「マイスモールランド」
2022年・日本・フランス合作 114分
企画:分福
製作:AOI Pro./共同制作:NHK
配給:バンダイナムコアーツ
監督:川和田恵真
脚本:川和田恵真
撮影:四宮秀俊
製作:河野聡、小林栄太朗、潮田一、是枝裕和、依田巽、松本智
在日クルド人の少女が、さまざまな問題に直面し葛藤する姿を描いた社会派ドラマ。脚本・監督は是枝裕和監督「三度目の殺人」で監督助手を務め、本作が商業映画デビュー作となる新進・川和田恵真。主演は5カ国のマルチルーツをもつ新人、嵐莉菜。共演は「MOTHER マザー」の奥平大兼、「みをつくし料理帖」の藤井隆、「ばあばは、だいじょうぶ」の平泉成。第72回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門にてアムネスティ国際映画賞スペシャルメンションを贈られた。
(物語)17歳のサーリャ(嵐莉菜)は幼い頃、クルド人の家族とともに故郷を逃れて来日。今では父・マズルム(アラシ・カーフィザデー)、妹のアーリン(リリ・カーフィザデー)、弟のロビン(リオン・カーフィザデー)と4人で暮らし、埼玉の高校に通っている。生活は楽ではなく、サーリャは大学進学資金を貯める為、家族に内緒でコンビニでアルバイトを始めるが、そこで東京の高校に通う聡太(奥平大兼)と出会い、親交を深めて行く。そんなある日、サーリャたち一家の難民申請が不認定となり、在留資格を失った事で家族の日常は一変する…。
あまり宣伝もされずにひっそりと公開され、監督、出演者も知らない顔ぶればかりなので、観る予定はなかったのだが、企画したのが是枝裕和監督が率いる映像制作者集団「分福」と聞いてちょっと気になった。
「分福」には是枝門下の西川美和、砂田麻美ら気鋭、実力派の監督が所属しており、そこで監督助手等の経験を積んで来た若手の川和田恵真が本作で商業映画監督デビューを果たす事になったと聞く。是枝監督も本作のプロデューサーを務めている。これは観てみようと思い劇場に入った。
観て感動した。テーマに深く斬り込み、きめ細かく構築された見事な脚本、これが第1作とは思えぬ情感豊かで丁寧な演出、出演者たちの自然な演技、どれを取っても完璧である。これは本年屈指の見事な傑作である。
(以下ネタバレあり)
映画は冒頭、結婚式のシーンから始まるが、参列者が賑やかに踊り祝福するシーンを躍動感溢れる編集で処理しており、いきなり画面に引き込まれた。この監督、やるなと思わせる。
これは日本で暮らすクルド人の結婚式で、同じクルド人の主人公サーリャの一家も参列している。日本には約2,000人のクルド人がいるという。
映画はそのサーリャの高校生活、学校が終わってからのコンビニでのアルバイトの様子、その仕事を終えて家に帰り、家族の夕食風景までをきびきびと描いて行く。
サーリャは学校では日本人の友人たちとくったくなく交流しており、バイトも流暢な日本語でこなし、日本での生活にもすっかり慣れているようだ。
アルバイトは、大学に入り教師になりたいという希望を叶える為の学資稼ぎ。ただ親に言えば反対されるのでバイトをやってる事は親に内緒である。
父親のマズルムは、夕食は必ず家族一緒に摂る事、食事の前にクルド語の祈りを捧げる事、料理は伝統的なクルド料理と、クルド人としての誇りを失わぬよう心がけている。だから部活と偽って遅く帰って来るサーリャを厳しく咎め、そんな厳格な父にサーリャは反感を抱いている。妹のアーリン、弟のロビンは日本で生まれたので日本語しか話せず、その為バイリンガルのサーリャはクルド人仲間の通訳まで押し付けられている。そんな中でもサーリャは明るさを失わず、元気に日々を送り、またバイト先の同僚、聡太には密かに思いを寄せている。
こうしたサーリャたちの日常生活をテンポよく描いた後、物語はやがて急転する。マズルム一家の難民申請が不認可となったのだ。
外国から難民として日本にやって来た人たちは、日本で暮らすには難民申請を出し、認定されなければ在留資格を失い、国外退去か、入国管理局に収容されるかしかない。
サーリャたちは便宜措置として“仮放免”となり、収容は免れるが、条件として「県境を越えてはならない」「仕事をしてはいけない」という厳しい制約がある。これでは生活が出来ない。実質日本から出て行けという事なのだろう。
日本は他の先進国と比べて、難民認定率が極端に少ない。我が国の2020年度の申請者数に対する認定率は0.5%。ドイツ、英国は40%以上である。
それに加えて、出入国管理局に収容されている難民の処遇も非人道的なものがある。昨年、名古屋の入管に収容されていたスリランカ人女性が適切な医療も受けられず死亡した事件は記憶に新しい。
