殴り込む、これも西部劇テイストの作品だった。
舞台となった時代は1960年代だが、家庭内暴力(DV)、夫婦愛、嫁と姑の関係、先住民への差別問題と、現代にも通じるテーマがあちこちに網羅されている点も見逃せない。
そして、何事も暴力でしか解決出来ない、アメリカという国の病根をもこの映画は痛烈に批判しているのかも知れない。
名優の円熟した演技を楽しむも良し、、西部劇タッチのバイオレンス・アクションを堪能するも良し、ブランチが支配する残酷で不気味な家族を描くホラー・サスペンスとして楽しむも良し。いろんな楽しみ方が出来る、これは期待していなかった分、思わぬ拾い物であった、異色の秀作である。
(採点=★★★★☆)
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