「ONODA 一万夜を越えて」
2021年・フランス・ドイツ・ベルギー・イタリア・日本合作 174分
配給:エレファントハウス
原題:Onoda, 10 000 nuits dans la jungle
監督:アルチュール・アラリ
脚本:アルチュール・アラリ、バンサン・ポワミロ
撮影:トム・アラリ
製作:ニコラ・アントメ
太平洋戦争終結後もフィリピン・ルバング島で孤独な日々を過ごし、約30年後に生還した小野田旧陸軍少尉の実話を基に、「汚れたダイヤモンド」のアルチュール・アラリ監督が映画化。出演は「空母いぶき」の遠藤雄弥、「HOKUSAI」の津田寛治、「すばらしき世界」の仲野太賀、「映画 太陽の子」のイッセー尾形など。2021年・第74回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門出品。
(物語)終戦間近の1944年、陸軍中野学校二俣分校で秘密戦の特殊訓練を受けた小野田少尉(遠藤雄弥)は、劣勢のフィリピン・ルバング島に送られ、何があろうとも玉砕はせず、援軍部隊が戻るまでゲリラ戦を指揮するよう命じられる。だがルバング島の過酷なジャングルの中で食糧も不足し、仲間たちは飢えや病気で次々と倒れて行く。またある者は投降し、あるいは現地住民に射殺され、とうとう残ったのは小野田と小塚金七上等兵(松浦祐也)の二人だけとなった…。
1974年、小野田寛郎さんが発見されたニュースは、私も当時テレビや新聞で見て驚いた。よくまあジャングルでたった一人生き抜いたものだと感心した。
ドラマチックだし、映画にしたら面白いのにと思ったが、結局どこの映画会社でも作られなかった。本作を観て、これは日本で作るのはとても無理だったと確信した。その理由は後で述べる。
それはともあれ、映画は見事な出来だった。小野田寛郎という人物に徹底して寄り添い、30年にも及ぶ長い年月の間、彼が何をし、何を考え、どうやって生き延びたかを、彼に関する書物に基づき、一部フィクションも交えてはいるが、かなり忠実に描いている。上映時間は3時間近くにも及んでいるが、それも納得である。
(以下ネタバレあり)
監督はフランス人なのだが、当時の日本軍の状況と軍人精神についてよく調べ、またその心情を理解していると思った。
小野田は、いわゆるスパイ機関である陸軍中野学校二俣分校で秘密戦の特殊訓練を受けており、サバイバル技術も習得していた。
それも長く生き延びた理由の一つであるが、もう一つは教官である谷口少佐( イッセー尾形)から、「君たちには、死ぬ権利はない。次の命令に備えて、何としてでも生き延びて迎えを待て」という指令を与えられていたからである。
小野田は谷口少佐の命令を忠実に守って生きたのである。自分の部下にも、その教えを伝えていた。
だから、戦争が終わったらしいと知らされても、「本当に戦争が終わったのなら、谷口少佐が迎えに来てくれるはずだ」と信じ込み、迎えに来ないのは戦争が終わっていないからだと自分で結論付けてしまう。
小野田の兄や母が、「戦争は終わった。もう出ておいで」と拡声器で呼びかけても、「脅されて嘘を言ってる」と決めつけ耳を貸そうとしない。
捜索隊が残した、平和な日本の状況を伝える雑誌や新聞を持ち帰って読んでも、偽造された偽の刊行物(今で言うフェイクニュース)としてまったく信用しない。
もうここまで来ると、ほとんど洗脳、いわゆるマインドコントロールである。
だが、当時の日本人は軍部の唱える神州不滅、日本は絶対に戦争に負けない、いざとなったらカミカゼが吹く、という教えを信じ込み、戦況が厳しくなっても「耐えればきっと勝つ」とほとんどの国民が思い込んでいた。ごく少数、冷静に「日本は負ける」と考えた者もいたが、それを言えば非国民扱いされた。
戦況が悪化すると、特攻隊が組織され、特攻兵は国の為、天皇陛下の為、自らの命を犠牲にする事も厭わなかった。
これらも言ってみればマインドコントロールである。「日本は負けるはずがない」という思い込みは、実は小野田だけでなく、日本国民全体がそう思っていたのである。
昭和20年8月15日の玉音放送で、天皇自身が終戦を宣言した。それによってやっと日本人はマインドコントロールが解けたわけである。
小野田少尉も、現地で戦争を続けよと命令した谷口少佐がルバング島に赴き、命令の解除を伝えた事で、やっと自分自身の戦争を終わらせる事が出来た。谷口が行かなければ、小野田はその後も日本に戻ることはなかったかも知れない。
これは、外国人から見れば謎である。だからアラリ監督は興味を惹かれたのだろう。
そしてアラリ監督は、小野田の行動の、負の部分も容赦なく描く。住民を脅し、畑の作物を盗み、放火し、自衛の為発砲する住民を容赦なく撃ち殺す。遭遇した住民の女を、居場所がバレてはと監禁し、抵抗されると射殺し、死体を穴を掘って埋めてしまう。ほとんど猟奇殺人ドラマである。
30年のルバング島潜伏生活で、小野田やその部下たちは、フィリピン兵士、警察官、民間人などを30人以上殺傷したとされている。
