「パンケーキを毒見する」
今年も秀作、「ヤクザと家族 The Family」や「茜色に焼かれる」を送り出して気を吐くスターサンズ代表の河村光庸氏が企画・製作した政治ドキュメンタリーである。
ドキュメンタリーでは2019年、劇映画「新聞記者」のモデルである望月衣塑子記者に密着した「i 新聞記者ドキュメント」(森達也監督)を発表しているが、その中でも印象的だったのが当時の菅義偉官房長官に望月記者が鋭く質問を投げかけ、菅長官が「あなたに答える必要はありません」と素気無く返すシーン。
この当時から、どこか人間味に乏しい、冷たい感じの政治家だなと思っていたが、まさかその人が総理大臣にまでなるとは想像も出来なかった。
就任当時こそ、叩き上げだとかパンケーキが好物とか、親しみ易さを前面に出して内閣支持率は70%を超えていたが、今では五輪強行開催やコロナ対策の失敗で支持率は30%前後まで急落しているのは御承知の通り。
本作は、その菅総理大臣の素顔と実態、今の混迷する政治状況を、アニメやカリカチュアされた映像も自在に交えて描いた異色のドキュメンタリーである。
(以下ネタバレあり)
映画はまず、菅義偉という政治家について、故郷の秋田時代、国会議員の秘書からスタートして、市議会議員を経て衆議院議員に当選という、これまでの歩んで来た道を簡潔に紹介すると共に、さまざまな政治的手練手管を駆使し、官僚の人事権も掌握し、大手メディアも懐柔し、絶対権力を得てこの国のトップに上り詰めるまでの流れを要領よく纏めている。
そしてジャーナリスト、元新聞記者、石破茂、江田憲司、村上誠一郎といった現役議員の人たちへのインタビューや、ご飯論法で知られる上西充子教授による国会での嚙み合わない質疑応答についての詳細な解説等を交えて、菅総理という人物を多面的な角度から分析し、その実像に迫ろうとする。
本作が面白いのは、堅苦しい政治家ドキュメンタリーと思いきや、笑える国会質疑シーンや、風刺アニメ、さらに女賭博師が登場する寸劇風な映像も登場させる等、随所に笑い、ジョークを盛り込んで、くだけた、一種のエンタティンメント的な楽しめる仕上がりになっている点である。
大統領にもズバズバ斬り込むマイケル・ムーア監督作品や、「サウスパーク」のようなブラック・ユーモア作品も意識しているのだろう。これは面白い試みではある。
国会での菅総理と野党議員との質疑応答では、ほぼノーカットでその一部始終を映像で映し出し、テレビの国会中継では見逃しそうな面白い場面が登場する。
例えば、菅総理が野党議員が質問した事に答えられないでいると、後ろの方にいた秘書らしき人物が大急ぎで紙に書きなぐっているのが見え、書き終えるとその紙を菅総理に見せ、総理はそれを棒読みする、というシーンがある。劇場で思わず笑ってしまった。ほとんどコントである(笑)。
テレビの小さな画面では、秘書が紙に書いている姿などほとんど判別出来ない。映画館の大画面だからこそこういう実態が見えて来るのである。
それをモニターを見ながらユーモラスに解説してくれる上西教授もグッジョブである。
アニメは、菅総理が五輪マークや「GOTO」の文字が書かれた重そうな石を汗だくで引きずる姿とか、地獄で閻魔大王の前で舌を抜かれる政治家等がコミカルに描かれる。
笑ったのは、抜いた舌が118枚も山積みにされている前で、鬼や閻魔大王が呆れかえっているシーン。抜かれた政治家は無論アノ前首相である(笑)。
菅総理は“ばくち打ち”だというナレーションが入ると、すかさず大映「女賭博師」シリーズの江波杏子を思わせる和服姿の女性が壷を振るシーンが挿入される。
面白いけど、何度もしつこく登場するのは食傷気味。ワンシーンだけで十分と思う。
後半では、報道の自由度をはじめいろんな数値が、G7主要先進国中最低水準であるという実態も明らかにされる。いったい日本はいつの間にこんなひどい国になってしまったのか。暗澹たる気持ちにさせられる。
それでも終盤では、iVOTEという学生団体が登場し、若い世代の中にも、今の政治状況がこのままでいいのか、と考える人が出て来ているのには、少し希望が持てホッとさせられる。
面白いのだが、難点もある。内山雄人監督がテレビディレクター出身で、劇場映画は初めてという事もあるが、全体に掘り下げが甘いし、構成にも一本芯が通っておらず散らかった印象がある。今の時期の公開に間に合わせる為に仕上げを急いだ事もあるのかも知れないが。
出来れば監督は、アクの強い個性的な作風のベテランにやってもらいたかったが。まあマイケル・ムーアのような監督も日本にはなかなかいないのだが(注)。
