「ツユクサ」
(物語)小さな港町で暮らす五十嵐芙美(小林聡美)は、気心の知れた職場の友人たちと他愛のない時間を過ごしたり、歳の離れた小さな親友・航平(斎藤汰鷹)と遊びに出かけたりと、日々の生活を健やかに楽しく過ごしていた。ところがある日、車を運転中に隕石がぶつかるという信じがたい出来事に遭遇する。それからしばらくして仕事の帰り道、彼女は草笛をきっかけに篠田吾郎(松重豊)という訳ありの男性と運命的な出会いをする。
平山秀幸監督は私の好きな監督の一人である。1998年の原田美枝子主演「愛を乞うひと」は傑作だった。その後もちょっと変わったコメディ「笑う蛙」や、落語をテーマにした「しゃべれども、しゃべれども」、「やじきた道中 てれすこ」等がお気に入り。桐野夏生原作のミステリー「OUT」や藤沢周平原作の時代劇「必死剣鳥刺し」等でも手堅い演出を見せていた。ただ、「魔界転生」(2003)や「レディ・ジョーカー」(2004)等は原作の良さを生かせていない凡作だった。前作の「閉鎖病棟 それぞれの朝」も私にはイマイチだった。作品によってムラがある気がする。
で、本作は「やじきた道中 てれすこ」でも組んだ脚本家・安倍照雄が10年前から温めていたというオリジナル脚本。近年、ベストセラー原作もの(悪い言い方をすれば雇われ仕事)が多かった平山監督だが、本作は久しぶりの“作りたいと望んだ映画”だろう。これは期待が持てる。
(以下ネタバレあり)
主人公五十嵐芙美は50歳目前の一人暮らしの女性。日ごろは勤務先の同僚、櫛本直子(平岩紙)や菊地妙子(江口のりこ)らと他愛ないお喋りを交わす等、努めて明るく振舞っているが、どことなく影がある感じ。部屋には小学生くらいの少年の写真が飾ってあり、アルコール依存症を治す為の”ひまわり断酒会”に通っている。
これだけで、何の説明がなくとも、彼女が小さな息子を亡くして、悲しみを紛らわす為に酒に溺れてしまったのだろうと想像がつく。
簡潔な描写の積み重ねで主人公のキャラクターを少しづつ浮き彫りにして行く脚本・演出が優れている。
彼女は同僚の直子の息子、航平ととても仲が良く、一緒に出かけたりするのだが、これも航平に、亡き息子の姿を重ねているのだろう。
暗い過去を背負いながらも、懸命に生きようとする芙美を小林聡美が好演。
ある夜、近くに流れ星が落ち、芙美の運転する車に隕石がぶつかるという出来事が発生する。天文学に興味がある航平によると、人が隕石にあたる確率は、1億分の1だそうだ。
芙美は隕石の欠片を航平と共に探し、見つけた隕石をペンダントにして首にかけるようになる。奇跡に巡り会ったのだから、これを身に着けていればまた何か奇跡に出会えるかも、と思ったのだろうか。
物語自体は、隕石との遭遇を除けば、別に奇跡が起こる訳でも、波乱に富んだ話がある訳でもなく、どこにでもある平凡な日常を淡々と描いているだけである。
でも、このまったり感、ほっこり感がとても心地良い。それは周辺の人物たちのトボけた名演や、微笑みたくなるエピソード等も寄与しているのだろう。
特に工場長(ベンガル)が毎朝のラジオ体操の時に、婚活で行った台湾で覚えたという太極拳ポーズを取るのが最高に可笑しい。ベンガル怪演。
同僚の妙子が、亡くなった夫のお墓がある寺の和尚(桃月庵白酒)と車に乗っている時に芙美が信号待ちで遭遇するシーンも笑える。
こういう、大した事件が起きるでもなく、何気ない日常描写を淡々と積み重ねるだけなのに、演出のうまさでジンワリと心に沁みるという映画は、昔の日本映画(特に小津安二郎監督作)にはよくあった。最近、そんな脚本を書ける人や演出出来る監督がほとんどいなくなったのがとても残念だ。
さて、そんなある日、芙美は公園で草笛を吹いている交通整理員を見かける。きれいなメロディに芙美は思わず耳を傾ける。
別の日、行きつけのバー(酒は呑まない)で芙美はその男と再会する。男は元歯科医の篠田吾郎(松重豊)。
吾郎からツユクサを使った草笛の吹き方を教わったりするうちに、芙美は吾郎に親近感を覚えて行く。
芙美は吾郎と身の上話を重ねるうち、吾郎も自分と同じように、最愛の妻を亡くした喪失感に苛まれている事を知る。もっと早く妻の心の悩みに気が付いておればと悔やんでいる。
芙美もまた吾郎に自分の過去を打ち明ける。息子が踏切事故で死んだのは、自分が遣いに出したせいだと悩み、電車が走っていないこの町にやって来たのだ。
互いに愛する人を失った大人同士が、やがて惹かれ合って行く。そして少しづつ、心に空いた喪失感を埋めて行くのである。
