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2021年11月13日 (土)

「アイの歌声を聴かせて」

Ainoutagoewokikasete 2021年・日本    108分
アニメーション制作:J.C.STAFF
配給:松竹
監督:吉浦康裕
原作:吉浦康裕
脚本:吉浦康裕、大河内一楼
キャラクターデザイン:島村秀一
総作画監督:島村秀一

AIが生活の隅々まで浸透している近未来を舞台に、SFと学園青春ラブコメをミックスしたハートフルな長編アニメーション。原作・脚本(共同)・監督は「イヴの時間」「サカサマのパテマ」の吉浦康裕。声の出演は土屋太鳳、福原遥、工藤阿須加、日野聡、小松未可子など。

(物語)景部市高等学校に通うサトミ(声:福原遥)はふとした誤解からクラスで孤立している。ある日、サトミのクラスにシオン(声:土屋太鳳)という名の女生徒が転入して来るが、シオンはいきなりサトミの前に立ち、「私が幸せにしてあげる!」と話しかけ、ミュージカルさながらに歌い出す。学力優秀でバツグンの運動神経と底抜けの明るさでシオンはクラスの人気者になる一方、予測不能な行動で周囲を大騒動に巻き込んで行く。だが、シオンにはある重大な秘密が隠されていた…。

ポスターの図柄や学園青春ものっぽいあらすじを読んで、最初はまったく食指が動かなかった。こういうアニメは苦手である。
たまたま優待券で只で観られる事になったので、期待しないで観たのだが…。

なんと、予想外に面白い、拾い物(失礼)の秀作だった。ラストは感動した。これだから映画は観てみないと分からない。

(以下ネタバレあり)

学園ラブコメかと思っていたら、AIが日常に溶け込んでいる近未来が舞台。朝はAIが優しい声で起こしてくれるし、音声応答でカーテン開け、調理まで至れり尽くせり。バスは無人自動運転だし、田んぼの耕作もAIロボットが活躍している。
だが、そんな未来なのに、主人公サトミの自宅は昔ながらの日本家屋だし、歩けば田舎道に田園風景。そんな日本的な風景の中に、広大な太陽光パネルやツインタワーの巨大な近代ビルが建っているミスマッチ感覚がなかなか面白い。

サトミの母ミツコ(声:大原さやか)は星間エレクトロニクスというIT大企業の開発責任者で、何やら極秘の開発プロジェクトに携わっていて帰宅は毎日深夜。

ある日サトミは母のパソコンを覗き、人間とそっくりの美少女型AIアンドロイドを母が開発している事を知る。

そして学校に行くと、そのAI美少女がサトミのクラスに転入して来た事を知ってびっくりする。名前は芦森詩音(シオン)。

シオンはサトミを見つけるといきなり、「私があなたを幸せにしてあげる」と言って、しかもミュージカルさながらに歌い出す。周りはあっけに取られるばかり。

シオンの謎の行動の理由は終盤に至って明かされるのだが、シオンがAIである秘密を知っているサトミは、これがバレたら開発者である母が窮地に追い込まれるのではと危惧し、秘密を守ろうとアタフタするのが笑える。

シオンがこの町の高校に送り込まれたのは、人間そっくりに作られたアンドロイドを、日常の中で人間と同居させてもバレないかという、一種の極秘実証実験である事がやがて判るのだが、はっきり言って、ツッ込もうと思えばツッ込み所だらけ。
まず、送り込んだ会社側がシオンの行動を遠隔モニタリングしていないのかという点。AIである事がバレたらマズいのだから、少しでも変な行動をしないようリアルタイム監視するべきだし、最低でも学校を終えて研究所に戻った時点で、シオンの行動ログを解析するだろうとか。
母ミツコにしても、娘と同じ学校の同じクラスに転入させるのなら、娘に協力を頼んでおかなかったのかとか。極秘プロジェクトをサトミが簡単にパスワード入力してアクセス出来てしまうのもあり得ない。
…などと、最初のうちはこれで大丈夫かなと不安になったのだが。

