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2022年6月29日 (水)

「PLAN75」

Plan75 2022年/日本・フランス・フィリピン・カタール合作  112分
製作:ローデッド・フィルムズ=Urban Factory=Fusee他
配給:ハピネットファントム・スタジオ
監督:早川千絵
脚本:早川千絵
脚本協力:ジェイソン・グレイ
プロデューサー:水野詠子、ジェイソン・グレイ、フレデリック・コルベ、マエバ・サビニャン
撮影:浦田秀穂
音楽:レミ・ブバル

是枝裕和が総合監修を務めたオムニバス「十年 Ten Years Japan」の一編「PLAN75」を、同作品で監督を務めた早川千絵が自ら長編化。これが長編監督デビュー作となる。出演は「男はつらいよ お帰り寅さん」の倍賞千恵子、「ヤクザと家族 The Family」の磯村勇斗、「サマーフィルムにのって」の河合優実。第75回カンヌ国際映画祭カメラドールのスペシャルメンション受賞。

(物語)少子高齢化が進んだ日本では、超高齢化社会に対応すべく、満75歳から生死の選択権を与える制度「プラン75」が国会で可決・施行された。制度の運用が始まってから3年。「プラン75」を推進する様々な民間サービスも生まれ、高齢者の間では“自分たちが早く死ぬことで国に貢献すべき”という風潮がにわかに広がりつつあった。78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)は夫と死別後、ホテルの客室清掃員として働いていたが、ある日突然、高齢を理由に解雇されてしまう。住む場所も失いそうになった彼女は、「プラン75」の申請を検討し始める。一方、市役所の「プラン75」申請窓口で働く岡部ヒロム(磯村勇斗)や、死を選んだお年寄りにその日が来るまでサポートするコールセンタースタッフの成宮瑶子(河合優実)、フィリピンから出稼ぎに来て、「プラン75」関連施設で働くマリア(ステファニー・アリアン)らは、それぞれに「プラン75」という制度の在り方に疑問を抱くようになる…。

高齢化が進む日本で、もしこんな制度が導入されたら…という近未来ディストピア・ドラマである。

実際、2025年には戦後ベビー・ブームの時期に生まれた「団塊の世代」全員が75歳以上、つまり後期高齢者となる。いわゆる“2025年問題”である。一方で出生率はどんどん下がり、現役世代がいくら保険料を納めても、とても高齢者の年金や介護費はまかない切れない時代がいずれやって来る。さらに、医療技術が進んだおかげで“人生100年時代”すなわち100歳まで生きる老人が大幅に増加する事も考えられる。さりとて借金大国・日本では税金で賄うのも限界がある。えらい時代になりつつあるのである。

だから、本作で描かれる、75歳以上の老人に死ぬ権利を与える(つまり安楽死を奨励する)国家制度というのは絵空事ではなく、現実になっても何ら不思議ではない。本作は、そんな実に考えさせられる、しかし政治も国民も先送りしてきた深刻なテーマにズバリ斬り込んだ、問題作である。

(以下ネタバレあり)

冒頭、高齢者施設にライフルを持って乗り込んだ若者が、施設入所者を次々射殺した後自殺するというショッキングなシーンが登場する。
明らかに数年前に起きた、障碍者施設で一人の男が19人の障碍者を殺害した事件を思い出させる。
あの事件の犯人と同様、この若者も「老人なんて、生きてても社会の邪魔ものだ」という、一種の排他的思想を持っている。

早川監督自身も、「あの事件に衝撃を受けた事が本作を作るきっかけとなった」、「現代は“社会的に弱い立場にいる人たちに対する社会の不寛容な空気”が充満しており、その憤りがモチベーションになった」と語っている。
つまりは、老人問題に留まらず、社会全体に蔓延する“社会的弱者に対する差別と分断”をもテーマにしているという事である。結構奥は深いのである。

実際、映画の中で政府が取った対応、「プラン75」は、“老人が安心して暮らせる社会”(本来そうあるべき)を作る事より、“生きる希望を失った老人は、さっさと死んでもらう”事を目的としている。弱者に対するいたわりの心は微塵も感じられない。政治とは何だろうかと考えさせられる。

Plan754映画に登場する「プラン75」のロゴ、デザインが、まるで“保険会社の新しい商品”のように見えるのが実に皮肉である。

主人公は倍賞千恵子扮する、78歳の老人ミチである。ホテルの客室清掃員として働いていたが、一人の高齢従業員が職場で急死した事が契機となって、「老人を働かせるな」という非難がホテルに寄せられ、ミチを含む高齢従業員全員が解雇されてしまう。代りの仕事も見つからず、さらに仲が良かった元同僚が自宅で誰にも看取られず死んでいた姿を見てしまったこともあって、ミチは遂に「プラン75」の申請を決断する。
市役所の職員が「生活保護を受けては」と勧めるが、ミチは断ってしまうシーンがある。実際に生活保護に対しては社会の眼が批判的な事もあって抵抗のある老人が多いというのは実態である。映画「護られなかった者たちへ」でもやはり高齢老女が生活保護を断るシーンがあった。偶然だがその老女を演じたのが倍賞千恵子の妹・倍賞美津子だった。

