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2022年2月13日 (日)

「前科者」 (2022)

Zenkamono 2022年・日本   133分
製作:WOWOW=日活=テレビマンユニオン
配給:日活、WOWOW
監督:岸善幸
原作:香川まさひと、月島冬二
脚本:岸善幸
プロデューサー:加茂義隆、西村信次郎、杉田浩光、菅原康洋、渡辺誠
撮影:夏海光造
音楽:岩代太郎

「ビッグコミックオリジナル」に連載中の同名コミックを映画化した社会派ヒューマン・サスペンス・ドラマ。昨年WOWOWで放映された、同じ原作による連続ドラマのその後を描くオリジナル・ストーリー。監督はドラマ版も手掛けた「あゝ、荒野」の岸善幸。主演は「花束みたいな恋をした」の有村架純。共演は「ヒメアノ~ル」の森田剛、「街の上で」の若葉竜也、「ヤクザと家族 The Family」の磯村勇斗、「キネマの神様」のリリー・フランキー、その他マキタスポーツ、北村有起哉、宇野祥平など芸達者な俳優が顔を揃えている。

(物語)非常勤の国家公務員である保護司を始めて3年となる阿川佳代(有村架純)は、この仕事にやりがいを感じ、無報酬ゆえコンビニのアルバイトと掛け持ちしながら、さまざまな前科者のために奔走する日々を送っていた。そんな彼女が今回担当する相手は、殺人を犯した工藤誠(森田剛)。物静かな工藤は仕事も真面目で、社会人として自立する日は近いと思われた。だが工藤は保護観察終了直前、突然佳代との連絡を絶ち、社員登用が決まっていた自動車修理工場からも忽然と姿を消してしまう。折しも拳銃を使用した連続殺人事件が発生、捜査線上に工藤の名が浮かび上がる。そして佳代の前に、かつて心を寄せ合っていた中学時代の同級生、滝本真司(磯村勇斗)が刑事として現われる…。

5年前、「あゝ、荒野」で絶賛を浴びた岸善幸監督、待望の新作である。私もあの作品は大好きで、その年のマイ・ベストワンに選んだほどの秀作である。故に、本作の公開を待ち望んでいた。

本作は昨年11月にWOWOWで放映された、全3話、各前・後編計6作からなるテレビドラマ「前科者 -新米保護司・阿川佳代-」続編となる映画オリジナル作品である。出演者、監督(岸善幸)もドラマ版と同じ(但し第1話のみ岸監督で、2、3話は別の監督が担当)。

そんな訳で、ドラマ版を観ていればより楽しめるが、観ていなくても全然問題ない。

(以下ネタバレあり)

主人公は、ドラマ版では題名通り新米保護司だった阿川佳代。映画の方はそれから3年経って、さまざまな経験、試練を経て人間的にも成長した佳代のその後が、岸監督が創案した、原作では描かれていない佳代の過去のエピソードも加えて描かれる事となる。

ドラマ版で初めて知ったが、保護司は非常勤の国家公務員でありながら、報酬は一切出ない。無給の、一種のボランティアと言っていい。だから佳代はコンビニでアルバイトして生計を立てている。

保護司の仕事は、仮釈放で保護観察中の“前科者”が社会になじんで生活出来るよう、その更生を手助けする役割である。時には、元受刑者がトラブルを起こすと仕事をほっぽり出して駆け付けなければならない事も(ドラマ版にそんなエピソードが登場する)。大変な仕事だ。頭が下がる。


映画の冒頭、勤務先で苛められたとかで、仕事をサボってアパートに引きこもっていた元受刑者の女性の元を佳代が訪ねて来る。

佳代が仕事に行くよう辛抱強く説得するが、それでも布団に潜り込んで出て来ない元受刑者の態度に業を煮やした佳代が、いきなり傘で窓ガラスをぶち破り、相手を怒鳴りつける。

ドラマ版では大人しく物腰も柔らかかった佳代だが、3年の間、元受刑者たちとさまざまな触れ合いを重ねて来た事で逞しく成長し、時にはこのように怒ったりと、元受刑者にどう対応するのがベストか、判って来た事を示している。

しかし元受刑者が最初に佳代の元にやって来た時に、「お帰りなさい」と声をかけ、手作りの料理(主に牛丼)を振舞う優しい対応は、新米の頃と変っていない。

佳代の今回の担当は、殺人を犯した工藤誠。しかし工藤は殺人犯とは思えないくらい物静かで、仕事ぶりも真面目。受け入れ先の雇い主も、仮釈放が明ければ正社員にしてもいいと言ってくれる。

工藤を演じる森田剛が、「ヒメアノ~ル」の役柄からは想像がつかない大人しい役を好演。

ところがある日、交番の警官が襲われ、拳銃を奪われ重傷を負う事件が発生する。さらにその後、その拳銃を使った連続殺人事件が発生、警察の捜査が始まるが、時を同じくして工藤が突然消息を絶つ。

そして事件は意外な展開を見せる。3人目の被害者から採取されたDNA痕から、工藤が容疑者として浮かび上がる。佳代の所にも警視庁の刑事が訪れるが、その若い方の刑事・滝本は佳代の中学時代の同級生だった。実は佳代が保護司になろうとしたきっかけが、佳代がその中学時代に遭遇した、滝本の父が巻き込まれる事となる悲惨な事件だった。

…といった具合に、しみじみとした味わいのドラマ版とは違って、映画は連続殺人事件を契機とする緊迫したサスペンス・ドラマが展開する。ドラマ版を先に観ていると、タッチがかなり変わっているので驚かされる。