出会いがあれば別れもある。直子と航平の一家は新潟に引っ越す事となる。
素晴らしいのは、芙美と航平の別れのシーン。プラットフォームに電車が近づくと、芙美は航平をギュっと抱きしめる。それは亡き息子と今度こそ本当に別れ、芙美が明日に向かって生きる決意を固める瞬間でもあるのだ。このシーンには泣けた。
ラストは、芙美の眼前でまたある奇跡が起こる。それは映画を観てのお楽しみ。
素敵な映画だった。とても心地良い気分にさせられた。
平山監督の演出は、冒頭とラストをファンタジーとして描きながら、中心部は人間の喜び、悲しみ、出会い、別れを丁寧な正攻法の演出で描き、全体として大人の寓話のように纏めているのがいい。こういう平山作品をもっと観たい気がする。
ただ、小学生男女のキスシーン、あれはいらない。あそこだけ作品のトーンが異質なものになった気がする。航平の失恋を描くにしても、もっと他の方法があったと思う。そこだけ残念。
ともあれ、最近これといった作品がなかった平山監督の、久しぶりの良作であった。こういう大人の恋愛映画がもっと作られる事を切に望みたい。
(採点=★★★★☆)
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コメント
タオル工場に勤めるシングルの中年女性ふみ(小林聡美演じる)が偶然出会う道路工事の誘導員五郎(松重豊演じる)に好意を抱く。2人のキスシーンがとてもエロチックに感じた。若者のそれとは違い、求め会う2人のエネルギーが強烈だ。そのエロチックさは映画を通底している。多分小林聡美が醸し出しているものです。五郎にキスされなかった直後の小林聡美のジレンマとも言える演技が(多分演技ではない)上手すぎる。「転校生」の少女がオバサンになると、こんなかなと思わせます。工場の同僚(江口のり子演じる)は葬式で出会った住職と付き合っている。(葬式の江口はひとりだけ黒の和服)彼女もシングルだが自分の足でたっていて颯爽として格好いい。彼女のビキニパンテーをみんなで評論する場面は笑った。工場長のラジオ体操が太極拳になっていたのが笑いを堪える程おかしい。ベンガルが上手い。めくるめく恋などではないけど、ささやかな幸せを望んでいるふみが報われて良かったと思いました。あれはファンタジーではないですよね。現実感はなかったですけど。海は飛び越えられませんから。
投稿: 広い世界は | 2022年5月 8日 (日) 15:55
◆広い世界は さん
この映画、私の周囲で見てる方が少ないのですね。いい映画なのに。広い世界はさんがご覧になってるとはさすがですね。
ラストで芙美がジャンプする直前にクジラを目撃しますね。普通あんな所に現れるはずはないのに。これも不思議な奇跡ですね。そういう意味で冒頭の隕石(空)と対になっている(海)ファンタジーと言えるのではないでしょうか。
投稿: Kei(管理人 ) | 2022年5月 8日 (日) 21:51
返信有難うございます。監督の意図はどうであれ、僕はラストで幸せな気持ちになりました。
小林聡美の幸せそうな笑顔、亡き息子が母にピースしているとも受け取れます。観たあとで色んな解釈が出来ますが、観た時の印象は変えられないです。僕の昨年の1位は「ドライブ・マイ・カー」でした。この作品を観た時の驚き、僕の生涯の作品になると思いました。しかし、僕は「ドライブ・マイ・カー」をベストテンから外しました。「街の上で」が1位に上がりました。外した理由は「ドライブ・マイ・カー」を理解していないと思ったからです。具体的にはラストです。みさきが家福の車に乗り何故韓国にいるのか、家福は何処?僕の手にあまるので外しました。個人的には高槻耕史(岡田将生)がこの映画の主人公だと思います。濱口監督はそれに気づいていないかもしれません、いるかもしれません。
投稿: 広い世界は | 2022年5月 9日 (月) 09:37
◆広い世界はさん
「ドライブ・マイ・カー」のラストの韓国のシーンについては、私の作品評に付記してありますのでよろしければ読んでください。
高槻(岡田将生)のキャラクターは面白いですね。家福の妻と寝たり、妻が家福にも語らなかった物語の結末を聞かされていたり…。彼は妻が家福では充たされなかったものを充足してくれる存在と言えるでしょう。自分は妻について何も知らなかったと家福は思い知るのです。そういう意味では作品を支えるとても重要な役柄である事は間違いないでしょう。
投稿: Kei(管理人 ) | 2022年5月10日 (火) 14:20