ところが、物語が進むにつれて、そんなツッ込み所とか疑問点とかは次第にどうでもよくなって来る。なかなかどうして面白く、よく出来ているのである。

なにしろこれは、学園を舞台にした近未来SFであり、かつミュージカル・ファンタジーなのだ。エンタティンメントとしてとにかく楽しく、最後は感動させてもらえれば細部のアラなど気にならなくなる。楽しんだもん勝ちなのである。

ミュージカル映画だって、街中で登場人物が突然歌い出すのに違和感を感じてたら映画は楽しめない。本作の中盤における、花火と光と色彩の一大ミュージカル・シーンに感動出来るかどうかで、この映画への評価は大きく変わるだろう。


良い所をいくつか挙げてみる。

まず、素晴らしいのは、サトミと4人のクラスメートたちのキャラクターがきっちりと設定されていて、それぞれの個性、感情の動きが丁寧に描かれている点である。

サトミは、誤解から“告げ口姫”と仇名され、クラスの中で疎外されている。それでも昔からの友達の4人の友情に支えられ、なんとか学校には通っている。
後藤君、通称ゴッちゃん(声:興津和幸)はイケメンでモテてはいるが、内心では目標を持てずに悩んでいる。
そのゴッちゃんを好きなアヤ(声:小松未可子)は気が強く素直になれない。苛立ちをサトミにぶつけたりもする。
柔道部員のサンダー(声:日野聡)はアンドロイドを相手に練習を重ねるが、どうしても試合に勝てない。
そしてメカに強いトウマ(声:工藤阿須加)は、サトミの幼馴染だったが今はサトミとの間に距離が出来てしまっている。

こうした5人の中にシオンという不思議な存在が加わり、やがてひょんな事からシオンがアンドロイドである事が4人に知られてしまうのだが、その秘密を5人で共有する事で、それぞれの心に微妙な変化をもたらし、5人の絆は深まって行くのである。

サトミは「幸せにしてあげる」と言うシオンの明るい歌声に少しづつ元気を取り戻し、シオンの天真爛漫な行動と助言で、アヤは素直な気持ちになってゴッちゃんに愛を告白し、サンダーはシオンが柔道の乱取りの相手をしてくれた事で自信を持ち、遂に試合に勝利する。
トウマも、シオンの機械的トラブルを解決したり、メカ能力を発揮する事で、仲間からも信頼され、疎遠だったサトミとも心が通い合うようになる。

シオンのおかげで、それぞれに悩んでいた5人はみんなが幸福になって行く。シオンは5人にとっての天使のような存在となるのである。

物語中のクライマックスは、シオンと4人がサトミの為に仕組んだ、ソーラーパネルと風力発電装置が立ち並ぶ夜の田園で、盛大に打ち上げられる花火をバックに、シオンが歌い上げるミュージカル・シーンである。
花火が地表のソーラーパネルに映り、まさにファンタスティックな光と色彩の洪水の中で展開されるミュージカル・シーンは実に感動的である。アニメの利点が最大に生かされている。

だが、さすがにシオンの目的を逸脱した行動に星間エレクトロニクス側が危機感を抱き、シオンは星間に回収され、実験の失敗の責任を問われてミツコも研究所に居られなくなってしまう。

ここから5人の、悪辣な星間への反撃が開始される。ミツコの協力を得て、ツインタワーに潜入した5人がビル内を駆け巡り、大人たちを出し抜いて遂にシオンを取り戻すまでがスピーディなタッチで描かれる。
そしてシオンの記憶は、ツインタワー屋上から宇宙に放たれ、宇宙衛星内からサトミたちをいつも見守っている、という感動の結末を迎える事となるのである。


終わってみれば、若者たちが恋に友情に躍動する青春ドラマであり、ハッピーなミュージカルでもあり、AIは人間を幸福にする事が出来るのか、という奥深いテーマを持った壮大なSFファンタジーでもあるという、実に欲張った構成の、異色のファンタジー・アニメーションの秀作であった。