佳代と滝本は中学時代、互いに愛し合っていたのだが、あの事件で父を失った滝本は心を閉ざし、佳代とも疎遠になってしまう。
図書館に置かれた中原中也の詩集に、滝本が怒りのあまり書き込んだ悲痛な言葉を見てしまった佳代は衝撃を受ける。

元々、祖父が保護司だった事もあって、佳代は漠然と保護司になりたいとは思っていたのだろうが、前科者が社会になじめず、佳代の目の前で刺殺事件を起こし、しかもその被害者が愛する人の家族だと知って、“こんな悲しい事は二度と起きて欲しくない、その為に保護司として、前科者の社会復帰に全力を尽くそう”と決心したのだろう。

こうして、原作にない佳代の辛い少女時代や、悲惨極まりない工藤の過去等を回想で描く事で、物語は重層的、多面的な広がりを見せ、かつ警察側の犯人捜査、張り込み、逮捕劇と、サスペンスとしてもスリリングな展開を見せ飽きさせない。そういう点では、ドラマ版よりぐっとエンタメ度が増していると言える。

最後、一件落着、と思わせて、もう一ひねりある展開も悪くはない。ここでの、佳代が工藤を心を込めて説得する長いシーンは、両者の迫真の名演技もあって見ごたえあり。

ラストで、あの中原中也の詩集の書き込みを消す事で、佳代もやっと心に抱えた重荷を降ろす事が出来たのだろう。いいエンディングである。


有村架純が熱演。眼鏡をかけ、ダサい服装で役作りをし、元受刑者たちに真摯に寄り添う保護司になり切っている。昨年の「るろうに剣心」「花束みたいな恋をした」、そして本作と、それぞれ全く異なる役柄を演じて見事に作品に溶け込んでいるのが凄い。

脇の登場人物もみんな個性的で、作品に厚みをもたらしているのもいい。佳代のバイト先のコンビニの店長宇野祥平、保護観察官の北村有起哉など、味のある好演。

工藤の弟・実役を演じていた若葉竜也は、「街の上で」からは想像もつかない、心に闇を抱え、暗い情念を秘めた犯罪者役を熱演。最初は若葉と気付かなかった。

そして何より、佳代の心の支えとなる斉藤みどり役を演じた石橋静河が絶妙の快演。ドラマ版では佳代の最初の担当相手で、全6話に出演し、交流を深める中で、やがてかけがえのない真の友人になるまでが丁寧に描かれていた。何故勝手に佳代の家に上がり込んだりするのかは、ドラマを見ていれば納得である。
ドラマ版は本作を観た後で鑑賞したので、エンドロールを見るまで、石橋静河と気付かなかった。見事な変身ぶりである。本年度の助演女優賞はほぼ決まりである。


前科者が社会復帰することの難しさ
、それを支える人たちの献身的努力、等を描いている点では、昨年の西川美和監督の秀作「すばらしき世界」を思い起こさせる。
ちなみに、こちらの作品でも北村有起哉が本作と似たような役柄(生活保護のケースワーカー)を演じているのが面白い。

脚本も兼任の岸善幸監督、ドラマ版がベースになっているとは言え、オリジナル・ストーリーでこれほどのきめ細かい人物造形、社会派ドラマでありながらエンタティンメントとしても見応えのある作品に仕上がっているのが見事である。ただ、ドラマ版のファンから見れば、殺人シーンのショッキングな映像やエンタメ志向の展開にやや違和感を感じるかも知れない。ここは評価の別れる所だろう。

岸監督、劇映画としては「あゝ、荒野」以来5年も間が空いているが、前作も堂々たる秀作だったし、もっとコンスタントに映画を撮って欲しいと願う。

少しだけ難点を言えば、詩集に「殺す」等の不気味な文字を殴り書きした滝本が、その後どういう心の変遷を経て刑事になったのかが説明不足。工藤実と同様、復讐にかられた犯罪者になってもおかしくないはずだ。佳代と滝本の関係が今後どうなるのかも不明なままだ。

また、偶然なのかも知れないが、実の復讐の相手が、区役所の福祉課職員や児童養護施設職員といった、福祉に携わる公務員である点が、昨年の映画「護られなかった者たちへ」と似ていたのが気になった。多少の手抜きはあったかも知れないが、うっかりミスしたくらいで殺されたらたまったものではない。殺された人たちにだって、家族もいるし子供もいるだろう。そうした事にも配慮が欲しかった(これは「護られなかった-」にも言える事)。
こういう類似性を持った作品が続くと、役所の窓口で働く職員に怒りをぶつける人たちが増えそうで複雑な気分になる。

…といった難点もあるが、それらを差し引いても本作が素晴らしいのは、保護司という仕事に焦点を当て、前科を背負って生きなければならない人たちに社会はどう向き合うべきなのか、不幸な事件を起こさない為に、政治や行政はどう動くべきなのかといった、現代が抱えるさまざまな課題を我々に突き付けている所にある。力作であるのは間違いない。是非多くの人に観て欲しいと思う。 
(採点=★★★★☆

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(付記)
WOWOWで放映されたテレビドラマ版は、現在Amazon Primeでも観る事が出来る。試しに第1話を観たらすごく面白く、物語に引き込まれた。それでとうとう全6話とも観てしまった。泣けて、感動出来る優れた人間ドラマと言える。

原作コミックは9巻まで出ているので、出来ればドラマ版の続編を希望したい。

 

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