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2022年1月13日 (木)

「こんにちは、私のお母さん」

Himom 2021年・中国   128分
製作:中国電影股份有限公司、阿里巴巴影業、他
配給:Tiger Pictures Entertainment、ハーク
原題:你好,李煥英 (英題:Hi, Mom)
監督:ジア・リン
脚本:ジア・リン、スン・チービン、ワン・ユー、リウ・ホンルー、ブ・ユイ、クォ・ユーパン
音楽:ポン・フェイ

中国の人気喜劇女優、ジア・リンが亡き母との実話をベースに自ら初監督・脚本・主演を務めたタイムスリップ・コメディ。共演は中国版ツイッター微博で「2021年度実力俳優」に選出されたチャン・シャオフェイ、その他チェン・フー、リウ・ジア、中国の喜劇王シェン・トンなど。第24回上海国際映画祭で新人監督賞、主演女優賞(チャン・シャオフェイ)を受賞。

(物語)2001年、高校生のジア・シャオリン(ジア・リン)は元気と明るさだけが取り柄で、何をやっても上手く行かず母リ・ホワンイン(リウ・ジア)に苦労ばかりかけて来た。それでも母は娘に優しかった。そんなある日、ジアの大学合格祝賀会を終え、母と二人乗りした自転車で家に帰る途中、交通事故に巻き込まれてしまい、ジアは軽傷だったが母は重体で意識がなかった。ジアは母の病室で泣き続けるが、気がつくと彼女は20年前の1981年にタイムスリップしていた。そこで若き日の母(チャン・シャオフェイ)と出会ったジアは、苦労ばかりかけて来た母を喜ばせる為に大奮闘、遂にはお金持ちの男性と結婚させようとまでする。しかしそれは、自分がこの世に産まれて来ない事を意味していた…。

母子ものと、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(以下BTTFと略)を組み合わせたようなタイムスリップ・ファンタジー・コメディである。これがなんと昨年の中国全土で爆発的大ヒット、昨年度の中国興行収入第1位を記録した上、中国歴代興行収入第2位まで記録、全世界興収が900億円と、とてつもない記録を打ち立てた。

にも関わらず、日本ではほとんど宣伝もされてなく、上映劇場もごくわずか(大阪ではステーションシティ・シネマ1館のみ)。なのでうっかり見逃す所だったが、上のような情報が耳に入ったので、ちょっと気になって観る事にした。

なんとこれは、前半コメディ、終盤に予想外の感動が待っている見事な秀作だった。

(以下ネタバレあり)

Himom2主人公ジア・シャオリンは太ってて、顔も美人じゃない(右)。これを監督のジア・リン本人が演じている。本来は舞台や映画で活躍する喜劇女優なのだとか。撮影時39歳でなんと19歳の高校生役を演じている。最初は違和感があったが、童顔という事もあって、だんだん慣れて来ると気にならなくなる。

映画は、ジアが誕生し、母に育てられた子供時代を経て、現在に至るまでを駆け足で描く。ジアはいつも失敗を繰り返し、学校の成績も芳しくなく、その都度母に叱られ、「いつ私を喜ばせてくれるの?」と嘆かれたり。でもジアは明るく元気なのが取り柄。母も日ごろは優しくしてくれる。だから母とは仲がいい。

ある日、ジアが大学に合格し、そのお祝いの後、母と子は自転車に相乗りし、家へと急ぐが、うっかりよそ見をしてトラックに撥ねられてしまう。

ジアは幸い軽傷だったが、母は意識不明の重体。昏睡状態の母の横で泣き崩れるジア。

ジアはやがて病院内を歩き、1台のテレビを見つける。そこでは20年前の中国の姿がモノクロで映っていた。ジアは吸い込まれるようにテレビの中に入って行ったと思うと、空中を落下し、落ち葉の積もった場所に落ちる。幸いその姿を見た一人の女性がとっさに落ち葉に覆いかぶさり、ジアはその上に落ちたので大した怪我もなかった。二人はその場にいた男性におぶわれ病院に運ばれる。

面白いのは、地上の風景が最初はすべてモノクロで、ジアが移動する度に周囲の風景に色が付いて行き、やがて全体がカラーになる。ちょっと1998年のアメリカ映画「カラー・オブ・ハート」を思わせる。

病院でジアは、自分を救ってくれた美しい女性と出会うが、それは何と若き日の自分の母だった。そしてジアは、自分が生まれていない、20年前の1981年にタイムスリップした事を知る。

母は初対面であるはずのジアに「他人と思えない」と言い、家に招いてくれる。この時ジアは、未来において何一つ母親を喜ばせることが出来なかった事を悔い、母を喜ばせよう、母を幸せにしてあげようと決心し、大奮闘を開始する。