特に感動的なのは、トウマがバックアップしたシオンの映像データを復元して行くうちに、シオンが何故サトミを幸せにしようとするのか、何故歌い出すのか、その理由が明らかになって行くシークェンスである。
詳しくは述べないが、サトミを好きだった小学生時代のトウマが、サトミの持っている玩具のAIを改造し、そのデータがネットワークを介し、長い年月を経てシオンの記憶に引き継がれたという事である。
膨大な過去の映像記録が流れる中で、トウマのサトミに対する切ない思い、その思いがやがてシオンというAIボディを得て実体化した事が明らかになって行くこのシーンは泣けた。

細部にこだわればいろいろ破綻やツッ込み所は多いのだが、作者(吉浦康裕)がどうしても訴えたかったテーマを、エンタティンメントとして多くの観客に訴えかけ、感動を呼び込む為には、細かい矛盾点等はあえて無視して勢いで突っ走ったという事なのだろう。
事実、鑑賞後にはそんな細部のツッ込み所なんか忘れて素直に感動する事が出来たのだから、これでいいのである。

タイトルが秀逸だ。「アイの歌声」とは、シオンという“A.I”の歌声であると同時に、みんなを幸せにする“の歌”でもあるのだから。

ちなみに、自分勝手で理不尽な大人たちに高校生たちが反逆し、戦いを挑むという終盤の展開は、宮沢りえ主演「ぼくらの七日間戦争」(1988)を思わせたりもする。またアンドロイドの電脳データが広大なネットの海で生き続けているというくだりは、押井守監督の傑作SFアニメ「攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL」(1995)のラストを想起させる。

原作・監督の吉浦康裕は、同じく原作・脚本・監督の「イヴの時間 劇場版」(2008)でも、“アンドロイドは人間と同じ心を持つことが出来るのか”というテーマを追及していた。今後もこうしたテーマのSFアニメを作り続けるのだろうか。アニメ界の逸材として注目しておきたい。

(採点=★★★★☆

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コメント

お久し振りです。
本作イオンシネマ三川で鑑賞しましたが
タイミング悪く何と貸切でした…。
しかしキービジュアルが子供向けかなと
思われた「若おかみは小学生!」も
思い切って劇場鑑賞すると傑作でしたが、
本作も同様でやはり鑑賞して体感しないと
作品の良さが分からず仕舞いでしたね。
エンドロール後はこんな素敵な作品を
贅沢に貸切鑑賞した満足感に溢れていました。
一期一会な劇場鑑賞、ずっと続けます!

++++++

20年5月に閉館した山形県鶴岡市の
「鶴岡まちなかキネマ」が何と
21年10月15日から復活しました!
22年1月16日までプレ上映を行い、
館内工事後に同年冬に再オープンです。
自宅から自転車数分の本劇場、
いつまでも大切に利用したいですね。

投稿: ぱたた | 2021年11月19日 (金) 15:16

◆ぱたたさん
楽しめたようで、何よりです。
貸切だったそうですが、私が観た時も観客は数人でしたよ。
いい映画なのに、面白さが伝わり切れてないようで残念ですね。
「まちなかキネマ」復活ですか。良かったですね。なんだか映画「浜の朝日の嘘つきどもと」のラストを思い出してしまいました(笑)。
映画館が少ない町は、映画の灯を絶やさない為にも、映画ファンの為にも、頑張って欲しいですね。

投稿: Kei(管理人 ) | 2021年11月20日 (土) 17:43

 いやー、面白かった。管理人さんに、推薦されなかったら、まず見てないです。ちょっと変わった学園物風に始まり、後半シリアス。最後は涙と笑い。素晴らしい。

投稿: 自称歴史家 | 2021年12月12日 (日) 20:46

◆自称歴史家さん
面白かったですか。良かったですね。お奨めした甲斐がありました。
アニメは時々、第一印象とはまったく違う、意外な秀作が出て来るから油断なりませんね。この監督の名前(吉浦康裕)は憶えておきたいですね。

投稿: Kei(管理人 ) | 2021年12月14日 (火) 20:52

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