「アンネ・フランクと旅する日記」
2021年/ベルギー・フランス・ルクセンブルク・オランダ・イスラエル合作 99分
配給:ハピネットファントム・スタジオ
原題:Where Is Anne Frank
監督:アリ・フォルマン
原案:「アンネの日記」
脚本:アリ・フォルマン
アニメーション監督:ヨニ・グッドマン
製作:ジャン・ラバディ、イーフ・クーゲルマン、アリ・フォルマン、アレクサンドル・ロドニャンスキー
第2次世界大戦下にユダヤ人少女、アンネ・フランクが書いた「アンネの日記」を原案に、現代と過去が行き来するファンタジー・アニメーション。監督は「戦場でワルツを」のアリ・フォルマン。第74回カンヌ国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門出品作品。
(物語)現代のオランダ・アムステルダム。激しい嵐の夜、博物館に保管されている「アンネの日記」の原本に異変が起きる。日記の文字が動き出し、アンネの空想の友だち、キティーが姿を現したのだ。時空を飛び越えた事に気づかないキティーだったが、日記を開くと過去へ遡りアンネと再会を果たす。しかし日記から手を離すと現代に戻ってしまう。キティーはアンネを探し、アムステルダムの街を駆け巡る…。
世界的に有名な「アンネの日記」はベストセラーとなり、何度も映像化、舞台化されている。1959年のジョージ・スティーブンス監督の「アンネの日記」はその代表作だろう。主演は新人ミリー・パーキンス。また1995年にはなんと日本でアニメ化もされている(監督:永丘昭典)。いずれも原作に忠実な映画化だった。
本作も原案はこの日記だが、大きく異なるのは時代が現代から始まり、原作でもアンネの空想の友達(イマジナリー・フレンド)だったキティーが嵐の日に、日記から抜け出して現代によみがえる…という大胆な発想である。
脚本・監督を手掛けたのは、自身の従軍経験を描いた「戦場でワルツを」(2008)で知られるアリ・フォルマン。アニメとドキュメンタリーを融合させた異色作で、アニメ映画として初めて第81回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。実はフォルマン監督の両親もアウシュビッツに送られたが、かろうじて生き延びた経験があるという。本作の監督には打ってつけだろう。
(以下ネタバレあり)
物語はこのキティーがほぼ主人公となり、親友だったアンネの姿が見えないので、彼女はどこにいるのかと街中を探す様が描かれる(原題は「アンネ・フランクは何処に」)。日記はアンネがナチスに連行される直前で終わっているので、キティーはアンネのその後の運命を知らなかったのだ。
日記を手にすると、文字が黒く滲んでキティーは時空を超え、1944年の時代に戻ってアンネと再会するのだが、うっかり日記を手から離してしまうと現代に戻ってしまう。
こうしてキティーは過去と現代を自由に往還し、その中でさまざまな人と出会い、恋もし、アンネを襲った悲劇を知り、自我に目覚めて行くのである。
キティーは言わば、アンネが果たせなかった青春時代を、未来を、アンネに変わって生きて行く、もう一つのアンネの分身とも言えるだろう。
過去パートは、ほぼ原作そのままである。ユダヤ人であるフランク一家がナチスの迫害を逃れ、アムステルダムの隠れ家で身を潜めて生き、外にも出られず、そんな中で彼女は誕生日に父から貰ったチェック柄の日記帳に、自分の思いを綴って行く。
面白いのは、アンネがハリウッド映画スターのファンで、壁にクラーク・ゲーブルやマレーネ・ディートリッヒなどの写真を飾り、空想の中でゲーブルと一緒に馬に跨り、ナチス軍団を蹴散らしたりする。また狭い隠れ家が、空想の中では高級ホテルになったりもする。辛く息苦しい現実の中で、せめて空想の中では解放感を得たいというアンネの思いに心打たれる。
何度か登場するナチス親衛隊の姿が、黒い衣に能面のような無表情の顔と、まるで“死に神”のように見えるのもアンネの妄想なのだろう。
