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2021年12月11日 (土)

「パーフェクト・ケア」

I-care-a-lot 2020年・アメリカ    118分
製作:STX Films=Black Bear Pictures
配給:KADOKAWA
原題:I Care a Lot
監督:J・ブレイクソン
脚本:J・ブレイクソン
製作:テディ・シュワルツマン、ベン・スティルマン、マイケル・ハイムラー、J・ブレイクソン
撮影:ダグ・エメット

高齢者のケア・ビジネスを題材にしたクライム・サスペンス。脚本・監督は「アリス・クリードの失踪」のJ・ブレイクソン。主演は「ゴーン・ガール」のロザムンド・パイク。共演は「ゲーム・オブ・スローンズ」のピーター・ディンクレイジ、「ゴジラvsコング」のエイザ・ゴンザレス、「ハンナとその姉妹」「ブロードウェイと銃弾」で2度のアカデミー助演女優賞を受賞した名優ダイアン・ウィーストなど。ロザムンド・パイクは本作で第78回ゴールデングローブ賞の主演女優賞(コメディ/ミュージカル部門)を受賞した。

(物語)法定後見人のマーラ・グレイソン(ロザムンド・パイク)の仕事は、判断力の衰えた高齢者を守り、ケアする事。常に多くの顧客を抱え、裁判所からの信頼も厚いマーラだが、実は彼女は裏で医師や介護施設と結託して、高齢者たちから資産を搾り取る悪徳後見人だった。パートナーのフラン(エイザ・ゴンザレス)と共にビジネスは順風満帆。そして新たに獲物として狙いを定めたのは資産家の老女ジェニファー・ピーターソン(ダイアン・ウィースト)。首尾よく彼女を介護施設に閉じ込め、資産の売却を図ろうとするのだが、身寄りのない孤独な老人だと思われたジェニファーの背後にはある組織の影が…。

「ゴーン・ガール」のロザムンド・パイクが又も悪女を演じる。それだけでも面白そうだが、監督がこれも変わった味わいのサスペンス「アリス・クリードの失踪」(2009)を撮ったJ・ブレイクソンと聞いて興味が沸いた。同作は自身のオリジナル脚本を監督デビュー作として映画化したもので、二転三転するストーリー、意外な結末と、とてもユニークで面白いサスペンス映画の秀作だった。

同作は高く評価されたものの、ブレイクソン監督は何故か寡作、その後は侵略SFもの「フィフス・ウェイヴ」(2016)を撮ったきり。これはあまり面白くなかった。原作ものということもあったのだろうが。

というわけで、オリジナル脚本のクライム・サスペンスものとしては「アリス・クリードの失踪」以来11年ぶりとなる本作。これがまた面白かった。これは本年屈指の、異色のサスペンスの傑作である。

(以下ネタバレあり)

高齢化社会の進展で、近年認知症老人を扱った映画が増え、このブログでも何度か取り上げて来た。
今年もアンソニー・ホプキンス主演の「ファーザー」という秀作があったように、多くは記憶が衰えて行く老人の介護を中心にした、感動のヒューマン・ドラマである。

ところが本作は、その老人を食い物にする悪徳法定後見人が主人公のサスペンスである。現実にそんな法定後見人をめぐってのトラブルも起きているらしい。時代とは言え、面白い所に目を付けたものである。

主人公の法定後見人・マーラは、医者や介護施設と結託し、身寄りのない高齢者の後見人となり、裁判所の許可を得て老人を介護施設に送り込み、老人の資産を処分するビジネスを行っている。
医者が、ターゲットとなった老人を要介護認定と診断する書類をデッチ上げ、裁判所も医者の診断書を鵜呑みにしてマーラを法定後見人と認める判断を下す。そうなると、老人が自分は認知症ではないと言い張っても強制的に施設に入れられてしまう。施設の所長もグルで、いくら本人や身内が抗議しても退所させようとしない。

冒頭で、母親と面会すらさせてもらえない息子が思い余ってマーラを訴えるが、マーラはその息子の過去における粗暴な振る舞いを盾に、裁判でこんな息子では親を養う資格もないと述べ立て、裁判所もマーラの言い分を認める判決を下す(これが終盤の伏線にもなっている)。

法律の抜け穴を巧みに利用して、すべて合法的に老人後見ビジネスをこなして行くマーラはまさに希代の悪女である。法律が味方だから怖いものはない。さすが「ゴーン・ガール」のロザムンド。こういう役柄はまさに適任である。
彼女は言い放つ。「この世には捕食者と被捕食者しかいない」。そう、まさに哀れな老人は彼女に捕食される存在なのである。

