「ラストナイト・イン・ソーホー」
2021年・イギリス 115分
製作:ユニヴァーサル・ピクチャーズ=Working Title=Film4
配給:パルコ
原題:Last Night in Soho
監督:エドガー・ライト
脚本:エドガー・ライト、クリスティ・ウィルソン=ケアンズ
撮影:チョン・ジョンフン
製作:ティム・ビーバン、ナイラ・パーク、エドガー・ライト、エリック・フェルナー
夢の中で'60年代を体験するうち、現実世界の中で精神を蝕まれて行く女性を主人公にしたサイコ・ホラー・サスペンス。監督・共同脚本は「ベイビー・ドライバー」のエドガー・ライト。主演は「ミスター・ガラス」のアニャ・テイラー=ジョイ、「ジョジョ・ラビット」のトーマシン・マッケンジー。その他リタ・トゥシンハム、ダイアナ・リグ、テレンス・スタンプら懐かしい名優たちが助演を務める。
(物語)ファッションデザイナーを夢見るエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)は、ロンドンのソーホーにあるデザイン専門学校に入学。だが、同級生たちとの寮生活に馴染めず、アパートで一人暮らしを始める。ある時、夢の中できらびやかな1960年代のソーホーで歌手を目指す魅惑的な女性サンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)にと出会ったエロイーズは、夜ごと夢の中でサンディを追いかけるようになる。夢の中の体験が現実にも影響を与え、充実した日々を過ごすエロイーズ。だがある日、夢の中でサンディが殺されるところを目撃してしまう。さらに現実では謎の亡霊が現れ、次第にエロイーズは精神を蝕まれて行く…。
エドガー・ライト監督作品は、わが国デビュー作「ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!」(2007)が無茶苦茶面白く、以来ほとんどの日本公開作品(DVDスルーも含めて)を見ている。その多くが映画のパロディ、オマージュ満載で、映画ファンであるほどより楽しめる作品ばかりである。イギリス風のシニカルなユーモアも笑える。
だが、ハリウッド進出を果たした前作「ベイビー・ドライバー」からは一皮むけ、映画オマージュは健在ながらも、物語的にも一本芯が通った良質のエンタティンメントを完成させた。映画作家としても脂が乗ってきたライト監督、その新作を見逃す手はない。
(以下ネタバレあり)
のっけから、'60年代に大ヒットしたピーターとゴードンの歌う「愛なき世界」が流れて来たのにはウルッと来てしまった。この他にもウォーカー・ブラザース「ダンス天国」とかペトゥラ・クラーク「恋のダウンタウン」、その他'60年代に流行ったヒット曲がいっぱい出て来る。
主人公エロイーズ(通称エリー)は亡き母の影響で、'60年代のアナログLPレコードを一杯持っていて、デザイン専門学校に合格し、ロンドンに出発する時もこれらLPレコードをスーツケースに詰め込み持って行く。その大量のLPのジャケットを眺めるだけでも楽しい。彼女を見送る祖母ペギーを演じているのが、懐かしやリタ・トゥシンハム!。デビュー作となったトニー・リチャードソン監督の傑作「蜜の味」(61)から今年で60年が経っている。
ロンドンのソーホーでデザイン学校の寮に入るが、寮生たちはエリーを田舎者と見下しバカにする。彼女に親切にしてくれるのは黒人のジョン(マイケル・アジャオ)だけ。
次第に寮に居づらくなったエリーは、寮を出て、ミス・コリンズ(ダイアナ・リグ)という老女が所有するアパートに引っ越す。
ところが、その日からエリーは、毎晩夢の中で1960年代にタイムリープし(映画館では「007/サンダーボール作戦」上映中)、歌手を目指すサンディという美しい女性に変身していた。
サンディは、カフェ・ド・パリでジャック(マット・スミス)と名乗る男と出会い、彼の手引きでクラブのオーディションを受けて合格、クラブ歌手の道を歩み始める。
映像的に凝っているのは、サンディが映る鏡の中にはエリーの姿があり、むしろエリーは鏡の中からサンディの行動を見ているかのようである。
