「リスペクト」
2021年・アメリカ 146分
製作:M.G.M.=BRON Creative
配給:ギャガ
原題:Respect
監督:リーズル・トミー
原案:カーリー・クーリ、トレイシー・スコット・ウィルソン
脚本:トレイシー・スコット・ウィルソン
製作総指揮:ジェニファー・ハドソン、リーズル・トミー、スー・ベイドン=パウエル、アーロン・L・ギルバート、ジェイソン・クロス
2018年に他界した、ソウルの女王アレサ・フランクリンの半生を描く伝記ドラマ。監督は「ウォーキング・デッド」などのTVシリーズを手がけたリーズル・トミー。これが長編劇場映画監督デビュー作となる。主演は「ドリームガールズ」でアカデミー助演女優賞受賞したジェニファー・ハドソン。共演は「ラストキング・オブ・スコットランド」のフォレスト・ウィテカー、「G.I.ジョー」のマーロン・ウェイアンズなど。
(物語)少女の頃から、その抜群の歌唱力で天才と称されたアレサ(ジェニファー・ハドソン)は、ショービズ界でスターとしての成功を収める。だが、その裏には尊敬する父(フォレスト・ウィテカー)や、愛する夫テッド・ホワイト(マーロン・ウェイアンズ)からの束縛や裏切りがあった。精神的にも追い詰められたアレサは酒にも溺れ、人気の絶頂から人生のどん底へと堕ちて行く。そんな苦境の中でアレサはすべてを捨て、自分自身の力で生きていく覚悟を決める。自らの心の叫びを込めたアレサの圧倒的な歌声は、やがて世界を歓喜と興奮で包み込んで行く…。
アレサ・フランクリンと言えば、伝説的なソウル・シンガーである事は以前から知っていたが、私の好きな映画、ジョン・ランディス監督「ブルース・ブラザース」の中で素晴らしい歌声を披露しており、その歌唱力、パワフルな存在感には圧倒された。
で、つい先日も、1972年の教会コンサートの模様を収めたドキュメンタリー映画「アメイジング・グレイス アレサ・フランクリン」が公開されたばかりである。
このドキュメンタリーでも、アレサの高音がよく伸びる歌声は圧巻で、感動してしまった。改めて凄い歌手だと思った。
そこに本作の登場である。立て続けにアレサ絡みの映画が公開され、時ならぬアレサ・フランクリン・ブームみたいになっている。早速劇場に行った。
(以下ネタバレあり)
物語は、彼女の10歳の1952年から始まる。父親のC.L.フランクリン師は教会の神父で、教会では讃美歌やゴスペルソングを歌う事が多く、アレサにも当然歌わせ、また母親もピアノが得意で、幼いアレサと一緒に歌ったりしていた。彼女もそんな環境で、早くから歌の才能を発揮していた。
アレサの子供時代を演じる スカイ・ダコタ・ターナーが歌もうまくなかなかの好演。
しかし、この映画で初めて知ったのだが、その10歳の頃、彼女は知り合いの男性から性的虐待を受けたらしい事が描かれる。なんと父親もそれを黙認していたようだ。
父親は厳格で、アレサを絶対的に束縛し、父の許可なくしては自由に動くことも出来なかった。教会で歌う事も父の命令である。
この時代、黒人はまだまだ白人よりも低く見られ、さまざまな差別・迫害を受けており、マーティン・ルーサー・キング牧師が黒人解放を求める公民権運動が盛んな時期でもあった。フランクリン一家はそのキング牧師とも親しく、父親は黒人の解放運動を指揮する活動家でもあった。
黒人の自由と解放の運動を熱心に行う父親が、娘には自由を与えず理不尽に束縛しているとは、何とも皮肉である。
そんな訳で、アレサは黒人への人種差別と、“女性は男の従属物である”という女性差別の、二重の差別に苦しんでいたわけである。
アレサが10代後半の時、未婚であるにもかかわらず、複数の子供がいた事も描かれる。これも性的虐待の結果なのだろうか。なんともおぞましい。
やがて父親は彼女のマネージャーとなって彼女をレコード会社に売り込むが、歌の選曲も父親が指定するありさまで、なかなかヒット曲に恵まれない。
そんな時アレサは音楽プロデューサーであるテッド・ホワイトと出会う。テッドは彼女の素質を見抜き、彼の勧めもあってアレサは父から独立する事を決心する。
父は反対するが、結局独立を認める。その代り、「もし失敗して戻って来ても受け入れない」と冷たく言い放つ。
