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2021年8月29日 (日)

「孤狼の血 LEVEL2」

Korounochilevel2 2021年・日本    139分
製作:東映東京撮影所
配給:東映
監督:白石和彌
原作:柚月裕子
脚本:池上純哉
企画プロデュース:紀伊宗之
プロデューサー:天野和人 高橋大典
音楽:安川午朗
撮影:加藤航平

3年前に公開され話題を呼んだ「孤狼の血」の続編。柚月裕子の小説をベースに、前作の脚本も書いた池上純哉が原作にないオリジナル・ストーリーを書き上げた。監督も前作の白石和彌が引き続き担当。主演は「新聞記者」の松坂桃李。共演は鈴木亮平、吉田鋼太郎、村上虹郎、中村梅雀、滝藤賢一、中村獅童、斎藤工ら個性的な俳優が揃った。

(物語)3年前に暴力組織の抗争に巻き込まれ殺害された、マル暴の刑事・大上の遺志を継いだ若き刑事・日岡秀一(松坂桃李)は、呉原市の裏社会の間を巧妙に立ち回って暴力組織を取り仕切っていた。そんな時、広島の巨大組織・五十子会の元幹部で、服役していた上林成浩(鈴木亮平)が出所した事で事態は急転する。最凶最悪のモンスター・上林によって、呉原の危うい秩序は崩れ、日岡は絶体絶命の窮地に追い込まれて行く…。

3年前に公開された白石和彌監督の「孤狼の血」は、まさに東映らしいバイオレンス・やくざ映画の傑作だった。かつては任侠映画と実録路線の大ヒットで日本映画界を牽引していた東映も、近年はすっかり大人しくなっていたのだが、原作者自身が「仁義なき戦い」の大ファンを公言し、同作への最大限のオマージュを散りばめた原作を映画化した「孤狼の血」 は、年季の入った東映ヤクザ映画ファンをも狂喜させる、まったく久しぶりの東映らしい不良性感度満載の力作であった。

前作公開直後から続編映画化の期待が高まっており、当初は原作の第二部にあたる「凶犬の眼」を映画化するという話だったが、結局前作と「凶犬の眼」の間を繋ぐ映画オリジナル・ストーリーが作られる事となった。

ただ原作が全三部作とも、いずれも出来が良かったので、原作にはない映画オリジナルと聞いて若干の不安はあった。こういう場合、原作のムードをぶち壊すケースが多いからである。

だが心配はまったく杞憂だった。前作のヒリヒリした暴力に満ちた作品ムードを巧みに引き継ぎ、実にスムースに前作の流れを継承した、見事な続編に仕上がっていた。そればかりか、鈴木亮平扮する上林成浩という、日本映画にこれまでなかったような最凶にして最悪、とてつもない怪物を創造し、原作を離れたオリジナルでありながら、原作以上に暴力性、凶暴さが充満した快(怪)作が誕生した。池上純哉+白石和彌コンビ、すごい。

(以下ネタバレあり)

冒頭の東映マークが、前作と同じくアナログの荒々しい旧バージョン。これを観るだけで、昔の東映ヤクザ映画の世界に引き込まれてしまう。

いくつかのエピソードを手短に描いた後、赤い文字のメイン・タイトル、そしてスタッフ、キャストのクレジットはモノクロのスチール映像に赤い文字と、深作欣二監督の「仁義なき戦い」とそっくり。そこにカブるナレーションまでご丁寧に「仁義なき戦い」そのまんまの声と口調。「仁義-」ファンなら嬉しくなって来るオマージュぶりである。

前作は新米刑事だった日岡が、役所広司扮する大上刑事に鍛えられ、最後は組織によって命を落とした大上の遺志を受け継ぎ、一人前のマル暴刑事になるまでの物語だった。

本作はそれから3年後、すっかり貫禄も付いた日岡が、ヤクザ組織を巧妙に懐柔し、時にはエス(スパイ)として手懐けた若いチンピラのチンタ(村上虹郎)を利用したりもする。その巧妙な戦略はまさにガミさん譲り。
そのおかげもあって、広島2大組織は手打ちし、ある者はビジネスヤクザになったりと、表面上は抗争は下火になっていた。

ところがそんな時に、前作でボスが殺された五十子会の幹部で、服役していた上林成浩が出所して来る。模範囚で刑期短縮という事になっているが、実はあまりに凶暴で手が付けられず、刑務所がとても置いておけないと厄介払いしたのが真相だというのが、無茶苦茶と言うか笑える。

この鈴木亮平扮する上林がとにかく怖い。大きな体にモミアゲを剃った不気味な容貌。しかも耳が悪魔のように尖っている。そして出所早々、刑務所の看守の妹でピアノ教師をしている女性を惨殺するのだが、その殺し方も指で両目の眼球を潰すという、目を背けたくなる残虐ぶりである。
以降も、上林は自らの殺しの刻印のように、殺した相手の眼球を潰したりくり抜いたりの処刑を繰り返して行く。