サーリャ一家は次々と過酷な状況に追いやられる。彼女たちは埼玉に住んでいるが、バイト先は東京なので二つの禁止条件に該当する。それでもなんとか仕事を続けるも、とうとう条件違反を理由に辞めさせられてしまう。店長が気の毒に思って割増賃金を払ってくれたのがせめてもの救い。
サーリャの大学進学の夢さえも、ビザがないので断念せざるを得なくなる。大阪へ行くと言う聡太の誘いにも、県外に出られないのではどうする事も出来ない。
さらにマズルムが建築現場で働いている所を警察に見つかり、マズルムは入管に収容されてしまう。収入もなくなり、家賃が払えず住まいさえも追い出されそうになる。サーリャは切羽詰まってカラオケでパパ活まで手を染めてしまう。
次々とサーリャ一家を襲う不幸の連鎖に、観ている我々も気が重くなって来る。しかしこれらは日本で暮らす難民にとっての現実なのである。
川和田監督は、実際に埼玉在住のクルド人難民たちに接して徹底取材を行い、そこから得た情報を元に脚本を書いたそうで、リアルな現実が物語に奥行きをもたらしている。
そして終盤、マズルムはある決断をする。子供たちを守る為に、自らを犠牲にしようとするのだ。ここで、面会室のアクリル板に写る父の姿の向こうで、サーシャがやがてポロポロと涙を流すシーンをワンカットで捉えたシーンが素晴らしい。こちらも泣けてしまった。
そしてラスト、父が大切にしていた、クルド人としての尊厳を引き継ぐ決意を固めるサーリャの姿にも感動を覚えた。
我が国の難民政策への批判が籠められた作品だが、ことさらに入管を一方的に悪者にしたり、収容者を虐待したりする描写は慎重に避けた、節度ある演出は好感が持てる。
何より素晴らしいのは、難民問題というメインテーマもさりながら、サーリャの高校生活、聡太との初々しい恋を爽やかに描いた青春映画の一面と、子供たちを愛する父の姿を中心とした家族の物語、そしてクルド人の血と日本での暮らしの間で迷いながらも自らのアイデンティティーに目覚めて行く主人公という、いくつものテーマを絡めながら、それぞれが邪魔する事なく1本の作品の中できちんと消化されている点である。脚本・演出とも新人離れしている。見事。
川和田監督自身も、イギリス人の父と日本人の母というミックスルーツを持っている事で、自身もアイデンティティーに悩んだ事が巧みに物語に反映されているようだ。
そして出演者がみんな素晴らしい。特に主演の嵐莉菜(右)は、本作が初の映画出演とはとても思えないくらい見事な存在感と卓抜な演技で物語を牽引している。本年度の新人女優賞は決定である。
彼女の父親を演じたアラシ・カーフィザデーもこれが初の映画出演とは思えない堂々たる名演。聞けばこの人も、妹、弟を演じたリリ・カーフィザデー、リオン・カーフィザデーもみんな嵐莉菜の本当の家族だという。莉菜の苗字は父親の名前(アラシ)からいただいたのだそうだ。息がピッタリなのも納得だ。聡太を演じた奥平大兼のナチュラルな演技も見事。
長編監督デビュー作にして、これほどの完成度の高い力作を送り出した川和田恵真監督、今後が楽しみな逸材である。素晴らしい新人監督の誕生に惜しみない拍手を送りたい。必見。 (採点=★★★★☆)
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コメント
https://www.cinra.net/article/202205-mysmallland_iktaycl
上記のサイトを見てこれは行かねばと思っていたら、こちらで取り上げておられたのでやはりと思い今日見てきました。
よかった。
基本はサーリャの青春映画ながら、最後に自分のアイデンティティーと向き合い受け入れ未来へ向かおうとする清々しいラストに素直に感動しました。
ラストクレジットの暗転前の瞬間の彼女の眼がぐっと力をはらんだように感じたのは気のせいとは思えない素晴らしい演技。
またよい映画と出会ってしまいました。
ひとりでも多くの日本人に見てほしいですね。
投稿: 周太 | 2022年5月19日 (木) 20:38
◆周太さん
良かったですか。お奨めした甲斐がありました。
あのラストは本当に素晴らしいですね。演技力だけで観客を納得させてしまう、嵐莉菜さんは新人とは思えない素晴らしい女優ですね。新人女優賞だけでなく、もしかしたら主演女優賞も獲ってしまうかも(笑)。でもまず多くの人に観ていただきたいですね。
投稿: Kei(管理人 ) | 2022年5月21日 (土) 11:12
そうそう。
川和田恵真監督ただものではありませんね。
投稿: 周太 | 2022年5月21日 (土) 17:52