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2021年9月16日 (木)

「浜の朝日の嘘つきどもと」

Hamanoasahino 2021年・日本   114分
製作:福島中央テレビ
配給:ポニーキャニオン
監督:タナダユキ
脚本:タナダユキ
音楽:加藤久貴
製作:河田卓司、村松克也、堀義貴、鈴木竜馬、藤本款、渡辺勝也
プロデューサー:菅澤大一郎、藤原努、宮川宗生

福島県南相馬市に実在する映画館「朝日座」を舞台に、映画館の存続に奔走する女性の姿を描いたヒューマン・ドラマ。監督は「ロマンスドール」のタナダユキ。主演は「明日の食卓」の高畑充希。共演は落語家の柳家喬太郎、バラエティで活躍する大久保佳代子という異色の顔合わせ。その他周りを吉行和子、六平直政、甲本雅裕、光石研らベテラン勢が固める。福島中央テレビ開局50周年記念作品。

(物語)福島県南相馬で100年近くの間、地元住民に親しまれて来た老舗映画館・朝日座。しかし、シネコン全盛の時代の流れには逆らえず借金は膨らむばかり。支配人の森田保造(柳家喬太郎)はついに閉館の決意を固める。ところが森田が古いフィルムを燃やして処分していた時、突然若い女性が現れ火を消してそのフィルムを奪い取った。茂木莉子と名乗るその女性(高畑充希)は、経営が傾いた朝日座を立て直すため、東京からやって来たと言う。しかし、朝日座はすでに跡地利用先も決まっており、数日後には解体されると森田は言う。莉子は果たして朝日座を守ることが出来るのか…。

こういうテーマ(映画館を舞台にした物語)の映画は大好きである。あの「ニュー・シネマ・パラダイス」はその最高作だし、昨年も大林宜彦監督の遺作「海辺の映画館 キネマの玉手箱」があったし、やはり実在する映画館(福山市のシネフク大黒座)でロケされた「シネマの天使」(2015)という佳作もあった。奇しくも、本作も含めいずれも“閉館が決定し、取り壊されることになっている映画館”が舞台となる。

タナダユキ監督の作品はいくつか観ているが、「百万円と苦虫女」(2008)がちょっと面白かったくらいで特に好きな監督ではない。どうも波長が合わないのだ。

ところが本作は、“潰れかかった映画館をいろんな人の努力で再建する”という、NHK「プロジェクトⅩ」に登場しそうな題材で、これだけでも観たくなる作品だが、それ以外にも随所に映画への愛が散りばめられた、まさに生粋の映画ファン向けの秀作に仕上がっていた。

(以下ネタバレあり)

物語は、老舗映画館・朝日座が最終上映を終了し(ラストショーがリリアン・ギッシュ主演のサイレント映画「東への道」というのがなんともシブい)、支配人で映写技師でもある森田が倉庫に残っていた古いフィルムや宣材等資料をドラム缶で焼却しているシーンから始まる。

そこに突然、スーツケースを下げた26歳の若い女性がやって来て、フィルムが燃やされているのを見るやいきなり水をかけ、ドラム缶からフィルムを回収する。

Hamanoasahino2

そしてそのフィルムを見るや、その断片だけで「あ、『東への道』!」と作品名を言い当てる。これだけで彼女が相当のシネフィルという事が判る。映画ファン向けのツカミとしては申し分ない(しかしかなりの映画ファンでもこの作品を観ている人は少ないだろう。私ですら観てない。タナダ監督の映画偏愛ぶりが窺える)。

森田に名前を聞かれて、とっさに彼女は茂木莉子と名乗る。偽名であるのは明らかである。そして、親戚の遺言で朝日座を立て直しに来たのだと言う。森田から、もう売却が決まっていてどうにもならないと聞くと今度は不動産屋に押しかけ、売却先を聞き出そうとする。この時莉子は「森田さんの親戚です」とを言う。親戚の遺言も嘘らしく、まさに題名通り、この女性・莉子はを方便にしてエネルギッシュに朝日座再建に向けて走り出すのである。


この、古い映画館の再建話だけでも面白いが、映画はこの現在における物語と並行して、回想と本人のナレーションで、この女性がどんな人生を歩み、如何にして映画ファンとなり、そして朝日座を再建しようと決意するに至ったかをかなり丁寧に描いて行く。

