「カラミティ」
2020年・フランス・デンマーク合作 82分
製作:Maybe Movies=nOrlum
配給:リスキット
原題:Calamity, une enfance de Martha Jane Cannary
監督:レミ・シャイエ
脚本:サンドラ・トセロ、ファブリス・ドゥ・コスティル、レミ・シャイエ
作画監督:リアン=チョー・ハン
音楽:フロレンシア・ディ・コンシリオ
製作:アンリ・マガロン、クラリー・ラ・コンベ
西部開拓時代のアメリカに実在した女性ガンマン、カラミティ・ジェーンの子供時代を描いた長編アニメーション。監督は「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」のレミ・シャイエ。同作の主要スタッフも再集結して制作された。アヌシー国際アニメーション映画祭2020で長編部門のクリスタル賞(グランプリ)を受賞。
(物語)12歳の少女、マーサ・ジェーン・キャナリー(声:福山あさき)は家族と共に幌馬車隊による大規模な旅団で、新天地オレゴンに向けて旅をしていた。ところが旅の途中、父親が暴れ馬で負傷し、マーサが家長として幼い兄弟を含む家族を守らなければならなくなる。だが女は女らしくという時代、女性の役割は限られており、その制約に苛立ったマーサは家族の世話をする義務を果たす為、少年の姿で生きる事を決意するが、その生き方は古い慣習を重んじる旅団の人々との間に軋轢を生んでしまう。さらにマーサを危機から救ってくれたサムソン少尉(声:恵山渉一)を旅団に引き入れたことで、盗みの共犯の疑いまで掛けられ…。
一昨年公開されたフランス・デンマーク合作のアニメ「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」はとても面白かった。14歳の貴族の子女サーシャが、たった一人で北極点を目指す波乱万丈の冒険の物語である。
本作はその作品と同じ監督・スタッフが再度結集した長編アニメで、それだけでも観たいという意欲を起こさせるが、本作もまた素晴らしい力作だった。
本作はなんとアメリカ荒野を舞台にした西部劇。フランス映画(デンマークとの合作)としては珍しい。主人公はドリス・デイ主演のミュージカル「カラミティ・ジェーン」でもお馴染みの実在した女性、カラミティ・ジェーン。物語はその少女時代に焦点を絞り、なぜ可憐な少女が“カラミティ”(疫病神)と仇名されるほどの西部でも名を馳せる伝説になったのかを描いている。
前作でも、元は貴族の子女で可憐だった14歳の主人公が、大好きだった祖父の消息を捜す為、過酷な北極点への冒険を通じて逞しく成長して行く姿が描かれていたが、本作もまた12歳の少女が、自身の濡れ衣を晴らす為、たった一人でアメリカ西部の荒野を旅し、さまざまな困難を乗り越え、成長して行く姿を描いている点で、前作とも共通する。
さらに作画的にも、柔らかなパルテル画調の絵のタッチ、輪郭線がない人物描写と、前作で感心させられた独特の絵の特徴はそのまま健在である。
(以下ネタバレあり)
主人公マーサはオレゴンを目指す幌馬車隊の、ある家族の一員。キャラクター・デザインが他の女性と比べて、ひときわ目立つ太い眉毛(右)であるのは、彼女が男性にも劣らない、強い意志と行動力を持っている事を強調する為だろう(ちょっと太過ぎる気もするが(笑))。
家族は父とマーサと、幼い妹と弟の4人。母は他界している。
従って、妹たちの世話、料理など、一家の母親代わりとして奮闘している。
この時代、女性は男の陰で、男が受け持つ荒っぽい仕事はさせてもらえず、炊事や洗濯、薪拾い、育児などの“女性が担当すべき家内仕事”しかさせてもらえなかった。
さらに本作では、旅団長のアブラハムやその息子イーサン等による、女性への偏見、蔑視的な言動も強調されている。
イーサンはことあるごとにマーサを苛めるし、アブラハムは女性を一段低い目で見ている。後述するが、マーサが男の仕事をする事にあからさまに嫌な顔をし、止めるよう命令もする。
ある日、父が暴れ馬の調教中に怪我を負ってしまい、マーサは父の役割までせざるを得ない状況になる。慣れない馬車の操縦、馬の世話と過酷な仕事をこなして行く。
男どもには負けないと、深夜に投げ縄や乗馬の練習も行う。何度失敗しても、ひたむきに練習を繰り返す。そして馬に乗るにはスカートでは邪魔だとジーンズに穿き替える。
