「Ribbon」
(物語)コロナ禍の2020年。美大生・浅川いつか(のん)は、大学の卒業制作展が中止となり、1年かけて制作した作品を持ち帰る事になった。いろいろな感情が渦巻いて何も手につかないいつかは、心配する父(菅原大吉)や母(春木みさよ)とも衝突してしまう。普段は冷静な親友の平井(山下リオ)も苛立ちを募らせている。そんな中、絵を描くことに夢中になったきっかけをくれた中学時代の同級生・田中(渡辺大知)との再会や、平井との本音の衝突によって心を動かされたいつかは、自分の未来を切り開くため立ち上がる。
自ら“創作アーティスト”と名乗るのんが、コロナ禍で多くの大学が休校になったり、卒業制作展が中止になったりで、青春を奪われて行く現状に心を痛め、自分で企画し、脚本を書き、監督まで手掛けたのが本作である。
コロナ禍を作品に取り入れた映画としては、昨年の石井裕也監督の秀作「茜色に焼かれる」があったが、コロナ禍で苦しんでいるのは社会で必死に生きる大人たちばかりではない。学生だって、大学に通えず授業はリモートばかり、友人とキャンパスで語り合ったり、コンパしたり、クラブ活動で仲間たちと何かを創作したり、合宿で青春を謳歌したり…それらのすべてが奪われてしまったコロナ禍。
そうした、人生で一度しかない、かけがえのない青春時代を体験する事が出来なくなった若者たちの悲しみは、まだ人生をやり直す事が可能な大人たちよりも、状況はもっと深刻で絶望的なものではないだろうか。
そこに着目した、のんはさすが目が高い。普通の映画作家なら考え付かない視点である。
(以下ネタバレあり)
主人公いつか(のん)は美大で絵を描いており、卒業制作展に向けて、女性のポートレイト画を発表すべく頑張っていたが、コロナ禍で大学の授業は中止、キャンパスは閉鎖される事となり、卒業制作展も中止となって、学生たちは作品を自分で処分するか、持ち帰れる物は各自持ち帰るよう大学から指示される。
学生たちが、卒業制作展に出展する予定だった作品を泣きながら斧やハンマーで壊しているシーンは切ない。
いつかは、自分が制作途中だった、大きくて重い画を引きずりながらアパートまで持ち帰る。壁に立てかけたものの、続きを描く意欲も沸いて来ず、日々寝転がって怠惰な生活を送っている。
面白いのは、そんな彼女の心象風景として、色とりどりのリボンが宙を舞うシーンが何度か登場する。優雅に宙を踊ったり、あるいは直線的に鋭く尖っていつかを囲んだり(CGを使ったリボンの動きの特撮を担当したのは樋口真嗣と尾上克郎の「シン・ゴジラ」コンビ)。
大学に行けず、元気のないいつかを心配して、いつかの母や父が彼女のアパートを訪ねて来るのだが、ケッサクなのがその両親たちのコロナ過剰防備。
母はほとんど防具服のような重装備で現れるし、父は人を2メートル以内に近づけない為のサスマタのような道具を持って「ソーシャルディスタンス」と言ってる。
妹のまいも親に感化されたか、サングラスに黒づくめの怪しい衣服で訪れ、所かまわず消毒スプレーを撒き散らす有り様。
こうした笑えるシーンを挿入する事で、重くなりがちな作品のムードを和らげているのがいい。
しかし母は、描きかけのいつかの絵を、ゴミだと思っていつかに断りなく捨ててしまう。いつかはゴミ捨て場からその絵を回収するが、自分の大事な創作物を“ゴミ”だと思われた事に深く傷ついてしまい、落ち込んでしまう。
いつかの大学の親友、平井も大学に制作途中の絵を置いたままにしており、その絵を完成させたい為に大学に無断侵入した事がバレて退学になりかねない状況。
気がささくれ立っていたいつかはつい平井に「バカじゃない」と言ってしまって喧嘩別れになったり。
さらに追い打ちをかけるように、せっかく就職が内定していたのに、コロナ禍の影響でその内定も取り消されてしまう。怒りと悲しみのあまり、いつかはとうとうあの絵をゴミ捨て場に捨ててしまう。
こういう状況って、現実にあるんだろうなと思わせ、本当に若い人たちは気の毒だと思う。
そんないつかの人生の大きな転機となるのが、いつも近くの公園で出会う若い男。マスクで顔が分からないので最初は不審に思っていたが、ある時、「もしかしたら中学で同級だった浅川さんですか」と声をかけられる。その男は同級だった田中で、なんと中学卒業の時に、いつかが自分の描いた絵をプレゼントした相手だったのだ。
しかし中学時代とは髪型も変わって、おまけにマスク姿だから本当にあの田中かどうかいつかは確信が持てない。なのでなんとかマスクを外させようと、いつかが悪戦苦闘するシーンもコミカルで笑える。
お互いマスク生活で顔の半分が見えない為、昔知っていた人間でも確認するのは難しい。コロナ禍は人間のコニュニケーションまで奪った事を改めて思い知る。
田中はなんと、いつかが捨てた、あの大きな絵を回収してて、わざわざ公園に持って来て、いつかに渡してくれる。「いい絵だから」とも言ってくれる。
そして田中は、中学時代にいつかからプレゼントされた絵を、今も大事に持っているのだと言う。
自分の拙い作品でも、大事に思ってくれる人間がいた。その事にいつかは勇気づけられ、少し元気になる。
さらに平井から、学校に残した自分の作品を回収したいから手伝ってくれと言われたいつかは同意し、二人で深夜、大学に侵入する事となる。