むしろ、こちらの方が主題とさえ思えるし、監督も力が入っているのが分かる。

なお莉子の本名は“浜野あさひ”。題名はここから採られている。

彼女は福島で両親、弟と暮らしていたが、10年前に東日本大震災が起き、父・浜野巳喜男(光石研)は除染作業員を送迎する交通会社を立ち上げて成功する。会社名が“浜野朝日交通”と、娘の名前を取り込んでいるのがおかしい。

だがその為、あさひの家は震災で儲けたと陰口を叩かれ、名前が会社名と同じこともあってあさひは学校で虐められ、居場所もなくし、死にたいとまで思いつめる。

そんなあさひを救ったのが、数学教師の田中茉莉子先生(大久保佳代子)。田中先生はあさひを視聴覚室に誘い、学校に内緒で映画のビデオを見せてくれる。

先生はあさひを自宅にも誘い、山ほど所蔵している
DVDを一緒に見る。中でも若尾文子主演の「青空娘」(増村保造監督)と太地喜和子主演のコメディ「喜劇 女の泣きどころ」(瀬川昌治監督)が先生の大のお気に入り。

田中先生のおかげで、あさひは少しづつ元気を取り戻し、また先生に影響されて、映画が大好きになって行く

先生は、映画の魔術についても語ってくれる。フィルム映写の際はコマ送りの繋ぎ目部分をシャッターで隠すので残像効果で絵が繋がって見える、つまり我々は映画の半分は暗闇を観てるのだと先生が解説する後ろで、線画のアニメーションが分かりやすく絵解きするシーンも楽しい。そんな話を聞いて、あさひはますます映画の魅力に取り付かれて行く。デジタル上映になって、映画はそんな闇のマジックではなくなってしまった事も若い映画ファンは知っておいた方がいいだろう。

田中先生を演じた大久保佳代子が、不思議な存在感を示して好演。今まで知らなかったが、これから注目していいだろう。

あさひ一家は東京に引っ越すが、そこの高校にも馴染めず高三で中退し、田中先生を頼って福島に戻り、先生の家に同居するようになる。そしてまた多くの映画を一緒に見て感動を覚える。

先生は情にほだされ易く、男運も悪く、男にフラれる度に前述の「喜劇 女の泣きどころ」を見ては泣きじゃくる姿が何とも可笑しい。

ある時田中先生は、町で放火未遂を起こしかけたベトナム留学生のパオ(佐野弘樹)を拾い、同居を始める。先生とパオとあさひの奇妙な同居生活が始まる。

先生はパオの在留資格を得る為に籍まで入れる。あさひといい、困っている人を見ると助けずにはいられない性格なのだろう。

やがてあさひの母親が、先生を未成年略取誘拐で訴えた事で、あさひが先生と別れる日がやって来る。東京に帰るあさひに先生は、「これで映画を沢山見なさい」と多額の餞別を渡してくれる。

先生によって、あさひは生きる勇気と、映画を愛する事の素晴らしさを教わる事が出来た。まさに人生の恩師であり、まるで「ニュー・シネマ・パラダイス」のアルフレードのようでもある。

こんな素敵な先生がいたなら、どれだけの生徒が救われる事か、と考えさせられる。

それから8年後の2019年、あさひは映画の配給会社に就職していたが、突然パオから連絡があり、先生は乳癌で余命いくばくもなく、あさひに会いたいと言っているという。

見舞いに訪れたあさひに、先生は一つの頼みごとをする。それは南相馬にある、朝日座という古い映画館を立て直して欲しいという依頼だった。
先生は昔ここで映画を観て、客の入りそうにないマニアックな番組編成に呆れて森田支配人に抗議し(注)、「浮雲」等の名作を上映するよう働きかけた事があったのだという。

ほどなくして、先生は帰らぬ人となる(臨終の彼女の言葉がケッサクで、悲しい場面でもトボけた笑いをまぶす辺りがタナダ監督らしい)。

そして翌年、コロナ禍で勤務先も潰れ、仕事もなくなったあさひは、先生の遺言を実行すべく、朝日座にやって来るのである。

といった具合に、このあさひの過去パートはドラマチックで、かつじっくりと時間をかけて感動的に描かれているのに対して、現代の朝日座再建の話は、ややご都合主義的、話がうまく出来過ぎてる所が散見される。朝日座取り壊し寸前に、近所の人たちから、あのパオまで一斉に登場して一挙に借金問題が解決してしまうくだりは芝居がかり過ぎている。