これは非戦時下では立派な犯罪である。いやそれ以上、悪辣極まりない武装強盗殺人犯である。住民にはかなり憎まれていただろう。
終盤に、最後まで小野田と行動を共にした小塚が、川で住民の銛に撃たれ死亡するシーンがあるが、史実では警察官に射殺されている。
映画でこれを住民に変えたのは、それだけ小野田たちが現地住民に憎悪されていた事を強調する為だろう。
最後、小野田がヘリコプターで島を去る時、住民たちが、刺すような恨みのこもった目を小野田に向けているシーンも見逃してはならない。
住民にとっては、小野田は許されざる殺人者なのである。本来なら現地で強盗殺人罪で裁判にかけられても不思議ではないが、フィリピン政府当局の政治判断で恩赦が与えられ、罪に問われる事はなかった。
上昇して行くヘリの中で、じっと島の風景を見つめたままの小野田の姿をとらえて、映画は終わる。
観終わって、これは日本で、日本人が作るのは無理だと思った。
国家の命令で、己を殺して国の為に殉じる、戦争が終わった事を薄々感じても、与えられた命令任務が解けるまでは、頑なに戦争行為を遂行し続ける…。
世界中で、こんな理不尽な行為を戦争中も、戦後も成し続けた兵士はどこにもいないだろう。日本人だけである。洗脳され易い、日本人の精神構造に踏み入り、内臓を鷲掴みにするような映画は日本人には作れないだろう。フランス人監督の、客観的な視線だからこそ描き得たと言える。
小野田が日本に帰還した時、多くの日本人は熱狂をもって迎えた。英雄扱いである。30年も強い信念を持って生き延びた、不屈の精神を持った日本人の鏡として礼賛した。
小野田が実は現地で放火、略奪、殺人を行った負の部分はほぼ黙殺された。小野田に関する書物はどれもベストセラーとなった。そのほとんどは小野田を肯定的に称賛するものばかりだった。これも熱狂し易い国民性を示していると言えよう(後年、負の部分も暴露した本も出されたが話題にはならなかった)。
日本人出演者は、みな熱演。特に小野田の青年時代を演じた遠藤雄弥、中年時代を演じた津田寛治、いずれも鬼気迫る熱演である。津田はまさに小野田が憑依したかのような圧倒的な存在感を見せている。
小塚上等兵を演じた松浦祐也、千葉哲也もいい。二人の雰囲気がとても似ていて、途中で役者が変わっても違和感がなかった。
松浦祐也、どこかで見た顔だなと思ったら、「岬の兄妹」で兄を演じた人だった。偶然だがあちらでも、飢餓に苦しむ役だった(笑)。
谷口少佐役を演じたイッセー尾形がまたいい。中野学校の教官としては威厳ある軍人の風格があったのに、小野田を発見した若者(仲野太賀)が訪ねた時はすっかり平凡な老人になっていた。現地で小野田に解除命令を言う時は、ラフなシャツ姿で30年前の威厳は見る影もない。この演じ分けぶりは見事。
戦争の愚かしさを痛烈に描くと共に、日本人の精神性をも鋭く考察した、これは日本人必見の秀作である。
(採点=★★★★☆)
(付記)
小野田さんに関する映画は日本では作られなかったが、実は便乗した映画は帰還した同じ年に作られている。
「ルバング島の奇跡 陸軍中野学校」(1974・佐藤純彌監督)という題名の東映作品で、なんと小野田さん帰還のわずか3か月後の6月15日に公開されている。
ポスターには、「小野田少尉も言った『私の運命を変えた中野学校』」と書かれ、映画冒頭に「陸軍中野学校二俣分校卒業生による式典の様子」と「小野田少尉の帰国時の報道映像の一部」のドキュメンタリー映像が挿入されているが、それが終わった本編には小野田さんもルバング島も出て来ない。中味は、陸軍中野学校の実態を描いた戦争映画である。
佐藤監督へのインタビューによると、小野田さん帰還の報を聞いて急遽企画されたもので、当初は小野田さんのルバング島生活をそのまま映画化するつもりだったが、小野田さんに映画化を反対されてしまったので、仕方なく中野学校だけを題材にした物語をこしらえて3か月足らずで完成させたのだという。今だったら信じられないスピードだが、佐藤監督曰く「当時の東映なら、3か月も余裕があれば有難い方」なのだそうだ(笑)。
物語は小野田さんとは関係ないが、「ルバング島の奇跡」というサブタイトルを付け、ポスターに前述のコピーも入れ、予告編にもくだんのドキュメンタリー映像を使って、いかにも小野田さんのルバング島生活を描いた作品だと錯覚するように仕向けている。そう勘違いして劇場に足を運んだ観客は、肩透かしをくらった事だろう(笑)。さすがは商魂逞しい東映だ。
ちなみに主演は、先日亡くなられた千葉真一。その他 菅原文太, 丹波哲郎, 梅宮辰夫が共演している。
| 固定リンク
コメント
この映画は心に刺さった。管理人さんの言う通り、日本人には作れないだろう。役者の選択も優れていると思う。特に津野寛治は代表作になりそう。作中、捜索隊の残した書物等から、現在の世界情勢を推定するシーンは、哀れささえ漂う。小野田さんが陥った狂気は、今の日本人にも他人事ではないはず。実際、晩年の小野田さんは日本会議の会員だったらしいし。
投稿: 自称歴史家 | 2021年10月31日 (日) 07:23