「さがす」
(物語)大阪の下町で平穏に暮らす原田智(佐藤二朗)と中学生の娘・楓(伊東蒼)。ある日智は楓に「指名手配中の連続殺人犯見たんや。捕まえたら300万もらえるで」と話す。いつもの冗談だと思い、楓は相手にしなかった。しかし翌朝、智が忽然と姿を消した。残された楓は不安に苛まれ、楓に好意を寄せる同級生の豊(石井正太朗)と一緒に必死に父の行方を捜すが手掛かりさえも得られず、警察も相手にしてくれない。やがて、とある日雇い現場の作業員に父の名前を見つけた楓だったが、その人物は父とは違う、まったく知らない若い男だった…。
3年前に公開された片山慎三監督の長編デビュー作、「岬の兄妹」は衝撃的な秀作だった。身体に障碍を抱える兄と自閉症の妹二人の、社会の最底辺で必死に生きる姿を荒々しく猥雑にねちっこく描いた問題作で、画面から溢れんばかりの熱気、バイタリティに圧倒された。これを資金調達からプロデュース、脚本、監督、それに編集まで一人でやってのけて公開に漕ぎつけた片山監督の根気と熱意にも感服した。
そして今回、アスミック・エースの配給で、長編映画2作目にして商業映画デビュー作となる本作が公開された。これは絶対に観なくてはと封切早々劇場に駆け付けた。
(以下ネタバレあり)
ほぼインディーズ映画のような社会派ドラマだった前作に比べ、本作は謎を孕んだミステリー・タッチである。
ある日、中学生の楓の父・智が失踪した。その直前、「指名手配中の連続殺人犯を見た」と言っていた父。犯人には300万円の賞金がかかっている。もしかしたら犯人に接触し、それが失踪の原因ではと楓は不安に駆られる。
いても立ってもいられず、楓は自分に好意を寄せている同級生の豊の助けを借りて父親探しに奔走する。
この楓のキャラクターが面白い。映画冒頭でも、たった20円所持金が足りなくて万引きした父・智をスーパーまで迎えに行き、謝り、説得してなんとか警察沙汰にはならずに済ませる。
これだけで智が性格的にダラしなく、その父とは正反対に楓がしっかり者である事を印象付けている。ツカミとしては申し分ない。
以後も楓は積極的に父親探しの行動を続ける。警察にも行き、頼りにならないと見るや自力で探し始める。豊だけでなく、学校の先生にも助力を依頼し、チラシを作って街頭で撒いたり、父が働いていた日雇い現場事務所にも行き、父の名前がある現場作業員名簿をこっそり盗み見して工事現場にまで出向く。実に行動的だ。
だが、工事現場に行き、父の名前を告げると、現れたのはまったく知らない眼鏡をかけた若い男だった。何故父の名前を騙っているのか。謎だらけだ。
この男が無意識に爪を噛む癖がある事に楓は気がつく。
その後楓は、警察の指名手配掲示板に「連続殺人犯、賞金300万円」の手配写真を見つけ、特徴として“爪を噛む癖”がある事を知る。あの父の名を騙る男と顔も似ている気がする。だが男は眼鏡をかけているので確証が掴めない。
もし、あの男が連続殺人犯なら、そいつに接触した父に危害が及び、身分を示す書類を奪われたのかも知れない。楓は最悪の事態も覚悟する。
こういった具合に、序盤は消えた父を巡っての謎また謎、まったく先が読めないミステリー的展開でワクワクさせられる。
それでいて、舞台が大阪・西成という事もあって、トボけた関西弁が飛び交い、どことなくユーモラスな空気も漂う。
智は以前は卓球場を経営していたが、妻がALSを患い、看病や世話に手を取られ、卓球場も閉じてしまった。その母も他界し今は父と娘二人きり。父を失えば一人ぼっちになる。だから楓はどうしても父を探さなければならないのだ。
楓は今も時々卓球場を退避場所として利用しているのだが、ある時そこで、あの男がマスクを付けたまま寝ているのを発見する。楓はマジックハンドでマスクをずらして顔を見ようとすると、男は突然逃げ出す。後を追いかける楓と男の猛烈な追っかけっこが始まる。馴染みのおばちゃんから自転車を借りて追いかける楓。
やっと追いつき、塀を越える男のズボンを奪い取るが、すんでの所で逃げられてしまう。自転車を借りたおばちゃんとのトボけた会話も含めて、この一連のシーンがユーモラスで笑える。笑いとサスペンスの緩急が見事である。
楓に扮した伊東蒼が見事な快演。とにかくよく走る。冒頭の万引きした父を迎えに行くシーンでも走ってた。
そう言えば、伊東の前作「告白」でも伊東蒼は万引きを疑われ全速力で走っていたのを思い出す。あっちでは逆に追われる方だったが。
男の残したズボンには、父のスマホと、瀬戸内海の離島行きの乗船券が残されていた。楓は豊と共に、その離島へと向かう。そこで楓たちが見たものは…。