平井の絵はバカでかく(横7~8メートルはあるだろうか)、そのままでは持ち出せないので二人で斧やノコギリ、ハンマーを使って盛大にぶち壊し分解する事となる。
壊さなくても、ノコギリで裁断するだけでいいのではと思ってしまうが、多分溜ったストレスの発散も兼ねてるのだろう。
このシークェンスは、警備員に見つからないか、ハラハラするサスペンス展開となる(あんな派手なぶっ壊しの物音立てたらもっと早く警備員がやって来そうだが)。
そしてラストは、田中や平井に勇気づけられた事もあって俄然創作意欲が沸いたいつかが、自室をそのまま展示室にして、平井作品と自分の作品、リボンをコラージュした大がかりな創作アートを完成させるのである。部屋に敷き詰められたり飾られたリボンの数が膨大で圧倒される(エンドロールに、リボンアート協力者として凄い数の名前が表示されている)。
やや粗削りな所やツッ込みどころもあるし、いつかの描いた絵があまり出来のいい作品には見えないとか、いくつか難点もあるが、それでも観終わってほっこりとした気分になり、ちょっぴり元気も貰えたし、新人の劇場映画デビュー作にしては、まずまずの及第点をあげられる作品に仕上がっている。
何よりも、コロナ禍で先行きの見えない不安の中で誰もが暗い気分になっている時に、“それでも元気を出して、前を向いて、何か行動を起こそう”と呼びかける、創作アーティスト、のんの意欲的な姿勢には素直に感動させられる。落ち込んでいる若い人にも、勇気を与えるのではないかと思う。
のんは、岩井俊二監督作品に強い影響を受けたと語っているが、そう思えばいつかがリボンで全身が包まれているシュールなショットは岩井監督の「Undo」を思わせるし、ヘンな父親とか女二人の友情は「花とアリス」を思わせたりもする。岩井監督は本作の数パターンの予告編も作っているし、本作の出だしでワンシーン、カメオ出演もしている。岩井監督の、新人監督・のんに寄せる期待のほどが窺える。将来が楽しみである。
俳優としても、一回り成長したように見えるのん、これからも俳優として、アーティストとして、そして映画監督として、さらなる飛躍を望みたい。次回作にも大いに期待したい。
ただ、いい作品なのに、上映劇場は極めて少ないのが残念である。イオン配給なのに、イオン系のシネコンでの上映もわずかである。是非多くの劇場で公開される事を望みたい。(採点=★★★★)
(追記)
壮観なのが、“「Ribbon」応援スペシャル映像「映画と生きる 映画に生きる」”と題する3編(炎篇、雨篇、風篇)の45秒のPVで、なんと緒方明、尾上克郎、犬童一心、片渕須直、白石和彌、市井昌秀、沖田修一といった日本映画界の錚々たる一流監督が総出演して、それぞれのん監督の撮影スタッフを演じている。
これだけの名だたる監督たちが応援出演しているだけでも凄い。のんの“コロナ禍で創作活動を制限されている人たちに元気を与えよう”という活動に多くの人たちが賛同した結果だろう。素敵な事である。また各編に、炎篇:岡本喜八、雨篇:深作欣二、風篇:今村昌平と日本映画を代表する名監督の遺した名言も朗読されている。映画ファンなら必見である。
各PVは以下のYoutubeで見る事が出来る。
(炎篇) https://www.youtube.com/watch?v=EYKNxOSgi0Q
(雨篇) https://www.youtube.com/watch?v=9HSrOCWRlfU
(風篇) https://www.youtube.com/watch?v=2_fTrauqzX8
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コメント
少ない上映館ながら何とか鑑賞。確かに、オッさんには分からない、若者の苦しみに気づかされました。それでも、製作者のんの性格なのか、楽しく見れたのは良かった。女優はもちろん、製作者としても今後が楽しみ。
投稿: 自称歴史家 | 2022年3月13日 (日) 13:45
我が静岡を含む中部地方は名古屋の一館しか上映がなく、東京行きも悩ましく、諦めてた所に、甲府で上映があると知り飛んで行きました。故の投稿遅延お許しください。思ってたほど悪くないというか、結構良かったです。何よりコロナ禍に対する思いがしっかり伝わってきたし、セリフが自然で、同級生、姉妹、母等女子の友情物語として面白く見ることができ(男性陣の部分も良かったけれど)、時間を感じませんでした。今度、さかなクンの半生の映画に主演(という企画と人選と沖田修一監督であることに既に期待感半端ない!)とのこと、さかなクン中心でもいいから、何とか普通にテレビで紹介してもらいたいです。逸材がもったいない。
投稿: オサムシ | 2022年3月19日 (土) 16:41
◆自称歴史家さん
楽しく見れたとの事、よかったです。それにしても上映館少ないですね。多くの人に観ていただきたいです。
◆オサムシさん
えー、甲府まで行かれたのですか。地方では映画を観るのも大変ですね。
のんがさかなクンの半生の映画に主演とは驚きです。でも女性なのにさかなクンをどうやって演じるのか、沖田修一監督のお手並み拝見ですね。期待したいです。
投稿: Kei(管理人 ) | 2022年3月20日 (日) 18:32