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2021年12月24日 (金)

「偶然と想像」

Wheeloffortuneandfantasy 2021年・日本   121分
製作:NEOPA fictive
配給:Incline (配給協力:コピアポア・フィルム)
監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介
撮影:飯岡幸子
プロデューサー:高田聡
エグゼクティブプロデューサー:原田将、 徳山勝巳

「寝ても覚めても」「ドライブ・マイ・カー」の濱口竜介監督が脚本・監督を手掛けた3作からなる短編集。出演はNHKテレビ小説「エール」の古川琴音、「スパイの妻 劇場版」の玄理、「愛しのアイリーン」の河井青葉、「孤狼の血 LEVEL2」の渋川清彦、その他中島歩、森郁月、甲斐翔真と若手、個性派が揃った。第71回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞。

(物語)第1話「魔法(よりもっと不確か)」。撮影帰りのタクシーの中で、モデルの芽衣子(古川琴音)は、仲の良いヘアメイクのつぐみ(玄理)と話しているうち、彼女が最近付き合っている男性との惚気話を聞かされる。つぐみが先に下車した後、芽衣子は運転手にUターンして欲しいと告げるが、その芽衣子が向かった先は…。
第2話「扉は開けたままで」。作家で大学教授の瀬川(渋川清彦)は、出席日数の足りないゼミ生・佐々木(甲斐翔真)の単位取得を認めず、佐々木の就職内定は取り消しに。それを恨んだ佐々木は、同級生の奈緒(森郁月)と共謀し、瀬川を色仕掛けで罠にかけようとする…。
第3話「もう一度」。高校の同窓会に参加するため仙台へやって来た夏子(占部房子)は、仙台駅のエスカレーターで偶然高校の同級生だったあや(河井青葉)とすれ違い、互いに声を掛け合う。二人は20年ぶりの再会を喜び、夏子は誘われるまま、あやの家を訪れるのだが…。

今年、「ドライブ・マイ・カー」という傑作(今の所マイ・ベストワン)を発表した濱口竜介監督の、矢継ぎ早の新作である。しかも前作がカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞、本作はベルリン国際映画祭で銀熊賞受賞とこちらも評価が高い。カンヌ、ベルリン2大映画祭受賞作を同じ年に公開した映画監督なんて、日本映画界始まって以来ではないだろうか。それだけでも凄い事だ。

で、早速観たのだが、ベルリン国際映画祭準グランプリ受賞作であるにも関わらず、大阪で上映しているのはミニシアター・シネ・ヌーヴォ1館のみ。しかも1日2回上映だけ。「ドライブ・マイ・カー」が都心のシネコンで上映されたのに、なんでこんな不当な上映形態なのか。3時間近くもある前作と比べ、上映時間は2時間で、お話も解りやすく大衆性もある作品なのに。納得行かない。

なお私が観た回は平日朝の上映にも関わらず、最前列の一部しか空席がない満席状態だった。人気の高さが窺える。そして映画は、やはり素晴らしい秀作だった。

(以下ネタバレあり)

前作が3時間近くある大長編だったのに、本作は1話がいずれも40分の短編。それを3本並べたオムニバスである。作品間の関連は全くない独立した物語だが、テーマ的には“登場人物たちの会話を通して描かれる、ある偶然が巻き起こす人間模様”という点で共通している。濱口監督は、短編を撮っても実にうまい。

第1話「魔法(よりもっと不確か)」は、二人の女性、芽衣子とつぐみが仕事が終わって一緒に帰る、タクシーの中での長い会話から物語が始まる。

長回しによる二人の会話はかなり延々と続く。つぐみは今付き合っている男・カズ(中島歩)について、ほぼノロケのような話を続ける。芽衣子は聞いているうちに、その男が自分の浮気が原因で別れた元カレだという事に気付く。これも偶然である。

先につぐみが降りた後、芽衣子はタクシーの行き先を変え、カズが経営するオフィスに向かう。カズは残っていた女子社員を帰らせ、二人きりとなった所で芽衣子は、嫉妬とも悔悟ともつかない言葉をカズにぶつける。二人の言葉の応酬が緊張感を孕む。やがて、忘れ物をしたと女子社員が戻って来た(これも偶然)ので、さすがに気まずくなった芽衣子はここで帰って行く。こうした会話と偶然のタイミングが絶妙である。脚本が丁寧によく練られている。

面白いのは後半である。ある日、喫茶店で芽衣子とつぐみが話し合っている時、これも偶然に外をカズが通りかかる。二人の仲を知らないつぐみは芽衣子にカズを紹介し、もうじきカズと暮らすのだと伝える。
この時、芽衣子は思わず、カズは元カレで今も愛しているのだと行ってしまい、つぐみとカズは喫茶店を飛び出して行く。これで二人は破局か、と観客は思ってしまう。
(以下ネタバレに付き隠します。映画を観た方のみドラッグ反転してください)

秀逸なのは、ここでカメラが急速に芽衣子にズームインする。そしてカメラがゆっくりズームアウトすると、なんとつぐみとカズは芽衣子の向かいで何事もなかったかのように微笑んでいる。
先ほどの芽衣子の告白は、芽衣子の妄想(想像)だったのだ。そして芽衣子は二人を祝福し喫茶店から出て行く。
二つの、別々の未来を、長回しワンカットの中で描いている。なんと見事な映像トリック!これにはやられた。
(ネタバレここまで)

