「東京2020オリンピック SIDE:A」
すったもんだのトラブル続出にコロナ禍による開催延期と、最後まで祟られた東京2020オリンピック。その公式記録映画と称する本作がまた、記録的な不入りに加えて、各映画レビューサイトでの評点がこれまた軒並み低評価。「映画.COM」が5点満点の2.7、「Yahoo映画」が同じく2.5(6月12日現在)と惨憺たる有り様。今週発売の「週刊新潮」でも100点満点で30点と前代未聞の最低点。曲がりなりにも国を挙げてのお祭りのドキュメント映画がこれほど酷評された例はかつてない。まあ多少は監督が文春砲で攻撃された影響があるのかも知れないが。
私は、今回の東京オリンピック開催には否定的な立場なので、テレビの開会式も試合中継もほとんど見なかった。そんなわけで、オリンピック記録映画とやらにも関心がなく、公開されても観る気はなかったのだが、余りの酷評に、却ってどんな映画なのか興味が沸いて(笑)、観てみる事にした。
(以下ネタバレあり)
鑑賞後の感想。言われている程酷い作品ではなかった。いかにも河瀬直美監督らしい作品に仕上がっていた。
冒頭の、雪に覆われた街を始め、自然の風景を随所に挟み込むのはいつもの河瀬タッチであるし、競技の記録よりも、さまざまな困難や問題を抱えながらもオリンピックに参加した一部のアスリートやその家族に焦点を当てた人間観察ドキュメントになっている辺りも、河瀬監督らしさが出ていた。
独裁体制のシリアから脱出し、難民選手団として出場する兄弟、祖国の国旗を背負えず、他国の国籍を取得して出場する選手、黒人差別を受けて来た選手など、今の時代が抱える諸問題に翻弄される選手たちや、結婚し出産しながらも選手として参加したカナダのバスケット選手、そして同じく結婚し出産したが、その為引退し、仲間たちを応援する側に回った日本の元選手の姿などを、カメラはとらえて行く。
特に、同じように結婚し母となった二人の女性選手の対照的な選択にフォーカスを当てた辺りは、まさに女性監督ならでは。男性監督だったら絶対に描かなかっただろう。
妻に代わって赤ん坊の面倒を見たりと、出場する妻を全面的にサポートする夫の姿は微笑ましいし、結婚、引退した大﨑選手が会場で、赤ちゃんを抱え涙を流しながら応援する姿にも心打たれる。
その他にも、8度目となるオリンピック出場を果たしたウズベキスタンの女子体操選手とか、ハンマー投げに挑む女子選手や、初採用のスケボーも女子選手ばかりを追ったりと、女子選手の活躍ぶりが目立つのも監督の狙いだろう。
テロップも、選手やインタビューした人の名前くらいしか出さず、ナレーションもほとんどない。故に場所、日時が解り辛いのも不評の一因だろうが、フレデリック・ワイズマン監督の「ボストン市庁舎」もそんな感じだったし、競技を追うより、人間を追ったドキュメンタリーだったらこういう描き方になるのも当然という事だ。
結局、“オリンピック公式映画”であるにも関わらず、まさに河瀬監督がやりたいようにやった、映画作家・河瀬直美監督の作品であった。
そもそも、総監督に河瀬直美を起用した時点で、こうなる事は分かっていたはずである。
河瀬監督はインタビューで、「IOCからも『これまでと少し違う映画を』『市川崑の時代に戻りたい』という言葉があった。つまり、作家性ということで、わたしにしか撮れないものを求められた。それを全うしようと、この数年は他の映画のことは考えていませんでした」と語っている(出典はこちら)。
つまりはIOC公認で、「芸術優先で、記録性に欠けている」と当時のオリンピック担当大臣の河野一郎に批判された市川崑監督「東京オリンピック」のような作品を目指せと、お墨付きをもらったわけなのだから。実際「東京オリンピック」の、小国チャドからやって来た選手に密着した箇所などは、河瀬監督も参考にしたフシが窺える。
ビデオも一般家庭に普及しておらず、テレビ画面もうんと小さくて画像も不鮮明なあの時代と比べて(だから鮮明な画像の公式記録映画が作られる必然性があった)、今は高画質・大画面テレビでデジタル録画した鮮明な映像をいくらでも家庭で見られる時代である。オリンピックの記録映像を見たければ、自宅で録画した映像を見るだけで充分である。今の時代に長編記録映画として作るなら、本作のように「テレビでは見られなかった隠れたエピソードを中心とした、人間ドキュメントとして作る」のが正しい方法ではないだろうか。
そういう意味で、河瀬監督は十分にその目的を果たしている。酷評されるほどの駄作ではない。文句を言うなら、河瀬監督より監督を指名したIOCに言うべきだろう。
ただ、市川崑版と比べられたら見劣りするのは当然で、そこは芸術映画も撮れば痛快なエンタティンメントも作れる天才・市川監督と、難解なアート作品中心の河瀬監督との力量の違いである。なにしろ市川崑監督、「東京オリンピック」の直前には勝新太郎主演のB級娯楽活劇「ど根性物語 銭の踊り」を監督してるのだから(笑)。
6月24日には、“大会関係者や一般市民、ボランティア、医療従事者などの非アスリートの人々にスポットを当てた”SIDE:Bも公開される。ますます競技の記録とは遠ざかる内容になりそうだが、さてどう評価されるか。やっぱり観てみたい。 (採点=★★★★)
(付記)
不思議なのは、どの映画情報サイトや公式HP、そしてポスター、チラシを見ても、“総監督:河瀬直美、メインテーマ:藤井風”以外の名前がまったく見当たらない。何故他のスタッフやプロデューサーの名前がないのだろうか。
エンドロールもすべて英語表記、かつ活字も小さいので、スタッフの名前も確認が難しい(パンフレットにはあるのだろうが)。せめてエンドロールは、英語併記でもいいから、日本語のスタッフ名を出して欲しかった。
もしかしたら、完成作を観て批判や責任追及を恐れたプロデューサーが、名前を出すのを渋ったのかも知れない(笑)。
| 固定リンク
コメント