そしてクラブでジャックと踊っている時にも、時々サンディがエリーと入れ替わる瞬間がある。
CGではなく、エリーを演じるトーマシンとサンディを演じるアニャ・テイラーがカメラのフレームから切れた瞬間に交代する方法で撮影されている。相当リハーサルを重ねたのだろう。
夢が覚めると現実に戻っているが、寝るとその都度エリーは'60年代のサンディに夢の中で同化している。
エリーはサンディの姿や着ている衣装を元にデザインしたり、髪もサンディと同じ金髪にしたりと、さまざまな形でサンディの影響を受け、そのデザインが学校内で評価されて行く。
だがやがて、夢の中のサンディはジャックに食い物にされ、性的な慰み者となって行く姿をエリーは目撃する。
遂にはある時、サンディがジャックにベッドの上で刺殺される所を見てしまう。恐怖に悲鳴を上げるエリー。
やがて現実の世界でも、エリーは大勢の不気味な亡霊を見て、その亡霊たちに追いかけられるようになる。学校でも亡霊を見ては逃げ回り、先生や同級生たちからも不審がられてしまう。次第に神経が消耗して行くエリー。ジョンはそんなエリーを心配する。
エリーは小さい時から霊に敏感で、鏡の中に死別した母の姿を見る時もある。そんな体質も影響しているようである。
この後半部分の演出は、亡霊や怪物に追われた美女が悲鳴を上げて逃げ回る、ダイオ・アルジェントやルチオ・フルチらが監督したイタリア製怪奇ホラー映画(ジャッロ映画と言うそうだ)へのオマージュだろう。
その他にも、いろんなホラー映画へのオマージュがてんこ盛り。床やベッドから無数の手が伸びて来て、エリーの身体を撫で回すシーンは明らかにロマン・ポランスキー監督の「反撥」のオマージュだ。主人公の美女(カトリーヌ・ドヌーヴ)が幻覚を見て精神的に消耗して行く辺りの演出もかなり本作に応用されているようだ。この映画を最初に観た時は本当に鳥肌が立った。
エリーを陰から見つめている怪しげな老人を、怪優テレンス・スタンプが演じているのも面白い。なにしろスタンプはウィリアム・ワイラー監督の「コレクター」の中で、美女を幽閉して観察する異常な変人を演じていたのだ。
そしてラスト、ミス・コリンズの正体が明かされ、すべての謎が解明され、物語は急展開の大団円を迎える。
結末はやや甘いハッピー・エンドとなる辺り不満もあるが、それを除けば文句なしの、エドガー・ライト監督らしい映画愛が全編に溢れる快作であった。
全体的には、レトロな'60年代のロンドンの風景を再現した映像、ジワジワと恐怖が増幅して行く怪奇ホラー要素とサスペンス・ミステリー要素も盛り込んだエンタティンメントとしても楽しめるが、テーマ的には当時のショービジネス界における男たちの、女性を搾取し、性の奴隷とする風潮への痛烈な批判も盛り込まれている。
それは今の時代でも#Me Too運動に象徴されるように、まだまだ根強く残っている業界の体質なのだろう。日本だとて例外ではないはずだ。
そこにズバッと切り込んだエドガー・ライト監督の狙いは大いに評価したい。
脚本を共作したクリスティ・ウィルソン=ケアンズは、サム・メンデス監督の「1917 命をかけた伝令」(2019)を書いた実力派で、この作品でアカデミー賞脚本賞にノミネートされた。今後も注目しておきたい。
初期の頃は無邪気に映画パロディで遊んでいたエドガー・ライト監督だが、前作と言い、きちんとしたテーマを持った人間ドラマが描けるようになった点は、ライト監督の成長を物語っているようで喜ばしい。次作が楽しみである。 (採点=★★★★☆)
(付記)
それにしても、まったく久しぶりにお目見えしたリタ・トゥシンハムとダイアナ・リグ。半世紀以上前の美女のイメージが今も記憶にあるだけにちょっとショック。まあ年老いても気品は感じられるけれど。
なおダイアナ・リグは本作撮影の後、昨年亡くなられた。彼女を悼んで、映画冒頭に「ダイアナに捧ぐ」と字幕が表示されている。
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コメント
ホッド・ファズみたいなライトな作風も好きですがねえ。そういうのも撮ってもらいたい。
野郎の下着姿の幽霊がこんなに怖いとは思わなかった。
投稿: ふじき78 | 2022年1月27日 (木) 00:24