こうして父からは自由になったアレサだが、今度はテッドの短気と傲慢、時にはDVに悩まされる事となる。テッドもまた彼女を束縛しコントロールしようとする女性差別主義者であったのだ。時代の空気とは言え、なんとも気の毒な人生である。
それでも、いい人物に巡り会う事もある。移籍したアトランティック・レコードのプロデューサー、ジェリー・ウェクスラー(マーク・マロン)はアレサの歌声に惚れ込み、彼女のゴスペル・フィーリングを前面に押し出す作戦に出る。こうしてアラバマ州マッスル・ショールズのフェイム・スタジオでレコーディングを行う事となるのだが、ここでもテッドが反対し、アレサを強引にニューヨークに連れ戻そうとして暴力を奮ってしまう。困った夫だ。
アレサはとうとうテッドから逃げて、失意のまま実家に戻る。父親が意外にも彼女の帰還を受け入れてくれたのが幸いだった。アレサの姉妹たちも温かく迎え、後にこの姉妹はアレサのバック・コーラスを担当する事となる。
こうしたさまざまなトラブルがありながらも、ジェリーは辛抱強くアレサを待ち、1967年に紆余曲折の末に彼女が歌ったアルバムが発売され、ヒットとなる。
そして同年4月発売の「リスペクト」(オーティス・レディングのカヴァー曲)が全米1位を獲得し、アレサは一躍有名になって一流歌手の仲間入りを果たす。この曲名が本作のタイトルである。
その後はアレサのコンサート風景も織り交ぜて彼女の快進撃ぶりが描かれる。
ジェニファー・ハドソンが素晴らしい。まさにアレサになり切って歌うシーンは鳥肌が立つくらいに興奮し感動した。彼女の歌声を聴くだけでも料金分の値打ちはある。
ここまででも十分にドラマチックだが、人生は山あり谷あり。まだまだ彼女の苦難は続く。自分の我を貫こうとするあまりに、傲慢になったり、人の忠告を無視したりで、精神的にもナーヴァスになり、やがてアルコールに頼るようにもなり、コンサートの途中でステージに倒れたりと、一時は身も心もボロボロになって行く。
そんなどん底の時もあったが、家族の支え、父との和解、特に亡き母の幻影にも励まされ、アレサは少しづつ元気を取り戻して行く。
そしてラストのクライマックス、「アメイジング・グレイス アレサ・フランクリン」でも描かれていたロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会でのコンサートのシーン、完全に立ち直ったアレサがゴスペル・ソングを中心に熱唱するシーンは感涙物である。実際涙が溢れてしまった。
この構成はあの「ボヘミアン・ラプソディ」(2018)とほぼ同じである。
地道なスタートから、ヒット曲が出て、一躍頂点に、そしてプライベートな諸問題も絡んで一時はどん底まで堕ちて、そこから挽回し最後は感動的なコンサート・シーンで締め括られる。
まさに音楽伝記映画の王道的作りだと言えよう。
エンドロールでは、晩年のアレサ・フランクリン本人も登場する。このシーンも感動的だ。数枚の写真の中には、ジョン・ベルーシとダン・エイクロイドに挟まれた「ブルース・ブラザース」の1シーンがあるのもニヤリとさせられる。
感動した。ジェニファー・ハドソンの歌声も素晴らしいが、黒人女性歌手として、さまざまな辛酸を味わい、男たちの束縛、暴力に苛まれながらも不屈の精神で時代を生き抜いた、アレサ・フランクリンという天性の歌手の生きざまにも心打たれた。彼女にこんな苦闘の人生があったとは全く知らなかった。暗殺されたキング牧師とも交流があった事も初めて知った。
本作を観て一気にアレサのファンになり、彼女の歌声を聴きたいとCDまで入手してしまった(笑)。
まさにタイトル通り、彼女をリスペクト(尊敬)したくなる。
そして改めて思うのは、女性はいつの時代にも男たちに蹂躙されて来た歴史があるのだという事だ。
奇しくも、#Me Too運動で女性たちが立ち上がり、BLM(Black
Lives Matter)運動で黒人人種差別への怒りが巻き起こっている今の時代に、この2つの差別を共に体験したアレサ・フランクリンの映画が作られた事に不思議な縁を感じてしまう。
