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2022年2月 4日 (金)

「香川1区」

Kagawaikku 2021年日本   156分
製作:ネツゲン
配給:ネツゲン
監督:大島新
プロデューサー:前田亜紀
撮影:高橋秀典、前田亜紀、大島新

衆議院議員・小川淳也の初出馬からの17年間を追った「なぜ君は総理大臣になれないのか」の続編となるドキュメンタリー。昨年の秋の第49回衆議院議員総選挙における激戦区・香川1区での小川淳也の選挙戦を中心に描く。監督は「園子温という生きもの」「なぜ君は総理大臣に-」の大島新。

2021年4月、50歳の誕生日を迎えた立憲民主党議員・小川淳也は、同年秋に行われる予定の衆議院議員総選挙での、香川1区からの出馬を目指し動き出す。同選挙区は四国新聞と西日本放送のオーナー一族にして3世議員の自民党・平井卓也の牙城で、これまでは民主党が躍進した2009年を除き、常に平井に敗れて来た。だが前回は票差を2,000票余にまで縮めており、小川は今度こそ必勝を期すべく作戦を練る。大島監督は小川陣営に密着しつつ、相手の平井議員とも面談を行う等、さまざまな角度から香川1区の選挙戦の模様をカメラに収めて行く…。

大島監督の前作「なぜ君は総理大臣になれないのか」(以下「なぜ君」と略)はとても面白かった。小川淳也という、今どきの政治家には珍しい、純朴さ、生真面目さ、清貧さを今に至るまで一貫して持ち続けている国会議員に密着し、17年前の衆議院選挙初出馬から2020年の現在までの選挙における戦いぶり、また家族との私生活ぶりまで、余す所なく描いた労作ドキュメンタリーである。

本作はその続編的位置にあるが、前作と異なるのは、題名通り、2021年10月の衆議院議員総選挙における、小川が立候補する香川1区の各候補者の戦いぶりを並列して描いている点で、前作が小川淳也個人が主人公のドキュメンタリーだったのに対し、本作はもっと幅広く、“地方選挙の実態”そのものがテーマである。

無論、大島監督が小川議員とは個人的にも親しい事もあって、小川の私生活も交えた日常や選挙活動部分がどうしても大半を占める事となるのは致し方ない。
が、それよりも、小川淳也がその純真さ、直情径行ぶりや、やや危なっかしい部分を含めて、被写体として人間的にとても魅力があり、ドラマになるファクターを持っている事が一番大きい。とにかくその一挙手一投足を追うだけで、十分面白いのである。人物像はまったく異なるが、原一男監督作品における奥崎謙三や井上光晴的存在と言っていいだろう。ドキュメンタリー作家にとって、こんな美味しい素材を見逃す手はない。

そして大島監督は、平井議員にも積極的にアプローチする。すると平井議員はまさかの取材OKをしてくれた。それは多分、菅内閣でデジタル改革担当大臣という肩書を得て、今度の選挙は悠々当選間違いなしという自信から来る余裕だろう。
平井は、映画「なぜ君」は観ていないがタイトルは面白いと褒めてさえくれる。この大島監督との対談シーンは、さすが歴戦の自民党政治家、持論を滔々と述べていて貫禄がある。週刊誌で騒がれた平井議員の「NECは干すべき」等の不適切発言についても釈明の機会を与えており、この人も悪くはないとさえ思えて来る。ちゃんと公平は期しているのである。

Kagawaikku2

だが解散が決まり、公示日が近づくと、どの議員もナーヴァスになり、人が変わったように焦りの色さえ見せて来る。

小川は、香川1区に日本維新の会の新人、町川順子氏が立候補すると知ると、なんと町川氏に出馬取り下げを依頼しようと動く。当然平井側の四国新聞はここぞと小川を叩き始める。
冷静に考えれば、そんな行動は逆効果なのだが、直情径行の小川にとって見ればこれは「野党一本化を乱すもの」としか頭に浮かばない。ここらも小川の人間的な弱さの一面である。
さらにたまたま訪れた政治評論家の田崎史郎氏がこの事について小川をやんわりと諫めると、小川は田崎氏にも食ってかかる。選挙戦はまさに戦争、平常心ではいられなくなるのだろう。ちなみに田崎氏は「なぜ君」にも出演しており、小川とは懇意の間柄である。

平井陣営は前作や本作を「小川PR映画」だと非難するが、こうした小川のマイナス点、ネガティヴな部分もきっちりと描いている点において、本作は決して小川PR映画ではない事は明らかである。

小川が後で冷静になって、田崎氏に詫びの電話を入れる所も笑える。

そして選挙戦に突入すると、映画はさらに面白くなる。前作で小川の人柄を知った全国の若者たちが続々応援、激励に駆け付ける。遠く東京や静岡からもやって来るのが凄い。街頭演説を始めると、二人の女子高校生が「頑張って」と声援を送る。それを聞いた小川は感極まって涙ぐむ。こちらまで泣けてくる。
普通の選挙なら、事務所には党の重鎮や地方の首長たちからの檄文が壁一面に貼られていたりするのが日常光景だが、小川の選挙事務所の壁、窓ガラスにはそんなものの代りに、全国のボランティア的支援者からのSNSを通したカラフルな応援メッセージが一面に貼られている。これも感動的だ。なんと、子育て世代を中心とした「小川淳也さんを心から応援する会(略称:オガココ)」が自然発生的に地元高松に発足している。通常の選挙とは明らかに異なるムーブメントが起きているのだ。素晴らしい事だ。

