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2022年4月24日 (日)

「世の中にたえて桜のなかりせば」

Yononakanitaetesakurano 2022年・日本   80分
製作:アルタミラピクチャーズ=デジタルSKIPステーション
配給:東映ビデオ
監督:三宅伸行
原案:鈴木均
脚本:敦賀零、三宅伸行
企画:鈴木均
エグゼクティブプロデューサー:宝田明

名優・宝田明が主演とエグゼクティブプロデューサーを兼任した、「終活」をテーマにしたヒューマンドラマ。W主演を務めるのは「乃木坂46」の岩本蓮加。共演は「家族はつらいよ」シリーズの吉行和子、「梅切らぬバカ」の徳井優。監督は「Lost & Found」(2007)で長編デビューを果たし、2017年の短編作品「サイレン」が国内外の映画祭で注目を集めた三宅伸行。

(物語)終活アドバイザーのバイトをしている不登校の女子高生・吉岡咲(岩本蓮加)は、一緒に働く老紳士・柴田敬三(宝田明)と共に、さまざまな境遇に置かれた人たちに寄り添いながら彼らの終活を手伝う日々を過ごしていた。一方で咲は、元担任教師だった南雲(土居志央梨)が生徒からのイジメが原因で教師を辞め、自暴自棄になっていた事を知って、たびたび彼女の自宅を訪れ、世話をやいていた。そんなある日、咲は敬三から病気で老い先短い妻(吉行和子)とかつて見た桜の下での思い出を聞いて、ある行動に出る…。

先般(3月14日)、87歳で亡くなられた名優・宝田明の最後の映画出演作である。クレジットに「制作:宝田企画」とあるように、宝田は自ら企画を立ち上げ、エグゼクティブプロデューサーとして本作の完成に尽力した。その後体調を崩し、3月10日の完成試写会の舞台挨拶では車椅子姿で登壇したが、これが最後の公の姿となり、4月1日の公開を待たずに逝去された。

そんなニュースを聞いていたものだから、「ゴジラ」(1954)以来の宝田ファンである私は、遺作となる本作が公開されるや、とりもなおさず劇場に駆け付けた。

(以下ネタバレあり)

テーマは「終活」である。87歳の宝田さんが出演するのだから、当然自身の終活に関するような、老人が主人公の映画とばかり思っていた。

が、主演は「乃木坂46」の岩本蓮加で、なんと岩本扮する不登校の高校生の咲が、宝田扮する80歳代の老人・敬三と歳の差70歳のコンビで「終活アドバイザー」のアルバイトをしており、訪れる人たちの相談に乗ったり、引きこもりの教師に料理を作ってあげたり、同級生の陸斗(名村辰)を無理やり引き込んでカメラマンをやらせたり、最後は老人の敬三の、昔の思い出の桜を見たいという要望を叶えようと奮闘するというお話である。

Yononakanitaetesakurano2

“不登校の女子高生”が、明るく「終活アドバイザー業」のネットCMに敬三と並んで出演していたり、生徒にイジメられたりとかで教師を辞めて家に引きこもっていた南雲の世話をしていたり…と、とても不登校の女の子とは思えないポジティブな活躍ぶりである。生徒が、学校に行かなくなった先生の面倒を見るなんて、普通とじゃないかと笑ってしまった(今どきそんな気の弱い先生いるのか?)。
そもそも、このエピソードと「終活アドバイス」と何の関係があるのか意味不明。何を描きたいのか、テーマがボケてしまっている。

これ以外にも、(不登校のはずの)咲の両親とか家庭がまったく出て来なかったり、CMも出してるような会社なのに経営者や正規社員の姿がなく、まるで敬三と咲だけで運営してるようにしか見えなかったり、終活の相談に訪れる人の中に老人が一人もいなかったりとか、とにかく細部の設定がかなりいいかげんである。

終活屋に訪れる客は、一人は“遺書の書き方をどうすればいいか”の相談だったり、もう一人(徳井優)は余命宣告を受け、思い出をビデオに記録して欲しいという依頼だったりと、本来の「終活」である、断捨離とかエンディングノートとかの話が全然出て来ないのもおかしい。

そもそも人生経験も少ない女子高生が終活のアドバイスをするなんて、マニュアルがあっても難しい仕事である。また最低でも、咲がどういうプロセスを経てこのアルバイトをする事になったのかはきちんと描くべきだろう。人物設定も含めて、全体に脚本が弱すぎる

結局は「乃木坂46」のアイドル・タレントを出演させる為の映画だった。若手の演技もみんな固いし、脚本もズサンだし、各国で賞を取ったという三宅伸行監督も、これでは手の施しようがなかったのではないか。
製作に周防正行監督や矢口史靖監督の秀作を連打して来たアルタミラ・ピクチャーズが参加しているから、余計腹が立つ(注)


そんな困った作品だが、なんとか最後まで観れたのは、やはり宝田明さんの存在感である。87歳とは思えないほどに背筋も伸びてかくしゃくとしており、そのお元気な姿を見ているだけで涙が出て来る。

特に終盤、敬三が咲に語る、終戦の時にソ連兵に追われ、満州から命からがら引揚げて日本に帰って来たというエピソードは、宝田さん自身の体験そのままで、戦争は嫌だ、平和であるという事はなんと素晴らしい事だという思いが伝わって来る。この映画を作ったのは、これを言いたかったからだろう。ここだけはジーンと来た。

そして、満州には桜がなかったから、日本で毎年春になると桜が見られる事の素晴らしさを、在原業平の短歌「世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」を引用して語るシーンにも心打たれた。タイトルはこの短歌から取られている。

もう一度、昔住んでいた故郷の土地に咲いていた桜を見たい、という敬三の願いを叶えるべく、咲は陸斗と一緒に敬三の故郷を訪れ、桜の木を探す。
だが、ようやく見つけた桜の木は、もう枯れていた。
気を落とす咲だったが、陸斗はある計画を思いつく。

ラストには、こちらも名女優、吉行和子さんも余命わずかの敬三の妻役でワンシーン出演。このツーショットもいい。そしてある一室の壁に、あの桜の木が大きく映って…。

CGで枯れ木に花を咲かせる、というのは思い付きとしては悪くないが、それなら陸斗がPCに強くてCGも朝飯前、という伏線を前に貼って置くべきだろう(カメラも持ってなくて兄貴に借りたという設定と整合性が取れていない)。それにこんな緻密なCG映像と場所の借り賃等、結構費用がかかると思うが、どう工面したのだろうか。


といった具合に、いろいろと難点もツッ込みどころも多い作品だが、宝田明さんの悠然たる名演技で、かろうじて観れる作品になっている。

公開された時が、ロシアのウクライナ侵攻の真っ最中。ソ連兵に殺されかけた宝田さんにとって、ロシアの暴虐は他人事ではない。死の縁にあるウクライナの子供たちが、終戦当時の自身の姿とダブって見えた事だろう。

「ゴジラ」で、核の恐ろしさを訴えてデビューし、晩年の最後の作品が、桜に託す平和の有難さへの思いが込められた作品。

見事な映画人生の幕引きであった。この映画自体が、宝田さんの終活作品と言えるのではないか。でも…もっと生きて、戦争の恐ろしさ、愚かさを後世に伝え続けて欲しかった。

宝田明さんへの追悼を込めて、採点は一つプラス。   (採点=★★★☆

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(注)
奇しくもそのアルタミラ・ピクチャーズで矢口監督が撮った「ダンスウイズミー」に、宝田明さんが出演していたのが、偶然とは言え面白い。

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