彼女の受けた差別・迫害は、過去のものではなく今も脈々と続いている。その事を改めて考える機会にこの映画がなればと思う。
146分と上映時間は長いが、少しもダレる所なく物語に引き込まれた。今の時代に作られるべくして作られた、音楽伝記映画の傑作である。「アメイジング・グレイス アレサ・フランクリン」とセットで観れば、より感動が深まるだろう。 (採点=★★★★★)
DVD「アメイジング・グレイス アレサ・フランクリン」
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コメント
素晴らしい傑作です。私の今年のベストテン上位にきます。
なんでも、アレサ・フランクリン自身が生前にジェニファー・ハドソンを指名してたとか。
ところで別件ですが、親しくしてる脚本家の方が試写で「水俣曼荼羅」を観たそうです。
これが、とんでもない映画らしいです。「多くは語らないが、絶対観てほしい」と言われました。
キネマ旬報でも特集してますね。超長いので
、私は体調の良い時に観に行くつもりです。
投稿: タニプロ | 2021年11月24日 (水) 00:55
これは素晴らしい映画でした。
個人的には今年のベストワンかな。
アレサ・フランクリンを演じるジェニファー・ハドソンが素晴らしい。
演出も良く思わず涙腺が決壊しました。
アレサの私生活の苦悩も描かれますが、作中でアレサが語る通り、主人公も見ている観客も素晴らしい音楽に救われます。
フォレスト・ウィテカー、マーロン・ウェイアンズら俳優陣も良かったです。
エンドクレジットでのアレサ・フランクリンの映像には泣かされました。
投稿: きさ | 2021年11月24日 (水) 21:45
◆タニプロさん
私もこれはベストテン上位に入れたいですね。
原一男監督の大ファンなので、「水俣曼荼羅」は絶対見るつもりです。
上映時間が6時間!を超えるので、体調万全にして劇場に行かなければ。
◆きささん
やはりこれはジェニファー・ハドソンの存在に尽きるでしょうね。本人からもご指名があったように、彼女なしではこの映画、どこまで成功したでしょうか。来年のアカデミー主演女優賞でも本命になるでしょうね。
投稿: Kei(管理人 ) | 2021年12月 5日 (日) 12:30
数日前、「水俣曼荼羅」を観ました。
あと半月でよほどの傑作が出てこない限り、今年の日本映画一位決定です。
日本映画で、ここまで打ちのめされたのは「実録・連合赤軍」以来です。
ただ「水俣曼荼羅」が違うのは、観た後に圧倒的な多幸感があることです。水俣病の映画なのに!笑いあり、涙ありとはこのことです。
キネマ旬報読者の映画評書き上げました。載るかな。水俣病のアカデミックな映画評は既にキネ旬でも吉見俊哉と四方田犬彦がやっているので、別視点で書きました。
投稿: タニプロ | 2021年12月16日 (木) 11:22
◆タニプロさん
早く見たくてウズウズしてるのですが、大阪公開は年明け1月との事で、年内は見られそうもありません。よってベストテンにも入れられない。
キネ旬ではどうでしょうかね。最近のキネ旬はドキュメンタリーがなかなか上位に入らない。原監督の「ニッポン国VS泉南石綿村」が14位、昨年の「れいわ一揆」なんか69位でしたからね。さすがにもっと上位には来るでしょうが。
とにかく早く見たいです。
投稿: Kei(管理人 ) | 2021年12月16日 (木) 22:00
無難?に文化映画部門の一位とかかもしれません。
文化映画部門に該当するような映画をあまり観てないから、何とも言えませんけど。
キネマ旬報編集部に一人親しい人がいるので「水俣曼荼羅」大特集が素晴らしかったと言ったら、何でも「香川1区」もなかなかだそうです。
投稿: タニプロ | 2021年12月18日 (土) 00:57
「水俣曼荼羅」をまだ観てないようなのに話を引っ張って申し訳ないんですけど。
本作をもってもはや巨匠になったと言って良い原一男監督のパートナー小林早智子さんの本のクラウドファンディングが始まったようです。
https://camp-fire.jp/projects/view/532971
投稿: タニプロ | 2021年12月25日 (土) 16:23