最初はなかなか馬を乗りこなせなかったマーサだが、何度も乗馬訓練を重ね、ついには荒野を自在に走れるようにまでなって行く。喜びを満面に浮かべ、夜の荒野を馬で疾走するシーンが印象的である。
さらにはイーサンと喧嘩した時に髪の毛を掴まれた事から、ハサミで髪を切り、男のような髪形にしてしまう。当然アブラハムは「許さん」と激怒するがマーサは挫けない。
まさに男まさり。元々勝気な性格だったが、こうして彼女は男にも負けない強い自負心を勝ち取って行くのである。
短髪にジーンズのその姿は、男の子のようにさえ見える。
当然、古い慣習を重んじる旅団の人々との間に軋轢が生じる。そしてある時、マーサが野獣に襲われかけた時に救ってくれたサムソン少尉を旅団に紹介し、そのサムソンが旅団の人々の貴重品と共に姿を消したことから、マーサは盗みの共犯者ではないかと疑われる。
マーサはサムソンから貰っていた地図を頼りに、疑いを晴らし盗まれた品を取り戻すべく、サムソンを追ってたった一人、果てしない荒野へと旅立つのである。
この荒野の旅も波乱万丈、地図をなくしたり、胡散臭い若者と道連れの旅を続けたり、ネイティブ・アメリカンと揉めてくだんの若者と「手錠のままの脱獄」よろしく手錠に繋がれた旅をする破目になったり、女性金鉱主と知り合った事で、狭い坑道内を這いまわって危うく遭難しかけたり、そうかと思えば騎兵隊の駐屯地ではドタバタ喜劇並みのコミカルな追っかけっこをしたりと、アクションありサスペンスあり笑いありの冒険の旅が続く事となる。まさに「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」に勝るとも劣らない冒険大活劇である。
これで上映時間がたった82分とは信じられない。
最後は、旅を経て一段と逞しく強くなったマーサが盗まれた品と共に旅団に戻って来て、さらに崖から墜落しかけた旅団の危機も救った事でアブラハムたちから感謝され、彼女は旅団の仲間たちの信頼を得て、オレゴンへの旅を続けて行く所で物語は終わる。
史実に基づくとは言え、この後半の物語はフィクションも交え、典型的なアクション西部劇を思わせる。
それにしてもラストの、イーサンたちがあわや崖から転落か、と思われた瞬間、突然現れたマーサが投げ縄を使ってアクロバティックに救出するシーンは、ローン・レンジャーか怪傑ゾロ並み(笑)のカッコ良さで、そりゃちょっとヒーロー活劇に寄り過ぎじゃないかとツッ込みたくなる。しかも12歳!だよ。
まあアニメーションだから許せる範囲内としておこう。
前作も危機また危機のスリリングな冒険大活劇だったが、本作は西部劇テイストに、前作にはなかったコメディ要素も交え、より爽快なエンタティンメントに仕上がっている。大人から子供まで、誰でも楽しめるだろう。
またテーマ的には、“女性の尊厳と自立”が謳われている点で、今もなお残る女性差別意識(今回の東京オリパラ辞任劇でも露わになった)へのやんわりとした批判が込められている点も見逃せない。
「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」に感銘を受けた方なら必見である。また同作を未見の場合は、この機会に事前に、あるいは観た後でも、DVDなりで鑑賞する事をお奨めする。無論、西部劇ファンにもお奨めである。
(採点=★★★★☆)
DVD「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」
| 固定リンク
« 「空白」 | トップページ | 「由宇子の天秤」 »
コメント
コケてるのか、あっという間に上映回が激減した上に変な時間にしかやってなくて観れてないんですが、お世話になってる脚本家先生から「君はミークス・カットオフを褒めてるなら観たほうが良い」と言われたんで、今週からまともな時間になったので観てきます。
投稿: タニプロ | 2021年10月10日 (日) 01:09
◆タニプロさん
「ミークス・カットオフ」との類似性は他の方も指摘してますね。アメリカ西部が舞台で、新天地に向かって馬車で旅する家族が主人公で、正しい道を知ってると言うが胡散臭い男(笑)が登場したり。
レミ・シャイエ監督が「ミークス―」にインスパイアされた可能性はあると思います。
投稿: Kei(管理人 ) | 2021年10月12日 (火) 11:36