たった40分の中に、濃密な人間ドラマと、女ごころの微妙さを絶妙に描き切った脚本と演出にシビれた。まさにタイトル通り、濱口マジック(魔法)だ。 (採点=★★★★☆


第2話「扉は開けたままで」は、大学教授の瀬川に土下座するゼミ生・佐々木の姿から始まる。彼は出席日数不足でこのままでは落第、内定していた就職も取り消されてしまうので、瀬川に温情を求めているのである。だが瀬川は冷たく佐々木の懇願を却下する。まあ悪いのはサボった佐々木の方なのだが。
これを恨んだ佐々木は、同級生でセフレの奈緒に、瀬川にハニートラップを仕掛け、その会話をこっそり録音するよう頼み込む。

奈緒は、瀬川が書いて芥川賞を獲った小説を持参して、小説の核心部分の、際どいセクシャルな描写の部分を瀬川の前で朗読する。
本当に露骨な性描写である。まるで川上宗勲の官能小説(古い)みたいだ(笑)。

面白いのは、瀬川がいつも「扉は開けたままに」と指図する事。佐々木の土下座も、奈緒の朗読も外を通る学生たちが見ている。だから完全に二人きりになれず、艶めかしい奈緒の朗読で瀬川が奈緒に変な感情を持つだろうという計算は外れる事となる。
むしろ、瀬川の冷静、と言うか泰然とした対応に、奈緒は自分自身の汚さを自省する事にもなって行く。

ラストは思わぬミスによって事態は急転するのだが、このラストは個人的にはいま一つだった。なので作品的評価は3話の中ではやや低くなる。しかし瀬川教授を演じた渋川清彦の不思議な存在感は見事だった。 (採点=★★★☆


第3話「もう一度」。これが3話の中では一番面白かった。登場人物は、夏子を演じる占部房子と、あやを演じる河井青葉のほぼ二人きり。物語も二人の会話だけで進んで行く。
このシンプルな構成の中で、会話を通して夏子とあやの二人の心が絶妙に変化し、友情が深まって行くプロセスは、良質の舞台劇を見ているようにも思えた。

夏子は、せっかくの同窓会でもあまり雰囲気に溶け込めず、気まずい思いをする。

翌日、帰ろうと仙台駅に向かうエスカレーターで、偶然20年前に高校で仲が良かった親友(らしき女性)とすれ違い、思わず反対側のエスカレーターに向かう。
すると相手も同じように戻って来る。これで相手は間違いなく昔の親友だと思い込む。
二人は再会を喜び、相手のあやは夏子を自宅に誘う。

とりとめもなく会話を続けているうちに、あやは、夏子が別人の親友と勘違いしていることに気付く。名前が違うし、そもそもあやは夏子にまったく覚えがない。

それならなんで最初に会った時、あやが昔からの親友に出会ったかのように振舞ったのかと言うと、あやを見た夏子のリアクションに、もしかしたら顔は忘れたが、昔の同級生なのかも知れないと思い込んでしまったからである。

それでも二人は会話を続けているうちに、まるでお互いを昔からの親友であったかのように想像を膨らませて行く。夏子を駅まで送って来たあやは、エスカレーターの上で、今度は自分が偶然親友を見つけた側になってお芝居をする。

さまざまな会話を交わすうちに、夏子とあやは、本当のかけがえのない親友になって行くのである。このプロセスには感動し、ホロッとさせられてしまった。

私も経験があるが、すれ違った相手から「よ、久しぶり」とか「どうもこんにちは」とか声を掛けられても、どうしても誰だか思い出せないが、つい相手に合わせて相槌を打ったり、適当に会話を合わせる事がある。後になって思い出す事もあれば、遂に誰だか分からないままの時もある。もしかしたらこの物語のように、相手が別人と勘違いしている可能性だってある。

そうした、日常にありそうな些細な偶然の出来事を、絶妙のストーリー・テリングで40分の短編の物語に仕立て上げた脚本の見事さには本当に感服させられる。 (採点=★★★★★

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3本の作品はいずれも、女性が主人公で、それぞれが、時には偶然に、時には意図的に人と出会い、会話(即ちコミュニケーション)を積み重ねる中で心が吹っ切れ、新しい一歩を踏み出して行く物語である。

会話は、心の潤滑油である。ギズギズしてても、とりとめもない物も含めて会話を積み重ねて行けば、人は解り合え、自分自身をも見つめ直し、互いによりよい方向に進んで行く事が出来るのである。
だから濱口監督作品では会話が特に重要視される。推敲に推敲を重ね、紡ぐように編み出される会話が、物語に重層的な広がりをもたらし、観客を感動させるのである。

会話の端々に女性らしい感情が現れ、さりげないユーモアも散りばめられている脚本は見事と言うしかない。満員の客席からは随所で笑い声が起きていた。

音楽の使い方もいい。随所に流れるシューマンのピアノ曲が効果的に使われている(クレジットに音楽担当者の名前がないが、この音楽配置も濱口監督が考えたのだろうか)。


いろんな事があった、本年の締め括りにふさわしい、珠玉の秀作である。なお今年の作品評アップは本作が最後となる。年末までにいろいろ仕上げる事があるので。

それにしても困った。私の本年度ベスト20はほぼ決まっていたのに、年末にこんな傑作が出て来て、どこに入れようか、どれがはみ出るか、悩む事になりそうだ。
(3本纏めての採点は★★★★という事で)

 

 

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