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2022年2月 8日 (火)

「殺すな」

Korosuna 2021年・日本   52分
配給:時代劇専門チャンネル
監督:井上昭
原作:藤沢周平
脚本:中村努
撮影:南野保彦

藤沢周平の短編集「橋ものがたり」に収められた同名の短編小説の映画化。監督は「子連れ狼 その小さき手に」の井上昭。出演は中村梅雀、柄本佑、安藤サクラ、本田博太郎、中村玉緒と芸達者な役者がそろった。

(物語)浪人の小谷善左エ門(中村梅雀)は、裏店の長屋で筆づくりの内職をして糊口をしのいでいる。同じ長屋の向かいに住むお峯(安藤サクラ)はその筆づくりを手伝っている。お峯とその亭主で船頭の吉蔵(柄本佑)は、実は元々船宿の女将と抱え船頭だったが、やがて深い仲となった二人は駆け落ちしてこの地に流れ着き、世間から身を隠すように暮らしていた。しかしお峯は退屈な日々に虚しさを感じ始め、川向こうへと架かる橋を渡ってみたいとの思いに駆られていた。それに感づいた吉蔵は橋を渡らないよう厳命する。すきま風が吹きだした二人に、善左エ門はかつての自分と、自らの手に掛けてしまった妻の姿を重ね合わせて見守っていた…。

1時間に満たない短編映画である。なのでレビューも短めに。

本来は「時代劇専門チャンネル」での放映を目的とした同チャンネル製作のオリジナル作品だが、先行して劇場でも上映された。

監督は、懐かしや大映時代劇の名手、井上昭。本年で93歳となる大ベテランだが、近年も時代劇専門チャンネルのオリジナル時代劇を監督しており、同チャンネルでの時代劇演出は8本目になるという。

が、残念な事に井上監督は本年1月9日、病気の為逝去された。本作は井上監督の遺作という事になる。なので、これは観ておかねばと劇場にはせ参じた。

(以下ネタバレあり)

テレビ放映が目的の作品なのに、シネスコ・サイズである。そして映像も、隅々まで丁寧に作りこまれた長屋や橋のセット、時代劇らしい小道具の数々、そして井上昭監督のきめ細やかな演出、と見どころは十分、むしろ大スクリーンの映画館でこそ観るべき力作である。

上映時間が短いからこそ、物語が凝縮され、無駄がなくダレる所がない。短編小説ならではの味わいが堪能出来るのである。

物語は、不義密通の仲となった船宿の若女将お峯と、雇われ船頭の吉蔵の二人が隠れて暮らす長屋が舞台の人情ドラマで、同じ藤沢周平原作ものでも、「たそがれ清兵衛」「必死剣鳥刺し」などの、十数年前に盛んに映画化されていた一連の「剣」シリーズとは違って侍同士のチャンバラは登場しない、市井の庶民を描いた、どちらかと言えば山本周五郎の世界に近いタッチである。

吉蔵は、いつも橋のたもとで地蔵を拝んでいるお峯を見て、やがてお峯が橋を渡って自分の元を去るのではないかと恐れている。「橋を渡れば殺す」とまでお峯に言う。

この二人の家の真向かいに住み、筆づくり内職をしている浪人の小谷善左エ門は、そんな二人に何かと気をかけている。実は善左エ門は侍であった時、自分を裏切った妻を斬り殺した過去があった。
善左エ門はそれを深く悔い、やはり、もしお峯が吉蔵を裏切ったとしても、絶対に自分と同じような過ち(殺す事)はさせまいと心に決めている。

Korosuna2

小心者なのに気が短い吉蔵、今の生活に飽き、この先どうなるのか、いずれ連れ戻されるのではないかと思い悩むお峯、そんな二人に、自分が辿った悔恨の過去を重ねて見守る善左エ門。
三者それぞれの心の悩みと人生を、無駄なセリフは極力排しながらもきっちりと観客に伝える井上監督の、93歳という年齢を感じさせない、円熟味に溢れた演出はさすがである。
吉蔵との長い会話の合間も、筆の毛を丁寧に揃えている善左エ門の姿を長回しワンカットで捕らえたシーンなども、目立たないが心に残るいいシーンだ。この他にも、印象的な長回しショットがいくつもある。

同じく、大映出身監督との仕事も長いベテラン、中村努の脚本も見事。

そして物語は終盤、お峯の夫に居場所を知られた事で、遂にお峯は夫の元に帰る決心をする。

明け方早く長屋を出るお峯。それを知った吉蔵は包丁を持って橋まで疾駆する。それを止める善左エ門。善左エ門が吉蔵に叫ぶ「殺すな!」の言葉がタイトルになっている。


わずか52分とは思えない、濃密なドラマだった。堪能した。これこそ、大人が観るべき作品である。

Inoueakira井上演出は、長屋の住民たちの洗濯や世間話、子供たちのわらべ歌など、庶民の貧しくとも明るい生活ぶりを随所に挟む事で、主人公3人の苦悩ぶりと対比させているのが秀逸である。
また善左エ門が妻を斬る回想シーンで、妻の持つ番傘が橋からゆっくりと落ちるロングショットも印象的だ。

中村梅雀、柄本佑、安藤サクラ、3人がそれぞれ味わい深い好演。出番は短いながらも、ベテラン本田博太郎、中村玉緒のいぶし銀の存在感もいい。

思えば、大映の時代劇は森一生、三隅研次、田中徳三、池広一夫、それに井上昭といずれ劣らぬ名監督たちが腕を競い、勝新太郎、市川雷蔵を中心とした名優たちがスクリーン狭しと駆け回っていた。

その名監督、名優たちも今はいない。井上監督の逝去で、大映時代劇の最後の残り火も消えてしまった事になる。そう思うととても寂しい。

なお井上監督の前作も、やはり時代劇専門チャンネルの藤沢周平原作「橋ものがたり」の一編「小ぬか雨」(61分)で、2017年に劇場でも公開されたとの事だが、見逃している。
追悼の意味で、これも探して観てみたいと思う。 (採点=★★★★

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