「消えない罪」
2021年・イギリス・ドイツ・アメリカ合作 114分
製作:Fortis Films=GK Films
提供:Netflix
原題:The Unforgivable
監督:ノラ・フィングシャイト
原作:サリー・ウェインライト
脚本:ピーター・クレイグ、ヒラリー・サイツ、コートネイ・マイルズ
撮影:ギレルモ・ナバロ
製作:サンドラ・ブロック、ベロニカ・フェレ、グレアム・キング
殺人の罪で服役した一人の女性の、出所後の過酷な生き様を見つめたヒューマンサスペンス。監督は「システム・クラッシャー 家に帰りたい」で注目されたドイツの新鋭ノラ・フィングシャイト。主演は「しあわせの隠れ場所」「ゼロ・グラビティ」のサンドラ・ブロック。共演は「マグニフィセント・セブン」のビンセント・ドノフリオ、「ヘルプ 心がつなぐストーリー」のビオラ・デイビス。Netflixで2021年12月10日から配信予定。それに先立ち、一部劇場でも公開された。
(物語)保安官殺しの罪で服役し、20年の刑期を終えて刑務所から出所したルース・スレイター(サンドラ・ブロック)。しかし罪を償っても、世間は過去に犯した罪を許してくれなかった。社会に溶け込むことが出来ずに孤立し、行き場のないルースは、彼女の服役に際し、置き去りにして離れ離れになってしまった妹を、知り合った弁護士ジョン・イングラム(ビンセント・ドノフリオ)の助けを借りて捜し始める。一方、保安官の父を殺されたウェラン兄弟はルースに復讐をすべく機会を狙っていた。
ネットフリックス配信作品だが、一足早く劇場公開もされた。
配信作品のせいで、チラシには何の解説も載っていない。情報が少ないのだが、サンドラ・ブロックが好きなので、あまり期待はせずに劇場に行った。
しかし、観終わって感動した。これは意外と言っては失礼だが、本年屈指の秀作である。
(以下ネタバレあり)
主人公ルースは、殺人の罪で服役していたが、模範囚という事で、20年の刑期を終えて出所する。
どんな罪だったのか、何故殺人を犯す事になったのかは、随時挟み込まれる回想で徐々に明らかになって行く。
罪は償ったはずなのに、世間の風当たりは厳しい。なかなか仕事にありつけず、ようやく魚の切り身加工工場で職を得る。
過去を探られたくない為か、殻に閉じこもるルースは職場の中でも浮いている。ようやく、ブランク(ジョン・バーンサル)という男が彼女に近づいて来る。しかしルースは彼にも心を許す気にはなれない。
“刑務所を出た主人公が、真面目に生きようとしても世間の冷たい風に苦悩する”というお話は、今年公開された日本映画「すばらしき世界」でも描かれていた。あちらは前科10犯の手の付けられないヤクザだが、こちらはふとしたはずみで起こしてしまった罪。それでも世間は同じように見る。
その上、殺された側の家族にとっては、刑期を終えようと恨みは消えない。遺族のウェラン兄弟は今も父を殺したルースを許そうとせず、復讐の機会を窺っている。
そして、回想によって明らかになる彼女の罪。ルースは20年前、親が子供を置き去りにして家を出て行き、5歳の妹ケイティと二人暮らし。立ち退きを要求されるが居座り続け、地権者の依頼で交渉にやって来た保安官を射殺した罪で服役する事となったのだ。
警察に逮捕された為、妹ケイティを置き去りにせざるを得ず、出所してみればケイティの消息は不明のまま。妹に会いたいと探し続けるが、保護司は、ケイティの幸福の為には会わない方がいいと説得する。それでもケイティに一目でも会いたいと願うルース。
映画は、ルースの物語と並行して、ケイティの今も描いて行く。ケイティは親切なマイケル、レイチェル夫妻とケイティより年下の娘キャサリンの3人が暮らすマルコム家に引き取られ、実の家族同様に何不自由なく暮らしていた。ケイティはピアノ・コンクールに近々出場する事になっている。
