「君を想い、バスに乗る」
2021年・イギリス 86分
製作:Hurricane Films=Head Gear Films他
配給:HIGH BROW CINEMA
原題:The Last Bus
監督:ギリーズ・マッキノン
脚本:ジョー・エインズワース
撮影:ジョージ・キャメロン・ゲッデス
音楽:ニック・ロイド・ウェバー
製作総指揮:フィル・ハント、コンプトン・ロス、ジェームズ・アザートン、ジャン・ペイス、ティエリー・ウェイズ=ベイリー、ヘンリエット・ウォルマン、ジェニファー・アーミテージ、ノーマン・メリー、ピーター・ハンプデン、ティモシー・スポール
最愛の妻に先立たれた老人がイギリス縦断の旅に出る姿を描いたヒューマンドラマ。監督は「ウイスキーと2人の花嫁」のギリーズ・マッキノン。主演は「ハリー・ポッター」シリーズのティモシー・スポール。共演はTV「ダウントン・アビー」シリーズのフィリス・ローガン。2021年伊バーリ国際映画祭でティモシー・スポールが最優秀主演男優賞を受賞した。
(物語)最愛の妻メアリー(フィリス・ローガン)を亡くしたばかりの90歳のトム・ハーパー(ティモシー・スポ―ル)は、50年暮らしたスコットランド最北端の村ジョン・オ・グローツを離れ、ローカルバスのフリーパスを利用してイギリス縦断の壮大な旅に出ることを決意する。目指すは愛する妻と出会い、ふたりの人生が始まったイギリス最南端の岬“ランズエンド”。行く先々で様々な人と出会い、トラブルに巻き込まれながらも、トムは妻と交わしたある約束を胸に旅を続ける…。
90歳の老人が、イギリスの最北端の村から、イギリス最南端の町まで1,350キロの距離を一人で旅するロード・ムービーである。
“老人がかなりの距離を旅する映画”、というのは、じつは結構ある。近年では88歳の老人がアルゼンチンからポーランドまで旅する「家(うち)へ帰ろう」(2017)という秀作があったし、本作と同じ90歳の老人が、ナチス戦犯を探すサスペンス「手紙は憶えている」(2015)という作品もあった。これもなかなかの秀作だった。あとブルース・ダーン主演の「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」もいい作品だった。日本にも仲代達矢主演の「春との旅」(2010)がある。これも良かった。古い所では1974年のアート・カーニー主演の、猫を相棒に72歳の老人がアメリカ大陸を旅する「ハリーとトント」が有名。多分これが老人ロード・ムービーものの奔りではないかと思う。
といった具合に、老人ロード・ムービーには秀作が多い。本作も泣ける秀作だった。
(以下ネタバレあり)
本作が面白いのは、最愛の妻に先立たれた老人トムが、たった一人でイギリス・スコットランドの最北端からイングランド最南端の町まで、イギリス縦断の旅をするというお話もさりながら、その旅に利用する乗り物が飛行機でも長距離バスでもなく、ローカルな路線バスというのがユニーク。
なぜ路線バスかというと、路線バスでは老人用の無料パスが使えるから。これを使えばほとんど只で旅行が出来るという訳である。あまり老後の資金も豊かでないと思われるトムにとっては、少しでも節約したいという思いがあるからだろう。
乗り換える度に、その地方独自の車体塗装がほどこされたバスを眺めるのも楽しい。
90歳の老人が何故そんな長旅をする決意をしたのか、ハーパー夫妻が若い時、住んでいたイギリス最南端のランズ・エンドから遥か遠い最北端の村に移住したのは何故か、トムが大事に持っているカバンには何が入っているのか、等の謎が散りばめられ、旅を続ける中で、回想などでその理由が暗示され、旅の終わりでやっとその謎が明らかになる。この構成がなかなかうまい。
旅の途中でトムはさまざまな人と出会う。時にはトラブルやアクシデントもあったりするが、親切な人にも助けられたりして旅は続いて行く。
ある時は、バスの中でアラブ人女性に差別的な言動を繰り返す男を見るとトムは、「迷惑だ、バスを降りろ」と毅然とした行動を取る。正義感が強い男なのだろう。
この様子をスマホで撮った人物がSNSにその画像を上げた事から、トムはSNS上で「イギリス縦断の旅をする面白い老人」として拡散され、その後もトムを見かけた人がやはり画像をアップしたりでトムは有名人になって行く。
いかにもSNS時代を反映したこうしたエピソードが面白い。
ある時はバスの事故で軽傷を負い、病院に担ぎ込まれるが、そこで医師により、トムはいくつものガンを患い先行きが長くない事も明かされる。
もっと入院するようにとの医師の説得を振り切り、「私には時間がない。急ぐんだ」と言ってまた旅に出る。
それほど急いでいるなら、長距離バスを利用すればいいのに、そのくらいの金はあるだろうとの疑問が沸くが、途中ホテルを予約した際、手違いで別の部屋に案内され、「どうしても1号室に泊まりたいんだ」と懇願する様子からして、この旅は妻と二人で最北端の村ジョン・オ・グローツまで旅をした時の想い出のルートなのだろうと思った。1号室は妻と宿泊した部屋なのだろう。
ある時はバスの運転手に無料パスを見せると、「これはスコットランドのみ有効でここでは使えない」と言われ、バスを降ろされてしまう。トムは老人になってからスコットランドを出た事がなかったので知らなかったのだろう。
途方に暮れて歩いていると、ワゴン車で通りかかったウクライナ人4人組が乗せてくれて、家族の誕生パーティーにまで招いてくれる。だがトイレで喀血したトムは残された時間が少ない事を認識し、旅を急ごうとする。そして一人のウクライナ人女性がプレゼントしてくれた杖を頼りに旅を続ける。
そして旅の途中、回想として随所に挿入されるハーパー夫妻の若き頃の姿によって、いくつかの謎が少しづつ解明されて行く。
幸せな日々もあれば、最愛の娘を僅か1年足らずで失った悲しい日もある。もうこの辺りから涙腺の緩い私は何度も泣かされた。
妻のメアリーがいつも着ている黄色いコートが印象的だ。これがラストの伏線にもなっている。
そして長い旅を終え、目的地ランズ・エンドに到着すると、SNSで知った地元の人たちが拍手で迎えてくれる。トムにとってはどうでもいい事だが、誰も出迎えない寂しい到着よりは、祝福してくれる人がいる方が我々観客も心温かくなる。
そしてラストのシークェンス、ここでは涙腺が決壊した。どういう結末かはここでは書かない。ただ最愛の妻愛用の黄色いコートが絶妙に生かされているとだけ言って置こう。
いい映画だった。今年一番の、泣ける映画であった。しかしことさら泣かそうとする演出でなく、淡々と、ほのぼのと描いているからこそ泣ける映画だってある。
老人ロード・ムービーは多く作られているが、SNSをうまく使った所が目新しい。
トムを演じたティモシー・スポールが90歳のやや偏屈だけれど、亡き妻を想う心だけは人一倍の老人を巧演。なんと撮影時63歳だったという。特殊メイクはしてないそうだ。おぼつかない足取りだけで90歳老人になり切っている。
なおエンドロールにもお楽しみがある。これもちょっとほっこりさせられる。
老境を迎えた、特に手を取り合って長い人生を歩んで来た夫婦には絶対お奨めの老人ムービーの佳作である。 (採点=★★★★☆)
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