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2022年4月11日 (月)

「パワー・オブ・ザ・ドッグ」

Powerofthedog 2021年/イギリス・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・アメリカ合作   128分
製作:See-Saw Films他
提供:Netflix
原題:The Power of the Dog
監督:ジェーン・カンピオン
原作:トーマス・サベージ
脚本:ジェーン・カンピオン
撮影:アリ・ウェグナー
製作:ジェーン・カンピオン、ターニャ・セガッチアン、エミール・シャーマン、イアン・カニング、ロジェ・フラピエ

1920年代のアメリカ・モンタナ州を舞台に、4人の男女の愛憎を描いた人間ドラマ。監督は「ピアノ・レッスン」のジェーン・カンピオン。主演はベネディクト・カンバーバッチ、助演はキルステン・ダンスト、ジェシー・プレモンス、コディ・スミット=マクフィー。第78回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した他、第94回アカデミー賞では作品、監督、主演男優、助演男優、助演女優、脚色など計11部門で12ノミネートを果たし、ジェーン・カンピオン監督が女性では史上3人目となるアカデミー監督賞を受賞した。

(物語)1925年のアメリカ・モンタナ。大牧場主のフィル・バーバンク(ベネディクト・カンバーバッチ)と弟のジョージ(ジェシー・プレモンス)の兄弟は、地元で旅館と食堂を経営する未亡人ローズ(キルステン・ダンスト)と出会う。ジョージはローズに心惹かれ、やがて彼女と結婚して家に迎え入れる。しかしフィルはローズに下心があるのではと疑い、ローズとローズの一人息子ピーター(コディ・スミット=マクフィー)に対してあからさまに冷酷な仕打ちをする。しかし、そんなフィルの態度にも次第に変化が生じる…。

ジェーン・カンピオン監督の「ピアノ・レッスン」を観たのは1994年。その年のキネ旬でベストワンとなる他、映画賞を総ナメするほどの高い評価を得た。私も大好きな作品である(その年のマイ・ベストワン)。

その後も数本の映画を監督しているが、どれも小規模公開という事もあって、ほとんど話題にならず私も見逃している。キネ旬ベストテンでもいずれも遥か圏外である(前作「ブライト・スター いちばん美しい恋の詩」(2009)はキネ旬ベストテン55位)。「ピアノ・レッスン」は何だったのかと思えるほどだ。

というわけで本作はカンピオン監督12年ぶりの新作である。これはNetflix制作の配信作品だが、先行して劇場公開もされた。しかしごく短期間の限定公開だった事もあって、観たかったのだがとうとう見逃してしまった。

その後、昨年度のキネ旬ベストテンで8位にランクインしたり、アカデミー賞では最多の11部門でノミネートされる等評価が高まった事もあって、あちこちで再上映が始まり、ようやく先日劇場で観る事が出来た。

そして観て、感動した。これは見事な秀作である。昨年観ていれば私のベスト20の上位に入れたのは間違いない。つくづく見逃した事が悔やまれた。

(以下ネタバレあり)

舞台は1925年のアメリカ西部。馬に跨るカウボーイ姿のベネディクト・カンバーバッチのスチール写真を見ても分かるように“西部劇”の雰囲気がある。しかし物語は、4人の人間たちが織り成す優れた人間ドラマである。

Powerofthedog2

素晴らしいのは、4人それぞれの個性が丁寧に描き分けられており、演じる4人がいずれも見事な巧演。全員(カンバーバッチ、キルステン・ダンスト、ジェシー・プレモンス、コディ・スミット=マクフィー)がアカデミー俳優賞にノミネートされているのも快挙である(受賞は逃した)。

まず、主人公フィル(カンバーバッチ)のキャラクターがなんとも強烈である。弟のジョージが優しい温厚な性格であるのとは対照的に、口が悪く粗暴な性格で、特に女性に対しては威圧的で見下している。だから食堂を経営するローズに対しても何かとバカにした態度を取る。またローズの息子ピーターが手製のペーパークラフトの造花を作ってテーブルに飾っている事を知ると、ピーターを女みたいだとからかい、あげくにその造花に火をつけて燃やしてしまう。

西部の荒くれ男たちを従え、牧場で牛を飼育して来たフィルは、まさにマッチョで“男は男らしくあるべき”という西部男の伝統を継承する存在である。女々しい男は我慢ならないのだろう。

あまりの尊大なフィルの態度に、ローズはキッチンで人知れず泣いてしまう。そんなローズに、兄の非礼を詫びるかのように近づいたジョージは、やがてローズと結婚する事となる。フィルはそれがまた面白くない。ローズと同居するようになっても、フィルのローズに対する嫌味な態度はより顕著になって行く。

遂にはジョージが知事夫妻を招いたディナーで弾くピアノ曲をローズが練習している時に、二階にいるフィルがバンジョーでわざと同じ曲を演奏して練習を邪魔する。ひどい嫌がらせである。そのせいでローズはディナーでのピアノ演奏をうまく出来なくなってしまう。そんな事が積み重なったせいだろう、ローズは隠れて酒を飲むようになり、次第に精神に変調をきたしてしまうのである。