罪を隠しながら懸命に生きるルース、そんなルースには今の生活に波風を立てて欲しくないマルコム家、そしてルースに恨みを抱くウェラン兄弟…。
それぞれの家族の思いと人生を描く前半は、じっくりと作りこまれた脚本と、フィングシャイ監督の丁寧な演出もあってなかなか見応えがある。
後半は、ふとした事で知り合った親切な弁護士、ジョン・イングラムの助力のおかげでケイティの消息が判明するのだが、マルコム家はケイティに会わせようとせず、面談は夫妻とだけ。それも物別れに終わる。
ジョンはルースが殺人服役囚である事をネットで知るのだが、それでもルースの為に尽力する。いい人だ。
それにしても、ネットで検索すればルースの殺人犯であった過去も写真もすべて出てきてしまうのには驚いた。ネット社会は怖い。
だがジョンの妻リズ(ビオラ・デイビス)は、その事実を知って激怒する。殺人囚とは関わりたくないという思いは、一般大衆にとっては普遍的なものだろうが。これも考えさせられる。
一方、ルースに密かな思いを抱くブランクは、彼女と食事の機会を得、彼の親切にほだされたルースはつい殺人囚だった過去を喋ってしまうのだが、その事実が職場内で拡散され、警察官を父に持つ女性からルースは手酷い仕打ちを受けてしまう。
この人なら信じられる、と思った男に裏切られてしまうルース。犯罪者が更生する事の難しさ、人を信じる事の虚しさ、それらを通して、人間という存在そのものの悲しさが浮き彫りとなって行く。
優れた人間洞察と、テーマへの切込みが凝縮された脚本が見事である。
そして終盤は、あのウェラン兄弟の弟が、ルースへの復讐の為、ケイティを誘拐し、ルースにも身内が殺される事の辛さを味わわせてやろうとする計画を進行させる、緊迫したサスペンスが展開する事となる。
実はマルコム家の娘、キャサリンがルースの存在を知り、親に内緒でルースと会い、ケイティのピアノ・コンサートが夕方行われる事をルースに教えるのだが、それを目撃したウェラン弟がキャサリンをケイティと勘違いして誘拐してしまうのだ。
ここから以降はまさに怒涛の展開、ルースとリズの女同士の火花散る対決と和解、ケイティ(実は間違えられたキャサリン)を助けたければ一人で来いと言うウェランの指示に、毅然と立ち向かうルースの勇気、そして明かされる驚愕の真実…と、まさにハラハラドキドキのサスペンスに息を呑む。
未見の方の為にこれ以上は書かないが、巧妙に配置された伏線の回収、人間心理の彩、終盤へのスリリングな展開、そしてラストの感動的な結末と、見事な脚本に、テンポいい演出と相まって、見応え十分の秀作に仕上がっていた。
ラスト数分間はほとんどセリフがないのもいい。言葉はなくても、思いは必ず伝わる。ルースとキャサリンの無言の抱擁に、涙腺が決壊してしまった。泣ける。
この映画には、現代社会が抱えるいくつもの問題点が巧みに配置されている。
子供をネグレクトする親のエゴイズム。
罪を償っても、元犯罪者を許容しようとしない社会の空気。
復讐の連鎖は、どこかで断ち切らなければならないという作者の強い意志。
そしてネタバレになるが、アメリカという国の病根=“銃社会”への痛烈な批判。
こうしたさまざまな社会派的テーマを、物語の流れを崩さずに的確に網羅し、サスペンスあり、感動ありの良質ドラマに纏め上げた脚本、演出の見事さには唸るばかりである。
化粧もせず、髪もクシャクシャのままのサンドラ・ブロックが体当たりの熱演。本年度の主演女優賞ノミネートは間違いないだろう。
ネット配信作品には、往々にして傑作映画が多い(「ROMA/ローマ」「アイリッシュマン」「Mank/マンク」「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」等々)。本作もその1本に加わるだろう。劇場公開してくれて本当に良かった。必見である。
(採点=★★★★☆)
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