特に、疎遠だった父が「実は私たち夫婦もかつて朝日座で映画を見た事があってね」と言ってポンと500万円出してくれる所なんて、そんな都合いい偶然ありかよと鼻白んだ。

でも映画を観終わって思い返すと、所詮映画はフィクション、嘘で固めたハッピーエンドがあってもいいじゃないか、というタナダ監督の開き直りと考えれば、これもアリだろうと思うようになった。だからタイトルに「嘘つきども」と入れたのだろう。

コロナ禍が話題になってるのに、誰もマスクをしてないのも不自然だが、マスクだらけだと気が散って物語に集中出来ないと考え、あえてマスクは無視したのだろう。それも“映画のウソ”である。

何よりも、タナダユキ監督が作品に込めた映画愛、映画館愛、そして田中先生とあさひとの深い師弟愛の物語には素直に感動してしまった。この感動の前には、細かい齟齬などどうでもよくなって来る。

古い映画がお好きな方、ミニシアターや名画座などの、地味だけれど素敵な映画を届けてくれる映画館を愛する方にはお勧めの珠玉の秀作である    (採点=★★★★☆

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(注)
田中先生が訪れた時の朝日座の上映作品が、「トト・ザ・ヒーロー」と杉作J太郎監督作「怪奇!!幽霊スナック殴り込み!」の2本立てというのには笑った。超トホホ映画として有名な「北京原人 Who Are You?」も上映した事があるという。ちなみに「怪奇!!幽霊スナック殴り込み!」はタナダユキの主演作である(笑)。これらのラインナップは、森田支配人というより、タナダユキ監督の好みなのだろう。

 

(付記)
本作のラストで、一人の男(竹原ピストル)が朝日座にやって来る所で物語が終わるが、これは福島中央テレビで昨年放映されたテレビドラマ版「浜の朝日の嘘つきどもと」の冒頭シーンに繋がっている。テレビドラマではこの竹原ピストル扮する売れない映画監督を主人公にして物語が進行する。映画版の続編とも言える物語である。
55分のこのドラマはAmazon primeやHulu等でネット配信され、見る事が出来るので、興味のある方はどうぞ。
ちなみにドラマでは、高畑充希扮する茂木莉子のキャラクターは映画版とは若干異なっている(森田と喧嘩ばかりしている)。

 

(さらに、お楽しみはココからだ)

この映画に登場する人物の役名、よく見ればみんな、映画人(監督や女優)の名前を拝借しているのに気がついた。

朝日座支配人の森田保造森田芳光+増村保造
田中茉莉子先生=田中絹代+岡田茉莉子
不動産屋の岡本貞雄甲本雅裕)=岡本喜八+山中貞雄
近所の映画好きの老女・
松山秀子吉行和子)松山善三+高峰秀子
スーパー銭湯開発会社の営業マン・市川和雄(神尾佑)=市川崑+黒木和雄
あさひの父・浜野巳喜男=成瀬巳喜男
映画監督・川島健二(竹原ピストル)=川島雄三+溝口健二
テレビドラマ版に登場するドキュメンタリー作家・藤田慎二(小柳友)=藤田敏八+相米慎二

浜野あさひ以外ほぼ全員である。マニアックな朝日座上映作品も含めてタナダ監督、いろいろ遊んでくれる(笑)。

 

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コメント

ご無沙汰しています
茂木莉子は もぎり のイメージでしょうか? 

投稿: マー坊 | 2021年9月27日 (月) 18:24

◆マー坊へ
あさひが森田に名前を聞かれ、とっさに映画館の方を見たら、“もぎり”の窓口が目に入ったので、「もぎり…子」の偽名を思いついた、というわけです。ついでに名前の漢字は“茉莉子”先生の下2文字からいただいてます。
で、映画はどうでしたか?

投稿: Kei(管理人 ) | 2021年9月27日 (月) 22:22

山陰公開はもう少し時間がかかるみたいです

投稿: マー坊 | 2021年10月 1日 (金) 10:05

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