小川は、妻が作ってくれた握り飯3個をパクつきながら、「本人」と書いた幟を立てた自転車で走り回る。まさに手作り清貧選挙だ。支援者たちの熱気も凄い。
本来の選挙は、こうあるべきだとの思いが強くなる。

一方で、平井陣営はそんな小川陣営の盛り上がりに危機感を隠さなくなる。前半では「なぜ君」を褒める余裕があったのに、終盤では平井自身が「あれは小川PR映画だ」と非難し始める。自らカメラを担いで平井の選挙演説場所に近づこうとした前田亜紀プロデューサーに平井陣営の男たちが露骨に嫌がらせを始める。「警察の許可を取ってるか」と言い、実際に警察に電話して排除しようとする。警察からは問題ないと言われても、なおも体を張って撮影を妨害する。それにもめげずカメラを止めない前田プロデューサー、えらい。カメラを止めるな(笑)。

また、岸田総理が平井の応援演説に訪れた会場に大島監督が入ろうとすると、「報道機関でないなら入れない」と断られるシーンも登場する。ドキュメンタリー撮影も立派なジャーナリズムの一環なのに。

終盤には平井陣営の、10人分のパーティー券を売りつけながら出席は3人までとかの明かな資金稼ぎとか、期日前投票に訪れた企業社員を隣のビルに連れて行ってちゃんと平井に投票したかを確認する模様等もしっかりカメラに収められている。旧態依然とした村型選挙が今も公然と行われている事に唖然となる。こんな相手に、金も看板もない候補者が立ち向かわなければならない理不尽さに怒りを覚える。

カメラは、各陣営の選挙活動の様子を逐一捕らえているだけなのに、結果として浮かび上がるのは、政権党所属議員の圧倒的な組織力と資金力と汚い裏工作、それに対して金も組織もなく徒手空拳で立ち向かわなければならない野党候補の真っ直ぐな戦いぶり。

期せずして、強大な力を持つ悪VS、弱い者たちが力を合わせ戦いを挑むというエンタティンメント的構図が完成している。フィクションでもなかなか見られない面白さだ。

平井陣営側、自分たち自身で“悪役”のイメージをカメラの前で撒き散らしてりゃ世話はない(笑)。

そして選挙結果は御承知の通り。小川淳也が全投票数の51%を獲得する圧勝だった。前回勝った2009年は民主党に風が吹いて自民党が惨敗し、政権を明け渡した時だったので流れで勝てたが、今回は立憲民主党票が伸び悩む逆風の中での当選だから、本当の価値ある勝利である。

感動したのは、選挙戦を家族一丸で戦った、小川の娘さんの当選を受けてのスピーチ。
「今まで選挙に負ける度に、『正直者が馬鹿を見る』と思っていました。でもそうじゃない事が今日分かりました」
これには泣けた。“実直に、正直に生きていれば、きっと正直者が報われる日が来る”、それを家族で身をもって証明した選挙だったのだと思う。


観終わっても、何度も泣けた。映画は、小川淳也という、熱く、生真面目な人物を追う中で、日本の政治はこのままでいいのか、本当の政治家とはどうあるべきなのか、正直者が報われる世の中を作るには、人々はどう考え行動すべきか、…さまざまな現代が抱える問題を我々に突き付けて来る。立派な社会派的ドキュメンタリーでありながら、それでいて正義が勝利する見事な勧善懲悪エンタティンメントにもなっている、奇跡のような作品である。

大島監督が撮影を開始した時には、まさかこんな笑って泣けて感動する作品になろうとは思っていなかっただろう。それもこれも、粘り強く実直にカメラを回し続けた大島監督に、神が味方したのだろう。

小川淳也議員には、これからも純朴さ、生真面目さを失わず、そんな人間でも政治家として活動できる模範像を確立して欲しい。そしていつの日か、“そんな人間でも総理大臣になれる”時代が来る事を心から望みたい。


思えば、大島監督の父、大島渚は、「愛の希望の街」、「日本の夜と霧」、「絞死刑」、「少年」等の作品を通して、(国家権力も含む)強い力に押しつぶされそうな弱い個人に、限りない愛情を注ぎ、見つめ続けて来た作家である。またテレビでも「忘れられた皇軍」等の優れたドキュメンタリーを発表している。大島新監督にも、そのDNAは確実に受け継がれているのだと思う。

大島監督自身は、小川淳也に関するドキュメンタリーは本作で終わりだと語っているが、これからも真面目に生きる人、強いものに毅然と立ち向かう人を対象とするドキュメンタリーを作り続けて欲しい。出来うるなら、第二、第三の小川淳也を見つけ、育てる作品を期待したい。  (採点=★★★★☆

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