上林はやがて、自らの組・上林組を設立し組長に収まり、警察をあざ笑い、広島のヤクザ組織をも震え上がらせる、強大なモンスターとなって行く。

日本映画に、これまでかくも凶暴で強烈な存在感を見せつける悪=ヴィランがいただろうか。このキャラクターを創造しただけでも、本作は映画史に残るだろう(注1)


上林はヤクザから足を洗って企業の社長をやっている吉田(音尾琢真)にリンチを加えてその会社を乗っ取ったり、次々と広島ヤクザ界で力を付けて行く(注2)
単に凶暴なだけでなく、状況を見極め、五十子会の中で勢力を拡大して行く等、頭が切れる点でも並のヤクザとは違う厄介な存在である。

一方、日岡はピアノ教師殺害事件の捜査で県警本部に呼ばれ、ベテラン刑事・瀬島(中村梅雀)とコンビを組まされ、捜査に当たる事となる。

この瀬島を演じる中村梅雀がいい。優しそうな風貌で性格も温厚、定年間際の刑事という雰囲気を巧みに漂わせている。同じコンビ刑事でも前作の大上とはまるで正反対である。この人物キャラクターは、黒澤明監督の「野良犬」に登場する佐藤刑事(志村喬)を思わせる。後に日岡を自宅に誘い、妻の百合子(宮崎美子)が作る手料理でもてなす辺りも「野良犬」とそっくりである。これは意識してのオマージュだろう。

日岡はチンタをエスとして上林の組に潜り込ませ、ひそかに情報を入手しようとする。だがチンタの姉でクラブをやっている近田真緒(西野七瀬)は弟の身を心配し、日岡に危険な事はさせないように頼むが、功名に焦る日岡は聞き入れない。

チンタは実は在日韓国人で、韓国に渡る事を望み、日岡に頼んでパスポートを入手している。このパスポートが後半、印象的に何度か登場する。
そして上林も同じ在日だと判る。彼は広島の原爆スラムの出身であり、スラムと在日の二重の貧困、差別、さらに加えて父親による虐待というおぞましい過去が、上林と言う怪物を生み出した事が示される。上林はその後両親を殺害している。

かつての東映ヤクザ映画には、こうした在日の暴力団員が数作に登場し、物語の重要な人物として描かれていたが、近年では批判を恐れてか、ほとんど登場しなくなった。
本作ではその点でも正面から向き合っているのが素晴らしい。暴力描写も含めて日本映画がタブーとして来た事柄にも恐れずに斬り込んで行く池上純哉と白石和彌のお二人には心から敬意を表したい。

中盤に、いくつかの謎が提示される。あれだけ凶暴な事件を起こし、現場に手掛かりも残しているのに、上林は何故警察に逮捕されないのか、その上林の元に、日岡とチンタが密会している写真が届き、日岡は窮地に追い込まれて行くのだが、その写真は誰が撮ったのか。
終盤でそれらの謎の真相が明かされて行くのだが、これには本当に驚かされた。

前作「孤狼の血」の原作では、日岡が実は大上の殺人事件絡みに関する内偵の為に、県警監察部・嵯峨警視(滝藤賢一)の特命を受けて大上と組んだ事が最後に明らかになる、ミステリーとしての要素もあったのだが、映画ではその秘密を早々と明かした事で、ミステリー的要素は薄められていた

本作では、終盤に驚愕の真相が明かされる事で、前作の分まで取り返した、ミステリー作品としても楽しめる出来になっている。

(以下完全ネタバレにつき隠します。映画を観た方のみ下の空白部分をドラッグ反転してお読みください)
実は瀬島は公安の人間で、警察の弱みを握っている日岡を追い落す為に日岡とコンビを組み、その温厚そうな態度で日岡が瀬島に気を許すように仕向けたのである。チンタとの密会写真を上林の元に送ったのも瀬島である。そして映画では描かれなかったが、映画のノベライズでは妻の百合子も公安の人間だったと書かれている。上林の殺人の証拠を握りつぶし、彼を泳がせていたのも、すべては日岡を罠にかける為であった。
まさかあの瀬島がそんな人間だったとは。すっかり騙された。秘密警察とも言える公安の恐ろしさ、ひいては権力機構の底知れぬ闇の深さまでも暗示させているとも言える。中村梅雀と宮崎美子のキャスティングにもまんまといっぱい食わされた。
まあ公安がそこまでやるか、その為に何人の人間が死んだかという批判、ツッ込みもあるだろうが、映画を面白くさせ、ドンデン返しミステリー的な味わいも盛り込んだ点は私は評価したい。