持ち前の陽気さと元気さで、母が入手を希望する配給品のテレビ販売の列に割り込み、残り1台だけだと知るとあの手この手の策略を弄して見事テレビを入手する。

テレビ購入競争も含めて、何かとライバルの女性が所属するチームと母の所属するチームとのバレーボール大会でも、経験もないのにチームに参加し、失敗しながらも健闘する。

このバレーボール試合で、後頭部にハゲのある女性が出場するのを恥ずかしがるので、ジアたちが工夫して隠して上げるのだが、その都度ハゲがバレて雲隠れしたりという反復ギャグ・シーンには大笑いした。他にも何ヵ所か笑えるシーンがあり、さすが喜劇女優、笑いのツボはお手の物である。

中盤ではジアは、母に好意を寄せる工場長のボンボン息子と母とを結婚させようとまで画策する。実際の未来では、母は貧しい職場の同僚と結婚しジアを産んでいるのだが、母に少しでも、今よりいい人生を歩んでもらおうと考えたのだ。だがそうすると歴史は改変され、ジアはこの世に産まれて来ない事となる。それでも、母が幸せになるのならそれでいいとジアは考える。

これはあのBTTFの逆発想である。BTTFでは30年前の世界で母がマーティに惚れてしまって、このまま父と結婚しなければ自分はこの世に産まれない事になるので、マーティは必死で父と母をくっつけ、歴史を元に戻そうと悪戦苦闘する

この工場長の息子と母をなんとかデートさせようとジアが策略を練るプロセスもコミカルで笑える。二人に連番の映画チケットを渡したら、館内では奇数と偶数で席が別れていたり、貸ボートのデートでは工場長の息子が腐った枝豆を食べて下痢腹になって悶絶したり。もう大笑いである。

こんな調子で終盤まで笑えるシーンの連続で、これはコメディだな…と思っていたら、実は最後の20分にあっと驚くサプライズが待っていた。

ネタバレになるのでここでは書かないが、このシーンにはやられた。泣けた。そういう事だったのか…。いくつかの?と思えたエピソードも、周到な伏線だったことも判明する。

Himom1さらにエンドロール前の字幕にも泣かされた。実はジアの母リ・ホワンインは、監督ジア・リンの母がモデルで、その名前も本作の母と同じリ・ホワンインである。リンの母も48歳で亡くなっており、この映画はジア・リンが亡き母に捧げた作品なのである(注)。エピソードの多くも、ジア・リンと母との実際の交流がモデルになっているのだろう。
字幕の最後に出る献辞「すべての平凡で偉大な母親に捧げる」には涙腺が決壊してしまった。


いい映画だった。笑えて、楽しませてくれて、最後に泣かされた。

物語もさりながら、1981年という時代設定も重要である。この時代、中国は後の経済成長前で多くの国民は貧しかったが、それでも人々は明るく、楽しく暮らしていた。

それはちょうど、昭和30年代の下町の人々の暮らしぶりを描いた「Always 三丁目の夕日」とも通じるものがある。

あの頃の日本もまだ高度経済成長前で、人々の生活は決して豊かではなかったけれど、人情に溢れ、心の繋がりがあった。
経済が成長し、生活は豊かになり、物は何でも手に入るけれど、何か大切なものを私たちは失ってしまっているのではないか。それを実感させてくれたからこそ、多くの人々の共感を呼び、涙を誘い、映画は大ヒットした。

経済が飛躍的に成長し、GDPは日本を追い抜いて世界第2位になった今の中国は、ちょうど高度経済成長の頃の日本みたいなものである。だから今から40年前の人々の人情、母子の愛情を描いた本作が多くの人々の共感を呼び、国民的大ヒットとなったのも、故に当然なのかも知れない。

育ててくれた母親に感謝の念を持つ人、親孝行も満足に出来なかったなと悔やんでいる人にとっては、特に心に沁みる、素敵な宝石のような名作である。ハンカチを持って劇場に行く事をお奨めする。

それにしても、マイナーな配給会社という事もあってか、上映劇場が極めて少ないのがとても残念だ。口コミで、ジワジワと観客が増えて行く事を心から願う。   (採点=★★★★☆

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(注)
本作の中国語題名は「你好,李煥英」、日本語に訳すると「ニーハオ(こんにちは)、リ・ホワンイン」である。

(付記)
本作が数々の興行収入記録を打ち立てた事は上に記したが、さらに凄いのは、英語圏以外の映画としては世界歴代2位、女性単独監督作品としてはパティ・ジェンキンス監督の「ワンダーウーマン」(2017)を抜いて世界第1位となった。当分これらの記録は打ち破れないだろう。




 

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