マーラは、パートナーのフランと組んで老人捕食を続けて行く。ちなみにマーラとフランはレズの関係でもある。

ある時、二人は絶好のカモとして、一人暮らしの裕福な老婦人ジェニファーをターゲットにし、裁判所の通知を見せて無理やりジェニファーを介護施設に送り込む。連絡をしたいから携帯を、というジェニファーの願いも聞き入れない。
その後はジェニファーの邸宅を管理下に置き、邸内の家財道具を売り払った末に屋敷は売りに出してしまう。さらに貸金庫の鍵を見つけたマーラは銀行に行って、貸金庫に隠してあった宝石類までも入手する。無論ジェニファーの承諾などなしにだ。

まさにやりたい放題。だが、現実に法定後見人に広く裁量が認められているこの国の制度では実際に起こりうる話かも知れない。これから老人が益々増えて行くわが国でも、他人事ではないだろう。怖い。

だが物語はここから大きく転換する。身寄りがないと思われていたジェニファーには、実はロシアン・マフィアのボスであるローマン(ピーター・ディンクレイジ)という息子がいたのだ。

母親を施設に入れ、全財産(特に高価な宝石類)を奪った法定後見人のマーラにローマンは激怒する。マーラに手を引け、元の状態に戻せと脅すが、なんとマーラは怯むどころか、そのマフィアのボスに対しても対等に渡り合い、一歩も引こうとしない。法律はマーラの味方とは言え、こんなに肝の据わった女は前代未聞だ。さすがロザムンド・パイク、彼女以外にこんな役をこなせる女優は思いつかない。

最初はか弱そうに見えたジェニファーだが、次第にマフィアのボスの母親である本性を表して来る。マーラに対し、「後悔するよ」とニタッと不敵な笑みを浮かべるシーンは貫禄十分、名優ダイアン・ウィーストも絶妙の好演である。

ローマンは部下に命じ、ジェニファーを強引に施設から連れ出そうとするが、警察に通報され失敗、部下も捕まってしまう。

怒り狂ったローマンは遂にマーラを捕まえ、睡眠剤を注射した上、事故に見せかけてフラン共々殺そうとするのだが、車ごと池に放り込まれても、それでもしぶとく生還して来るマーラ。
ここらはマフィア側もちょっと詰めが甘い気がしないでもないが、まあフィクションだし、そもそも作品紹介では“サスペンス・コメディ”と謳われているし、ゴールデングローブ賞での主演女優賞も「コメディ/ミュージカル部門」での受賞であるように、どこかブラック・ユーモア的ムードが漂う作品でもあるのである。

そしてここからは、マーラたちのローマン一味に対する逆襲が開始される。この展開もスピーディで小気味良い。

(以下完全ネタバレ、注意)

 


マーラたちの作戦によって拉致され、虚仮にされたあげく病院送りになってしまうローマン。その彼に取引を仕掛けるマーラ。
とうとうローマンは、相手がマフィアだろうと怯まず、堂々と戦いを挑んで来るマーラに根負けし、そのビジネス能力を見込んで手を握り、やがて彼女のビジネス事業は全国的に拡大、巨万の富を得てマスコミにも大きく取り上げられ、マーラは時代の寵児となって行く。
前半にも出て来た、壁一面に貼られたターゲットの老人の写真が、ここに至ってさらにもの凄い数に増えているシーンも圧巻だ。

最後はどういう結末を迎えるか、ここでは書かない。とにかく最後まで、話がどう転がるか全く先の読めない、見事な脚本と演出に唸らされた。

老人介護問題という社会派的な題材をベースに、一種のリーガル・ドラマであり、クライム・サスペンスでもあり、ブラック・ユーモア・コメディでもあるという、多岐なジャンルにまたがった快作である。面白く、最後まで堪能させられた。

老人を食い物にするマーラの悪行に、最初は全く共感出来なかったが、後半に至ってロシアン・マフィアとのスリリングな対決が始まると、いつの間にかマーラに肩入れしたくなって来るのも不思議な感覚である。それくらい、ロザムンド・パイクが放つファム・ファタール的悪の存在感は魅力的だ。

これほどの秀作なのに、実はネット配信がメインで、劇場公開は少数かつ3週間限定公開だという。大阪でも北部地区ではまったく上映されず、大阪市内でも家からはかなり遠いなんばパークス1館だけ。題名も、これでは作品の内容が伝わり難いのもマイナスだ。

映画ファンなら見逃せば損だ。是非早いうちに劇場へGO。(採点=★★★★☆

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DVD「アリス・クリードの失踪」

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