(ネタバレここまで)

そしてラストでは、車で逃げる上林をパトカーに乗った日岡が追いかける、壮絶なカーチェイス・シーンも登場する。ミステリー・タッチも含め、あらゆる娯楽映画としての要素をこれでもかと網羅する、そのサービス精神には素直に感動を覚えてしまう。

エンディングでは、原作のラストと同じく、日岡は地方に左遷され、駐在所の巡査になっており、これが原作2作目の「凶犬の眼」の冒頭に繋がって行くわけである。
この結末は、原作でもオマージュを捧げられていた深作欣二監督「県警対組織暴力」のそれと同じである。
その「県警対組織暴力」のラストで、地方の交番に左遷された菅原文太扮する久能は、車に撥ね飛ばされ死んでしまい、交通事故として処理されるのだが、これは本作における、交通事故を装って瀬島殺されるシーンに応用されていると見た。

役者ではやはり上林を演じた鈴木亮平が絶妙の好演。本年度の助演賞に一押ししたい。あと前作に引き続き腹黒い警察上層部の嵯峨役を演じた滝藤賢一もいい。
チンタを演じた村上虹郎もいい。彼の役は「仁義なき戦い」シリーズで、抗争の狭間で無残に若い命を落して行くチンピラ青春群像を見事に体現していると言えるだろう。
そして中村梅雀。詳しく言えないのがもどかしいけれど、役者やのォー(笑)。


いろいろとツッ込みどころもあるし、完成度としては前作よりは落ちるが、これはこれで私は面白く楽しめた。何より、かつての東映ヤクザ映画、深作欣二監督作品に愛着のある方は必見である。未見の方は、出来るだけ情報を入れずに鑑賞する事をお奨めする。ただグロいシーンも多いので、そうした作品に弱い方は要注意。 
(採点=★★★★☆

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(注1)
こうした手の付けられない凶暴なキャラクターは、過去の映画にもいくつか登場している。

まず挙げておきたいのが、深作欣二監督の「人斬り与太・狂犬三兄弟」(1972)。この作品で菅原文太が演じた主人公・権藤は、刑務所を出所して組に帰ってくれば組織は手打ちしており、それが我慢ならない権藤は仲間と一緒にやりたい放題の暴虐を尽くすのだが、このストーリー展開は、本作にかなり応用されていると思える。

そして既に触れている方も多いが、その翌年に登場した「仁義なき戦い」シリーズの2作目「広島死闘編」における、千葉真一が演じた大友勝利も破天荒で強烈な悪だった。上林のキャラクターは、これら2作、「狂犬三兄弟」の権藤と「広島死闘編」の大友を合体させて作り上げたのではないかと思う。

さらにこれまた深作の「仁義の墓場」の主人公、石川力夫(渡哲也)も強烈だった。組織のボスだろうと誰だろうと見境なく暴れまわり、最後に30年のバカ騒ぎの果てに自ら命を散らすラストまで、まさに衝撃的な傑作だった。元々「人斬り与太・狂犬三兄弟」の権藤も、この石川力夫がモデルだと言われている。

こうして見ると、すべて深作欣二監督作品。改めて深作監督の凄さを思い知る。いろんな点で、本作は深作欣二の血を継承していると言えるだろう。

(注2)
ちなみにこの音尾扮する吉田滋は、前作にも登場し、大上に酷い目に遭わされていた。前作を観ていればこのシーン、余計笑える。

 

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コメント

やや冗漫なところ、残酷さの強調は気になりますが、勢いで押しまくりあっという間に終了。次作にも期待したい。しかし、あの●●が●●だったとは。

投稿: 自称歴史家 | 2021年8月30日 (月) 12:04

◆自称歴史家さん
近年の映画の中では残酷さが際立ってますが、「人斬り与太・狂犬三兄弟」「仁義の墓場」を観て衝撃を受けた者から見れば、まだ生易しいと思えますよ(笑)。
>あの●●が●●だったとは…
これ、観てない方の為には言えませんよね(笑)。こういうネタバレ厳禁映画も最近の日本映画では珍しい気が…。観たいと思ってる方、早く観た方がいいですよ(と、まんまと映画の宣伝に加担させられてる(笑))。

投稿: Kei(管理人 ) | 2021年8月30日 (月) 22:10

傑作だと思います。
ただ、褒めてる視点が全然違いますね。

上林とチンタの出自をあの設定にしたのが凄い。誰も信じない上林が唯一チンタには信用を置こうとする。その裏には、二人の出自が背景にあるんだと思います。

私のレビューです。

https://tanipro.exblog.jp/28894627/

投稿: タニプロ | 2021年10月10日 (日) 00:55

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