アンネのいくつかの空想シーンや、日記の文字が空中を浮遊したりする描写は、アニメならではの奔放なイメージの広がりを見せ見事。
アンネは、同居するファン・ダーン家の息子、ペーターに淡い恋心を抱いたりもする。これも日記に描かれている事実のようだ。
そして現代ではキティーは、やがてスリの浮浪児と知り合い、彼に案内されてアムステルダムの街を歩き、二人は愛し合うようになる。
この浮浪児の名前が、アンネが恋した男と同じペーターであるのは意図的だろう。アンネが過去において果たせなかった夢を、キティーは現代において代行しているかのようである。
キティーはペーターに案内され、アムステルダム郊外のアンネの墓を見て、もうアンネはこの世にいない事を知り、泣き崩れる。
そして終盤、キティーはマリから紛争を逃れてアムステルダムにやってきた難民の少女アヴァと出会い、今の時代でもなお、アンネと同じように少数民族、マイノリティが迫害され、苦しんでいる事を知って激しい怒りを覚える。
そしてキティーは博物館から持ち出したアンネの日記の返還と引き換えに、オランダ当局にある要求を行う。
ここは評価の別れる所だろう。現代の国際的な課題である移民・難民問題を、「アンネの日記」の物語の中に強引に取り込んでいる点に違和感を覚える人もいるかも知れない。
しかし自身の両親もホロコーストを体験しているフォルマン監督にとっては、過去のユダヤ人迫害の歴史と、現代の難民問題は根っ子は同じだという意識が強いのだろう。
アンネの悲劇は、二度と起こしてはいけない、子供たちが未来を奪われる不幸な時代は繰り返してはならない。その監督の思いに心打たれる。
奇しくもと言うか、ロシアがウクライナに侵攻した、その最中にこの映画が公開された。
多くの市民の命が奪われ、戦車が街を破壊し、子供たちも含めたウクライナ国民が難民となって逃げ延びる、まさにアンネたちの身に降りかかった、80年前と変らぬ蛮行・悲劇が今の時代も繰り返された事が信じられない。
この映画が企画されたのは2009年。フォルマン監督は8年の歳月をかけて映画を完成させた。当然こんな戦争が起きるとは予測していなかっただろう。配給会社も、公開がこんな時期になるとは思ってもいなかっただろう。不思議な縁を感じてしまう。
今流行りのCGアニメでなく、昔ながらのセルアニメである。しかし動きはとても滑らかで、細部の描写もきめ細かく、さすが8年もかけただけの事はある。
今の時代だからこそ観るべき作品である。是非多くの人に観ていただきたい。字幕版の公開だが、出来れば吹替版も作って、子供たちにも観て欲しいと思う。 (採点=★★★★☆)
(付記1)
一般に日記を書いた Anneを、「アンネ」と呼んでいるが、映画の中ではみんな“アン”と発音していた。映画は英語版だからそう発音するのだろうか。でも「アンの日記」じゃ感じが出ないね。
(付記2)
上に挙げた1959年の映画「アンネの日記」の中で、アンネの恋人、ペーターを演じていたのがなんと1961年のロバート・ワイズ、ジェローム・ロビンス監督「ウエスト・サイド物語」でトニーを演じたリチャード・ベイマーだった。ベイマーは「アンネの日記」が出世作で、この好演が認められて「ウエスト・サイド物語」の主役に抜擢されたという。どちらの作品も民族差別や移民問題など、現代に繋がるテーマを扱っている点も見逃せない。それぞれの再映画化作品が現在同時期に上映中なのもこれまた不思議な縁である。
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コメント
あっという間に上映回が減ってしまったので、来週の平日のどこかで観に行こうと思います。何せ、いま戦争してますから。
別件ですが、とある映画で今日発売のキネマ旬報最新号の「読者の映画評」に載りました。掲載されたのは「すばらしき世界」以来約一年ぶりです。
良ければご一読ください。
投稿: タニプロ | 2022年3月19日 (土) 20:46