それでも、全体的に、一国の総理をここまでおちょくり、批判し、笑いのめしている映画はこれまでなかったように思う。よくまあ作ったものだ。さすがは河村光庸プロデューサーである。難点はあっても、その点は高く評価したい。
この作品が、コロナ禍等で菅総理への批判が高まっていて、さらに批判の多い東京オリンピック開催中で、しかも何度目かの緊急事態宣言が出たにも関わらず記録的な感染爆発が起きている、今の時期に公開されたのは絶妙のタイミングである。まさに今こそ観るべき映画である。
ほとんど宣伝されていないので、観客の入りを心配したのだが、口コミで話題が広がったのだろうか、私が観た映画館ではほぼ8割くらい席が埋まっていた。座席の5割制限がないのにも関わらずである。ただ、年齢層はかなり高めで若い人たちが少ないのがやや残念だったが。
是非多くの人に観て欲しい。特に若い人はこれを観て、いろんな人たちと議論を重ねて欲しい。そして、総選挙には是非自分の意思で投票して欲しいと切に願う。(採点=★★★★)
(注)
ただ内山監督のインタビューによると、河村プロデューサーが7,8人くらいの監督に声をかけたものの、ことごとく断られてしまったのだそうだ。取材を依頼した人たちにも次々と断られてしまったのだという。
そう言えば「新聞記者」でも、主人公の女性記者役をオファーした俳優にことごとく断られたそうだ。政権批判作品には、腰が引けてしまう人が多いのだろう。
そうした悪条件下で、製作期間も短い中で、ここまでの作品に仕上げた、その努力は大いに評価したい。内山監督、よく頑張ったと労いたい。
そして河村光庸プロデューサー、困難もあるだろうが、これからもこうした、権力に抗う反骨精神に満ちた作品を作り続けていただきたい。頑張って欲しい。
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コメント
私は朝日新聞としんぶん赤旗を購読してますが、赤旗がメッチャ押してます。何でも赤旗編集部が出てくるそうで。まあ私、日本共産党本部と赤旗編集部、それとあかつき印刷という印刷工場に行ったことがありますが。映画でそこが出てくるのか知りませんがしんぶん赤旗は印刷工場も自前です。
でも、どうしても観る気になれません。菅義偉首相にウンザリしてるので、スクリーンでわざわざ観たくありません・・・我が家はテレビが壊れてるので、もう声も忘れました。
ところで、「東京自転車節」って観られましたか?東京ではロングラン上映になってます。
友人の映画評論家が監督とトークすると言うので、私はそれほどドキュメンタリーは観ないほうなんですが、観てきました。
いやはや傑作です。「茜色に焼かれる」と並べて今年のベストテンに入れたいと既に思うくらいに。
何でも東京新聞は先日夕刊の一面トップで取り上げたそうです。
投稿: タニプロ | 2021年8月15日 (日) 02:24
◆タニプロさん
赤旗編集部出て来ましたね。印刷工場までは出て来ませんでしたが。
菅義偉首相にウンザリしてるのは私も一緒ですが、だからこそこの映画に一杯観客が詰めかけて、それがパワーとなって現状を打破する空気を醸成して行って欲しいと願ってます。是非観に行ってあげてください。
「東京自転車節」、大阪ではごく短期間上映であっという間に終了、という訳で見逃してしまいました。見たかったのですがね。
再上映、期待したいです。
投稿: Kei(管理人 ) | 2021年8月15日 (日) 11:41
まあ、「パワーになる」と言われても、投票権得てから一回も自民党に投票したことが無いんで(笑)。
「i 新聞記者ドキュメント」は良かったです。あれは菅義偉も安倍晋三もデカデカと出てこないんで。
「東京自転車節」は、あくまで東京のコロナ禍での若者の奮闘を撮った映画なんで、東京以外の人はピンと来ないのかもしれません。
投稿: タニプロ | 2021年8月22日 (日) 04:56
◆タニプロさん
>投票権得てから一回も自民党に投票したことが無いんで(笑)。
あ、それ私もまったく同じです(笑)。今日の横浜市長選の結果も楽しみです。
「i 新聞記者ドキュメント」、当時の菅官房長官が質問に木で鼻を括ったような返答したり、望月記者に露骨に嫌がらせする映像はインパクトありましたよ。ああいう人物が国のトップになった結果が、今の惨憺たる状況を招いたと言ってもいいでしょうね。困った事です。
投稿: Kei(管理人 ) | 2021年8月22日 (日) 11:05