映画にはそれ以外に、「プラン75」の業務に携わる3人の若者が登場し、それぞれ重要な役割を果たしている。

一人は市役所の「プラン75」の申請窓口で働くヒロム。申請にやって来た老人に、まるで保険商品を勧誘するかのような丁寧な口ぶりで受付業務をテキパキとこなしている。
もう一人は、死を選んだお年寄りをサポートし、話し相手となる―実は申請者が心変わりしないよう監視する―コールセンタースタッフの瑶子。
どちらも、相手を死に至らしめる恐ろしい仕事であるはずなのに、マニュアル通りの優しく淡々とした話しぶりが却って怖い。

最後の一人はフィリピンから出稼ぎに来ていたマリア。故国に難病の娘がおり、その手術費を捻出するべく、高待遇の「プラン75」関連施設に転職する。
その仕事は、安楽死させた老人の遺体から所持品を回収し、分別する作業。時計や貴金属など付加価値のある品物を事務的にトレイに入れて行く描写に、アラン・レネが監督したホロコースト・ドキュメンタリー「夜と霧」を思い出して背筋が寒くなった。あの映画でも、死んだユダヤ人の持ち物が分類され、渦高く積み上げられた映像に愕然となった記憶がある。

3人とも、仕事と割り切って業務をこなしていて、後ろめたさはない。国が進める事業に携わっているという自負さえ感じられる。

ところが、ある事をきっかけに、3人はそれぞれこの制度に疑問を抱くようになって行く。

ヒロムは、偶然申請に訪れた老人・幸夫(たかお鷹)が実は疎遠になっていた自分の叔父だった事に気付く。
見知らぬ他人には事務的に「プラン75」の申請を受けてけていたヒロムだが、いざその相手が自分の身内となると、途端に情が移って来る。さらに死んだ後は合同火葬され、遺骨は他人の骨と混ぜられ一括処分される事を知って、とうとう我慢がならなくなり、無断で叔父の遺体を持ち出し、火葬場に向かおうとする。

コールセンタースタッフの瑶子は、申請者のミチと繰り返し電話で話しているうち、段々と他人と思えなくなって、規則を破ってミチと会い、一緒にボーリングに興じたりするうち、こちらも自分の仕事に疑問を抱くようになる。相手は精一杯生きていて、喜びも悲しみも心の内に持つ人間だという事に思い至るのである。

マリアも、死者を物のように扱う自分の仕事に次第に耐えられなくなるが、娘の手術費を稼ぐ為にはこの仕事を辞められないというジレンマに葛藤する。
自分の娘の命を救う為に働く仕事の内容が、他人の命を奪う事だという大いなる矛盾。これも実に皮肉である。

ラストは印象的である。ミチは安楽死の寸前で思いとどまり、センターを抜け出して、夕陽を見つめながら、友人たちと愛唱した「リンゴの木の下で」をつぶやくように歌う。

どんなに辛くても、未来に希望が持てなくても、それでも人間は命ある限り、生きなければならない。人の命を奪う権利は、国家だろうと誰だろうと絶対にないのである。
その訴えるテーマに心打たれた。


観終わっても深く考えさせられた。高齢化社会が中心テーマではあるが、人間とは何なのか、生きるという事はどんな価値があるのか、弱者に対し、社会は、国家はどう向き合うべきなのか。映画が突き付けた課題は多い。

若い人たちにも言いたい。今は高齢者がうっとおしいと思っていても、数十年後には必ず自分たちも高齢者になるのである。その時には本当に「プラン75」に似た制度が実施されているかも知れない。そんな世の中にならないよう、考え行動するのは貴方たちなのだ。
そういう意味でも、若い人にこそ是非観て欲しい作品である。

それにしても是枝裕和監督、つい最近も自身が主宰する映像制作者集団「分福」から「マイスモールランド」で新進監督、川和田恵真を鮮烈デビューさせ、是枝監督が総合監修を務めたオムニバス映画「十年 Ten Years Japan」で早川千絵監督を起用し、本作デビューに繋げる等、若手監督(それも女性監督ばかり)の育成手腕には眼を瞠るものがある。次は誰が彼の元から羽ばたくか、期待し注目したい。  (採点=★★★★☆

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(付記)
1点、問題あり。ヒロムが叔父の死体を火葬場に持ち込もうとするシーンがあるが、火葬するには役所に死亡届を出し、「火葬許可証」を発行してもらい、それを持参しないと火葬は出来ないはずだ。いきなり行ってすぐに火葬してもらえるはずがない。ここはきちんと実情を把握し脚本を書いて欲しかった(誰も指摘しなかったのだろうか)。

 

 

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