「子供はわかってあげない」
(物語)水泳部の高校2年生・美波(上白石萌歌)は、アニメ「魔法左官少女」の大ファン。ある日学校の屋上で、そのアニメのキャラを墨で書いていた書道部のもじくん(細田佳央太)と意気投合、仲良くなる。美波の実の父・友充(豊川悦司)は彼女が幼い頃に家を出たきり行方不明だが、その友充からある日怪しげな「謎のお札」が届き、それをきっかけに美波は実の父を探す事にする。そして探偵をしているとうもじくんの兄・明大(千葉雄大)に協力してもらい、友充の居所は判明する。美波は今の家族には内緒で友充に会いに行くが、父は元教祖だった。怪しげな父に戸惑いながらも、美波は海辺の町で父と一緒に夏休みを過ごす事になる…。
「南極料理人」(2009)で注目された沖田修一監督は、その後も「キツツキと雨」(2011)、「横道世之介」(2012)、「滝を見にいく」(2014)、「モリのいる場所」(2018)とコンスタントに、しかしどれもちょっと変わった味わいの良作を作り続けて来た。主人公たちはいずれもユニークだったり変人だったり、作品ムードもどこか緩くトボけた雰囲気が漂う、まさに沖田ワールドとも呼ぶべき、魅力的な世界が広がっている。その為、根強いファンも多い。私もその一人である。
今回は初の人気青春コミックの映画化。さあ、どんな風に料理してくれるか、果たして沖田ワールドは展開するのか、ワクワクしながら観る事となった。
(以下ネタバレあり)
冒頭いきなり、「魔法左官少女バッファローKOTEKO」と題するアニメ作品が上映される。劇場を間違えたかと思った客も多いだろう。が、沖田監督の前作「おらおらでひとりいぐも」(2020)でも、冒頭にCGアニメで、地球誕生から46億光年の地球の進化が延々と描かれていたので、“劇場を間違えたかなと観客に思わせる”のはこれで2作連続という事になる(笑)。
こういうトボけた出だしも、いかにも沖田監督作品らしい。しかも主人公の美波が、このアニメに夢中になって踊りだすと、義理の父である清(古舘寛治)までもが一緒になって主題歌を歌い踊りだすのだからおかしい。おまけに母の由起(斉藤由貴)は、「藪からスティック」と言ったり、「オッケー」という言葉に「牧場」と続けたりの天然ぶり。なんとも変わった、しかし微笑ましい一家である(しかし若い人、「OK牧場」なんて知らないだろう(笑))。
こんな楽しいイントロに乗ってしまえば、あなたはもう沖田ワールドの住人である。以後の本題の物語にも十分ノッて行ける。
しかし、「魔法少女」はいいとしても、「左官」だよ(笑)。これまた若い人には何それというトボけたキャラクター。が、アニメの中味は、セメント、コンクリート、モルタルに擬人化された親と子の物語であり、これが本編の“娘が実の父に会いに行く、親子の絆の物語”と巧みにリンクしているのが秀逸である。
さらに、美波が書道部のもじくんと仲良くなるきっかけもこのアニメである(お互いにこのアニメの大ファン)。こんな具合に結構重要なキーアイテムになってるが故に、この冒頭の「魔法左官少女」のアニメ、主題歌も含めてきっちり作りこまれているのも納得である。
そして、もじくんの家で美波が、実の父から送られて来たのと同じお札を発見し、そこからもじくんの兄・明大の助けを借りて父の居場所を突き止め、夏休みに美波は両親に「水泳部の合宿に行く」と言って密かに実の父に会う為の冒険の旅に出かける事となるのである。
この父親・友充がまた変わっている。人の頭の中を覗けるようになったからと言って、突然新興宗教の教祖になったり、霊感が薄れたので今は教祖を辞めて指圧師をやってたり。
こんな変人役を豊川悦司が怪演。
最初はぎこちなかった父と娘だったが、日ごとに心が通い合い、次第に別れ辛くなって行くまでを、小さなエピソードも積み重ね、時間をかけてじっくり描く沖田演出はさすがである。
これまで、子供のままで幸福そうな時間を過ごして来た美波だが(アニメオタクである事がここで生きて来る)、変わっているけれど自分の思うままの数奇な人生を歩んできた父を見て、美波の心の中で何かが変わって行く。
そして父と別れ、小さな冒険旅行を終えて家に帰った美波は、少しだけ大人になったように見える。
撮影は順撮りで行ったそうで、上白石萌歌の肌が少しづつ日焼けして、逞しく見えるようになって来るのだが、それも演出の計算の内だろう。
ラストはまたあの屋上でもじくんと再会し、今度は、はっきりともじくんに愛の告白をする。緊張すると笑ってしまう美波の性格から、なかなか切り出せず、そして勇気を出して言葉にした時、美波の目から涙がこぼれるまでの長いシーンをワンカットで描いたこのシーンは、本作の白眉である。
学校の部活を通して高校生の男女が互いを好きになる、という物語は部活青春映画の定番だし、娘が幼い頃に家を出た実の父に会いに行く物語も、ひと夏の冒険を通して少女がちょっぴり大人へと成長する、という物語も、いずれもこれまでいくつも作られて来たパターンであり、目新しいものではない。“父親探しの旅に出る”話は昨年公開の「37セカンズ」にも登場したばかりだし。
本作が素晴らしいのは、それらのパターンを巧みにシャッフルし、ちゃんと1本の芯の通った物語に構成して見ごたえのある映画に仕上げている点である。むろん、原作の良さもあるのだろうけれど。
俳優陣がみんな好演。特に上白石萌歌が素晴らしい。撮影時19歳だったそうだが、まさに少女から大人になる寸前の、青春の輝きを見事に演じ切っている。
「南極料理人」以来、「滝を見にいく」、「モヒカン故郷に帰る」、本作とコンビが続いている芹澤明子の撮影も相変わらず見事。本作では階段を駆け上がる美波をずっと追いかける手持ち長回しワンカット撮影など、随所に冴えを見せている。
沖田監督独特の、ヘンな人たちが繰り広げる、ゆる~くトボけた沖田ワールドは相変わらずなのに、ちゃんと瑞々しい部活青春映画の秀作に仕上がっているのが凄い。
上白石萌歌、沖田修一監督の、それぞれの代表作になるだろう。お奨め。
(採点=★★★★☆)
(付記)
タイトルの「子供はわかってあげない」は、映画ファンならすぐにピンと来る、フランソワ・トリュフォー監督のヌーベルヴァーグの代表作「大人は判ってくれない」のパロディである。
“子供の気持ちを理解しない大人への不信感”がテーマだったトリュフォー作品に対して、本作に登場する大人たちは誰もが子供に優しいし、子供たちもそんな大人を信頼している。
互いを尊重し、理解し合える事が、生きて行く上でとても大事な事なのだ、というメッセージが、「大人は判ってくれない」のまるまるひっくり返しになっているこのタイトルに込められている気がする。
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