ここまでで観客は、フィルはなんて嫌な奴だと思うだろう。しかし一方、なぜそこまでローズ親子を嫌うのかという疑問も沸いて来る。単なる男尊女卑的思考(この時代にはよくあった)だけではなさそうだ。

そのフィルの隠された秘密が中盤で明らかになる。

ある日ピーターは、森の中に一人入って行くフィルの後をつけ、そこでフィルの秘密を見てしまう。

フィルは、牧場の仕事を一から教えてくれた、ブロンコ・ヘンリーという男を敬愛し慕っていた。それは禁断の愛に近いものだった。ブロンコのイニシャルが入ったハンカチで自らの身体を愛撫したりもする。

そんな秘密をピーターに知られた時から、フィルのそれまでのピーターに対する態度が一転する。ピーターに何かと親切にしたり、馬の乗り方を教えたり、あげくには彼の為に投げ縄用の縄を編んでくれたりもする。

おそらくはフィルは、かつて自分にさまざまな事を教えてくれたブロンコのように、今度は自分がなろうと思ったのだろう。

カンピオン監督は、フィルの部下たちが川で全裸になって泳ぐシーンをさりげなく挿入したりと、抑制的だが的確な暗示描写を巧みに取り入れた脚本・演出が共に秀逸である。

そしてこの辺りから、それまでは善良・無垢な若者と思われていたピーターの、それまでは隠されていた心の闇の部分が徐々に明らかになって来る。
大学で医学を勉強しているとは言え、自室でウサギを解剖しているシーンには驚かされる。

またある日、馬で山に出かけたピーターは、山道で死んだ牛を見つけ、その皮を剥いで持って帰る。これが終盤の重要な伏線になっている。

フィルとピーターが連れだってよく山に行ったりするのを見て、ローズは気が気でない。フィルのような嫌悪する男にピーターが感化されてしまうのではないかと恐れているからだ。そんな事もあってローズはますます精神不安定になって行く。

ある時、フィルとピーターが一緒に出かけた留守に、ローズはフィルが干していた牛の皮を先住民の業者に全部やってしまう。帰ってそれを知ったフィルは激怒するが、ピーターが代りにとフィルに差し出した物は…。

結末は衝撃的だ。フィルは突然急死してしまう。死因は、多分炭疽病ではないかとの会話がある。

そして、フィルから死の直前にプレゼントされた投げ縄用の縄を、ピーターはそっとベッドの下に置き去る。こうした間接的な描写で、何があったかを観客は知る事となる。うまい演出だ。

中盤までに随所に周到に配置された伏線(炭疽菌に冒された牛には触るなというフィルの言葉、材木運びで手に怪我したフィル、前述の死んだ牛、ピーターの母に対する偏愛etc..)がラストで一気に回収される、見事な脚本には唸った。

終盤で登場する、題名の由来となっている旧約聖書の一節(私の命を犬の力から救い出してください云々)も印象的だ。“救済”を意味するこの力で、ピーターは母をフィルの手から救済したのだろう。あるいは、ブロンコの呪縛に囚われていたフィルをも救済したつもりなのかも知れない。

人間は誰もが心に闇を抱えている。そして表からは決して見えない裏の顔も持っている。闇から抜け出そうと藻掻く人もいれば、底知れぬ闇の中にこそ安住を求める人もいるだろう。まことに人間とは不思議でおかしな生きものなのである。

全編、張り詰めた空気が漂う、端正かつ重厚なカンピオン監督の演出に唸らされた。また中心となる4人の俳優から最良の演技を引き出した演技指導も特筆すべきものがある。

「ピアノ・レッスン」も印象的な自然の風景描写に、それぞれの人物描写も奥深く見事だったが、本作はそれに引けを取らない。カンピオン監督のもう一つの代表作と言えるだろう。ヴェネチア映画祭やアカデミー賞での監督賞も納得である。カンピオン監督、最近のスランプから完全に立ち直ったようだ。今後が楽しみである。  (採点=★★★★★

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しかし、これほどの秀作をきちんとした形で映画館で上映しないのはもったいない。配信で観れるとは言え、やはりこれは映画館で観るべき作品である。Netflixなどが製作しても、優れた作品と判断したなら国内の配給会社に委託して宣伝も行い、ミニシアターでもいいから広く公開し、多くの観客に観てもらうべきではないか。もっとも、Netflixにすれば配信メインの方が収益率は高くなるのであまりやりたくないだろうが。

配信作品と劇場公開、この問題はもっと映画業界全体として検討すべきではないかと思う。


(付記)

それにしても、昨年度のアカデミー監督賞が「ノマドランド」のクロエ・ジャオで、なんと2年連続で女性がアカデミー賞監督賞受賞である。

それもさりながら、二人とも外国出身監督(片や中国、片やニュージーランド)で、監督賞を獲ったそれぞれの作品がいずれも西部劇的な味わいのある作品と、いろんな点で両方の作品・監督に共通性があるのが面白い(「ノマドランド」における西部劇要素については拙作品評参照)。

 

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コメント

映画「パワー・オブ・ザ・ドッグ」は    ジェーン・カンピオン監督の代表作「ピアノ・レッスン」と同じテーマです。人間同士の愛には地位も名誉も関係ない。男と男の愛もです。イオンシネマで観ました。

投稿: 広い世界は | 2022年5月19日 (木) 18:10

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