ここまでで、多くの謎を残したまま前半部が終わり、そこから「3ヶ月前」、さらに「13ヶ月前」とタイトルが出るごとに時制は過去へ飛び、その都度父・智の視点、殺人犯人・山内照巳(清水尋也)の視点から物語が進行し、事件の真相が明らかになって行く。前半で撒かれたいくつもの謎が、後半への周到な伏線となっているのが見事。脚本がよく練られている。
ネタバレになるので詳しくは書かないが、SNSで自殺志願者を募り、殺人を実行したという実際の事件がヒントになっている。
連続殺人犯、山内のキャラクターが強烈である。自殺志願者の希望を叶えると謳っているものの、本心は殺人に快楽を覚える異常者である。
(以下完全ネタバレに付隠します。映画を観た方のみドラッグ反転してください)
山内は島で親切にしてくれた老人をあっさり殺害し、その死体を見て恍惚の表情を浮かべる。その前、老人が山内に自分が収集しているアダルトビデオを見せても興味を示さず、「面白くないのかね」と老人が問うと、「動いているものには興奮しないので」と答えるのが怖い。
そして智も、山内に唆され、ALSの妻を山内が自殺を装って殺す所を黙認してしまう。これが弱みとなって智は山内による自殺志願者殺人の幇助の役割も担当するようになる。
志願者のLINEアドレスを智がメモするのだが、このメモも終盤の伏線になっている。
やがて智は、このままでは山内にどうしようもない所まで追い込まれてしまうと恐れ、山内を殺す計画を立てる。
本来は善良で大人しい人間だった智が、妻の殺人を契機として、どんどんと深みに嵌まって行き、やがては心の奥底に秘めた狂気が顕在化して来るのである。これは怖い。
そしてラスト、智が無事戻り、楓の一家にも平穏が訪れたかのように見えたが、楓は山内が残した父のスマホから、父の秘密を知ってしまう。
行動的で、カンが鋭い楓のキャラクターがここでも生きて来る。
(ネタバレここまで)
ラストシーンが秀逸である。楓は父と卓球のラリーを行うのだが、そのラリーの最中に楓は、すべてを知っている事を父に伝える。
このシーン、延々と続くラリーをワンカット長回しで捉えているのだが、その間二人ともちゃんと会話を交わしているのが凄い。本作の白眉である。余程練習したのだろうか。
この後、二人がどうなったかは映画は描かない。観客の判断に委ねられている。私個人としては、おそらくは闇を背負ったまま、二人は一緒に生きて行くのだろうと思う。
エアーで行うラリーが、実は親子の強い絆を象徴しているのかも知れない。
人間の愚かさ、哀しさ、それでも生きる人間の強さ、したたかさ…さまざまな思いが去来する、見事な幕切れであった。
いやはや、さすが片山慎三監督、今回も強烈な人間ドラマを見せてくれた。
しかも前作とは違って、今回は謎解きミステリー・サスペンスであり、かつサイコ・ホラーの要素もある、良質のエンタティンメント作品に仕上がっている。ユーモラスなシーンも多く、作家としての成熟も感じさせられる。
役者がみんないい。伊東蒼が素晴らしいのは上にも書いたが、冷酷な連続殺人鬼を演じた清水尋也も快演。智を演じた佐藤二朗も無骨さ、人の好さという表の顔の裏に隠された狂気を巧みに表現していた。その他、自殺願望のムクドリという仇名の女性を演じた森田望智、中学教師を演じた松岡依都美など、脇を固める女性陣も好演。
脚本に、呉美保監督の傑作「そこのみにて光輝く」の高田亮が参加している点にも注目。さすがいい仕事をしている。
片山監督は、韓国のポン・ジュノ監督の「母なる証明」の助監督を務めた事がある。本作を観ていると、家族が犯した罪を知った上で、それでも守ろうとする家族の絆の強さを示す結末が「母なる証明」と似ている事に気付く。親と子の立場は逆であるが。謎解きミステリー・タッチという点でも両作は共通する。片山監督は、ポン・ジュノの影響を受けているように思われる。
このまま、1作ごとに監督として成長して行けば、もしかしたら片山監督は将来、日本のポン・ジュノになるかも知れない。そんな期待まで抱かせてくれる、これは本年屈指の秀作である。
(採点=★★★★☆)
…それにしても、まだ1月だというのに、「こんにちは、私のお母さん」、「クライ・マッチョ」、「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」、「水俣曼荼羅」、それに本作と、早くもベストテン級の秀作が目白押し。これらに加えて昨日観た「香川1区」も傑作だった。少し気が早いが、年末にはベストテン選考に悩みそうだ。
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